真面目な話
「そ、それは、大丈夫なんですか?そんな、ブライアン殿下の補佐が嫌だからって……」
それに、王族が特に危険が多い第三騎士団に所属することが認められるのだろうか?
「そんな子供じみた理由じゃねーよ」
アリスターにじろりと睨まれてしまう。
「第三騎士団の奴らと過ごすうちにいろいろ考えさせられたんだ」
少しだけ不機嫌そうな声で、アリスターはきっぱりとそう言った。
「アリスターの考えを聞かせてくれないか?」
すると、先ほどまで静かにクッキーの味の余韻に浸っていたらしいフィルが口を挟んだ。
満足したのか、眉間のシワはきれいさっぱり消えている。
アリスターはフィルの言葉に表情を緩めて頷いた。
「ああ。団員にはいろんな奴がいて、みんながみんな気が合うわけじゃないだろ?」
「それはそうだな。特に第三騎士団には貴族だけじゃなく、平民だっている」
「そうなんだ。それでも『仲間を信頼できないと、いざって時に背中を任せらんねぇ』ってバージル団長が言ってて。だから、訓練と同じくらい団員同士の仲を深める時間を大切にしてる」
たしかに、魔獣を討伐する際は仲間同士の連携が必須なのだろう。
そこに信頼関係や助け合いがなければ、最悪命を落とす危険だってある。
「まあ、そんなこと言いながら、訓練のあとに団員たちで飲みに行ってるだけなんだけどな」
そう言ったアリスターの口元には少しだけ笑みが浮かんだ。
私も、飲みニケーションという前世で年配の上司だけが使っていた言葉を頭に浮かべてしまう。
「それで気付いたんだよ。俺がこのままいくら真面目に勉強してどれだけ知識を詰め込もうが、王弟として兄上を支えられるわけがないんだって……。あと一年もしないうちに兄上は卒業して立太子するっていうのに、信頼関係を築くどころか、まともに会話すらしてもらえないんだぞ?」
「………」
「そもそも、兄上は俺を必要としてないんだから……」
アリスターは辛そうに顔を歪ませ、最後は吐き捨てるようにそう言った。
私はそんな彼を見て、胸の辺りがぎゅっと痛くなる。
悪役だと切り捨てられたアリスターが、今でも兄のことを考え、こんなふうに傷付き悩んでいることを彼らは知っているのだろうか……。
何と声をかければいいのかわからず、私はただアリスターの横顔を黙って見つめることしかできないでいた。
「アリスターの考えにも一理あると思う」
そこにフィルの冷静な声が響く。
「今の状態のままブライアン殿下が王位に就き、アリスターが王弟として補佐に入ると余計な火種を起こしやすくなる」
「そう!そういうこと。それに、兄上にはすでに優秀な側近たちがいるんだから、俺の出る幕はないんだよ」
フィルの言葉に、場の空気を変えるような明るい声でアリスターが同意をする。
ブライアンの優秀な側近たちとは、他の攻略対象者たちのことだろう。
「それで、ちょっとフィルに相談したいことがあるんだけどさ」
アリスターがフィルに視線を合わせる。
「この前、バージル団長に、卒業したら第三騎士団に入りたいって打ち明けてみたら、『うちを逃げ場所にすんな!』って怒鳴られて……」
「断られたのか?」
「いや、逃げ場所にしてるつもりは無いって言い返した。でも『どうしても入団したけりゃ、ちゃんとした第二王子になって入って来い』って言われてさ」
「……どういうことだ?」
「俺もわかんなくて、キース副団長に聞いてみたんだ。そうしたら、第三騎士団は平民も受け入れてるからか、騎士団の中でも下に見られることが多いらしくって……。それをどうにかしたいのに、評判の悪い俺が王弟の役割を蹴って入団するのは不味いって言われた」
「……つまり、第三騎士団がアリスターの左遷先だと思われてしまうってことか?」
「左遷……うん。まあ、たぶんそんな感じ……」
アリスターがちょっと傷付いたような表情をしている。
ブライアンとアリスターが不仲であることは有名で、その理由もアリスターが乱暴な問題児であるからだと噂されていた。
そんな状態のままアリスターが入団してしまうと、素行が悪いせいでブライアンの補佐から外され第三騎士団に送り込まれたと周りに見られてしまうということだ。
それだと、第三騎士団は問題児ばかりが送られる場所……フィルの言う左遷先だというイメージを持たれかねない。
「そのあと、キース副団長に『評判のいい第二王子なら広告塔として大歓迎です』って言われた」
「………」
なかなかにドライで正直者な副団長だ。
「なあ、どうしたら俺の評判ってよくなると思う?」
「そうだなぁ……」
フィルはそのまま考え込んでしまった。
よし、ここは私の出番だと息を荒くする。
「せっかく騎士団で鍛えてるんですから、強くてカッコいい姿をみんなにアピールするのはどうです?」
そうすれば、頼りになる第二王子というイメージを持たれるのではないだろうか?
「あー、でもなぁ……」
「あれ?駄目ですか?」
「いや……俺、去年の狩猟大会の個人部門で優勝したんだけど、その時に乱暴者だなんだって噂が流れたみたいで……」
「それは……お気の毒でしたね……」
せっかく優勝したのに……。
乱暴者だという噂の元凶はこれだった。
それにしても、狩猟大会なんて珍しい学園イベントがあるんだなぁと思うと同時に、ものすごく嫌な予感がする。
「あの、狩猟大会ってどんなことをするんですか?」
「ああ。年に一度、学園の森に動物や魔獣を放して、それを狩った数と大きさを競うんだ」
「え?魔獣!?」
「さすがに凶暴なやつじゃねぇから大丈夫だぞ」
普通の動物よりも危険な特徴があるから魔獣と呼ばれているのだ。凶暴じゃなくても大丈夫だとは思えない。
そして、こんな無茶なイベントがあるということは……。
「それって全員参加なんですか?」
「学園の一大イベントだからな、もちろん全員参加だ。あと、五人一組のチーム戦か個人戦のどちらかを選ぶんだ」
「そうなんですね……」
五人一組……。やっぱり、ヒロインと四人の攻略対象者でチームを組ませて参加させるゲームのイベントの一つなのだろう。
そして、危険な魔獣を登場させることで、攻略対象者がヒロインを守るという状況を作り出しているのかもしれない。
(そのあと、ヒロインを庇って攻略対象者の誰かが怪我でもするのかな?)
その怪我をヒロインが光魔法で治療して……二人の絆がさらに深まって……というシナリオも考えられる。
なんて、やっかいなイベントだ。
今回も体育祭の時のように救護係のテントを森に設営してくれないだろうか。
「話は逸れたけど……まあ、そういうことだ」
アリスターの声に、一旦、狩猟大会のことは頭の片隅に追いやる。
「うーん。じゃあ、他に得意なことってありますか?」
「いや、特に無いな……」
「うーん……」
強さ以外にアピールできるものはあるのだろうか……。
なるべく実際のアリスターの人物像からかけ離れ過ぎないようなものにしたい。
その時、ふと木の上にいる黒猫が視界に入った。
(猫……アリスター殿下も猫とか好きだったり……あっ!)
私は前世の様々な記憶……主に学生時代に読んでいた少女漫画のあれこれが脳裏に浮かぶ。
それと共に、とある言葉を口に出していた。
「ギャップ萌えでいきましょう!」




