図書委員の彼から見た彼女1(side.ネイト)
読んでいただき、ありがとうございます。
※今話はネイト視点となります。
(これからはアデールやブライアンなどの他者視点の話が続きます)
よろしくお願いいたします。
誤字脱字報告助かりました。いつもありがとうございます。
「私は……もう、ヒロインをやめたいです」
そう言いながら、目の前の彼女は子供のように涙を流して泣いている。
よほど辛い日々だったのだろう。
それは、ただ見ていることしかできなかった僕ですら苦しくなるくらいだった。
僕はそっと彼女にハンカチを渡す。
そして、フィルと共に中庭へ向かう彼女を見送ると、急いでグラウンドへと向かい、この国の第二王子であるアリスターの姿を探した。
さすがに、第一王子であるブライアンに、ルネとフィルだけで立ち向かうのは無理があると思ったからだ。
明日の狩猟大会に向けて同じチームのメンバーと特訓中だった彼に事の経緯を伝えると、血相を変えて中庭へと走り出した。
「教えてくれてありがとな!」
「いえ、クレメントさんを助けてあげてください」
振り向きざまにそう言ったアリスターに返事をして、僕はそのまま図書室へと向かう。
(アリスター王子が間に合うといいけど……)
そんなことを考えながら図書室の鍵を開け、受付カウンターにて準備を始める。
その時だった、校舎内を非常ベルが鳴り響き、備え付けられた拡声魔導具から中庭に魔獣が現れたことを知らせるアナウンスが流れる。
僕は慌てて受付カウンターの奥にある図書準備室へと移動すると、椅子に座りその瞳を閉じて魔力を練り上げた。
◇◇◇◇◇◇
図書室に備え付けられた拡声魔導具からは魔獣の討伐が完了したことを告げるアナウンスが流れ、その声が僕のいる図書準備室にも聞こえてくる。
僕は大きく息を吐くと椅子から立ち上がり、この部屋の窓を開ける。
すると、赤い首輪をした毛並みの美しい黒猫がするりと入って来る。そして、そのまま僕の右肩にぴょんっと飛び乗った。
「ドロテ、お疲れ様」
僕は黒猫の姿をしているドロテに声をかけると、彼女は僕と同じその金の瞳を細め、ゆっくりと口を開いた。
「どう?ちゃんと視えたかしら?」
ドロテがそのハスキーな声で愉しげに聞いてくる。
ドロテは僕と契約を結んだ闇の高位精霊で、彼女の瞳に映るものを共有して視ることができる。
先ほどの魔獣たちの襲撃現場も、中庭の木の枝の上に陣取ってお茶会の様子を観察していたドロテの視界を通じて視ることができた。
「ああ。彼女たちが無事で良かったよ」
僕がそう答えると、ドロテが僕の右肩から降りて机の上に移動する。
「あの魔獣たちは訓練されていたみたいね」
「そのようだね」
人々から恐れられ、討伐の対象となる魔獣。
しかし、そんな魔獣すらも商売に使う連中がいる。
幼体の頃から人間の味を覚えさせて育て上げ、一種の暗殺兵器として販売するのだ。
こんなものが商売として成り立つのかと疑問に思うが、魔獣は他の動物と比べても成長速度が早く、知能が高い種族も多いので、場所とノウハウさえあれば短時間でそれなりに殺傷能力の高い暗殺兵器となる。
未だにこの手の商売がなくならないということは、そのような訓練された魔獣を必要とする客がいるということだ。
「恐らく、本当の狙いはブライアン王子だろう」
鷲型の魔獣フレスベルグは生徒たち全員を狙っていた。
しかし、狼型の魔獣ハティは明らかにブライアンとアリスターの二人だけに狙いを定めていた。
この二人の共通点は王家の色である金の髪とアイスブルーの瞳。
きっと、そのような外見の人物を襲うように仕込まれていたのだろう。
そして、アリスターが中庭に向かったのは僕が声をかけたから……つまりは、ただの偶然だ。
本来ならば、あの場に王家の色を持つ者はブライアンただ一人だけのはずだった。
魔獣の襲撃による事故死に見せかけるつもりだったに違いない。
「この国も案外物騒なのねぇ……」
「他国との関係が安定しているからといって、国内が安全だとは言い切れないからね。王家という権力の象徴をどうにかしてでも、甘い汁を吸おうと考える連中なんていくらでも湧いてくる。それに、平和な国ほど危機意識は低いものだよ」
「ふふふっ。あなたが言うと説得力があるわね」
ドロテはまた愉しげに笑う。
「それにしても、ルネちゃんには驚いたわ。ネイトの言ったとおりだった」
「ああ。……やっぱり精霊と契約しているわけじゃないんだよね?」
「ええ。光魔法を使っている時にも精霊の姿は見えなかったから……。あの能力は彼女自身の持つ力だと思う」
この世界には精霊という存在がいる。
ほとんどの精霊は人が認識できるような姿を持たず、まるで粒子のように辺りをただ漂っている。
しかし、ドロテのような数少ない高位の精霊は、気まぐれに気に入った人間の前にだけ現れて契約を結び、実体を得ることがある。
ちなみに契約を結ぶと、契約した人間と同じ色に実体化することができる。
ドロテは僕のこの黒髪と金の瞳を気に入り、契約を持ちかけてきたのだ。
そして、高位精霊と契約することで自身の持つ魔力以外にも様々な能力を得ることができる。
だから、ルネのあの傷跡ごと治療してしまう能力も、精霊の力を借りたものではないのかと疑っていたのだが……。
「彼女はやはり興味深いな……」
以前見た擦り傷のような軽い怪我だけでなく、魔獣の噛み傷や裂傷のような深い傷跡まできれいに完治させていた。
(あれは怪我をしてすぐの状態でないと治せない?古傷ならばどうだろう?外傷ではなく病気による発疹の跡は?痣は?)
頭の中にたくさんの疑問や、彼女の能力の可能性が次々と浮び上がる。
「ちょっと、また悪い癖が出てるわよ!」
「ああ、ごめんごめん」
僕が笑いながら謝ると、ドロテにじろりと睨まれてしまった。
僕は気になることがあると、ついついそのことばかりを考えてしまい意識が飛んでしまう癖がある。
今の僕が一番興味を持っているのは、ルネ・クレメントの持つ特殊な治癒能力と彼女自身について。
僕がこの学園に入学してすぐに、ルネの悪い噂が学園中に広まった。
その噂というのが、入学式当日にこの国の第一王子であるブライアンを含めた生徒会のメンバーたちに色目を使い、『二度と近付くな』と叱責されたというものだった。
その噂のせいで、彼女は学園中の生徒たちから遠巻きにされ、陰口を言われたり仲間外れみたいなことをされるようになっていった。
僕はその現状を信じられない思いで見ていた。
なぜなら、彼女は希少な光魔法の使い手で、そんな彼女の治癒の力が他国へ流出しないよう国が保護している状態だ。
それなのに、国のトップである王族のブライアンが主導する形で冷遇するなんて、あってはならないことなのに……。
もし、彼女が色目を使ったのだとしても、もっと他にやり方があったはずだ。
そんなルネのことが心配になり、しばらく様子をみても改善されないようならば、王家に進言しようかと考える。
念のため、学園内でルネが危害を加えられないようにドロテに見守りを頼んだ。
時々ドロテの視界を借りてルネの様子を見ていたが、なかなかに彼女は逞しく、辛い環境でもめげずに学園生活を送っていた。
しかし、そんな状況が一変する事態が起こる。
「フィル先輩って……実は帝国の第三皇子だった!とか言いませんよね?」
ある日の昼休みの裏庭で、フィルに向かってルネがそんなことを言い出した。
「魔法で姿を変えているとか……ありません?」
たまたま、その様子をドロテを通じて視ていた僕は驚愕する。
(どうして彼女が僕のことを知っている?)
感想欄でネイトの正体をズバリ当てていた方もいらっしゃったので、バレバレだったかもしれませんね。
(あの時は言えませんでしたが、正解おめでとうございます)
そして、黒猫ドロテは二話から裏庭の木の上に出没していたあの黒猫と同一猫です。
ドロテと視界を共有するには魔力と集中力が必要なので、いつでもどこでもはできません。




