怒らせると怖い
読んでいただき、ありがとうございます。
書いてみたら思いのほか長くなってしまい、二つに分けて投稿することにしました。
これが本日一話目になります。二話目も八時台に投稿します。
よろしくお願いいたします。
「クレメント嬢は、階段から突き落とされたと自作自演をし、アデールを陥れようと……」
「いや、そっちじゃない」
フィルがブライアンの話を遮る。
「入学式の話をしようか」
「………」
フィルの言葉にブライアンは黙り込み、警戒心を顕にした表情でフィルを睨みつけた。
私は、王族の言葉を途中で遮るなんて……と、フィルの不遜な態度にハラハラしてしまう。
「噂だと、生徒会役員たちにルネが言い寄ったと言われていたな。それが本当なら、軽く注意をすれば済む話だ。入学式の日、この学園の正門をくぐったばかりのルネを罵った理由はなんだ?」
「……クレメント嬢の素行に問題があるという情報を事前に得ていたからだ」
ブライアンが静かな声で告げる。
なるほど。うまい言い方だな……と、他人事のように思う。
恐らく、ブライアンたちはアデールから前世のゲームの内容を打ち明けられている。
しかし、それを彼らが信じたのは、攻略対象者たちとアデールの間に固く結ばれた絆があったからだ。
そうではない者たちに前世や乙女ゲームの話をしたところで、頭がおかしい奴だと思われるだけだろう。
だからブライアンは、入学式の日に私を罵った本当の理由をここで話すことはできない。
「それは、おかしいだろ?ルネは国の主導で男爵家の養子となり、特待生としてこの学園に入学している。そんなルネの素行を国が事前に調査していないわけがない」
そう言いながら、フィルはポケットから折りたたまれた用紙を取り出す。
「これがその素行調査の写しだ」
「なぜそんなものを君が持っている?」
「祖父に頼んだ」
「祖父?……エイブラム・ロマーノ殿か!?」
「ああ。言っておくが正式に手配したものだからな。疑うなら調べてくれて構わない」
そんなフィルとブライアンのやり取りに、私の頭の中は疑問符だらけになる。
まず、国に素行調査をされていた事実に衝撃を受けた。別に悪いことはしていないが、一体どんなことを調べられたのだろうかと心が落ち着かない。
そして、その写しをフィルのお祖父様が手配したことがよくわからなかった。
すると、そんな私の様子に気付いたフィルが説明をしてくれる。
「俺の祖父は、王城の医務局長を務めていた。すでに引退しているが、今でもそれなりに顔が利く。俺だけではこの写しを手配することはできなかったんだ」
「な、なるほど……」
王城の医務局とは、王城内の医療に携わる人々を統括する部署であり、私の学園卒業後の就職予定先でもあった。そして、医務局長とはそのトップのことだ。
前国王陛下の主治医であったとは聞いていたが……よくよく考えれば、当時の国のトップである前国王陛下の主治医がただの医者であるはずがなかった。
前世で見た医療ドラマの、大名行列のような教授回診のシーンが頭に浮かぶ。
「ルネは、光魔法に目覚めるまでは平民としてライリオの町で暮らし、この王都へとやって来たのが二年前。それからは、クレメント男爵家で有能だが厳しいと有名な家庭教師によって淑女教育を受けている。そして、淑女教育が終わるまでは、他の貴族と出会うことがないように徹底されていたそうだ」
フィルが素行調査の写しに視線を落としながら読み上げていく。
たしかに、学園に入学するまでは、クレメント男爵家の人たちと家庭教師以外の貴族と会った記憶はない。
「まだ淑女教育を終えていない平民だったルネを他の貴族に会わせてしまえば、どのようなトラブルを引き起こすかわかったもんじゃないからな」
「え?」
まさか、そんな理由だったとは……。
ずっと淑女教育の時間を優先させるために、王都を散策する時間さえも与えられないのだと思っていた。
「ここには、入学前のルネの素行に問題はないと結果が出ている。じゃあ、殿下が事前に得ていたルネの問題とは一体何なんだ?そんな問題があるのなら、なぜ国に報告をしない?」
そのままフィルは畳み掛ける。
「学園に入学をしてから問題を起こした、素行が悪くなった……そういうことならわかる。だが、お前たちはルネが入学をしたその日、初対面の彼女を罵った。おかしいだろ?」
「……君たちには説明できない、こちらの事情というものがあるのだ」
フィルの質問に答えられないブライアンは、曖昧な言葉で答えを濁して逃げることしかできない。
しかし、フィルがそれを許さなかった。
「おい、それはないんじゃないか?……お前たちは、国が必要だと、能力があると認めた人間を、寄ってたかって排除してもいいという見本を示したんだぞ!しかも、彼女は元平民で後ろ盾も弱い。そんな立場の人間を守り導くのがお前たちの役割だろう!もっと自分たちの立場と影響力を考えろ!」
「さすがに不敬です!」
何も言えないブライアンの不利を悟ったのか、宰相の子息が口を挟む。
「うるさい。それしか言えないのか?腰巾着は黙っていろ」
「こ、腰巾着……?」
「まさか、側近だとでも言いたいのか?揃いも揃って、主の愚行を止めることも正すこともせずに何が側近だ!同調するだけなら猿でもできるんだよ!」
フィルのセリフに、さすがに攻略対象者たちの顔色が変わった。
「あ、あの!」
今度は私が大きな声で彼らのやり取りに割って入る。
そんな私の声に反応して、周りの視線が一斉に集まった。
けれど、私は大きく息を吸い、臆することなくブライアンを見据える。
「私の素行に問題があると仰るのなら、この学園を退学させていただけませんか?」




