その忠誠は誰がために?
読んでいただき、ありがとうございます。
本日二話目の投稿になります。
いよいよ、終盤になってまいりました。
よろしくお願いいたします。
「………!」
想定外であろう私の発言に、ブライアンはその美しいアイスブルーの瞳を大きく見開いた。
フィルは、私の名誉を回復しようといろいろ動いてくれていたのだろう。
これからもこの国で貴族として生きて行くならば、それはとても大切で重要なことだと思う。
けれど、ブライアンたちが本当の理由を話すことはないだろうし、このまま泥試合になるのは目に見えている。
……それならば、もう私から幕を下ろそう。
『もうヒロインなんて辞めていい。こんな場所から逃げ出したっていいんだ』
だって、フィルがそう言ってくれたから。
国から与えられた男爵家の養子という立場や、将来の王城での仕事……なにより、この転生悪役令嬢が主人公の世界からは逃げられないと諦めていた。
でも、このまま自分の人生をアデールたちを輝かせるためだけに消費され続けるのは、もううんざりだ。
「もともと、貴族になりたかったわけでも、なるつもりもなかったんです。こんな扱いをされてまでこの学園に通いたくありません。通う理由もありません」
この学園から退学するということは、貴族の世界では醜聞となり表舞台には出てこれなくなる。
しかし、私は元平民でただの庶民だった。退学して男爵家から追い出されたとしても元の生活に戻るだけ。
前世も含めて何十年も庶民だった私には痛くも痒くもない。
「しかし、私の立場からは断れないのです。ですから、殿下のほうから話を通していただけませんか?」
「それは……」
あれほどまでに排除しようとしていた私からの退学の申し出を、ブライアンが引き止めることはできないだろう。
転生悪役令嬢が主人公の物語のラストは、ヒロインが修道院へ送られるか、国外追放がテンプレだ。
学園追放のちに平民落ちも似たようなものだろう。
ただ、卒業パーティーではなく、狩猟大会前日という中途半端な時期になってしまったことは許してほしい。
「よろしくお願いします」
「………」
私の念押しにブライアンは黙ったまま、その視線をアデールへと向ける。しかし、アデールは困ったように眉を下げた表情のまま何も言わない。
「ブライアン殿下、退学の手続きをよろしくお願いしますね?」
「………わかった」
再びの念押しに、ブライアンから言質を取ることに成功する。
これで全てが丸く収まるとは思わないが、私が学園を退学する足がかりにはなるだろう。
すると、視界の隅でフィルが動くのが見えた。
他の皆はブライアンと私のやりとりに気を取られているのか、気付いていない。
フィルは椅子に座ったままのアデールに素早く近付くと、その耳元で何かを囁く。途端に、アデールの表情が一気に強張る。
しかし、そのまますぐにアデールの側を離れたフィルは、何事もなかったかのようにこちらに戻って来た。
「さあ、用は終わった。帰るか」
ここまでの騒ぎを起こした張本人とは思えないくらいの軽い口調だった。
私たち二人はお茶会の会場である中庭をあとにする
周りからの視線は痛いが、もう退学を決めた私に怖いものはなかった。
◇◇◇◇◇◇
「おい!」
「うわぁ!」
中庭を出てすぐに、焦った様子のアリスターに声をかけられた。
「ちょっと!びっくりするじゃないですか!」
「どうしてアリスターがここに?」
思わぬ人物の登場に私もフィルも驚いて足を止める。
「さっき、眼鏡をかけたもさっとした奴が、フィルが兄上たちに喧嘩を売りに行ったって教えてくれたんだ」
「ああ、もしかしてビアンコ君ですか?」
「そんな名前だったかな?図書委員が一緒だとか言ってた」
どうやら、ネイトがアリスターを呼びに行ってくれたようだ。
王族であるブライアンに対抗するには、同じ王族のアリスターが必要になるかも……と、考えてくれたのかもしれない。
まあ、実際は間に合わなかったのだが、気遣ってくれたネイトの気持ちも、心配して駆け付けてくれたアリスターの気持ちも、どちらも嬉しかった。
「大丈夫だったのか?」
「ええ。無事に退学をもぎ取りましたよ!」
「は?」
私のドヤ顔にアリスターは固まっている。
「ちょっと待て!退学ってどういうことなんだよ」
「だから、私がこの学園を退学する許可をもらったんです」
「いや、意味がわかんねぇ!だって、あんたは別に悪いことなんかしてないんだろ?それなのに、なんで……」
私に非がないことを認めてくれる発言に、じんわりと胸が温かくなる
「これでいいんですよ。私は別に貴族に未練はありませんから。それに、もともと平民ですので、退学してもなんとかなるんです」
「………」
納得がいかない様子のアリスターがフィルに助けを求める。
「フィル!あんたからもなんとか言ってくれよ!」
「言いたいことは全て言った。俺はルネの意志を尊重する」
「そんなぁ……」
アリスターは今にも泣き出しそうな顔になってしまう。
私は少し申し訳ない気持ちになりながらも、やっとこの物語の役割から抜け出せそうな状況に安堵していた。
(あ………)
まだ、ぶつぶつと文句を言っているアリスターはそっとしておくことにして、先ほど気になったことを思い出す。
「そういえば、さっきアデール様に……」
何を言ったんですか?と、私がフィルに向けて言葉にしようとしたその時……
「きゃぁぁぁぁっ!」
その場の空気を切り裂くような悲鳴が聞こえた。
それは、つい先ほどまで居た中庭の方角からで……。
驚きに思わず顔を見合わせていると、悲鳴に混じって誰かの叫ぶ声が聞こえてくる。
「うわぁぁぁぁっ!誰かっ!魔獣がっっ!」
その瞬間、アリスターが躊躇することなく中庭へ向けて猛スピードで走り出した。
私とフィルは、あまりに突然の出来事にその場に固まったまま咄嗟に動くことができない。
「い、行きましょう!」
何が何だかわからないが、とりあえずアリスターのあとに続こうと、私とフィルは遅れて中庭へと走る。
それほど距離は離れておらず、すぐに中庭へと戻ることができたのだが……。
(何……これ……?)
お茶会に使用されていたテーブルや椅子はなぎ倒され、食器やお菓子は無惨に地面に散らばり、悲鳴をあげて逃げ惑う生徒たちに、空から何匹もの大型の鷲のような魔獣が襲いかかっている。
テーブルの下に潜って身を守る者や、防御魔法を展開している者もいるが、ほとんどの生徒たちがパニックに陥っている様子が見て取れた。
かくいう私も、そこに広がったあまりの光景に息を呑み、立ち尽くすことしかできないでいる。
「どうしてっ?このイベントは明日のはずなのに!どうしてこんな所でっ!」
その狼狽えながらも叫ぶような声に、ハッと我に返る。
声の主であるアデールは見たところ無傷のようだった。
それもそのはず、三人の攻略対象者たちが彼女を取り囲むように守っている。
そして、そんなアデールたちから少し離れたところに、ブライアンは座り込んでいた。
怪我をしたのか、制服が破かれた左肩を自身の右手で押さえながら苦悶の表情をしている。
そんなブライアンを背に庇うような位置にアリスターが立ち、二人のすぐ側には銀の体毛で覆われた巨大な狼の魔獣が、首と胴を真っ二つにされた状態で転がっていた。
魔獣に襲われた時、咄嗟に誰が、誰を守ったのか……一目瞭然の状況だった。




