配慮がほしい
入学してから二週間が経った。
今日も私は誰もいない裏庭のベンチで一人昼食を食べている。
ここは中庭と違ってあまり手入れがされておらず、食堂からも離れていて、人目を気にせずに休憩ができる絶好の場所だった。
入学初日のブライアンの絶縁宣言。
あの時は突然のことにただ呆然とするばかりだったが、時間が経つにつれて冷静になると気付いたことがいくつかある。
まず、悪役令嬢アデールの見た目がゲーム通りではなかった。
ゲームでは、もっと派手なメイクに派手な巻髪のザ悪役令嬢スタイルだったのが、ストレートの落ち着いた髪型に薄いナチュラルメイク、体型はゲームのままだったが雰囲気は清純そのものに変わっていた。
そして、ブライアンや他の攻略者たちのアデールに対する態度から、間違いなく彼らとの関係も良好だとわかる。
このようなパターンに私は心当たりがあった。
それは、小説や漫画でよく見かける設定で、乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまう主人公の物語。
だいたいが幼い頃の悪役令嬢に転生してしまい、断罪フラグを折るためにゲーム開始までになんやかんや努力して、結局は攻略対象者と転生悪役令嬢が結ばれてヒロインよりも幸せになりました!と、いうやつだ。
……わかる。
もし、悪役令嬢に転生してしまったなら、断罪から逃れるために私だってゲームが始まる前から奮闘するだろう。
だけど、今回はヒロインである私も転生者だ。
しかも、元平民であり入学式の朝に前世の記憶を取り戻した私は、公爵令嬢であるアデールとは違い、学園に入学するまでは王族や高位貴族である攻略対象者たちに関与することはできなかった。
つまり、私はまだ何も彼らに関わるような行動をしていない。
━━それなのに、もう終わってしまった……?
『ゲームの強制力が働いて、彼もヒロインに惹かれてしまうんじゃ……?』とか、『もしかして、ヒロインもこのゲームを知っている?……まさか彼女も転生者なの!?』とか……そんな、なんやかんやを乗り越えて、転生悪役令嬢と攻略対象者が最終的に両想いになり、逆にヒロインがざまぁされたりするんじゃないの?
どうやら学園でのなんやかんやの部分が始まる前に攻略対象者たちは転生悪役令嬢にしっかり攻略されており、私の出番は必要がなかったらしい。
そして、アデールも攻略対象者たちも私よりも上級生で、すでに学園での彼らの評判は上々。私が入学するまでの間にしっかりとアデールの足場は固められていた。
だから、ヒロインである私は入学しただけなのに絶縁宣言をくらって終わり。まさかの出オチ。
転生悪役令嬢が有能すぎるとこんなことになってしまうのか……。
そして、そんな絶縁宣言が行われたのは学園の噴水前という、生徒たちの目のある場所。
遅刻ギリギリだったとはいえ、他にも生徒たちがそれなりにいた。
そのため、王族である第一王子にあんな宣言をされた私は、初日からクラスメイトたちに距離を置かれ、校舎内を歩いているだけで多くの生徒たちの好奇の視線にさらされ、こちらを見ながらヒソヒソと囁かれる声にげんなりする学園生活を送っていた。
「はぁ……」
私は盛大なため息とともに俯いた。
なぜこのような仕打ちを受けなければならないんだろう。
(一応、ヒロインなんだけど……)
いや、ヒロインだからこそ、この仕打ちなのか。
転生悪役令嬢が主人公の世界では、ヒロインは当て馬役に成り下る。
(せめて私がヒロインムーブをかましてからにしてほしかったな……)
恐らく、あのブライアンたち攻略対象者に、アデールは前世の記憶……攻略対象者たちがこの学園でヒロインに陥落されるゲームの内容を打ち明けているのではないかと思われる。
だから、ヒロインである私を待ち構えて、有無を言わさずに絶縁を言い渡したのだろう。
ヒロインに出会ってもアデールへの愛は変わらなかったと証明し、愛しい転生悪役令嬢を安心させるために……。
気持ちはわからなくもないけれど、愛を証明するならもうちょっと他の方法にしてほしかった。
(なにも、入学式にあんな場所で言わなくても……後日個室にこっそり呼び出すとかさぁ……)
当て馬ヒロインに対する配慮があまりにも足りていない。
おかげで友達を作るどころか、クラスメイトたちには遠巻きにされ、誰も話しかけてこない。
こちらから声をかけようものなら目を逸らされ、曖昧な返事とともにすぐに逃げられてしまう。
今日はクラスで委員を決めたのだが、皆が仲良しの友達同士でどの委員にするのか盛り上がる中、女子の中であぶれてしまった私に、一部の女子生徒たちからクスクスと密やかな嘲笑が浴びせられる。
結局、同じく男子の中であぶれたおとなしそうなメガネの男子と二人で図書委員をやることになった。
ただ、内心はどうであれ、私に対してメガネの男子が普通の態度をとってくれたことだけが救いだった。
そんな毎日の学園生活に苛立ちだけが募っていく。
そもそも、私はこのゲームをプレイはしたが、特別思い入れがあったわけでも、沼るほどの推しキャラがいたわけでもなかったのに……。
「ほんとにクソだわ!」
苛ついていた私は、言葉と同時に俯いたまま右足の踵で地面を軽く蹴りつけた。
「すごい言葉だな」
すると、頭上から男性の声が降ってくる。
驚いて反射的に顔を上げると、目の前には背の高い男子生徒が立っていた。
制服のタイの色で彼が三年生であることがわかる。
パッと見は背も高くスタイルはいいのだが、天然パーマの濃紺の髪は全体的に長く、前髪で目元も隠れてしまっている。それに黒縁の眼鏡も相まって、なんだかもっさりとした野暮ったい印象を受けた。
「隣、いいか?」
「えっ?あ……はい、どうぞ」
突然のことに、私は軽くパニックになりながらもそう答えた。
「ありがとう」
彼はお礼を言ったあと、きちんと私との間に一人分の隙間を開けて、隣へと腰をおろす。
貴族の男女は例え婚約していたとしても、公の場で触れ合うことを良しとしない。私もその辺りの貴族のマナーは淑女教育で学んでいた。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「ええっと……」
どう考えても、先程のクソだわ発言に対しての質問だった。まさか聞かれていたとは……。
「ああ、俺の名前はフィル・ロマーノだ。君は?」
「ルネ・クレメントです……」
そのままフィルは前髪で隠れたメガネの奥からの視線で私に続きを促した。質問に答えろということだろう。
「あー、ちょっと陰口と言いますか、根も葉もない噂が流れてて、うんざりしてたので……」
さすがに初対面の人に全てをぶちまけるわけにはいかないので多少は濁した。だが、まるっきり嘘は言っていない。
「噂か……たしかにうんざりするな。それでさっきの言葉か?」
「……お聞き苦しい言葉を申し訳ございません」
さっきの言葉と言われて、ここは貴族が通う学園で、つまりフィルも貴族であることを思い出し、慌てて言葉遣いを正した。
二年間の淑女教育を実践するはずの学園でほとんど誰とも会話をしておらず、彼がフランクな口調だったこともあり、すっかり油断していたのだ。
「ははっ、そんな言葉遣いは今更だろ」
「……たしかにそうですね」
「まあ、貴族の令嬢が使うにしては、かなりインパクトのある言葉だったけどな」
「……もともと平民でしたので」
いや、平民でも、あれは口が悪い。
私のせいで平民全体のイメージを下げてしまったかもしれない。
「そうだったのか。何か事情があってこの学園に?」
彼は学園中に広がる私の噂を知らない……?
少し不審に思いながらも、わざわざ自分の悪い噂を知らせるのもな……と思い、私はこの学園に来た経緯を簡単に説明した。