第一王子から見た彼女1(sideブライアン)
読んでいただき、ありがとうございます。
今話は思った以上に長くなってしまったので二回に分けて投稿いたします。(ブライアンの自分語りが長い)
※今回はブライアン視点です。
※本日一話目の投稿です。
よろしくお願いいたします。
初めて君と出会った日のことは今でも覚えている。
私の婚約者だと紹介されたのは、陽の光を浴びてキラキラと輝く銀の長い髪に、まるで海のような深い青の瞳を持つ美しい少女だった。
けれど、その少女……アデールは今にも泣き出しそうな顔で私のことを見つめていた。
最初は緊張しているせいだと思った。
だから、これから時間をかけてゆっくり仲を深めればいいと、そう考えていたのだけれど……。会うたびにアデールはその瞳に怯えの色を滲ませる。
そんなにも私のことが怖いのだろうかと、当時はとても悩んだものだ。
そんなことが続いたある日のこと、アデールが私の母の体調を尋ねてきた。特に心当たりはなかったので、母は元気であると伝える。
それからは会うたびに母の体調を尋ねてくるようになった。
一体何なんだと思いながらも、やはり母は元気であると伝え続けた。
しかし、実際に母が体調を崩して寝込んでしまう。
恐らくただの風邪だろうと主治医は診断したが、母の体調はなかなか戻らずにベッドの上で過ごす日々が続く。
その日もアデールは母の体調を尋ねてきた。
本当ならば王妃である母の体調を、相手が婚約者であっても勝手に明かすなんて駄目なことはわかっていた。
けれど、不安で胸がいっぱいだった私はつい彼女に本当のことを話してしまう。
すると、アデールの顔はみるみる青ざめ、慌てて席を立ち帰ってしまった。
それからすぐに母が風邪ではなく、とある流行り病に罹っていたことが発覚する。
しかし、その病は数十年も前に我が国で一度流行ったものの、その後は誰も罹ることなく時とともに忘れ去られていたもので……。
つまり、ここ何十年は誰も罹っていないからと、薬のストックが用意されていなかったのだ。
しかも、その薬の原料が我が国には自生していない植物で、今から輸入したとしても届くまでに一ヶ月はかかるということだった。
そんな絶望的な状況下で、たまたま輸入していたとワウテレス公爵家から薬の材料が大量に届く。
まるで神の采配のごとき幸運に皆は歓喜した。
母だけでなく、多くの民の命がこれで救われたのだ。
私はアデールの父であるワウテレス公爵に感謝の言葉を伝えると、その言葉はアデールに伝えてあげてほしいと言われた。
実はアデールがこの病の再流行を予測し、ワウテレス公爵へと進言したという。
薬の材料となる植物は高価なものではなく、乾燥すれば長期保存も可能なため、ワウテレス公爵はアデールの進言を半信半疑ながらも受け入れたそうだ。
母が元気になって良かったと嬉しそうに笑うアデールに、私は質問を投げかけた。
「君は、どうしてこうなることがわかっていたの?」
病の再流行の予測だけでもすごいことだが、彼女のこれまでの行動は明らかに私の母が流行り病に罹ることを予見しているように思えた。
最初は誤魔化していた彼女も、私の追求に耐えきれずについに口を開く。
そうして彼女の口から語られたのは、実はアデールには前世の記憶があり、この世界で起こる出来事をすでに知っていると……そんな、おおよそ信じ難い話ばかりだった。
本当ならば私の母が流行り病で亡くなり、そのあとに側妃であるオドレイ様が王妃となって、異母弟であるアリスターが私を攻撃し陥れようと画策する未来であったと告げられる。
「本来のストーリーから外れてしまったとしても、ブライアン様を助けたかったの……」
そう言いながら、アデールはその美しい瞳からぽろぽろと涙を零す。
「それなら最初から相談してくれていれば……」
「だって、こんな話……信じられないでしょう?それに、私は悪役令嬢だから……」
「悪役令嬢?」
「私の本来の役割は、ブライアン様の恋路の邪魔をして最後はあなたに断罪されてしまうの」
「そんな……君は私の婚約者だろう?」
「今はそうだけど、ブライアン様には他に好きな女性が現れるわ。そして、私は婚約破棄を告げられる……」
そう言って、アデールは悲しげにその瞳を伏せた。
(こんなにも優しいアデールのどこが悪役だというのだろう?)
正直、前世の話についてはまだ半信半疑だったが、アデールが心優しき少女であることと、私を大切に想ってくれていることは伝わった。
「これからは一人で抱え込まずに私に相談してほしい」
そう言うと、アデールは「信じてもらえて嬉しい」と言いながら、今度は大声で泣き出してしまった。
ずっと誰にも言えずに、一人で不安な日々を過ごしていたのだと打ち明けられる。
それからは彼女の前世の記憶を頼りに、私のように心に傷を負うはずだった者たちを救うことに尽力した。
騎士団長の子息の妹を誘拐犯の魔の手から無傷で救い出し、宰相の子息が義母から受けていた虐待を暴き、魔術師団長の子息の魔力暴走を未然に防いだ。
私も、これから私を陥れようとするであろうアリスターと距離を置くことで身を守る。
その頃にはもう彼女の前世の話を疑う気持ちはすっかりなくなっていて、誰かを助け守るために懸命に走り続けるその姿を心から尊敬し、同時に悪役令嬢であることに不安を持ち続ける彼女の心を守ってあげたいと思った。
「アデール、君を決して悪役令嬢になんてさせやしない……」
私の全てを賭けて、そう誓ったんだ。
◇◇◇◇◇◇
魔獣襲撃の日から三日が経っていた。
王立学園は捜査と警備の見直しを理由に二週間の休校となっている。
襲撃のあと医師による検査を受けたが、ハティによる傷は完治しており傷跡一つすら残っていないと言われた。
それでも念のため自室での療養を言い渡されてしまう。
一人ベッドの上で目を閉じていると、思い出したくもない場面ばかりが脳裏に浮かぶ。
魔獣の唸り声、倒されたテーブルと食器の割れる音、咄嗟にアデールを庇う側近たち、誰かの悲鳴、左肩に走る痛み、そして……。
アデールの話ではそれらは『魔獣襲撃イベント』として狩猟大会で起きるはずのものだった。
しかし、それはあのように周囲を巻き込むものではなく、カトブレパスという大型の魔獣一匹が私たちの前に現れると聞いていた。そして、そんな魔獣を手引きしたというのがアリスターであるということも。
(アリスター……)
私は今でもアデールの前世の記憶を信じている。
けれど、魔獣から私を庇い立つその背中が、自分の命は差し出して当然だと言い放つその声と表情が、どうしても頭から離れない。
私はのろのろと起き上がるとベルを鳴らし、専属の執事を呼ぶと「少し早いが身支度をする」と告げる。
まだ療養中の身であったが、今日は父から呼び出しを受けており、なにやら賓客も来られるからと正装を命じられていた。
支度を整え、時間になると貴賓室へと向かう。
めったに入ることのないその部屋には、すでに父である国王と母である王妃が席につき、二人の椅子の後ろには宰相が立ち、そして、テーブルを挟んだ反対側の椅子に座っていたのは……。
(誰だ……?)
前髪を上げた艷やかな黒髪に、弓なりの形の良い眉、そして強い光を放つ金の瞳が私に向けられている。
それは、恐ろしいほどに整った顔立ちで、私はまるで魅了されてしまったかのように彼の姿から目を離すことができない。
「ブライアン……」
母の静かな呼びかけにハッと気付いて、慌てて姿勢を正し謝罪をする。
「申し訳ありません。遅れてしまったようで」
「いえ、時間どおりですよ」
そう答えたのは黒髪金眼の彼だった。
つまり、私が来る前に父や母と何かしらの話を済ませていたのだろう。
「紹介しよう。こちらはネイティール・ザイトニア第三皇子殿下だ」
父の言葉に知らずに息を呑む。
(彼が噂のザイトニア帝国の第三皇子……)
強大なザイトニア帝国の第三皇子であるネイティールの噂はこの国にも届いていた。
主にその容姿についての噂ばかりだったが、その美貌を一度目にすると必ず夢に現れるだとか、有名な画家が彼の美しさを描ききれずに筆を折っただとか、そんな嘘か真かわからないような逸話ばかりだった。
どこの絶世の美女の話だとその噂を聞いた時は笑ったものだが、実際に目にしてみるとそんな噂もあながち間違いでもなかったのだと思ってしまう。
それほどまでに目を引く……いや、惹きつけられてしまう容姿だった。
互いに挨拶をすませ席につくと、父からネイティール皇子が王城を訪れた理由について説明を受ける。
実は彼がこの国に留学していること、姿と素性を隠して王立学園に通っていたこと、そして魔獣襲撃についての情報提供を申し出てくれたこと。
「情報提供……ですか?」
父から聞かされた話の内容には驚かされたものの、それだけ極秘の留学なのだと理解した。
それよりも、魔獣襲撃の情報提供という話が気になった。
八時台に二話目を投稿予定です。




