昼休みは意外と短い
「実は、殿下たちの態度に心当たりはあるんです」
私の言葉にフィルは息を呑む。
そんな彼の前髪と眼鏡の奥に隠れた瞳に私は視線を向けた。
「知りたいですか?」
「……俺が聞いても大丈夫なのか?」
自分から聞いてきたくせに、気遣うようなフィルの言葉に少し笑ってしまった。
「でも、これは私にとって秘密をバラすようなものなので、フィル先輩も秘密を一つバラしてくれるなら話しましょう!」
「秘密?」
「メガネを外して前髪上げてはっきりしっかりくっきり顔を見せてください!」
「………」
私は勢いよく言ってみた。
「そんなふうに隠されると気になるんですよ」
「……わかった」
フィルの重々しい返事に、私はごくりと喉を鳴らす。
どんな美形が出てくるのかと期待で胸がドキドキしてしま……いや、美形が出ると隠れ攻略対象者決定だ。カモン!モブ顔!
フィルは無言で眼鏡を外すと、その長い前髪をかき上げる。
そこには、右の眉尻から右耳にかけて火傷の跡のようなものがあり、今までメガネと前髪で隠されていた瞳は切れ長の榛色で、つまりは……
「なぁんだ、普通の顔じゃないですか」
「………おい、失礼だろうが」
「もったいぶるから、どんな美形が出てくるのかと思ったんですよ」
フィルの素顔は美形ではなく、モブ顔でもなく、ほんとに普通のさっぱりとした塩顔だった。
私は安堵の気持ちでいっぱいになったが、フィルは少し浮かない顔をしている。
「火傷の跡について触れないのはわざとか?」
「ああ、やっぱり火傷の跡だったんですね。痣かなぁ、どっちかなぁ……とは思いましたよ」
「それだけか?」
「それ以外に何かあります?」
やはりフィルは困ったような、なんとも言えない表情をしている。
「もしかして、その火傷の跡を気にして隠してたんですか?」
「……まあ、そういうことだ」
子供の頃に火魔法で遊んでいたら、コントロールに失敗して自身の髪に燃え移ってしまってできた火傷の跡だそうだ。
頭皮部分の火傷跡は髪が生えたら目立たなくなったが、眉尻から耳にかけての跡は目立ち、それを同じ年頃の子供たちに揶揄されたこともあって隠すようになったと彼は説明してくれた。
「当時の光魔法の使い手にも火傷の跡は消せないと言われた」
光魔法は傷を塞ぐことはできても、その傷跡を消すことはできないといわれている。
ちなみに、光魔法で病気は治せないので、この世界での内科は医師、外科は光魔法だと私は勝手に解釈をしている。
「うーん、隠したいのなら隠したままでもいいと思いますけど……いっそのこと見せてしまったほうが楽じゃないですか?」
「見せる?」
「子供は見たままを口に出しますけど、さすがにこの年齢で火傷跡を揶揄う人はいないと思いますよ?」
「まあ……たしかに……」
「それに、人ってけっこうすぐに見慣れますし」
これは私の持論だが、人はそれほど相手の顔を見ていない。
前世で一重まぶたがコンプレックスだった私は、毎朝懸命にアイプチで二重まぶたを作り出していたが、寝坊で仕方なく一重まぶたで登校しても誰も気付いてくれなかった。
それに、同じ一重まぶた仲間が思い切ってプチ整形をして二重まぶたになった時、その時は顔の違いに驚いたが、数ヶ月も経てばすっかり見慣れてしまって整形前の顔を思い出せなくなっていた。そんなものだ。
「………」
フィルは無言のまま、不思議そうな顔で私のことを見つめている。
その時、私はもう一つ彼に聞いておかなければならないことを思い出した。
「そんなことより、フィル先輩に聞きたいことがあったんです」
「おい、そんなことって言うな」
フィルのクレームを聞き流し、私は本題に入った。
「フィル先輩って……実は帝国の第三皇子だった!とか言いませんよね?」
「は?」
フィルは美形ではなく普通の塩顔さんだったので、おそらく大丈夫なのだが、念には念を入れて確認をしておかなければならない。
少し前に、帝国の第三皇子の美貌は有名で文武両道で……と、かなりのハイスペックであるという噂話を聞いた。
(これは……あれじゃない?他国の皇子がお忍びで留学してるやつじゃない?)
私はその皇子が隠れ攻略対象者である可能性も考えていた。つまり、実はフィルが変装した第三皇子なんじゃないのかと疑ってもいたのだ。
「魔法で姿を変えているとか……ありません?」
「なんだ、変な妄想癖でもあるのか?」
「違いますよ」
「それとも、美形だと有名な帝国の第三皇子が好みなのか?」
「それはもっと違います。帝国の第三皇子なんかよりフィル先輩の顔のほうがよっぽど好みです」
攻略対象者なんかよりフィルのほうが素敵だと胸を張って言える。
まあ、第三皇子の顔は知らないけど。
「……普通って言ったくせに」
「普通が一番ですよ」
私の言葉に、フィルはなぜかそっぽを向いて眼鏡をかけてしまう。
どうやら私の突拍子もない話に呆れられてしまったようだ。
しかし、これでフィルが実は隠れ攻略対象者説が完全になくなった。私の心の中はスタンディングオベーションだ。
「で、俺の秘密をバラしてやったんだから、お前も話してみろ」
私は自身の憂いがなくなりスッキリしていて、自分の秘密を暴露する約束をすでに忘れていた。
「……え?」
「自分で言い出したくせに、今初めて聞いたみたいな顔やめろ」
誤魔化せなかったので、仕方なく前世も含めたこの世界の話をし……ようとしたらチャイムが鳴った。
結局、この話はまた明日にということでお開きとなった。