悪役令嬢から見た彼女3(side.アデール)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はアデール視点の最終話となります。
※本日二話目の投稿です。
よろしくお願いいたします。
そんなことを考えながら歩いているうちに応接室の前に到着し、その扉が開かれると愛しい彼の柔らかな声が響いた。
「アデール、久しぶり。元気にしていた?」
「……ブライアン様?」
しかし、現れたブライアンは少し痩せた頬に憔悴したような表情、そこにはいつものような覇気は感じられない。
ソファに座るよう勧められるとすぐにメイドが二人分の紅茶の用意をし、一礼をしてから退出すると部屋に二人きりとなる。
「あの、ブライアン様……どこか体調を崩されたのですか?」
「いや、ハティによる傷も完治しているし、身体に異常はない」
「………」
しかし、どう見ても今の彼の様子はおかしい。
「何かあったのですか?」
「……アリスターが王弟の役目を辞退した」
「え?」
静かに告げられたブライアンの言葉に、私は驚きで目を丸くする。
「王位継承権を放棄することも視野に入れているそうだ」
「それは……」
そのあとの言葉が続かない。
ゲームでは王太子の地位を狙っていたアリスター。そんな彼から距離を取ることで、ブライアンは自身の地位と身の安全を守ってきた。
そのアリスターが王弟の役目を放棄したことは、ブライアンにとっては喜ばしいことだ。
そのはずなのに、今のブライアンにはまるで追い詰められているかのような雰囲気があった。
沈黙が流れる。
すると、ブライアンが口を開いた。
「父上から私たち二人に話があると呼ばれている」
「それは、どのような……?」
「わからない。ただ、あまりいい話ではないだろう」
「………」
ブライアンのその言葉に心臓がドクドクと音をたてる。
馬車の中で考えていたことが現実になってしまうのではと、目の前が暗くなっていく。
そんな私の膝の上に置いた両手の上に、ブライアンが自分の手をそっと重ねた。
彼のアイスブルーの瞳が真剣味を帯びて私を見つめる。
「アデール。ずっと昔に君に誓ったことを覚えてる?」
「誓い……」
「そう。私は今でもその誓いを忘れていないから……。決して君を悪役令嬢にはさせない」
◇◇◇◇◇◇
貴賓室にブライアンと共に足を踏み入れると、そこには国王、王妃、宰相、そして父であるワウテレス公爵が待ち構えていた。
彼らのその張り詰めた表情から、ブライアンの言うとおり悪い話であることが窺えてしまう。
宰相からこれまでの経緯を説明される。
実は王立学園に帝国の第三皇子が通っていたこと、彼によってこれまでの学園の生徒たちによるルネへの行いが全て魔石に記録されていること、その映像と引き換えにルネの名誉回復と帝国への引き渡しを求められていること……。
自分の知らぬところでそのような話があったことに驚くとともに、帝国の第三皇子の名前を聞いた瞬間、スマホ画面に浮び上がる黒髪金目の先ほどすれ違った彼のイラストと『追加ダウンロードコンテンツ配信決定』の文字が頭に閃いた。
(そんな……でも、たしかに彼だった……)
もうすでに何年も昔のものになってしまった前世の記憶を必死に思い起こす。
しかし、まだ配信が決定したばかりの頃で新たなキャラクターとして彼の名前とイラストしか発表はされていなかった。
私が前世でプレイすることのできなかったゲームのストーリーが動き出していたのかと愕然としてしまう。
しかし、そんな私の動揺を置き去りに、宰相の説明は続いている。
「クレメント嬢を帝国に引き渡すことはこちらも同意したのですが、彼女の名誉回復の件がなかなか難しく……」
もう一度調べ直したルネの経歴に問題はなく、しかしブライアンの名誉も守らねばならないため、なんとかネイティール皇子に交渉を試みたそうだ。
ルネには慰謝料を渡すこと、そして生徒たちが直接ルネに謝罪をすることを提案する。
その中には、生徒たちの傷跡を直接ルネに見てもらうことで彼女の同情を誘い、あわよくばそのままルネ本人に治療を頼み込むという魂胆も多少含まれていた。
しかし、そんなこちらからの提案を一蹴したネイティール皇子から新たな魔石の映像が提供されたという。
「それが……魔獣から襲撃された時の映像で。そこにはワウテレス嬢が『このイベントは明日のはずなのに』と発言されている姿が映し出されておりました」
「あ……」
心当たりのある自身の言葉に思わず声が漏れる。
「あれほどの襲撃でワウテレス嬢が無傷であったことも引き合いに出し、今回の襲撃にワウテレス嬢が関与しているのではと仄めかされまして……」
その言葉に全身から血の気が引いていく。
まさか、魔獣襲撃の犯人として疑われているなんて……。
(どうしてこんなことに?私は魔獣襲撃になんて関わっていないのに!)
前世で何度も見たゲーム画面の中の悪役令嬢アデールの断罪シーンが頭に浮び上がり、恐怖が身体中を駆け巡っていく。
「父上、発言をしてもよろしいでしょうか?」
そこにブライアンが口を挟んだ。
「ああ、言ってみろ」
「今回のアデールの発言は、魔獣の襲撃による混乱とパニックによるものです。彼女は翌日の狩猟大会の警備に心を砕いていましたから、そのような言葉が出てしまったのでしょう」
冷静なブライアンの言葉に、恐怖に呑まれそうになっていた私は目を瞠る。
「それに、アデールが襲撃に関与していないことはすでにお気付きなのでは?」
「……ああ。魔獣襲撃についてはある程度は犯人の目星がついている。まだ確固たる証拠はないがな」
そのあとの言葉を王妃が引き継ぐ。
「犯人である無しが問題ではないのよ。まるでアデール嬢が犯人であるかのような疑わしい映像が存在することが問題なの。これが公にされてしまえばどのようなことになるか……」
王妃の言葉を聞き、ワウテレス公爵の顔色がどんどんと悪くなっていく。
映像が公になれば王太子妃になれないどころか、アデールの評価は地に落ちてしまいワウテレス公爵家も無傷ではいられない。
「では、ネイティール第三皇子へお伝えください。ブライアン・マリフォレスが全ての責任を取ると」
ブライアンの突然のその言葉に、その場にいた全員が息を呑む。
「ルネ・クレメント男爵令嬢の名誉回復のため、王家から正式な声明を発表してください。そして、私の立太子の儀を取りやめる声明も……」
「ブライアン……あなた……」
「母上、これで私も無傷ではなくなりました。私のせいで傷を負った生徒たちの溜飲も少しは下がるのではないでしょうか?」
「………」
「この方法ならば私一人で全てが丸く収まります」
そして、ブライアンはワウテレス公爵に向き直る。
「アデール嬢を王太子妃にすることができず申し訳ありません」
そう言ってブライアンは深く頭を下げた。
「ブライアン様!」
信じられない言葉に思わず大きな声でブライアンの名を呼ぶ。
すると、彼は何も言わずに出会った頃と変わらぬ優しい笑みを私に向ける。
──私は愛しい彼の人生を犠牲にすることで、断罪される悪役令嬢の運命から逃れたのだった……。
感想欄にてアデールの魔獣襲撃時の発言が使われるとの考察が正解した方……おめでとうございます!
いよいよ次回が最終話になる予定です。
書くのに時間がかかりそう(長くなりそう)なので、水曜日の8時頃の投稿になります。
よろしくお願いいたします。




