重い足取り
読んでいただき、ありがとうございます。
昨日の夕方から娘が発熱と嘔吐で時間が取れず……。書けたところまで投稿いたします。
少し短めです。すみません。
今話も辛い表現があります。苦手な方は気をつけてお読みください。
※感想欄にて、『そもそも西洋の学園は土足文化では?』というご指摘(と代替案)をいただきまして、上靴を隠されてスリッパで歩く表現を変更いたしました。すみません。
今日はどんよりとした曇り空で、いつ雨が降り出してもおかしくない天気だった。
それでも裏庭にフィルは現れて、二人並んでベンチに座ってランチを食べる。
「もう食べないのか?」
「あー……今朝はちょっと朝ごはんを食べ過ぎちゃいまして、あまりお腹が空いてないんです」
私はそう言いながら、まだ中身が残っているランチボックスに蓋をする。
「そうか……」
何か言いたげな表情のフィルに、私は咄嗟に話題を変えた。
「アリスター殿下の様子はどうですか?」
ここ最近、アリスターは裏庭に現れていない。
というのも、もう裏庭には来ないようにと私から進言したからだ。
階段での二度目のざまぁは瞬く間に学園中に広まってしまい、私の評判はさらに地の底……いや、下限を突破してしまった。
そんな私との関係が周りに知られないよう、今まで以上に気をつけたほうがいいと伝えた。
アリスターは納得がいかないようだったが、裏庭に来るよりもクラスメイトたちと交流をしたほうがいいんじゃないかとフィルからも言われ、渋々だが頷いてくれた。
「だいぶチームの皆とも気軽に会話できるようになった」
「それは良かったです」
フィルの言うチームとは、来月に開催される狩猟大会に参加するチームのことだ。
「即席チームだからな。連携はまだまだだが、アリスターの実力はさすがだよ」
「そんなにすごいんですか?」
「俺なんかは全くついていけない」
フィルがため息混じりに呟いた。
去年は個人部門で優勝したアリスターだが、今年はチームで参加してみてはどうかとフィルが提案した。
そして、アリスターは勇気を出してクラスメイト二人に声をかけ、そこにフィルも友人と二人で加入することになったのだ。
フィルの話によると、アリスターの風魔法はスピードも威力もさることながら、そのコントロールが抜群なのだという。
ちなみに私は今回も体育祭の時と同じように、救護係の役目を仰せつかった。
つまりは、狩猟大会で何らかのイベントが起きるということだ。
そのせいか、今年の狩猟大会は例年以上に警備が強化される予定らしい。
もちろん毎年万全の警備体制で開催されており、大きなトラブルなど起きたことはなかったそうだが、今年はなぜか第三騎士団の全団員が警備に招集されたとアリスターが話していたそうだ。
(やっぱり危険な魔獣が登場するのかな……?)
それならば、私は救護係で良かったと思う。
そんな危険な魔獣に遭遇しても守ってもらえるのはきっとアデールだけで、私は囮に使われそうだ。
「そういえば、アリスターに婚約の打診が来たらしい」
「ええっ!?」
突然のフィルの発言に驚いて大きな声が出てしまう。
(アリスター殿下に婚約者……?)
ふと、ゲームのアリスターに婚約者はいたのだろうかと記憶を辿る。
私がプレイしたストーリーにはそのような描写はなかったように思うが、実際はどうだったのかはわからない。
「シュルツ侯爵家の令嬢だと聞いたが……」
「へぇ、良かったじゃないですか」
「いや、それがそうでもないらしい」
「何か問題でもあるんですか?」
「俺も詳しくはないんだが、シュルツ侯爵家はワウテレス公爵家とあまり関係が良くないらしくてな」
「それは……確かに微妙ですね……」
つまりは、第一王子の婚約者であるアデールの家と敵対関係にある家が、第二王子のアリスターに婚約の打診をしたということだ。
しかも、アリスターの評判が回復したこのタイミングで……。
「なんだか……いろいろな思惑を感じますよね」
「ああ。アリスターもそのことには勘付いてる。だから婚約については一旦保留にしたそうだ」
「大変ですね……」
王弟としての役目を辞するために自身の評判を回復させたのに、そのせいで権力争いに巻き込まれるとは……。
「お前も大変なんだろ?」
「え?」
その榛色の瞳がひたりと私を見据えた。
「いえ、私はそんなに大変じゃないですよ!」
「………」
「大丈夫ですから!」
私はそう言いながら笑顔を作るが、フィルは笑い返してはくれなかった。
◇◇◇◇◇◇
私は職員室から教室へと向かう廊下を歩いている。
ダンスの授業で使うはずのシューズがどこを探しても見当たらず、仕方なく、職員室で事情を説明して借りることになったのだ。
(古典的だなぁ……)
そう思いながらも、教室へと向かう私の足取りはひどく重い。
入学式でのざまぁのあとは『攻略対象者たちに言い寄った女』だという噂が流れたが、階段でのざまぁで『アデールを陥れようとした女』という汚名が追加された。
そのことにより、当たり前だが私への風当たりがより一層強くなった。
以前はこそこそとした陰口だったものが、こちらを見ながら聞こえよがしに悪口を言われるようになり、女子生徒数名に突然囲まれて糾弾されたこともあった。
そして、昨日は教科書が見当たらないと思ったらビリビリに破かれた状態で見つかり、今朝はダンスシューズがなくなっていた。
まさにテンプレなヒロインいじめ。
ブライアン直々に二度も罵られたのだからと、私への悪意にどんどん遠慮がなくなっていく。
どうやら、主導しているのはブライアンやアデールの派閥の生徒たちのようで、そんな彼らの空気に学園中がのまれてしまっている。
以前から私に対しての当たりが強く、体育祭でクラス代表リレーに推薦してきた同じクラスの女子生徒たちもアデールの派閥に入っているようだ。
クラスメイトのネイトは何かと私を気にかけてくれたが、それすらも気に入らないと悪口が増えたので、ネイトを巻き込まないようにこちらから距離をとった。
前世でも人に嫌われたことはあったし、悪口を言われたこともある。
友達付き合いでうまくいかないことも、どうしても合わない人だっていた。
けれど、こんなにも大勢の人から、これほどの強い悪意を向けられたことはなかった。
(どうしよう……)
ざまぁは入学式で終わったのだから、私はこのままブライアンたちが卒業するまでの残り数ヶ月をやり過ごせばいいと思っていた。
主人公であるアデールが卒業すればきっと物語はハッピーエンドを迎え、私の役割も終わるだろうと……。
けれど、階段での出来事で一気に不安が増してしまう。
━━私はいつまで当て馬ヒロインのままなのだろう?
アデールたちが学園を卒業すれば本当に解放される?
でも、私の卒業後の進路は王城で……そこには、アデールや攻略対象者たちがいる。
まさか、これから先もずっとずっとこのような理不尽な悪意に晒され続けるのだろうか?
そんなことを考え出すと不安に押しつぶされそうになる。
「………っ!」
ジクジクと痛み始める胃の辺りを手で押さえながら、私はゆっくりと廊下を歩いて行った。
姪っ子も昨日の夕方から発熱したそうです。
寒暖差でしょうか?何か流行ってるのかもしれません。
皆様も体調にはお気をつけて。




