第一王子から見た彼女4(sideブライアン)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はブライアン視点のラストとなります。
※本日二話目の投稿です。
少し短めです。よろしくお願いいたします。
「これから大変になるのはアデール嬢のほうかしらね」
「なぜアデールが……?」
「男性よりも女性のほうが身体に傷跡が残ってしまった影響は大きいわ。それに、あの事件が起きたお茶会はアデール嬢が主催したものでしょう?」
「だからと言って、アデールに責任はありません!」
たしかに貴族令嬢の身体に傷跡が残ってしまうということは、主に婚姻に関して言葉は悪いがその価値が下がってしまうということを意味する。
すでに婚約者がいるのならばどうにかなるのかもしれないが、これから探すつもりの令嬢にとっては厳しい状況になるだろう。
しかし、お茶会の開催場所はワウテレス公爵邸ではなく学園の中庭だった。警備の責任も学園にあるはずだ。
そして、魔獣たちが狙ったのはおそらく私で、アデールだって巻き込まれてしまった側の人間なのに。
「責任云々じゃなく気持ちの問題よ。アデール嬢の主催したお茶会に参加したせいで怪我をした。同じ襲撃現場に居たはずなのにどうしてアデール嬢だけが無傷なのって……そんなふうに考えてしまうものよ」
母の言葉に愕然とする。
「しかし、アデールは皆に慕われていて……」
「ええ。今まではね」
「きっと、アデールは傷を負った令嬢たちのことを心から心配するはずです。あんなに優しい彼女のことをそんなふうに思うはずが……」
「傷一つない彼女に心配されれば、さぞかし劣等感を刺激されるでしょうね」
「………」
「アデール嬢が真面目でとても優しい子なのはわかっているわ。けれど、この貴族社会ではそれだけではどうしようもないこともあると理解してちょうだい。……女の敵は女になってしまうものなの」
「そんな……」
どうしてアデールがそんな目に合わなければいけないのか。そもそも、アデールはルネの治療を受けたわけではないのに……。と、そこまで考えて私は気がついた。
「アリスターはどうなのです?彼もクレメント嬢から治療を受けていました。それに、私を治療をするようクレメント嬢に頼んだのも彼です。恨みを向けるのならばアリスターに対して向けるべきではないでしょうか?」
なんとかアデールを守りたい……その一心で思わず出た言葉に母は冷たい反応をする。
「それが命がけで自分を守ってくれた異母弟に対する言葉ですか?」
「………」
怒りが滲んだ声でそう言われ、ぐっと言葉に詰まった。
「あなたを庇った右腕の噛み傷は骨まで達していたそうよ。あの子が間違いなく一番の重傷者だった、あの場で治療しなければ命も危うかったほどに……。それに、あの現場で必死に指示を出し生徒たちを救ったのもあの子なのよ。そんなアリスターに恨みを向けるはずがないでしょう?」
「しかし……」
「アリスターの言ったとおりね」
なおも言い募ろうとする私に、母はまるで憐れんでいるかのような表情を向ける。
「アリスターが何を言ったのです?」
私の問いかけに答えたのは父だった。
「昨日、アリスターから王弟の役目を辞退したいとの申し出があった」
「なっ……」
「『自分は兄上には信頼されていない。王の側に信用できない自分のような者を置いてはいけない』と言ってな。アリスターは王位継承権の放棄も視野に入れているそうだ」
「………」
突然の話に全ての思考がストップし、頭の中が真っ白になる。
「お前は、命懸けで守ってくれる異母弟を失ったんだ」
◇◇◇◇◇◇
ぼんやりとした頭のまま貴賓室から一人退室させられる。
残った三人は、ネイティール皇子からの要望にこれからどのように対応するのかの協議を続けていくそうだ。
そのまま王城の広い廊下を歩いて行く。
(王位継承権の放棄……)
アデールの前世の記憶によると、アリスターは王位を狙って私に害を与える存在だったはずだ。
それなのに、アリスターは私と争うこともなく、あっさりと自らその地位を捨ててしまった。
(どうして……?)
もちろん、アリスターと距離を置いていたのは彼の策略から逃れるためで、現在の状況だけを見ると私の願ったとおりのものになっている。
それなのに、そのはずなのに……。
すると、向かいから私と同じ金髪にアイスブルーの瞳を持った男が歩いて来る姿が見えた。
彼は私の姿を見つけると驚いたようにその瞳を見開く。
「兄上!怪我の具合はその後いかがですか?」
まるで何事もなかったかのようなその態度に私のほうがひどく戸惑ってしまう。
「……問題ない」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
そう言ってアリスターはホッとしたように微笑んだ。
その顔を見るとなぜか胸がチクリと痛み、その痛みを振り切るように頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「先ほど王弟の地位を辞すると聞いた」
「ああ、父上からお聞きになられたんですね」
「……なぜだ?」
私の問いに、アリスターはゆっくりと口を開いた。
「兄上と信頼関係を築くことのできない私では、兄上の補佐を務めることはできないからです。それに、兄上は俺のことがずっと疎ましかったのでしょう?」
「それは……」
「だから決めたんです。俺はこのまま兄上の邪魔な存在にはなりたくないって」
「………」
「兄上を側で支えることはできませんが、これからも兄上の栄光を祈っております」
「アリスター……」
アリスターの言葉に迷いは何も感じられない。
「あなたの弟として、最後にあなたの命を守る役目を果たすことができて良かった」
そう言って、アリスターは晴れやかな笑顔を見せる。
──それは、決別の言葉だった。
ずっと望んでいた展開だ。
それなのに、どうしてこれほどまでに胸の奥が苦しくて掻きむしりたくなるような衝動に駆られるのだろう。
アリスターは頭を下げたあと、立ち尽くしたままの私の横を通り過ぎ、そのままこちらを振り向くことなく立ち去ってしまう。
私は彼を呼び止めようと振り向いて口を開き……何も言葉が出て来ずに固まってしまった。
思い返せば、もうずっと何年も前からアリスターに声をかけたことなどなかったからだ。
それほどまでに長い間、アリスターを避け続けてきたのだと気付かされる。
けれど、今更どうすることもできない。
(私はどこから間違えた……?)
廊下の窓から広い庭園がよく見える。
幼い頃はこの庭園でアリスターと共によく走り回って遊んでいた。
『兄上!』
どこからか、幼きアリスターの声が聴こえた気がした。
最初、ブライアンとアリスターの会話のシーンはもっと長かったのですが、よく考えると長年ずっと会話をしていない二人がいきなり長々と会話をするのには違和感がある気がして……大幅カットしました。
この回が短くなってしまった理由です。
次回は、感想欄で相談女だと(ある意味)人気のアデール視点の予定です。




