二人の関係
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話は本日二話目の投稿となります。
よろしくお願いいたします。
誤字脱字報告いつもありがとうございます。助かります。
紅茶のおかわりを頼むためにメイドを呼ぶと、先ほどとは別のメイドが現れた。その顔面は真っ赤になっており、額には薄らと汗が光っている。
きっとメイド同士の壮絶な争いの末、見事このおかわりの役目を勝ち取った猛者が彼女なのだろう。
「実はこれが一番の本題になるんだけど……」
熱に浮かされたような表情のメイドが退出したあと、ネイティールはそう切り出した。途端に私は何を言われるのかと身構えてしまう。
「君さえよければ、うちの国に来てもらえないだろうか?」
「え?……ザイトニア帝国にですか?」
「ああ。我が国にとっても光魔法使いは貴重な人材なんだ。しかも、君はそれ以上に素晴らしい能力を有している。ぜひとも我が国の医務局に所属してほしい」
まさかのヘッドハンティングだった。
「君の能力があれば多くの帝国民が救われる。皆が君のことを称え、羨望の眼差しを向けることになるだろう」
「そう……ですか……」
ネイティールは褒めてくれているのだろうが、あまりピンと来ずに中途半端な相槌になってしまう。
すると、彼の後ろに控えていた黒髪金目の従者がネイティールに何やら耳打ちをする。
軽く咳払いをしたネイティールが再び私を見つめた。
「それと、帝国の報酬は、この国の医務局で支払われる初任給の倍は確約できるよ」
「そうなんですね!」
急にものすごくピンときた。
「ちなみに帝国の医務局の福利厚生は……?」
「週休二日制で別途リフレッシュ休暇も取得可能。騎士団の遠征などに付き添わなければならないこともあるけど、こちらも帰還後に特別手当や特別休暇も用意されている。住む所は王城の敷地内に医務局の寮があるし、条件を満たす家であれば家賃補助も申請できる」
「なるほど……。実は以前からザイトニア帝国にものすごく興味があったんです」
実際は今ものすごく興味が湧いたのだが、時差なんてたいした問題にはならないだろう。
「じゃあ帝国に来てくれる?」
「……行くとすればいつ頃になりますか?」
「そうだね……。今すぐにでも構わないし、僕の留学が終わる時期に合わせてもいいかな」
ネイティールの留学は一年間だけの予定だったらしい。
(じゃあフィル先輩が卒業するのと同時くらいか……)
学園を退学すればフィルと二人で会う機会はなくなる。けれど、ザイトニア帝国に行けばもう偶然に会うことすらできなくなってしまう。
会えなくなることに違いはないけれど……。
悩む私に、ネイティールはその金の瞳を柔らかく細めて一つの提案をしてくれた。
「僕の留学が終わるまで学園に通うのはどう?」
「え?でも、退学は……?」
「君の退学はまだ正式には受理されていないから、残り二年をザイトニア帝国に留学するという形を取ることもできるんだ。ただし、学園に通う間はこちらから護衛を付けさせてもらうことになるけど」
そう言って、後ろに控えている従者に目配せをしている。
「もう一度学園に……」
「そう。君には大切な友人がいるんだろ?それなら、きちんと思い出を作ってからお別れをしたほうがいい」
ネイティールの言葉に、裏庭のベンチと眼鏡の奥の榛色の瞳を思い浮かべる。
「ネイティール殿下にも大切な友人はいますか?」
ふと、そんな質問をネイティールに投げかける。
彼も留学を終えれば帝国に帰らなければならない。友人と離れるのが辛いからこその言葉なのかと思ったのだ。
「あー、僕はあまり人付き合いが得意ではなくてね……」
しかし、ネイティールはそう言いながら苦笑いを浮かべる。
「そうなんですね。得意じゃないなら無理に友人を作らなくてもいいと思いますよ」
余計な質問をしてしまったと、慌ててそのようにフォローの言葉を伝える。
すると、ネイティールはその金の瞳を大きく見開き……そのままクスクスと笑い始めた。
なぜか、後ろに控えている従者も笑っている。
何かとんでもないことをやらかしてしまったのかと、得意の謝罪の言葉を繰り出す。
「失礼な発言をお許しください」
「いや、全然失礼じゃないよ。……君と友人になる道のりは長そうだね」
「………?」
ネイティールの言葉の意味はよくわからなかったが、これ以上失礼な発言を重ねることがないように無言のまま微笑むことで誤魔化しておいた。
◇◇◇◇◇◇
今日は久しぶりにフィルがクレメント男爵家へと足を運んでくれた。
私はテーブルを挟んだ向かいのソファに座るフィルの顔を眺めている。
(ああ、落ち着く……)
五日前に来訪したネイティールの芸術品のような顔立ちは素晴らしいと思うが、私はやはりフィルの普通の顔のほうが落ち着くから好きだ。
「おい、なんでそんなにじろじろ見てくるんだ?」
「フィル先輩の顔のほうが落ち着くなぁって……」
「……それ、絶対褒め言葉じゃないやつだろ?」
フィルが疑わしい目でこちらを見つめ返してきて、慌てて目を逸らしてしまう。
急に見つめ返されると心臓に悪いじゃないかと心の中で苦情を言いながら、思いきり話題を変えた。
「フィル先輩、どうして最近は来てくれなかったんですか?」
「……ちょっと色々忙しかったからな」
学園が始まってからも放課後に顔を出してくれていたのに、この五日間はぱったりと会いに来てくれなくなっていた。
「そうなんですねー」
「拗ねるなよ」
「別に拗ねてませんよー」
「いや、めちゃくちゃ拗ねてるだろ」
そのまま多少の言い争いに発展したあと、フィルが少し改まったように口を開いた。
「それで、お前のほうはどうなったんだ?」
「………」
彼が聞きたいのは私の進退についてだ。
「ザイトニア帝国へ行くことになりました」
「そうか……。いつだ?」
あまり驚いていない様子のフィルを不審に思いつつ、そのまま言葉を続ける。
「まだ調整中なんですけど、おそらく半年後には……」
「それなら良かった」
「え?」
「俺も半年後にはザイトニア帝国だ」
「ええーっ!?」
あまりに信じられない発言に、つい大声が出てしまった。
「うるさいぞ」
「だって……えー……だって、そんな」
私の反応にフィルはなんだか満足そうな表情を浮かべている。
対する私はまだ混乱の渦中にいた。
だって、フィルは学園を卒業後、王城の精神科医に弟子入りする予定だったはずだ。
そのことを指摘すると、ザイトニア帝国の別の精神科医に弟子入りすることが決まったと、あっさり返されてしまう。
「ネイティール第三皇子が推薦状を用意してくれたからすんなり通ったよ」
その手続きなどのためにここ最近の放課後は忙しくしていたそうだ。
卒業後の進路がほぼ決定していたフィルが、こんなギリギリで進路変更……しかも、他国へ行くなんて、理由は一つしか思い浮かばない。
「もしかして……私のため、ですか?」
「まあな……。だけど、それだけじゃない。この国よりもザイトニア帝国のほうが精神科医は一般的で民にも根付いている。そっちのほうが学べることが多いと俺が判断したんだ」
その返事を聞いて、私は一気に血の気が引いてしまう。
「それでも、この国を離れるって考えたのは私のせいですよね?そんな……私みたいな一患者のために人生を左右する大切なことを決めちゃダメですよ!」
「は?」
私の渾身の叫びに、フィルは顔を歪めて固まった。
そして、信じられないものでも見るかのような目を向けてくる。
「お前は……ここまでしてもまだそんなこと言ってるのか?」
「え?」
「何のために毎日ここに来ていたと思ってる?」
「それは……私の体調を心配してお見舞いに……」
「見舞いは最初の一回だけだ。そもそも、お前とっくに治ってるだろ」
「ええっ?」
まさか、仮病がバレているとは思わなかった。
「ああ、お前は鈍感ヒロインだったな……」
そう呟くと、フィルは深い深いため息を吐く。
鈍感ヒロインはゲームのルネだと言い返したいが、今は言えるような空気ではない。
「じゃあ、なんで……?」
「お前に会いたいから来てるんだよ!」
「でも、私のことカウンセリングの練習台だって……だから声をかけたって」
「……半分だけだって言ったはずだ」
「………」
そう言えば、裏庭のベンチに座る私に声をかけた理由は精神科医としてかとフィルに聞いたとき、半分は当たりだと答えていた。
「じゃあ、残りの半分は……?」
「顔がものすごく好みのタイプだった」
「顔……」
まさかの理由……しかし、たしかに私の顔は可愛い。
当て馬だが、きちんとヒロイン仕様の顔になっている。
「それで声をかけてみたら、思ってたのとは違ったけど喋ると面白くて、くるくる変わる表情はいくら見ていても飽きない。俺のこの火傷の跡を見慣れると言ってくれたのも嬉しかった。俺のことを素直に慕ってくれてる姿はめちゃくちゃ可愛いし、お前が困っていたら何としてでも助けて守ってやりたくなる」
突然のフィルの想いが込められた数々の言葉が私の胸を打ち、心臓がドキンドキンとうるさいくらいに高鳴っていく。
「これがお前を好きになった理由だ。……まだまだあるけど聞きたいか?」
「も、もう十分ですぅ……」
そう言いながら、私は両手で熱く火照った顔を覆って俯いた。
こんなにストレートな告白をされ、もう恥ずかしいやら照れくさいやらで完全なるキャパオーバーだった。
フィルはソファから立ち上がるとそんな私に歩み寄り、その場に跪く。
「それで、返事は?」
「………」
「俺はちゃんと言ったぞ。ルネの気持ちも聞かせてほしい」
フィルのその言葉に、私は顔を両手で覆ったまま深く息を吸い込み覚悟を決める。
「あ、あの……私も、フィル先輩と離れちゃうのが寂しくて……」
「うん」
「その、これからも一緒にいられたらいいなって、ずっと思ってて……」
「それで?」
「わ、私もフィル先輩のことが好きです」
ついに言ってしまった……。
自分の気持ちをきちんと言葉にするとなんだか胸の内側からじわじわと熱が膨らみ、フィルへの気持ちを実感してしまう。
「ルネ、顔を隠すな」
「恥ずかしいんです!察してください!」
「でも俺はルネの顔が見たい」
「………」
「顔を見せてくれ」
優しいフィルの声音にそろりと両手をおろし、火照ったままの顔を上げる。
そんな私をフィルが愛しげに見つめていた。
「なあ、触れてもいいか?」
「はい……」
フィルの右手がそっと私の左頬に触れる。まるでその触れられている部分だけが熱を持ったようだ。
「ルネが寂しくないように、これからもずっと側にいるから」
「はい……」
初めて聞くその甘やかさを含んだ声に、私は熱に浮かされたかのようにただじっとフィルの榛色の瞳を見つめる。
互いの視線が絡み合うとそのままフィルの顔が近付き、唇が重ね合わさる瞬間にそっと目を閉じた。
次話が最終話となります。




