第一王子から見た彼女2(sideブライアン)
読んでいただきありがとうございます。
※今話はブライアン視点になります。
※本日二話目の投稿となります。
よろしくお願いいたします。
※感想欄にてご指摘と代替案をいただきまして、上靴→ダンスシューズに変更いたしました。すみません。
「はい。こちらをご覧いただけますか?」
ネイティール皇子はそう言ったあと、後ろに控えていた従者に小さく声をかける。
「ドロテ、頼んだよ」
「はい」
ドロテと呼ばれたその従者は、ネイティール皇子と同じ黒髪金眼で長い髪を一つに束ねていた。ただ、その見た目が男性にも女性にも見える不思議な雰囲気を纏っている。
そんな従者の両腕には正方形の見たことのない魔導具と銀の箱が抱えられていた。
ドロテはテーブルの上に正方形の魔導具を載せると、次は銀の箱をテーブルに載せてその蓋を開ける。
その中には、宝石だろうか……虹色に輝く石がいくつも並べられていた。
ドロテは慣れた手付きで魔導具を起動させると、その虹色の石を魔導具の上部にある窪み部分に嵌め込む。
「では、皆様ご注目ください」
従者の声を合図に、その正方形の魔導具に嵌め込まれた石が輝きを放ち、私たちの頭上いっぱいに魔獣たちに襲われる生徒たちの姿が映し出された。
「これは……!?」
「つい先日に王立学園で起きた事件の映像です」
「では、この魔導具が?しかし、以前見たものよりもずいぶんと小さい……」
「これは小型化の改良に成功した最新のものです」
「なるほど!そうか、素晴らしいな!」
父が感嘆の声をあげている。
この魔導具は二年ほど前にザイトニア帝国で開発され、魔石に記録した映像を魔導具によって映し出すことができるという画期的なものだった。
ただし、その映像を記録できる魔石が大変希少なもので、残念ながら一般に流通するには至らなかった。
「この映像を見ていただくと、魔獣たちの動きがおかしいことに気付かれると思います」
「ああ、これは訓練された魔獣のようだ……」
私や他の襲われた生徒たちの証言から、恐らくそうであろうと推測されていたことがこれで立証される。
つまり、魔獣襲撃事件が事故ではなく、誰かが故意に起こした事件であるということだ。
「さすがに犯人までは僕にはわかりませんが、事件解決の糸口になればと思っております」
そうネイティール皇子が口にした時、魔石から私の姿が映し出される。
アデールを庇う三人の側近たちとハティに襲われる私、そして、そこに駆け付けるアリスター……。
それを見た父と母は同時に眉を顰め、宰相は気まずそうな表情で視線を逸らす。
と、そこで映像はドロテによって消されてしまう。
「しかし、僕が協力を申し出たのは他にも理由がありまして……」
微妙な空気の中、平然とした態度でネイティール皇子は話し続ける。
「この映像を提供する代わりに、ルネ・クレメント嬢を我が帝国に迎え入れる許可をいただきたいのです」
「ルネ・クレメント嬢……と言うと、息子たちの怪我を治療した……?」
「ええ。彼女の持つ力は唯一無二のものです」
「………」
ネイティール皇子の言葉に父はその表情を固くし、少し非難を含ませた口調に変わる。
「彼女の力が唯一無二だとわかっていながら、見す見すそちらの国に渡すわけにはいくまい」
「しかし、王立学園を退学したあとの行き先はまだ未定なのでしょう?」
「退学?」
その瞬間、全身の血が冷えわたるような感覚を味わう。
王子二人の怪我を傷跡も残さずに治療したルネ……そんな彼女の退学についてどう報告するべきか、未だに私は悩んでいた。
それなのに、このような場で話題に出てしまったことにひどく動揺してしまう。
しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、さらに事態は悪化していく。
『お前たちは誰だ?第一王子とその側近なんだろう?この学園は貴族社会の縮図だ。そんな場所で、トップであるお前たちが率先してルネを排除する動きを見せれば、それに皆が続くとなぜわからない?』
突然フィルの声が部屋に響き、魔導具から再び中庭の様子が映し出された。
しかし、それは魔獣襲撃が起こる少し前……お茶会にフィルとルネの二人が乱入した時のものだった。
フィルと言い争う私たちの姿が、音声とともに鮮明に映し出されていく。
『ブライアン殿下、退学の手続きをよろしくお願いしますね?』
『………わかった』
そして、私がルネの退学を了承したところでようやく映像は消えた。
「これは一体……何なんだ?」
「………」
父も母も信じられないものを見るような目で私を見つめる。その視線を避けるように、私は黙って俯くことしかできなかった。
「第一王子であるブライアン殿下がクレメント嬢の退学をお認めになられましたので。それに、これは彼女自身の望みでもあります」
そう言ったあと、ネイティール皇子は父に向けたその金の瞳を細める。
「陛下は学園でのクレメント嬢の様子をご存知なかったのですか?」
「………」
父はしばしの沈黙のあと、その重い口を開く。
「少し前、王城の医務局から、有能な職員候補であるクレメント嬢の学園での扱いについて改善要求の訴えが出ていた。……今さら言い訳になってしまうが、そのことについての調査をしようとした矢先に今回の事件が起きてしまったんだ。しかし、緊急の案件ではないと判断していたのも事実だ」
「……そうでしたか。残念ながら彼女の決断のほうが早かったようです」
ネイティール皇子はさらに言葉を続ける。
「クレメント嬢を帝国に迎え入れる許可をいただけるのでしたら、こちらの映像も提供いたしましょう」
要するに、私の失態の映像を取り引き材料にして、ルネを帝国へと連れて行くつもりなのだ。
「ネイティール皇子、一つお願いがございます」
すると、今まで黙ったままであった母が口を開く。
「クレメント嬢を帝国へと連れて行かれる前に、今回の魔獣襲撃の被害にあった生徒たちの治療を彼女にお願いしたいのです」
「………」
ネイティール皇子は無言でその視線を母へと向けた。
しかし、彼のその美しい金の瞳が怒りの色に染まっていく。
その様子に気付き顔を強張らせながらも、母は懸命に訴えかける。
「あの中庭にいた生徒たちのほとんどが、魔獣によって身体のいずれかに傷を負いました。中には顔や目立つ部分に傷跡が残ってしまった生徒もいるのです」
「つまり、その傷跡をクレメント嬢の治癒能力によって消してほしいと……そういうことでしょうか?」
「ええ。傷跡のせいで彼らの未来に影を落としてしまうのが可哀想で……」
そんな母の言葉にネイティール皇子は口元に笑みを浮かべたが、その美しいはずの笑みには嘲りが含まれている。
そして、そのままドロテに意味ありげな視線を送った。
私はそんな彼らの様子を不安な気持ちに駆られながらも、ただ見守ることしかできないでいる。
ドロテが魔導具に新たな魔石を嵌め込むと、今度は中庭ではなく、俯きながら廊下を歩くルネの姿が映し出された。
そんな彼女に向けて聞こえよがしに男子生徒二人が悪口を言っている。
『やっぱり育ちの悪さは性格にも表れるんだよ。平民上がりが忌々しい!』
『お前のような女がアデール様に嫉妬するなんて、思い上がるのもいい加減にするんだな!』
そんな彼らの言葉に何を言い返すこともなく、ルネは俯いたまま廊下を歩いて行く。
すると、場面が変わる。
今度は三人の女子生徒がくすくすと笑いながらルネのダンスシューズを勝手に持ち去り、離れた場所のゴミ箱に投げ捨てていた。
次々と場面は変わっていく。
廊下を歩いていたルネを女子生徒たちが取り囲み罵声を浴びせ続けている。
ルネの机から教科書を勝手に取り出すと、ビリビリに破いて机の上に置いて立ち去る。
そして、廊下を歩いていたルネの前に立ち塞がった男子生徒三人、彼らの横をすり抜けようとしたルネの肩と手首を男子生徒の一人が無理やり掴んで……。
「これらの映像を公にしてもよろしければ、可哀想な彼らの治療を受け入れましょう」
魔石が映し出す映像にショックを受けたのか、母はネイティール皇子の言葉に何も返せないでいる。
「な、なぜ、こんな映像を……?」
それは純粋な疑問から出た言葉だった。
そんな私を射抜くように金の瞳が向けられる。
「あなたがおっしゃったんですよ、『どこに証拠があるんだ?』と……。だから、今回はきちんと証拠を用意しました」
「一体何のことを……?」
「図書室前の階段での出来事をお忘れですか?」
そう言ったネイティール皇子は、右手で自身の前髪を下ろし、胸元から取り出した分厚いレンズの眼鏡をかけてみせた。
次話は水曜日の朝八時頃の投稿となります。いつもより投稿が一日遅くなります。すみません……。




