それぞれの役割1
読んでいただき、ありがとうございます。
今話も少し長くなってしまったので二つに分けて投稿します。(次は十五時頃に投稿予定です)
※この話は本日一話目の投稿です。
※流血の描写があります。苦手な方はお気をつけください。
よろしくお願いいたします。
「緊急用の魔導具を作動させた。すぐに助けが来るはずだ!それまで耐えろ!」
アリスターが声を張り上げている。
「フィル先輩!」
「駄目だ。俺たちが行ったところでどうしようもない。足手まといになるだけだ!」
私が何かを言う前に、フィルから強い口調で止められる。
たしかに、実戦経験もない、ただの学生である私たちが助けに向かっても、何もできない。
結局、私たち二人はその場に立ち尽くしたまま、見守ることしか出来ないでいる。
「背中を見せて逃げるな、狙われるぞ!テーブルの下に潜れ!椅子を盾にしろ!防御壁を張れる者の側から離れるな!」
「そいつらは火が苦手だ!火魔法が使える奴は空に向けて撃て!」
アリスターはありったけの声で周りの生徒たちに指示を出し続ける。
アデールを守る攻略対象者たちも他の生徒たちも、その指示に従い始めた。
しかし、アリスター自身はブライアンを背に庇ったまま、その場を動くことはなく、四頭の狼型の魔獣からは決して目を離すことはない。
「あ、アリスター……」
「兄上はそのままそこを動かないでくれ!」
声をかけてきたブライアンに、アリスターは後ろを振り向きもせずに鋭い声で告げる。
そして、狼型の魔獣たちの出方を伺うように、一歩一歩ゆっくりと前に数歩進んだ。
中庭に現れた魔獣は二種類。
空から獲物を狙う鷲型の魔獣フレスベルグと、銀の体毛を持つ狼型の魔獣ハティだ。
しかし、その魔獣たちの様子がどうもおかしい。
魔獣たちは基本は雑食で、餌を求めて人里に降りてくる時も、狙われるのは畑の作物や家畜が主だった。
それなのに、目の前のフレスベルグたちは地面に散らばる菓子には目もくれずに、執拗に生徒たちだけを狙っている。
さらにおかしなことに、五頭のハティ……ブライアンの左肩に怪我を負わせたハティはアリスターの風魔法によってその首を切断されており、現在は四頭になっているが、その四頭のハティたちはブライアンとアリスターの側から離れようとはしなかった。
まるで、最初から狙いを定めていたかのように……。
四頭のハティたちは距離を取りながらも、その金の両眼はアリスターとブライアンの二人を捉えたまま攻撃の機会を伺っている。
と、先にアリスターが仕掛けた。
ぴたりと足を止め、その両腕を真っ直ぐ前に伸ばし、掌からいくつもの風の刃を生み出すと、そのままハティたちに向けて放つ。
が、ハティたちはそれらの攻撃を軽々と避け、その勢いのまま二頭がアリスターに向かって真っ直ぐに躍り出る。
しかし、避けられることを予想していたのか、今度は風の刃が地面すれすれの高さに放たれ、迫りくる二頭の脚に直撃した。
「グギャァァァ!」
苦しげな咆哮と共にその場に倒れ込んだ二頭のハティは、切断された脚のせいで起き上がることも出来ずに、脚から血を流しのたうち回っている。
すると、次は残りの二頭が動いた。
先ほどのハティたちとは違い、左右二手に分かれて走り出す。
左側のハティに向けて放った地面すれすれの風の刃はぎりぎりで躱され、右側のハティには掠りもしなかった。
二頭が別々の位置から違った動きをすることで、アリスターは攻撃がうまく定まらない。
「くそっ!」
アリスターが焦った声で吐き捨てる。
左側から向かい来るハティがスピードを上げる。
仕方なくアリスターはそちらに身体の向きを変え、いくつもの風の刃を放つ。
そのうちの一つがハティの脇腹を掠り、体勢を崩したところへさらにその顔面に風の刃を叩き込み、ついに断末魔の悲鳴があがる。
地面に倒れる姿を見ることなく、すぐに右側のハティへと視線を向けるが、その銀の獣の姿は座り込んだままのブライアンへと迫っていた。
「うぉぉぉぉ!」
ブライアンは叫び声と共に、右側から襲い来るハティに向けて片手で風の魔力球をでたらめに撃ちまくっている。
しかし、それらはことごとく避けられ、奇跡的にハティの左頬を掠めた一撃もその勢いを削ぐには至らず、高く跳躍したハティが口を大きく開きブライアンへと襲いかかる。
その鋭い牙がブライアンに届くすんでのところで、アリスターはブライアンとハティの間に割り込むように自身の右腕を差し出した。
「ぐあっ!」
その右腕をハティに噛み付かれ、アリスターが痛みに声をあげる。
しかし、そのまま身体を捻り、アリスターは魔力を纏わせた左拳でハティの横っ面を殴り付けた。
「ギャッ!」
殴られた衝撃で、たまらずハティの口が開く。
右腕が解放されたアリスターはその瞬間を逃さず、ハティの口腔内へ魔力を纏ったままの左拳をねじ込む。
そして、体内へと魔力を直接叩き込むと、すぐにその手を引き抜いた。
「グギャァァァァァ!」
断末魔の叫びと共に、その体を痙攣させた最後の一頭が崩れ落ちるように倒れた。
そして、そのままアリスターも地面に倒れ込む。
「アリスター殿下っ!」
私は思わず叫び声をあげる。
その瞬間、地上からいくつもの火球が空に向けて放たれた。
生徒たちとの攻防を繰り返し、空を旋空していたフレスベルグたちの顔や翼、その胴体に命中していく。
火球によってその身を焼かれたフレスベルグたちは、耳をつんざくような鳴き声をあげながら、次々と地上へ落下していく。
「第一班と二班は生徒たちの救助と安否確認!第三班は魔獣の死亡確認!残りの者たちは手分けして隠れている魔獣の捜索にあたれ!」
まるで怒声のような大きな声が響き、先ほどの火球が放たれた位置から黒の騎士服を身にまとう集団が現れた。
アリスターが言っていたとおり、助けが来たようだ。
私たちは一目散にアリスターのもとへと走り出す。
◇◇◇◇◇◇
それは、酷い有様だった……。
中庭だった場所は、今や数多の魔獣の死骸が転がり、焦げた匂いがあちらこちらから漂っている。
そして、地面に横たわるアリスターの右腕は、ハティによる噛み傷から大量の血が流れ、制服の右側が真っ赤に染まり肌に張り付いていた。
荒い呼吸を続けるアリスターは、苦悶に満ちた表情で瞳を閉じている。
「アリスター殿下!」
「おい、アリスター!」
私とフィルは横たわるアリスターの側に座り込み、必死に呼びかけた。
すると、アリスターの瞼が開き、ぼんやりとしたアイスブルーの瞳がこちらを向く。
意識があることに安堵しながら、私は魔力を練り上げる。
「すぐに治療しますから!じっとしててください」
本当は消毒などが必要なのかもしれないが、大量の血が流れ続けている今の状況ではそんなことを言ってられない。
私の両掌から光の粒子が現れ、アリスターの右腕を覆っていく。
「ぐっ……!」
自身の魔力がどんどんと吸い取られていく感覚に、思わず声が漏れる。
これまでに経験した、軽い擦り傷程度の治療とは比べ物にならないくらいの魔力の消費量だった。
それほど、アリスターの怪我が重症だということだろう。
その時、複数の足音と共に「殿下、ご無事でしたか!」と言う誰かの声が聞こえた。
しかし、そちらを気にする余裕はなく、私は大きく息を吸って気合いを入れ直す。
額に汗が浮かび上がり、伝った汗が眼に入ろうとも、拭うこともせずにひたすら魔力を送り続ける。
目の前がチカチカし、そろそろやばいかも……と、思った頃に、ようやくアリスターの右腕を覆っていた光の粒子が消え去った。




