やっぱり昼休みは短い
読んでいただき、ありがとうございます。
今話からルネ視点に戻ります。よろしくお願いいたします。
「おおおお!どうしたんですか?イメチェンですか?失恋ですか?」
私の大きな声に反応してか、今日も木の上で微睡んでいた黒猫がのっそりと顔をあげる。
フィルの素顔を見せてもらってから三日が経っていた。
本当は翌日に裏庭で話をしたかったのだが、あいにく二日連続の雨だったのだ。
なんとなくの暗黙の了解で、雨の日の昼休みはフィルとは別行動をしていた。
ちなみに、雨の日の私はトイレの個室でランチタイムを満喫している。さすが貴族だけが通える学園……トイレは広く清潔な快適空間なので何も問題はない。
そして、二日ぶりに晴れた本日の昼休み、フィルはその天パのもっさりヘアーをばっさりと短くした姿で裏庭に現れたのだ。
ついでに眼鏡も細い銀フレームのオシャレ眼鏡に替わっており、隠していた目元も火傷の跡も丸見えだった。
あまりに急な変化に動揺してしまう。
これが高校デビューというやつだろうか?
でも、フィルはすでに三年生だ。その場合は何デビューと言うべきなのか。
「……変か?」
「いえ、スッキリしていいじゃないですか。前のもっさりヘアーより似合ってますよ!眼鏡も素敵ですね!」
「っ!……そうか」
私は思ったままにそう告げると、フィルは少し俯いて眼鏡を指でくいっと押し上げる。
「お前の言った通りだった」
「………?」
「この火傷の跡……。最初はみんな驚いた顔してたけど、特に何も言われなかったし、仲いい奴にどう思うか聞いてみたら『ああ、火傷の跡があったんだな』って言われただけだった」
フィルは短くなった髪にまだ慣れないのか、今度はしきりに右手で髪を弄りながら少し早口で話している。
「……そうでしたか。良かったですね」
対する私は笑顔でそう返事をしながら……
(フィル先輩……仲いい人いるんだ……)
と、謎のショックを受けていた。
てっきり私と同じぼっち仲間だと思っていたのに……。
ギリィと心の中で歯ぎしりをしておく。
ということは、フィルは仲のいい友人がいるのに、毎日のように昼休みに裏庭へ来ていたことになる。
どうやら私を練習台にしたカウンセリングにかなり力を入れていたようだ。
「お前のおかげだよ」
そんな心の狭い私には気付かず、フィルはそう言いながらいつものように私の隣へと座った。
そして、火傷のせいで塞ぎ込んでいたフィルの心のケアをしてくれたのが祖父の友人の精神科医だったことや、それが精神科医という職業に興味を持ったきっかけだということも話してくれた。
こんなに自分のことをいろいろ話してくれるのは珍しい。
髪を切って気持ちもさっぱりしたのかもしれない。
「周りだっていつまでも子供のままじゃない、成長も変化もするんだって考えが抜けていた」
「それは仕方ないですよ。普通はもっと大人になってから気付くものですし」
「……なんだか知ったような口振りだな」
「ふへへへ」
「……変な笑い方だな」
実は私の中身が成熟した大人の女であることは笑って誤魔化しておいた。
もしかしたら、知らずに大人の色香が漏れ出てしまっているかもしれないけど。
「で、今日はルネの話を聞かせてもらっていいか?」
そう言って、フィルの切れ長な榛色の瞳が私を見つめた。
その見慣れない瞳に少しだけドキッとする。
「わ、わかりました。ただし、ものすごく荒唐無稽な話になりますよ?」
「大丈夫だ」
「本当に荒唐無稽ですからね!このために荒唐無稽っていう言葉があるくらい荒唐無稽ですからね!」
「わかった」
「あっ!荒唐無稽って会話で使ったの初めてかもしれない。なんかカッコいいですよね?必殺技みたいじゃないです?」
「いいから話をしろ!」
しつこく確認をしたらちょっと怒られてしまった。
でも、私にとってはそれくらい重要なのだ。
「ちゃんと聞くから」
フィルの真剣な眼差しと声に胸がきゅうっとなる。
そして、私は覚悟を決めた。
この世界が乙女ゲームの舞台であること、私がヒロインだと思いきや実はアデールが主役であること、私もアデールも転生者であることを説明する。
ただし、私の前世での年齢だけは内緒だ。
◇◇◇◇◇◇
「なんだそれは……」
そう呟く声には怒りが滲んでいる。
私の話を最後まで聞き終えたフィルは眉間にシワを寄せていた。
髪を切ったことによって、以前よりも彼の表情がよくわかってしまう。
(あー、やっぱり駄目かぁ……)
私は心の内でため息を吐く。
もともと、信じてもらえるとは思っていなかった。
…………嘘です。ちょっとだけ信じてもらえるかもと期待していた。
でも、信じてもらえない可能性のほうが高いことはわかっていたから、そんな時のためのセリフも用意してある。
『信じちゃいました?冗談ですよ!』
『フィル先輩の素顔が見たくて咄嗟に嘘をついたんです。すみません』
大丈夫。私はいい大人なので、あらかじめ自分が傷つかないための予防線を張っている。
明るい声でセリフを言おうと、笑顔を作り息を吸った。
「しん……」
「やっぱりお前は何もしてないじゃないか」
「えっ?」
「お前の言っていた話の通りなら、学園に入学してからヒロインは攻略対象者を籠絡していくんだろ?じゃあ、入学式の日のルネは、ゲームでも現実でも何もしていないということになる。違うか?」
「は、はい。そうです」
私はこくこくと頷いた。
「それならお前は何も悪くない。殿下たちの態度がおかしいんだ」
そう言い切ったフィルの言葉に、私は驚きと喜びが同時に訪れる。
━━信じてくれたっ!わかってくれたっ!
誰も私の話なんて聞いてくれなかった。
何もしていないのに、勝手に悪いことをしたかのような扱いを受けていた。
でも、フィルはそんな私の話を真剣に聞いて、私の言い分を信じてくれたのだ。
涙がゆるゆると溢れてくる。
「ううっ、さすが精神科医、患者の話を否定せずにちゃんと受け入れてくれるんですね」
「いや、精神科医としてじゃない。それに、俺はまだ精神科医の資格を持っていない」
「えっと、じゃあ……精神科医の才能に目覚めし者って呼んでいいですか?」
「やめろ」
少し泣いてしまったことが恥ずかしくて茶化してしまう。
「他にもいろいろ聞きたいんだけどいいか?」
「はい!何でも聞いてください」
しかし、また昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「あ……じゃあ、また明日ですね」
「………」
「明日晴れたらまたここで続きを……」
「あのさ、」
フィルが少し大きな声を出して私の言葉を遮る。
「明日じゃなくて、今日の放課後は空いてないか?」
「放課後……空いてます!」
空いている。むちゃくちゃ空いている。
入学して以来、一度も放課後に予定が入ったことはない。むしろ、誰よりも早くに下校していた自信がある。
「じゃあ、放課後に。一旦、この裏庭で落ち合おう」
「わかりました!」
私の元気なお返事に、また黒猫がのっそりと顔をあげた。
補足になります。
「え?フィル先輩そんなに簡単に信じちゃうの?」と思った人もいらっしゃると思うので、一応その辺りのことは次話で……。