図書委員の彼から見た彼女2(side.ネイト)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はネイト視点になります。
よろしくお願いいたします。
僕がこの国に留学して学園に通っていることは、この国でも一部の人間にしか知らされていない。
同じ学園に通うこの国の王子たちですら知らないはずだ。
それなのに、どうして元平民のただの男爵令嬢である彼女が、留学だけでなく姿を変えていることまで知っているのか……。
彼女に対して警戒心が強まる。
その日から、ルネ・クレメントは見守る対象ではなく監視する対象へと変わってしまった。
クラスメイトでもある彼女と適度な距離を置きつつ、その様子を窺う。
もしかしたら、向こうから僕に接触して来るのかもしれないと身構えたりもした。
しかし、彼女が僕に興味を持つような素振りはなく、帝国の第三皇子のことを触れ回ったり探しているような様子もなかった。
そんな彼女を監視していくうちに、いくつかの言動に首を傾げることとなる。
「乙女ゲームに前世の記憶……そんなものが本当にあると思う?」
「さあ?でも、それが本当だったら面白いと思うわ」
ドロテはとても愉しそうだ。
ドロテが監視を続けるなか、ルネがフィルに打ち明けた話の内容は、とてもじゃないが信じられるようなものではなかった。
それと同じ内容をアデールから聞かされたブライアンたちも信じているというのだから、ますますとんでもない話だと思う。
「面白いかどうかの感想を聞いてるわけじゃないんだけど」
僕が少しムッとしながらそう言うと、ドロテはやはり愉しげに笑っている。
「ねぇ?もしかしたら、ネイトもゲームに登場しているのかもしれないわよ?」
「は?」
「それならルネちゃんがネイトの留学を知っている理由にならない?」
「……だったら、どうして僕に対して何のリアクションもないんだろう?」
「うーん、たしかにそうねぇ……。その、アデールって子からも今のところ接触はないし……。ゲームでのネイトは脇役なのかもしれないわね」
「………」
別にゲームの登場人物になりたいわけではないが、脇役と言われるとそれはそれで面白くない気持ちになってしまう。
そのままルネが僕にクラスメイト以上の興味を持つこともなく、日々は流れていく。
僕の正体も誰にも気付かれることはなく、変わらず学園で平和に過ごせていた。
「もう、ルネちゃんに直接聞いてみたら?」
これ以上監視をしたところで新しい情報を得られそうもなく、ドロテも裏庭で見張るだけの日々に飽きてきたようだ。
「直接聞いても教えてくれるかわからないじゃないか」
「だったら、あの先輩やアリスター王子みたいに仲良くなってみたらどう?そうすればすんなり話してくれるかも」
「………」
「あなたのお母様が心配していた友達も作れるし、ちょうどいいじゃない」
ドロテが目を細めてニヤニヤと笑っている。
僕がこの国に留学した理由は、帝国での人間関係に疲れたからだ。
今はドロテの魔法と魔導具の眼鏡で隠しているが、僕の容姿は他者を強く惹きつけてしまうらしい。
それに加えて第三皇子という地位もあってか、幼い頃から人間関係によるトラブルが続出し、正直うんざりしていた。
『そりゃあ、高位精霊である私まで惹きつけるんだから人間なんてイチコロよ』
とは、ドロテの言葉。
そんな僕を見かねた両親が、普通の人間関係を築く経験が少しでもできたらと、このような留学を提案してくれたのだが……。
「余計なお世話だよ」
僕はじろりとドロテを睨む。
残念ながら僕は別に友人がほしいとか、他者とうまく関わりたいとか……そういったことで悩んだことはない。
どちらかといえば、放っておいてほしいのだ。
本音を言えば、一人で部屋にこもって自分の興味が惹かれるものをただひたすらに突き詰めていたい。
けれど、第三皇子とはいえ皇族の一員である僕が、学園にも通わずにただ部屋に引きこもることは許されない。
そのことは理解していたし、両親の気持ちもわかる。
けれど、素顔をさらして帝国の学園に通う勇気はなく、素顔と素性を隠して他国に留学をすることで落ち着いた。
「でも、ルネちゃんのことは気になるんでしょ?」
「……まあね」
彼女自身に興味があるというよりは、僕の留学の件を含めて前世や乙女ゲームといった僕の知らない情報を持っていることが気にかかる。
「仕方ない。やってみるよ」
この時の僕は、ただ、このモヤモヤとした気持ちに早く決着をつけたいだけだった。
◇◇◇◇◇◇
その日は図書委員の当番の日で、同じ図書委員であるルネと話をするのにちょうどいいと思った。
図書室では試験勉強に取り組むアリスターとそれに付き添うフィルに、多くの生徒たちが視線を向けてなにやらこそこそと囁いている。
僕はドロテの視界を通じて、ルネたちがアリスターの願いを叶えるためにギャップ萌え作戦というものに取り組んでいることは知っていた。
その作戦名はどうかと思うが、第二王子であるアリスターが自分の居場所を見つけるために懸命に頑張っている姿は素直に応援したくなる。
そんなアリスターたちを話題にしてルネに声をかけて会話を試みた。
「僕はあまり人付き合いが得意ではなくて……」
そのまま彼女から『友人になろう』という言葉を引き出すつもりだったが……。
「それは、得意になりたいんですか?」
「え?」
「いえ、得意じゃないなら無理にやらなくてもなぁ……なんて思っただけです」
「………」
まさか、人付き合いを無理にしなくてもいいなんて言われるとは思わなかった。
予想外の返事に思わず笑ってしまう。
(そういえば、他人と会話をして面白いと思ったのは久しぶりかも……)
これなら、普通にルネとは友人になれるかもしれない。
ドロテの言うとおり、彼女と親しくなってから前世の話を聞いてみようと思った。
しかし、それからしばらくして事件が起こる。
「貴様っ!そこで何をしているっ!」
階段に響き渡るブライアンの怒声。
その声に驚き、振り返ったルネが足を滑らせて階段から落ちていく。
慌ててルネに駆け寄ると信じられない声が聞こえた。
「一体、アデールに何をした?」
あまりの発言に驚きとともに怒りが湧いた。
僕もブライアンも現場を見ていたはずだ。それなのに、目の前で階段から落ちたルネを気遣うことなく、あまつさえ罵倒するなんて……。
それからは僕が何を言っても、ブライアンはルネを加害者へと仕立て上げていく。
(これが王族のすることか……?)
その事件をきっかけにルネを取り巻く状況は一気に悪化した。
見えるところでも、見えないところでも、彼女の身に学園中の生徒たちからの悪意が降り注ぐ。
せめて少しでも盾になれればとルネに声をかけるが、僕を気遣ってか、逆にやんわりと距離を置かれてしまった。
日に日に彼女の表情から余裕がなくなり、眠れていないのか目の下の隈もひどい。
そんな彼女を見るたびに胸の奥が苦しくなった。
(ゲーム?前世?それが、何だ? ずっと彼女のことを見てきた僕は知っている。現実のルネは何もしていない)
入学式の出来事は見ていない。
もしかしたら、ブライアンたちにルネが色目を使ったのが真実なのかもしれない。
けれど、それからのルネは周りからの敵意を受け流すだけで、誰かに悪意を向けることなくただ静かに学園生活を送っていた。
そんな彼女に対して、この仕打ちは無いだろう!
僕はルネの名誉を回復するために動き始めた。
◇◇◇◇◇◇
図書室の拡声魔導具から聞こえていたアナウンスが、魔獣討伐の完了から生徒の下校を促すものへと変わった。
図書準備室の窓から見える空が夕焼けに染まっている。
僕がアリスターを探しにグラウンドにいた頃、中庭のお茶会ではルネがブライアンに退学を申し出ていて、それをブライアンが受け入れたという話をドロテから聞いた。
「これで準備はできた。ある意味いいタイミングだったのかもしれないよ」
僕はそう言いながらドロテの赤い首輪をそっと外し、その中央に付けていた虹色に輝く魔石を慎重に取り外す。
「で、これからどうするの?」
首輪が窮屈だったのか、その身体を伸ばしながらドロテが僕に問いかける。
本当はルネの汚名を濯ぎ、この学園で彼女が平和に過ごせるようにすることが目的だった。
けれど、ルネは泣きながらフィルに言った。こんなことをされてまでここに居たくない、逃げ出したいと……。
「どうやら、この国は彼女が必要ないみたいだ。だったら帝国が貰ってもいいと思わない?」
もちろん、ルネの持つ特殊な能力には非常に興味を惹かれる。
けれど、逃げ出したいと言った彼女の願いを叶えてあげたい気持ちのほうが強かった。
「いいんじゃない?ルネちゃんを連れて帰ったらネイトのお母様も喜ぶわよ。……うっかりそのまま婚約者にされそうだけど」
たしかに、この容姿に群がる人たちに辟易して、友人一人すら作ろうとしない僕のことを一番心配していた母ならば、暴走してあらぬ勘違いをしそうではある。
「あー、でも、それは彼女が断るんじゃないかな?」
「どうして?」
「だって彼女は僕の顔よりも、フィル先輩の顔のほうが好みらしいから」
「ふふふっ、そうだったわね」
僕とドロテは顔を見合わせて笑う。
「さっそく謁見を申し込むとしようか……」
さあ、ただ見ているだけの時間は終わりだ。
次回はブライアン視点の予定です。




