彼から見た彼女2(side.フィル)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話もフィル視点になります。よろしくお願いいたします。
彼女はいつも人の視線を避けるように行動している。
今日も一人でランチを購入すると、急いだ様子でそのまま食堂から出て行こうとして……誰かが彼女にぶつかった。
彼女は少しよろめいたが、転ぶほどではなかった。
だから、それが故意なのかそうでないのかは微妙なラインだ。しかし、ぶつかった相手に「すみません」と頭を下げる彼女に向けられるいくつもの視線は……見下すような、蔑むような……そんな悪意のあるものばかりが目についた。
そんなものに晒されている彼女に対して言いようのない感情が胸に溢れる。
それは彼女を憐れに思う同情か、それともこのような状況を憂う正義感だろうか?
謝罪の言葉を言い終えた彼女は今度こそ食堂から出て行った。
「悪い、ちょっと用事ができたから行って来る」
「おいっ!フィル!?」
気付けばそのまま彼女の跡を追って、俺も食堂を飛び出していた。
迷いのない慣れた足取りで彼女はずんずんと進んで行く。そして、裏庭に辿り着くと日当たりの良いベンチに座り、ランチボックスの蓋を開けてもくもくと食べ始めた。
そんな彼女の様子をこっそりと校舎の影から見つめる。
(さて、どうするか……)
自分でもよくわからない感情に突き動かされ、ここまで跡を追ってしまったが……いざとなると、なんと声をかけるべきか迷ってしまう。
食堂での出来事はよろめいただけで、怪我の心配をするのは不自然だろう。
しかし、学園内で浮いている現状をいきなり問うのもおかしなことだ。
そもそも、声をかけていいものなのだろうか?
そんなことをぐるぐると考えていたら、彼女は食事の手を止めて深いため息を吐いた。そのまま、俯いて動かなくなってしまう。
(泣いている……?)
俺は足音をたてないように静かに彼女に近付き「大丈夫か?」と声をかけようとして……
「ほんとにクソだわ!」
そんな激しい言葉と共に彼女は右足の踵を地面に蹴りつける。その拍子に、俺の靴のつま先に少量の土がかかったのが視界に入った。
「すごい言葉だな」
心の声がそのまま口から出てしまう。
驚いた顔でこちらを見上げる彼女は、やはりとても可愛かった。
◇◇◇◇◇◇
裏庭でルネと出会ってから、天気のいい日は裏庭のベンチで昼食をともにするのが当たり前になっていった。
ルネを初めて見た時の印象は、周りから悪意を向けられている可哀想な悲劇のヒロインというものだったが、実際に彼女と会話をしてみると……悲劇というより、やさぐれているヒロインだった。
周りからの悪意ある視線や陰口を嘆き悲しむというよりは、プンスカと怒りながらぶつぶつと文句を言っていた。
それに、ブライアンたちに色目を使ったなどと噂されているが、彼女の中身には色気といったものは含まれていないように感じる。
ハニートラップの正反対に位置するような色気のなさだ。
しかし、黙っていれば見た目は美少女なので、そのような噂が流れたのでは……と、思っている。
ルネと喋ってみれば、カラッとした性格で、会話のテンポもよく、いつの間にか時間が過ぎてしまう。
それに、こんな暗そうな外見の俺にも、フィル先輩と呼びながら素直に懐いてくれている。
そんなルネは、俺との会話の合間に愚痴をポロポロとこぼしていた。
『傾聴』
カウンセリングで使われる手法の一つで、相手の話を否定せずに聞いて共感をすることだ。
鬱憤を溜めすぎないように、人に話すことがストレス発散になる。
ブライアンたちのせいで、ルネには愚痴どころか会話をするような親しい友人がいないらしいので、俺は少しでもルネが楽になればと、彼女の愚痴をただ聞くようにしていた。
しかし、そんな愚痴の中にブライアンたちに叱責される原因となるようなものは見当たらない。
そもそも、彼女の会話の中にブライアンたちの名前が出ることはなく、理不尽な自身の境遇にただ怒っているだけに思えた。
……やはり違和感を抱く。
俺はこのまま彼女の愚痴を聞きつづけることはできるだろう。
だけど、根本の原因がわからないままでは解決のしようがない。
「なあ、前から思っていたんだが、殿下たちにこんな扱いを受ける理由に心当たりはないのか?」
本当はここまで踏み込むつもりはなかった。
けれど、やはりルネがブライアンたちに色目を使ったとは思えなかったから……。
(もしかしたら、何か誤解があったのかもしれない)
ブライアンたちも彼女の外見で何か勘違いしたのかも……。
それならば、その誤解が解けるように協力したいと思った。
すると、ルネからは心当たりがあるのだと驚きの言葉が飛び出す。
そして、それを教える交換条件として、俺の顔が見たいと言われたのだった。
◇◇◇◇◇◇
ルネに火傷跡を見せた日から二日が経った。
俺は教室で授業を受けながら、朝なのに薄暗い窓の外の景色に目をやる。
雨が絶え間なく降り続いている様子に思わずため息をついた。
昨日も今日も天気はあいにくの雨だった。暗黙の了解で、ルネとは天気のいい日にのみ裏庭で会うことになっている。
これでは……今日もルネに会うことはできない。
この前はルネから話を聞こうとしたところで昼休みが終わってしまった。
だから次に会った時に改めて聞かせてもらう約束だったのに。
(そういえば、ルネは雨の日はどこで昼食をとっているんだ?彼女のことだから、きっと居心地のいい空間を見つけて一人で過ごしているとは思うが……)
再び窓の外に目をやる。変わらず絶え間なく降り続ける雨はどう見ても止みそうにない。
俺は諦めた気持ちで前を向き、黒板に書かれた文字をノートに写そうと俯いた。そして、邪魔な髪をどけようとした左手が自身の短い髪に触れる。
まだ、髪を切る前の長年の癖が抜けていなかったのだ。
俺は心の内で苦笑いを浮かべたあと、ルネのことを考える。
彼女が髪を切った俺の姿を見たらどんな反応をするだろう。
……きっと驚くだろうな。もしかしたら、似合うと言ってくれるかもしれない。
そんな場面を想像すると、なんだかこそばゆい気持ちになった。
━━早くルネに会いたい。
それは、彼女の話を早く聞きたいからなのか、髪を切った自身の姿を見てもらいたいからなのか……自分でもよくわからなかった。