第一王子から見た彼女3(sideブライアン)
読んでいただきありがとうございます。
長くなったので本日も二話に分けて投稿します。
(次は15時頃に投稿予定です)
※今話はブライアン視点となります。
※本日一話目の投稿です。
よろしくお願いいたします。
その眼鏡の分厚いレンズによって金の瞳が隠されてしまうと、途端にネイティール皇子の印象がガラリと変わった。
そして、図書室前の階段という彼の言葉に、あの時のルネに駆け寄った生意気な男子生徒の姿が脳裏に浮かび、目の前の彼の姿と重なった。
(………あっ!)
そんな彼に対してどのような言葉を発したのかを同時に思い出し、自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。
「思い出していただけましたか?」
「あの時の……」
「ええ。その節はどうも。あなたの助言のおかげで無事にクレメント嬢を我が帝国に迎え入れることができそうです」
「………」
そう言いながら、ネイティール皇子の口元が美しい弧を描く。
彼は再び眼鏡を外すと、何も言えないままの私ではなく父に顔を向ける。
「では、詳しい内容に関しましては書面をご覧ください」
その言葉に合わせて、ドロテがテーブルの上に書類を並べていく。
その用意周到さに呆気にとられながらも、父と宰相は無言のままその書類を手に取り目を通した。
「……クレメント嬢の名誉の回復というのは?」
「言葉の通りですよ。先ほどの映像でブライアン殿下が事前に情報を得ていたとおっしゃった『クレメント嬢の素行問題』について、帝国に連れて行く前にはっきりとさせましょう。本当に問題がある人物ならば対処が必要ですし、問題が無ければ彼女の名誉の回復を望みます」
お茶会に乱入したフィルと私のやり取りは、すでに映像で見られてしまっている。
「……ブライアン。クレメント嬢にはどのような問題があるんだ?どこから得た情報だ?」
「………」
「なぜ何も答えない?この場には我らしかいないのだぞ?」
「………」
何も答えられない。答えられるはずがない。
アデールには前世の記憶があり、この世界の未来を知っているなどと……。
しかも、狩猟大会で起こるはずだった『魔獣襲撃イベント』が、彼女の知る未来とは違う形で起きてしまった。
これでは、アデールの未来を知るという能力を証明することも難しい。
必死に頭を働かせても言うべき言葉が何も見つからず、皆の厳しい視線が突き刺さる。
すると、ネイティール皇子が口を開いた。
「どうしてあんなことを?」
「………」
私はのろのろと顔を上げ、その美しくも恐ろしい金の瞳を見つめ返す。
「あなたならばもっと他にやりようがあったのでは?」
まるでこちらの内情を知っているかのような皇子の言葉に、ドキリと私の心臓が波打つ。
わかっている。
あのような周りの目がある場所で、何も知らないヒロインにいきなり絶縁を突きつける必要などなかった。
ただ、ヒロインが現れることに怯えるアデールを安心させたいという私のエゴによる行動だ。
そして、ルネに絶縁を叩きつけたあとにアデールが浮かべた一瞬の表情……彼女自身もきっと気付いていないだろうそれは、今まで見たこともない恍惚に満ちた喜びと私への信頼が見て取れた。
だから、アデールが喜ぶならばとルネの置かれた状況は見て見ぬふりをして、ルネを冷遇する態度を彼女への愛情表現としてしまった。……全ては私のせいだ。
「あなたをそんな風にしてしまったのがワウテレス嬢だとしたら、彼女はまさに傾国の悪女のようですね」
「………っ!」
それなのに、突然アデールの名前を出された私はひどく動揺してしまう。
「アデール嬢……?まさか、彼女が関係しているのか?」
「いえ!アデールは関係ございません!」
アデールを巻き込むわけにはいかない。
父の言葉を即座に否定し、思わずネイティール皇子を睨みつけてしまった。
「ああ、申し訳ない。あなたの婚約者に対して言葉が過ぎましたね」
私の睨みなど意にも介さず、皇子はあっさりと非礼を詫びる言葉を口にする。
「悪女ではなく、悪役令嬢だったか……」
しかし、ネイティール皇子のその小さな呟きはブライアンの耳には届かなかった。
◇◇◇◇◇◇
ネイティール皇子とドロテはすでに貴賓室から退室し、残された私たちの間には重苦しい空気が流れている。
結局、私は真実を告げることもうまい言い訳を思いつくこともなく、ただ沈黙を貫くことしかできなかった。
仕方なく、今後の対応については後日の返事になることを父がネイティール皇子に告げると、「いい返事を期待しておりますよ」と言って彼は貴賓室をあとにした。
「はぁ……。まずいことになったわね」
身内だけになったからか、幾分か気が抜けた様子の母が大きなため息を吐く。
「ブライアン。私たちにもクレメント嬢の問題が何であるかを話せないの?」
「………申し訳ありません」
「そう……じゃあ、聞き方を変えるわ。そのことを話せばあなたの状況は今よりも悪くなる?」
「………はい」
私の返事を聞いた母の口からもう一度深いため息が漏れた。
「仕方ない。これからのことを考えるしかあるまい」
「ええ、そうね……」
父の諦めたような声に母が同意をする。
「クレメント嬢のことは諦めるにしても、襲撃に巻き込まれた生徒たちの傷跡だけでもなんとか治せないかしら?」
「あの映像を公にすることを良しとしろと?」
「お言葉ですが、あの映像が国内だけでなく他国にも公にされてしまえば、我が国は一気に批判の的となるでしょう」
「他国……その可能性があったわね」
「あの魔石が複製可能であれば一気に広まります」
「複製……無いとは言いきれんか」
「はい」
父と母、そして宰相の会話にただじっと耳を傾ける。すると、母がすっと目を細めて私を見つめた。
「あなたのための話をしているのよ?」
「私の……?」
「ええ、そうよ。……ねぇ、今回の襲撃で傷跡が残った生徒たちはどんな気持ちになると思う?」
「それは……傷の程度や場所にもよりますが、ひどくショックを受けることでしょう」
「そうね。そして、そんな彼らの怒りや悲しみがあなたとアデール嬢に向けられるはずよ」
「は?」
母の言葉の意味がわからない。
「な、なぜ私とアデールに?魔獣襲撃を企んだ者に向けるべきです」
「もちろん憎むべきは襲撃を企てた犯人よ?けれど、人の心はそんなに簡単なものではないわ」
そう言って、母は真剣な表情で私の顔を真正面から見つめた。
「もし、それが自身の過失による傷跡ならば自身の迂闊さを呪い、偶発的な事故によるものならば神を憎むでしょう。けれど、今回は第一王子であるあなたを狙った襲撃に巻きこまれてしまった。それなのに、目の前のあなたはクレメント嬢に傷跡一つ残らないよう治療され、その婚約者であるアデール嬢は側近たちに守られてかすり傷一つ負っていない」
「………」
たしかに母の言うとおり、アデールは私の側近たちに守られたおかげで怪我をすることはなかった。
「巻きこまれてしまった者たちだけが身体に傷を負わされしまったの。そんな自身の身体の傷跡を見るたびに浮かぶ焦燥や嘆き、苦しみはどこへ向かうと思う?」
「しかし、我ら王族が優先して守られるべき立場であることは、彼らもわかっているはずです」
「頭ではわかっていても、心が納得できるとは限らないわ。それに、彼らはあなたの護衛でも騎士でも何でもないのよ?まだあなたの臣下ですらない。あなたの護衛であるはずのクライブを見ていたのだから、わかるでしょう?」
本来は私の護衛であるはずの騎士団長の子息クライブが、私ではなくアデールを庇ったことを言っているのだとすぐにわかった。
「つまり、臣下として王族を守らなければという覚悟なんてまだ誰もできていないのよ。それなのに、身体に負った傷跡を『臣下だから』という理由で納得できる子がどれくらい居るかしらね?」
「それは……」
「すでに、クレメント嬢の治療を我が子に受けさせたいという嘆願書がいくつも届いている」
そう口を挟んだ父の言葉に、私やアリスターを治療するルネの姿は、あの場にいた多くの生徒たちに目撃されていたらしいことを知る。
中庭のお茶会に参加していたのは、私やアデールの派閥に属していた子息と令嬢たちのみだ。
そんな彼らは、学園を卒業してからもずっと私たちを支えてくれる者たちであるはずだった。
けれど、彼らだけが身体に傷を負い、傷跡を消せる能力を持つルネは私のせいで退学となり帝国のものとなる……。
(全て私のせいだと……)
母がネイティール皇子に生徒たちの傷跡の治療を願い出たのは、傷跡を消すことで少しでも彼らの溜飲を下げるため。
心の内に主への恨みを秘めた臣下を側に置くことはできないから……。
今まで築き上げてきたものが掌の上からサラサラと零れ落ちていくような感覚を覚えた。
次話は15時頃に投稿予定です。
(昨夜最後まで書き終わらずに落ちてしまいました……)




