当たり前の世界
読んでいただき、ありがとうございます。
※本日三話目の投稿となります。
※最終話です。
よろしくお願いいたします。
魔獣の襲撃事件から一ヶ月半が経ち、私はネイティールの提案に乗り王立学園へ残りの約半年間だけ通うことを決める。
そして、そのことをクレメント男爵夫妻に告げると、補助金が打ち切られてしまうことをいたく惜しんでいたが、やはり王家の不祥事が招いたことだとして補助金の代わりに色々と優遇してもらえることになったと喜んでいた。
それでも、補助金のように直接お金を貰うほうが、新しく事業を立ち上げたりと有意義な使い方ができるのではないかと思ったのだが……
「ふふふっ、新しい事業を立ち上げて軌道に乗せるような才覚があれば、とっくに我が家は陞爵しているわ」
そんな、ないものねだりをするよりも安定している事業に一枚噛ませてもらえるほうが有り難いと言うクレメント男爵夫人の言葉に、ようやく安心することができた。
そして、ネイティールから学園へ通うにあたっての条件である護衛を紹介してもらうことになる。
「このドロテが君の護衛に付くよ」
「ご挨拶が遅れました。ドロテと申します」
黒髪金目の従者が笑顔で挨拶をする。
「ルネ・クレメントです。こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を返しながらもドロテの姿をじっと観察する。
初めて会った時からこの従者の性別がわからないままだったからだ。
声を聞けば判断できるかと思ったが、どちらの性別ともとれるハスキーな声で……やっぱりわからない。
そんな私の考えを見抜いたのか、ドロテは口元に笑みを浮かべたままさらりと言った。
「大丈夫です。こう見えて私はメスでして」
「メス……?」
なかなか変わった表現をされる。
「お互いメス同士ですから安心でしょう?」
「そ、そうですね」
たしかに護衛が同性のほうがこちらとしても着換えやトイレなどは気を遣わなくてすむ。
「そういえば、おいくつなんですか?」
「人間でいうと二百歳くらいでしょうか」
「……お若く見えますね」
なるほど。
彼女はこういった表現をするタイプの人なのだろう。
あれだ、キャラが立つ人なのだ。
たしか、前世でも自分の年齢が十万歳だと言っていた閣下がいた。
さすが隠れ攻略対象者の従者、中身が平凡な当て馬ヒロインでは敵いそうもない。
そんなドロテを護衛として連れて、私は再び王立学園へと通うことになった。
◇◇◇◇◇◇
昼休み、裏庭のベンチにフィルを真ん中に三人で並んで座る。
この時間はフィルやアリスターが私の側にいるからと、ドロテには別の場所で休憩を取ってもらうことにしている。
フィルの右隣に座るアリスターは、私が休んでいる間にすっかり学園の人気者へと進化していた。
どうやら、ギャップ萌え作戦によってゆるやかに上昇していた評判が、魔獣襲撃事件の活躍により一気に上がったらしい。
そして、反対に魔獣襲撃事件でその評判を落としたのはブライアンとアデールだった。
あの事件で狙われたのはブライアンで、それに周りの生徒たちが巻き込まれてしまったこと、そのせいで多くの生徒たちの身体に傷跡が残ってしまったこと、その傷跡を治療できる可能性があった私をザイトニア帝国に奪われてしまったこと……。
その他にも様々な要因が絡み合い、結果的にブライアンが責任を取る形で落ち着いた。
王家から私の名誉を回復する内容の声明が発表されるとともに、ブライアンの立太子の儀式を取りやめることが発表される。
立太子直前の出来事に貴族たちは震撼し、ブライアンとアデールの周りからは一気に人がいなくなってしまった。
今では腫れ物を扱うように周りからは遠巻きにされており、彼らが築き上げた派閥は見る影もない。
三人の攻略対象者たちもブライアンの側近として長年扱われていたので、居場所を失った彼らもまた浮いてしまっているようだ。
「じゃあ、アリスター殿下が王太子になるんですか?」
アリスターが持って来てくれたロイヤルなマドレーヌを堪能しながら、素朴な疑問を投げかける。
「そんなの俺には無理に決まってんだろ」
「でも、順番どおりならアリスター殿下ですよね?」
「まあ、そうなんだけど……。やっぱり俺が王位に就くとややこしいことになりそうなんだよ」
アリスターの説明によると、これまでブライアン派の貴族たちに冷遇されていたアリスターが王太子になると混乱を招いてしまうこと。
その混乱に乗じて良からぬ企みをする者が増えることが懸念されるらしい。
「そういうもんなんですか?」
「実際に、今回の魔獣襲撃だってそのせいだったろ?」
「あー……」
つい先日、魔獣襲撃事件の首謀者とその計画に加担した者たちが捕まった。
首謀者はシュルツ侯爵家。
アデールの生家であるワウテレス公爵家と敵対関係にあり、学園での評判が回復したアリスターに婚約話を持ち掛けてきた家でもある。
ブライアンを亡き者にしたあと、アリスターと娘を婚約させて一気に勢力を巻き返そうと企んだようだ。
ある意味シュルツ侯爵家の企みは成功し、ブライアンを失脚させることには成功したが、魔獣襲撃事件の首謀者ということが明るみになり結局は場を引っ掻き回すだけで終わってしまった。
ちなみに、この犯人探しにはネイティールが関与していたらしい。
(もしかして、それがネイティールルートのストーリーだったりして……)
隠しルートどころか、本編すらも途中でやめてしまった私にはわからないが、そんな可能性もあるのかもしれない……なんてことを考えてみる。
「それで、結局はどうなったんだ?」
フィルの問いかけにアリスターは少し眉を下げながら答えた。
「継承順位を変更することになって、クリフトン叔父上が継承順位第一位に決まった。それで、叔父上の息子のデリックが第二位」
クリフトンとは現国王の弟である。つまりは王弟を中継ぎとして、まだ幼いデリックをこれから王太子として教育していくことになるようだ。
アリスターもデリックを支持することをすでに表明したという。
「それで……兄上は王位継承権を放棄した」
「………」
「まだわかんねぇけど、おそらく一代限りの爵位と領地を賜って、そこでワウテレス嬢と暮らしていくことになると思う……」
アリスターは淡々とした口調だったが、膝に乗せたその手は固く握り締められている。
「アリスターの継承権はどうなった?」
「さすがに俺まで放棄することは認められなかったな。だけど、卒業したあとの第三騎士団への入団は認めてもらえたんだ」
「良かったですね!」
「ああ。今の俺ならいい広告塔になるってキース副団長も喜んでくれてた」
嬉しそうに笑うアリスターを見て、ほっと胸をなでおろす。
「そういえば、最近いろんな奴からあんたに取り次いでくれって頼まれるんだよな」
「え?私にですか?」
「ああ。なんか傷跡を治療してほしいからって」
ネイティールには傷跡が残ってしまった生徒たちの治療を引き受けると伝えたが、じっけ……練習には準備がいるからと言われて、いまだに誰一人として治療をしていないし、そのことを告げてもいないようだ。
まあ、留学まで半年あるから……と、私は思っているが、そんなことを知らない生徒たちは必死になっている。
「ご迷惑をかけてしまって、すみません」
「別にあんたが謝ることじゃないだろ?それに、『傷跡が気になるんなら第三騎士団に入ったらどうだ?』って言えば、だいたいの奴が黙るから大丈夫」
そういえば、第三騎士団の団長の頬に大きな傷跡があったことを思い出す。
「第三騎士団の連中なんてしょっちゅう怪我してるからな」
「そうなんですね」
「ああ。それに誰が一番格好いい傷跡かを競い合ったりしてるんだ」
「格好いい傷跡?」
「そう!一番人気なのはやっぱり片目だけに付けられた傷跡かなぁ。眼帯も着けれるしさ!」
「たしかに、それはなかなかいいな」
まさかのフィルが興味を示した。
「だろ?あとは、胸元とか腕とか、服を着てても見えやすい場所が人気だな」
ちなみに一番不人気だったのが小鬼にお尻を噛まれてしまった時の傷跡らしい……。
そういえば、アリスターは出会った頃からフィルの火傷跡には全く触れていなかったが、もしかしたら第三騎士団で見慣れていたので何とも思わなかったのかもしれない。
私はちらりとフィルの火傷跡に目を遣る。
「ん?どうした?」
「いえ、フィル先輩のその火傷跡もいつか私が治してあげれたらいいなぁって……」
そう言うと、フィルは驚いたように少しだけ目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。
「この火傷跡……まだ気になるか?」
「いえ、別に。もう見慣れちゃいましたし」
「じゃあ治す必要はもうないだろ?」
「え?でも……」
あんなに気にしてたのに?
「ルネが気にならないなら、俺も気にならないから」
「そ、そうですか」
そのまま、フィルの甘やかな視線に絡め取られ、頬がじんわりと熱を帯びる。
まあ、フィルが必要ないと言うのならそれでもいいかと思い直す。
「なあ、俺を忘れていちゃつくなよ」
すると、フィルの右隣から低い声が聞こえる。
「いちゃついてなんていませんよ!」
「今、完全に二人の世界だったぞ。どうせ二人で帝国に行くんだから、もっと俺との時間を大切にしてくれたっていいだろ」
アリスターが拗ねてしまった。
「俺だけ置いてけぼりなのに……」
「アリスター、悪かった」
「でも、恋人との時間も大切なんですよ」
「それは帝国で二人の時に勝手にやれよ」
「学生の間にしかできないことだってあるんです」
「ふーん、例えば?」
「えーっと、制服デートとか……」
「じゃあ、放課後カフェに行くか?」
「はい!」
「あ、俺も行きたい」
「だから、制服デートなんです!」
「俺……友達と放課後にカフェって行ったことないんだよな」
「うっ……それは卑怯ですよ」
そんなふうに騒いでいると、ふと視線を感じた。
裏庭のいつもの木の上に尻尾をダラリと下げた黒猫が微睡んでいる。
前世の記憶を突然思い出し、訳がわからないまま当て馬ヒロインとして振り回され続けた日々だった。
結局、ゲームをプレイしていない私にはこれがエンディングを迎えたのかどうかすらわからない。
でも、それが当たり前なんだと思う。
これからも私はこの世界でたくさんの人に出会い、悩んだり怒ったり楽しんだりしながら生きて行くのだろう。
それに……
アリスターを宥めているフィルにちらりと視線を送る。
当て馬でもヒロインでもなく……ただのルネとして、この攻略対象者でもスパダリでもないとびっきり素敵なフィルとの時間を重ねていくのだ。
これにて完結となります。
たくさんの感想やブックマーク、評価やイイネも執筆の励みになりました。本当にありがとうございます。
特に感想には登場人物に秀逸なあだ名が付けられたり、深い考察があったりと、大変楽しませていただきました。
完結前にこんなに感想を書いていただけたのは初めてです。(100件超えてました!)
もし、この作品を読んでわかりづらい表現があれば、感想欄に必ず誰かがわかりやすく考察を書いてくださってますので、ぜひ覗いてみて下さい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※この作品の書籍化が決定いたしました!ありがとうございます!




