番外編 第三騎士団緊急会議
読んでいただき、ありがとうございます。
完結してからもたくさんの感想をいただきまして、その中に第三騎士団とアリスターの話のリクエストがありましたので書いてみました。
設定はゆるめなので気楽に読んでくださいね。
よろしくお願いいたします。
※誤字脱字報告、いつもありがとうございます。助かっております。
マリフォレス王国の王都の中心街を抜け、さらに南へ進んでいくと飲食店ばかりが軒を連ねるエリアに辿り着く。
客層が貴族ばかりの中心街とは違い、このエリアは王都で暮らす庶民向けの店ばかりで、そのほとんどが昼間は食堂を営み、夜は酒場へと姿を変える。
そんな飲食店がずらりと並ぶ通りの一画に『ミミズク亭』はあった。
値段の割に料理の味もボリュームも申し分ないこの店は大変繁盛しており、楽しそうに酒を飲みながら大きな声で会話をする客たちと、そんな騒がしい声に負けじと声を張り上げながら注文をとる店員で、店の中は活気に溢れている。
そして店内の一番奥にある個室の中、木で作られた大きな円卓を屈強な身体の男たち……第三騎士団の団員たちが囲んでいた。
第三騎士団に所属している者には俺のような平民も少なくない。
だから気楽に食事ができるようにと、団員同士で飲みに行く時はこのエリアで個室のある飲食店を選んでいる。
乾杯の合図でジョッキをぶつけたあと、円卓の上に並べられた肉やパスタ、グラタンなどの大皿料理を各々が好きに取り分けて自分の皿へとうつしていく。
俺も訓練後でかなり腹が減っていたので、遠慮なく料理を皿に取りフォークを向けた。
「ウォルト、お前肉ばっかだな」
同期の団員である緑髪のブレントが、俺の皿の上に載せられた山盛りの肉を見ながら呆れたような口調で言った。
「だって肉が一番高くてうまいじゃん」
そう答える俺は、子供の頃から肉料理は高級品だというイメージがあり、出てくれば一番に手を付けてしまう。
対するブレントは男爵家の三男ということもあり、このような店であっても食事をする際には貴族特有の上品な仕草が見え隠れしていた。
貴族と平民……本来ならばこのように気軽に会話をすることなどあり得ないのだが、俺たちが所属する第三騎士団は唯一平民を受け入れている騎士団であり、団員同士は無礼講が認められた特殊な環境だった。
しばらくは他愛ない雑談をしていたが、濃い茶色の髪を後ろに撫でつけ、翠の瞳に左頬に大きな傷跡のある男……バージル団長が皆に声をかけた。
「さて、今日集まってもらったのは……アリスターについて皆からの意見を聞きたいからだ」
アリスターとはこの国の第二王子の名前だ。
なぜ、王族であるアリスターのことを団長は敬称も付けずに呼び捨てにし、このように平民も交じった団員たちに意見を求めるのか……。
それには、さらに特殊な事情があった。
◇◇◇◇◇◇
それは五、六年前のことだ。
ある日、バージル団長が金髪にアイスブルーの瞳を持つ子供を引き摺って訓練所に現れ、『これからこいつも訓練に参加するから』と言い放った。
その子供の服装はどう見ても高位貴族の上等なそれで、話し方ひとつ取ってもどことなく気品が漂っている。
そして、なによりもこの国の王族のみが持つ金髪とアイスブルーの瞳の色で、この子供がどのような存在なのかは一目瞭然だった。
戸惑いまくる団員たちに、バージルは睨みを利かせながら『王族だからって特別待遇はするなよ』と逆に恐ろしい注文までつけてくる。
さすがに他の団員たちと全く同じように接することはできないが、アリスターを特別待遇をすることなく訓練に参加させることになってしまった。
(なんでこんな奴が訓練に参加してんだよ……)
その時の俺は第三騎士団の正規団員として認められたばかりの頃だった。
いくら平民を受け入れているとはいえ、王城勤務の第三騎士団は狭き門だ。
必死に努力を重ねてようやく入団できたとしても、そのあとには訓練生としての地獄の日々が待っており、そこでも篩にかけられる。
そうして、ようやく正規団員として認められるのだ。
それなのに、目の前のアリスターがいとも簡単に第三騎士団に仲間入りしている様子が面白くなかった。
王族なのだからこんな所に来る必要なんてないだろうと思う気持ちが、余計に苛立ちに拍車をかける。
しばらくして、そんな自身の考えをキース副団長へと訴えたのだが……。
『アリスター殿下が我が騎士団へと足を運んでくださるおかげで、第二王子の護衛と鍛錬を名目とした予算を新たに組んでもらえることになりましたので、無理ですね』
そう言ってあっさりと断られてしまう。
『いや、でも……アリスター殿下がいると皆も気を遣うし、士気も下がってしまうっていうか……』
なおも食い下がる俺に、キースの冷たい視線がささる。
『そんなものよりも、第三騎士団に分配される予算のほうが優先事項に決まっているでしょう?……いいですか、どれだけの予算が組まれるかによって我々の武器や防具の性能……つまりは、討伐の成功率に影響を及ぼします。たった金貨一枚の差が団員の命に関わるかもしれないんですよ』
『………』
『だから私はアリスター殿下を今更手放すつもりはありません』
キースは淡々とした口調できっぱりと告げる。
後に知ることになるのだが、キースが副団長の任についているのは、予算をぶんどる能力を買われてのことだった。
そのせいか、王城の財務部の連中にはずいぶん煙たがられているらしい。
結局は俺の中でモヤモヤとした気持ちは燻り続け、ついにはそれをアリスター本人へと向けてしまった。
他の団員と会話をしているアリスターの後ろを通りざまに、聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で舌打ちとともに悪態をつく。
『チッ……偉そうな口調で喋りやがって』
その瞬間、ピクリとアリスターの肩が揺れる。
第三騎士団では先輩に対して敬語を使うことはあっても、貴族特有の言い回しを団員同士で使うことはなかった。
しかし、王族であるアリスターだけは別だ。
だから、それが誰に対しての言葉であるかはすぐに気付いたのだろう。
(今思えば……ほんっとにやばかったな、俺)
当時の自分の器の小ささと視野の狭さと性格の悪さに、その場でのた打ち回りたくなる。
それに、王族であるアリスターに悪態をつくなんて、不敬罪で訴えられても文句も言えない。
それなのに、翌日も訓練所に現れたアリスターは……
『よ、よう!』
『え?』
『今日も皆よろしく頼む……いや、よろしくな!』
『………』
昨日の俺の嫌味を真に受けて、自身の言葉遣いを直してきたのだ。
それからは、懸命に言葉遣いを俺たちに合わせようとするアリスターに徐々に絆され、彼の立場の難しさや辛さを知り、アリスターが遊びではなくこの場所を必要としていることを理解した。
時間は少しかかったが、今では俺を含めた団員皆がアリスターを仲間だと認識している。
◇◇◇◇◇◇
「アリスターが最近元気がないことを気にしている奴も多いだろ?」
バージルが皆を見渡しながら話を続ける。
王立学園での魔獣襲撃事件をきっかけに、第二王子であるアリスターを取り巻く環境が一気に変わってしまった。
ただ、それでも学園卒業後の第三騎士団への入団が認められたと喜んでいたはずなのに、近頃のアリスターは元気がなく、その理由を本人に尋ねていいものかと俺もヤキモキしていた。
「それで、アリスターから無理矢理聞き出してみたんだが、どうやら大切な友人が近いうちに帝国へ行ってしまうらしい」
「それってもしかして……?」
「ああ、おそらくはルネ・クレメント嬢のことだろう」
ルネ・クレメントとは、魔獣襲撃事件の際にアリスターやブライアンの傷を完璧に治療した令嬢の名前だ。
たまたま翌日の狩猟大会の警備の最終確認のために学園の所有する森の中にいた俺たちは、アリスターが発動した緊急用の魔導具の信号にすぐに駆けつけることができた。
そこで、彼女の稀有な能力を目撃することになったのだが……。
「たしかに、アリスターとクレメント嬢は親しそうでしたね」
「アリスターからクッキーを貰ったとか言ってたよな?」
「それなら間違いないな」
他の団員たちが次々に意見を述べる。
アリスターは親しくなった相手と喜びを共有したいタイプらしく、俺たちにもお気に入りの菓子を振る舞うことが多々あった。
俺は甘いものが好きではないが、アリスターの期待に満ちた眼差しに断ることが出来ないまま今に至っている。
「じゃあ、クレメント嬢が帝国に行くということですか?」
今度は俺がバージルに質問をする。
「そのことについてはキースからも確認が取れているから、間違いはないだろう」
「キース副団長から……?」
「あいつの実の姉がクレメント男爵夫人なんだ。そこからの情報だから確かなはずだ」
「へぇー、そうなんですね」
他の団員たちの反応を見るに、キースとクレメント男爵夫人が姉弟であることをすでに知っている者も居たようだ。
俺もキースが貴族で子爵家の次男であることは知っていたが、詳しい家系や家の繋がりまではさっぱりわからない。
ちなみに今日の飲み会にキースは不参加だ。
基本的にキースは討伐成功の祝勝会など、公費で飲み食いできるものにしか参加しない。
「つまり、クレメント嬢が帝国に行ってしまうからアリスターはあんなにも落ち込んでいると?」
「そういうことだ」
バージルが深く頷いた。
「あの、それって……本当に友人なんですか?」
今度は俺の隣に座るブレントが声をあげる。
「学年は違うみたいだけど同じ学園なんだし、知り合うきっかけもあるだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくって……」
俺の言葉に、ブレントは真剣な表情を作る。
「クレメント嬢はアリスターのことを友人として見ているのかもしれないけど、アリスターは違うんじゃないかってことだよ」
「それって、もしかして……」
「なるほど……恋か」
俺の言葉をバージルが引き継いだ。
「たしかに、クレメント嬢って可愛らしい顔してたよな!」
「あれならアリスターが好きになるのもわかるわ」
「あいつ、ああいうのがタイプだったんだな」
「そっかぁ……ついにアリスターも恋なんてする年齢になったんだな……」
「いいなぁ!俺も学生時代に戻りてぇよ!」
皆が口々に感想を述べながら、自然にジョッキを傾けだした。
「ってことは……アリスターは遠距離恋愛になるのか?」
「うわぁ……それは辛いだろうに」
「いや、待て待て!そもそも恋人同士なのか?」
「あ!そっか、アリスターの片思いってこともあるのか……」
「それは、俺たちが応援してやらねぇとな!」
「あの時みたいにアドバイスしてやろうぜ!」
あの時とは、王立学園に入学する際に制服姿を俺たちに見せに来たアリスターに、皆で格好良く見える制服の着方をアドバイスしてやったのだ。
「待て待て待て!アリスターはあくまでも友人だって言い張ってるんだろ?だったら、アドバイスもさりげなくするべきじゃないか?」
「たしかになぁ……下手に片思いを指摘したら拗れそうだもんな」
「あれぐらいの年齢の男は繊細だからな。ああ、俺もあの頃に戻りてぇ……」
「よし、じゃあ皆でさりげなくアリスターの恋を応援してやろうぜ」
それからも俺たちは酒を飲みながら、アリスターの恋を成就させるべく様々な案を出し合った。
◇◇◇◇◇◇
「フィル、よかったらこれ……貰ってくれないか?」
「花……?急にどうしたんだ?」
「いや、友達に花を渡すのが流行ってるって教えてもらったんだよ」
「そ、そうなのか、ありがとう。……いい香りだな」
「だろ?今朝咲いたばかりのやつを庭師に切ってもらったんだ」
「うわぁ!キレイですね!私にはないんですか?」
「あんたに花渡してもたいして喜ばないだろ?ほら、あんたにはこっち」
「あ!これは……フィナンシェ!いい匂いがする〜」
「ちゃんとフィルにもわけてやれよ!」
「はーい!」
「そうだ、今度の休みって暇か?」
「特に予定はないが……」
「じゃあ歌劇なんてどうだ?バージル団長から友達と行って来いってチケットもらったんだよ」
「私も行きたいです!」
「悪いな、二枚しかないんだ」
「えー……行ってみたかったなぁ……」
「……ルネはアリスターと二人で行きたいのか?」
「ち、違いますよ!そういう意味じゃないですから!」
「ちょっ、俺を睨むなよ!」
「もちろんフィル先輩と行ってみたいですよ。そういえば、休日にお出かけデートってしたことなかったですよね?」
「そうだな。今度、休日に王都をいろいろ回ってみるか?」
「はい!」
「あ、俺も行きたい!」
「だから、休日デートなんです!」
「俺……友達と休日に遊んだことってないんだよな」
「うっ……だから、それは卑怯ですよ」
作中には書いていませんが、ウォルトはちゃんとアリスターに悪態をついたことを謝罪しています。
番外編は思いついたら書きますので、不定期投稿になります。すみません。(なので、一応完結にしてあります)
では、今日はインディ・ジョーンズの映画を父と観に行ってきまぁす。
父との映画……何年振りだろ?




