悪役令嬢から見た彼女2(side.アデール)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話もアデール視点となります。
※長くなってしまったので二つに分けて投稿します。
これは本日一話目です。
よろしくお願いいたします。
あの魔獣の襲撃から二週間が経ち、長らく休校していた学園は無事に再開した。
しかし、久しぶりに登校する生徒たちの表情は皆どこか不安げで、あまり明るいとは言い難い雰囲気だ。
私も久しぶりに皆に会える喜びと、怪我を負った友人たちを心配する気持ち、そして、これから何が起こるのかわからない緊張感……それらが綯い交ぜになったような何とも言えない気分のまま教室へと歩いて行く。
この二週間は学園の生徒の誰とも連絡を取ることはなかった。
王族も巻き込まれたこの事件には箝口令が敷かれ、怪我を負った友人たちに不用意に手紙を送ることも躊躇われたからだ。
もちろん、それはブライアンに対しても同じであった。
「カミーユ様、エマ様」
前を歩く薄紫色のウェーブがかった長い髪の女生徒と、焦げ茶色の髪を一つに結った女生徒の姿を見つけて声をかける。
振り向いた彼女たちは私の顔を見るとぎこちなく微笑んだ。
「……おはようございます。アデール様」
「ええ、おはようございます」
カミーユとエマの二人とはクラスは違うが仲が良く、あの中庭のお茶会にも参加していた。
「お二人とも怪我の具合はいかがですか?」
「幸い傷自体はそれほど深いものではなく、目立たない場所でしたので……」
「わたくしもです」
「そうでしたか。それは良かったです」
私は笑顔でほっと胸をなでおろす。
「アデール様もお怪我を?」
「いえ、私はクライブ様たちが守ってくださったので、有り難いことに怪我はありませんでした」
「そう……ですか……」
そう言ったカミーユの表情が一瞬だけ強張る。
(え?……)
しかし、すぐに「アデール様にお怪我がなくて良かったです」と言って微笑んだ。
そのまま二人と会話を続けるうちに先ほどの違和感はいつの間にか薄れていく。
「そういえば、ブリジット様は……?」
私の言葉にカミーユとエマは互いに顔を見合わせる。そして、エマが口を開いた。
「その、ブリジット様はまだ怪我の具合が悪いようでして、本日はお休みを……」
「まあ!」
怪我をした生徒たちは、王城の医務局に所属する光魔法の使い手たちによって治療を受けたと聞いている。それなのにまだ具合が悪いという話に驚いた。
「それは心配ね……。そうだわ!お見舞いに行くのはどうかしら?」
「え?」
もしかしたら、ブリジットを治療した光魔法使いの腕がイマイチだったのかもしれない。
あまりに傷の具合が悪いようならば、別の光魔法使いを紹介するのもいいだろう。
そんなことを二人に提案してみるが、なぜだか彼女たちの反応が薄い。
どうしたのだろうと思っているうちに互いのクラスの教室に着いたので、彼女たちとは別れて一人教室へと入る。
クラスメイトたちと挨拶を交わしながらちらりと窓際の席に視線を向けると、友人と会話をしているフィルの姿が視界に入った。
と、私の視線に気付いたのかフィルがその榛色の瞳をこちらに向ける。
途端に緊張で息が詰まるが、彼はまるで私のことなど興味がないようにすぐに視線を友人へと戻してしまう。
そこで授業の準備を促すチャイムの音が鳴った。
皆が自分たちの席に向かうが、ブライアンもクライブもまだ教室には来ていない。
私は不安な気持ちのまま自分の席へと向かう。
結局、授業が始まってもブライアンもクライブも教室には現れなかった。
それどころか、昼休みにいつも皆で食事をする校内のカフェテリアに向かうと、多くの友人たち……魔獣の襲撃被害に遭った生徒たちが欠席していることを知る。
(一体、どうしたのかしら?)
それに、なんだか私に対する皆の態度がいつもと違ってよそよそしく感じる。
変わらないのは宰相の子息イライアスと魔術師団長の子息セシルだけであった。
◇◇◇◇◇◇
落ち着かない気持ちのまま、ようやく下校の時間となりワウテレス公爵家の馬車に乗る。
すると、御者からこのまま王城へ向かうことを告げられる。
父であるワウテレス公爵から急ぎ王城へ向かうようにと連絡があったというのだ。
婚約者であるブライアンと過ごすために王城へ呼ばれたことは何度もあったが、このような緊急の呼び出しは初めてのことだった。
本来ならばしっかりと正装をすべきところだが、今回は学園の制服のままで構わないそうだ。
王城へと向かう馬車の中、呼び出された理由がわからずに一気に不安に襲われる。
父からの伝言とはいえ王城で話があるということは、王族に関することだろう。
『さすが悪役令嬢だな』
フィルの声が再び脳裏に蘇る。
ゲームでの悪役令嬢アデールの最後は、ブライアンに婚約破棄を告げられて王都から追放処分を受ける。そして、領地にある修道院で一生を過ごすことになるのだ。
(まさか……でも、そんなはずはないわ……)
ブライアンはヒロインが現れても変わらず私のことを愛していると言ってくれた。
(大丈夫……きっと大丈夫……)
自分にそう言い聞かせ続ける。
しばらく馬車を走らせ、王城に到着するとメイドに出迎えられてそのまま応接室へと案内される。
広い廊下を案内係のメイドの後ろを付いて歩いて行く。
すると、向かいから私と同じように案内係のメイドの後ろを歩いている二人の姿が遠目に見えた。
王城内で案内係のメイドが付いているということは、客人として呼ばれたことを意味しており、そのような場合は相手に声をかけることはタブーだ。
私は相手とすれ違う手前で会釈だけでもしたほうがいいだろうかと考えていると、向かいから歩いて来る案内係のメイドの様子がおかしいことに気がついた。
顔を真っ赤にして時折後ろの客人にちらちらと視線を送っているのだ。
王城に勤務しているメイドにあるまじき行為に驚きつつも、つい私もその客人に視線を向けてしまう。
その瞬間、心臓が跳ね上がった。
柔らかな黒髪に形の良い額、キラキラと輝く金の瞳に薄い唇……まるで精巧に作られた人形のような美しさに目が離せなくなる。
すると、私の視線に気付いた彼がこちらに顔を向け、少し驚いたようにその金の瞳を大きくする。
しかし、そのあとに向けられた冷たい視線と嫌悪をあらわにした表情に、ぞくりと背中に悪寒が走った。
それは一瞬の出来事で、すぐにその彼は私から視線を外すとそのまま何事もなかったかのようにすれ違って行ってしまう。
突然の出来事に頭の中が混乱する。
顔をじろじろと見たことで不快感を与えてしまったのだろうか。もしかしたら、制服姿だったのが良くなかったのかもしれない……。
初対面の相手からこのように露骨な敵意を向けられたことは初めてだった。
(初対面……?)
そう、初対面のはずだ。
あんなに美しい顔の相手に会って忘れるはずがない。
しかし、なんとなく彼の顔に既視感を覚える。ずっと昔にどこかで見たような気がした。
ストーリーにはあまり関係のない補足になりますが、騎士団長子息クライブが学園を休んでいるのは、魔獣襲撃時にブライアンを守れなかった(アデールを優先した)ことにより、自宅にて謹慎処分を受けているからです。
次話は9時頃に投稿予定です。




