その外見は実に怪しい……
読んでいただき、ありがとうございます。
※この作品の設定はゆるめですので、実際の精神科医とは違う箇所も出てきます。さらりと読んでいただければと思います。
よろしくお願いいたします。
「二年間で淑女教育を全部詰め込んだのか?」
「ええ、頑張りましたよ」
私は胸を張って答える。
それは前世の記憶を思い出す前だったが、スパルタな教育にひたすら努力して、努力して、時々手を抜いて、バレて怒られた。
「それは大変だったな」
「………!」
そんな労りの言葉に胸の奥がじーんとなり、彼への好感度が急上昇した。
我ながら単純だとは思うけれど、この学園で私の話を聞いてくれる人は誰もいなかったのだ。
学園に入学するまでのルネの生活はゲームでは語られなかった裏側の部分。
けれど、そこには二年間の努力がたしかに存在したのに。
(まあ、頑張ったのに当て馬なんだけどね……)
ちょっとだけ虚しい気持ちがニョキッと顔を出す。
けれど、今日は話を聞いてもらえて幾分かはスッキリした気がする。
「あの、話を聞いてもらえてスッキリしました!ありがとうございます。ロマーノ様」
「別にたいしたことじゃないから。あと、フィルでいい」
名前呼びを許されるのは親しくなれた証拠でもある。
ついに、この学園で私にも親しい友人ができた。
しかも先輩だから、勉強を教えてもらったり、テストの過去問を見せてもらったり、テストに出そうな部分を予想してもらったりできそうだ。
「じゃあ私のこともルネと呼んでください!」
「ああ……。ルネはいつもここに?」
「はい!天気がいい日はここで食べてます」
その後も軽く雑談をしながら共に食事をし、昼休みが終わる時間が近付くと挨拶をして別れた。
その出来事をきっかけに、昼休みの裏庭に度々フィルが現れるようになった。
毎回ベンチに並んで座り、雑談をしながら一緒にランチを食べる。ただそれだけの関係だが、私にとってフィルと過ごす時間は、針の筵のような学園生活の中でいい息抜きとなっていった。
◇◇◇◇◇◇
今日は陽射しが暖かく、外でランチをするにはもってこいの気候だ。
近くの木の上には、尻尾をだらりと下げた黒猫が気持ち良さそうに微睡んでいる。
そして、私の隣ではフィルが食べ終えたランチボックスを片付けていた。相変わらず食べ終わるのが早い。
フィルはロマーノ伯爵家の次男だという。
ロマーノ伯爵家は元々が医師の家系で、特に彼の祖父は腕利きの医師として有名で、前国王陛下の主治医を務めていたそうだ。
私は雑談がてらフィルの家族について聞いてみた。
「フィル先輩のお父様もお医者様ですか?」
「いや、父は薬のほうに興味を持って、今は薬師として王城に勤務している。兄が祖父に憧れて医師を目指して修行中だ」
「ふぅん。じゃあ、フィル先輩は?」
「俺は精神科医を目指している」
「精神科医……?」
意外な言葉が出てきた。
この世界に精神科医という職業があることに驚く。
「町の診療所で精神科医なんて見たことありませんけど……?」
「この国の精神科医はほとんどが貴族相手だからな」
このマリフォレス王国は百二十年程前まで他国と戦争をしていた。
その頃に、戦いから傷付き帰って来た兵士たちの、精神面をフォローする精神科医という職業が確立されたという。
戦争が終わってからは、貴族たちの精神面をフォローする役割へと変わっていったそうだ。
たしかに、貴族なんてストレスフルな世界だよなぁ……と、前世で階級制度のない世界を生きていた私は他人事のように思う。
そして、平民は怪我や病気ならともかく、わざわざお金を払ってまで精神科医に治療を求める人はいないらしい。
その代わり、教会にある懺悔室が似たような役割を果たしているそうだ。
誰かに話を聞いてもらえるだけで人の心は軽くなるのだとか……。
と、ここまでフィルの話を聞いて、気付いてしまった。
「まさか、フィル先輩が私に声をかけてくれたのって、精神科医としてですか?」
「んー、半分は当たりだな」
「なんと、私をカウンセリングの実験台にしていたんですね?」
「人聞きの悪い言い方するなよ。せめて練習台と言え」
「どうりで聞き上手で話しやすいと思いましたよ!」
「………そうか」
フィルはぶっきらぼうな口調ではあるが、それが私にとっては親しみやすく、気楽に会話ができるのだ。
(カウンセリングの練習台だったのか……)
それが本当ならこんなに有り難いことはない。
彼の言う通り、雑談の流れで愚痴を少し聞いてもらって楽になったことが多々あったからだ。
しかし、そんな精神科医フィルに対して一つの疑念があった。
『癒しの君と恋を紡ぐ』の攻略対象者は四人。
第一王子のブライアンに、宰相の息子、騎士団長の息子、魔術師団長の息子という、この国の権力者たちの息子だ。ブライアン以外の名前は忘れた。
彼らとは入学式の日に噴水の前で対面したので、四人ともが転生悪役令嬢によって攻略済みだと判断している。
けれど、乙女ゲームの世界では、メインの攻略対象者たちとは別に『隠れ攻略対象者』というものが存在する……ことが多々ある。
だいたいが、ゲームを完全攻略したあとや、特定のイベントをクリアすることで新たなストーリーが開放され、そこで隠れ攻略対象者との物語が始まるのだが……。
実は、私はこのゲームの隠れ攻略対象者が誰なのかがわからない。なぜなら……途中でやめてしまったからだ。
面白そうだと思い購入し、とりあえずメインヒーローっぽいブライアンを攻略し……ている途中でやめてしまった。
なんというか……私には刺さらなかったのだ。こればかりは好みの問題なので仕方が無い。
次は何のゲームをしようかなぁ……と、思った矢先に、事故に遭って死亡して転生してヒロインなのに当て馬で今に至る。
だから、この聞き上手なフィルが実は隠れ攻略対象者で、結局は転生悪役令嬢の味方になってしまうのでは……と、不安だった。
当て馬ヒロインに転生した私にとって、攻略対象者はもはや敵でしかないのだから。
私はちらりと隣のフィルの顔を盗み見る。
もっさりとした目元までを覆う前髪に、デカい黒縁の眼鏡。
……怪しい。実に怪しい。
これは、眼鏡を外して前髪上げたら実は美形でした!のパターンじゃないの?
それで、美形だったら攻略対象者なんじゃないの?
「そういえば、最近はどうなんだ?」
すると、フィルがそう言いながらこちらに顔を向けたので慌てて目を逸らす。
「あー、まあ、ぼちぼちです……」
「ぼちぼち?」
彼が聞きたいのは私に対しての噂や、周りの生徒たちの態度のことだろう。
入学してから一ヶ月以上が経ったが、変わらず遠巻きにされている。
ただ、最近はそれに輪をかけて主に女子たちからの陰口というか、当たりが強くなってきた気がする……。
「なあ、前から思っていたんだが、殿下たちにこんな扱いを受ける理由に心当たりはないのか?」
「それは……」
「もし心当たりがあるなら、解決できるように俺も少しは考えてやるから」
「………」
フィルは味方なのだろうか?
(味方であってほしいな……)
そんな思いから、私は彼が隠れ攻略対象者か否かの確認をすることを決意した。
メダカの卵が孵化しました!
そして新たに迎えたタニシも赤ちゃんが産まれました!
タニシは性別がわからなかったので不安でしたが、良かったです。
癒し……。