悪役令嬢から見た彼女1(side.アデール)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はアデール視点となります。
よろしくお願いいたします。
追記。6月23日11時半頃に後半部分を改稿しました。
「………え?」
目覚めるとそこは見慣れない部屋のベッドの中だった。
身体がひどくだるくて頭も痛い。
ぼんやりとした意識の中に私の記憶がゆっくりと流れ込んでくる。
無事に大学に合格したこと、春休みの卒業旅行を楽しみにしていたこと、大好きな乙女ゲームの追加ダウンロードコンテンツが発表されたこと……。
幸せいっぱいだったはずなのに、迫りくるトラックと誰かの叫び声を最後に私の記憶は途絶えてしまっていた。
どうやら私は事故で死んでしまい、この年の頃が十歳くらいの銀髪の少女に転生してしまったらしい。そして、しばらくしてその転生した少女が『癒しの君と恋を紡ぐ』という乙女ゲームの悪役令嬢であることに気付いてしまった。
『癒しの君と恋を紡ぐ』
それは、前世の私が大好きだった王道の学園モノ乙女ゲームで、特に魅力的な攻略対象者たちが人気で、私も全ルートを完全攻略するほどにはまっていた。
その中でもメインヒーローのブライアン王子が一番の推しで、まさに王子様なセリフと行動にドキドキしたり、実は愛情に飢えている孤独な一面があったりと、そんなギャップも好きだった。
追加ダウンロードコンテンツの発売を心待ちにしていたのに、結局プレイ出来ずに死んでしまったことだけが心残りでもある。
(だけど、私は悪役令嬢アデールなのよね……)
ゲームが始まるまであと数年あるが、このままだと私はブライアンの婚約者となり学園でヒロインに様々な嫌がらせをしたことで断罪されてしまう。
なんとかゲームのシナリオから逃れられないかと考えたが、すでに私とブライアンの婚約が整えられたあとだった。
推しのブライアンに実際に会える喜びと、そんな彼にいずれ断罪されてしまうという恐怖が絡み合った複雑な気持ちを抱えたまま憧れの彼に会いに行く。
ゲームの姿よりも幼い顔立ちに胸が高鳴るが、それでも断罪の恐怖が勝ってしまい私はうまく笑うことすらできなかった。
そんな私にもブライアンは優しく笑顔で接してくれた。
今はまだブライアンの母である王妃様が生きているからか、ゲームのような影のある表情をすることもなく年相応の少年のままだ。
(そうだ……これから王妃様が……)
ゲームのストーリーだと王妃が流行り病に倒れ、薬が間に合わずにそのまま亡くなってしまう。そして、側妃のオドレイが新たな王妃となり異母弟のアリスターによってブライアンは心に深い傷を負ってしまうのだ。
(これから起きる出来事を知っているのに、このまま何もしなくていいの?)
結局、私は目の前の優しい彼が傷付くのを黙って見ていることはできず、王妃を助けるために動くことを決意する。
ゲームの知識をフル動員して王妃が罹る流行り病を特定し、その病の流行周期を父に報告して薬の材料となる植物の輸入を説得した。
ただ、王妃が病に罹る時期だけがわからず、定期的に開かれるブライアンとのお茶会で探りを入れる。
そして、無事に王妃を病から救うことができた時、ブライアンに疑われていたことを知った。
「君は、どうしてこうなることがわかっていたの?」
ブライアンの追求を逃れることはできず、結局私は前世のことも含めて洗いざらい彼に打ち明けてしまった。
本音を言えば、前世の記憶を一人抱えたまま悪役令嬢として生きて行くことが不安で怖くて仕方なかったのだ。
「これからは一人で抱え込まずに私に相談してほしい」
ブライアンはそう言って、私の話を信じてくれた。
今度は私がブライアンのその言葉に救われる。
それからは、ブライアンのように他の攻略対象者たちのことも助けようと動いた。
彼らの心に傷が付く前にその原因となる事件を未然に防ぐよう働きかける。
おかげで、攻略対象者たち皆が深く傷付くことなく、心にトラウマを抱えることもなく、ゲームのような暗い表情を見せることもなくなった。
そのせいか、ゲームの彼らとは少し違うなと感じる部分もあったが、心にひどい傷を負うことに比べれば些末なことだ。
学園に入学してからもブライアンは変わらず優しい婚約者のままだった。
その頃にはもうゲームのキャラクターの推しではなく、一人の男性としてブライアンのことを愛しく誰にも代えがたい存在だと思うようになっていた。
他の攻略対象者たちや友人たちに囲まれて、私は悪役令嬢ではないアデールとしての人生を歩んでいく。
それでも、心のどこかにいつも不安があった。
ゲームのヒロインが現れれば、途端に全てがなかったかのように皆が私から離れてしまうのではないだろうか?
やはり愛されるのは悪役令嬢であるアデールではなく、ヒロインのルネではないのだろうか?
どんなに足掻いてもゲームの強制力によって、私は悪役令嬢になってしまうのではという不安が消えない。
そんな私に跪きブライアンは誓ってくれた。
「アデール、君を決して悪役令嬢になんてさせやしない……」
そして、ゲームのシナリオどおりにルネが遅刻して現れた入学式の日、私の不安を払拭させるためにブライアンはヒロインに絶縁を宣言した。
◇◇◇◇◇◇
私は自室で一人椅子に座りながらぼんやりと窓の外を眺めていた。外はあいにくの雨模様だ。
魔獣たちが中庭のお茶会を襲撃した事件で、学園は二週間の休校となっている。
本来、魔獣襲撃イベントは翌日の狩猟大会で起きるはずだったのに……。
ゲームでそのイベントを引き起こすのはアリスターで、その事件をきっかけにアリスターのこれまでの悪事が明るみに出るのだ。
けれど、ブライアンとアリスターの関係はすでにゲームとは全く違っていた。
だから安心していたのに、最近になってアリスターが自身の評判を回復させる行動をみせ始める。
もしかしたら魔獣襲撃イベントをアリスターが企てているかもしれないと、狩猟大会当日の警備を強化し何が起きても対処できるようにと準備していた。それなのに……。
目の前では、突然空から現れた鷲型の魔獣が生徒たちに襲いかかり、ブライアンは狼型の魔獣の攻撃を躱しきれずに左肩から血を流している。
『どうしてっ?このイベントは明日のはずなのに!どうしてこんな所でっ!』
そんな状況が信じられずに、思わずそう声を荒らげていた。
日時や場所だけでなく現れた魔獣の種類や数さえもゲームとは全く違っていて、あまりに予想外の惨状にただガタガタと震えることしかできないでいる。
結局、あの惨状を救ったのは事件の黒幕であるはずのアリスターで、ブライアンの怪我を治療したのはヒロインのルネであった。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)
窓の外、降り続ける細かい雨をじっと見つめながら考え続ける。
思えば、お茶会の時から異変は起きていた。
同じクラスのフィル・ロマーノ。
多くの医師を輩出しているロマーノ家の次男で、彼がゲームに登場した記憶はなかった。
それなのに、なぜかアリスターの試験勉強を手伝い、ヒロインであるルネと共にお茶会に乱入し、ブライアンたちの発言を一刀両断して、そして……耳元で囁かれた嘲るようなフィルの声が脳裏に蘇る。
『何もしていないルネを退学まで追い込むとは、さすが悪役令嬢だな』
その瞬間、まるで胸を貫かれたような衝撃に思わず息を呑み、右手で胸元をぎゅっと押さえた。
(違う!私は悪役令嬢なんかじゃない……)
心の内で否定の言葉を呟くと、胸の奥深くに沈めていたはずの感情がざわざわと蠢いた。
(どうして彼はあんな言葉を……?)
今にして思えば、私が悪役令嬢と呼ばれる役割のキャラクターであることを知っているのは、前世の記憶を持っているからではないだろうか?
それならば、フィルは私と同じ転生者であるということになる。
その記憶でヒロインのルネや悪役のアリスターの手助けをしていたのだろうか。
……わからない。
わからないことや不確定なことが多すぎて不安が胸の内に渦巻いて苦しくなってしまう。
(どうして掻き乱していくの?やっと幸せな気持ちになれたのに……)
入学式の日、ブライアンがルネに「二度と近づくな」と絶縁を宣言したその時、私の胸に巣食う不安な気持ちが溶けてなくなり、晴れやかな喜びの感情が広がった。
今までブライアンたちが贈ってくれた私を安心させるためのどの言葉よりも、それが私の心を救ってくれたのだ。
階段でヒロインと出会ってしまった時も、ブライアンは真っ先に私の心配をして疑う素振りすら見せなかった。
ヒロインよりも大切にされているのだと明確に表現されることで、私は愛されていることをさらに実感していく。
ヒロインを貶めれば貶めるほど、心の中が平穏で満たされていく。
なんて卑しい感情なのだろう……。
けれど、私はその感情を胸の奥深くに押し込めて気付かない振りを続けてしまった。
(悪役令嬢になんてなりたくなかったはずなのに……)
補足です。感想欄でも少し書いたのですが、ブライアンや攻略対象者たちの性格があんな感じになったのには、トラウマになるはずだった出来事を経験しなかったのが大きく影響しています。
特にブライアンは王妃が存命なので地位も確立しており、大きな挫折も知らないまま育ちました。
ゲームでの彼らはもっとまともです。




