三角関係
アリスターが裏庭に現れたその日の放課後、私とフィルは以前も訪れた中心街のカフェに来ていた。
フィルの目の前には、スペシャルパフェという名の生クリームやアイスやフルーツやらが盛りまくられたデカ過ぎるパフェが置かれている。
「これって一人前なんですか?」
「パフェなんだから一人前だろ?」
フィルに不思議そうな顔で返されてしまった。
私にしてみれば数人でシェアする量なのだが、よく考えてみると貴族のマナーとしてシェアという概念が無いのだと思い直す。
「これも美味しい!」
「ああ、美味いな」
私は目の前の桃のタルトに舌鼓を打ち、フィルは柄の長いスプーンを器用に使ってもくもくとパフェを口に運んでいく。
やはり、疲れた時には甘いものが一番だ。
「今日はびっくりしましたね」
「まさかアリスター殿下が来るとは俺も思わなかった」
お互いに食べ終えて紅茶を飲みながら話し始める。
やはり、二人きりの気楽な昼食タイムに、王族であるアリスターが突然加わったことで気疲れしていたのだ。
「でも、フィル先輩がちゃんと貴族らしく振る舞ってるところを見て感動しましたよ。よくできましたね!」
「……お前は何目線で俺を見てるんだ?」
フィルが呆れたような声で言う。
「あんなフィル先輩を見るのはなんだか新鮮でした」
「俺だって一応貴族だからな。それくらいは弁えている」
そう言って、フィルは紅茶に口をつける。
「でも、アリスター殿下は思っていたのと印象が違ったな。お前のこともそうだが……やはり噂は当てにならない」
「問題児って言われてたんでしたっけ?」
「ああ。乱暴者だという噂も聞いたことがあったが、恐らくあの見た目や態度で誤解されたんだろう」
「たしかに……」
今日、初めて制服姿のアリスターを見たのだが、ブレザーのボタンは全て外し、中のシャツも第二ボタンまで開けてネクタイは緩め、いい胸筋がチラッチラッしていた。
前世では制服を着崩すことなんて男女ともによくあることで特に目立つことではなかったが、この貴族だらけの学園ではめちゃくちゃ浮いてしまう。
それに、まるで平民のような崩れた口調も、そのイメージの悪さに拍車をかけたのだろう。
フィルも普段の口調はぶっきらぼうだが、やはり王族とは立場や注目度が違う。
しかし、実際のアリスターと接してみると、その育ちの良さが見え隠れする。
すると、あの着崩した制服や崩れた口調も、言い方は悪いがわざとらしく感じてしまう。
つまり……
「アリスター殿下って中途半端に悪ぶってる反抗期中の男子みたいですもんね!」
「おい、言い方ってもんがあるだろ」
「そうですか?」
言い得て妙だと思うけど……。
なんというか、わざと悪ぶっているように感じてしまったのだ。
昼休みも、話を聞いてくれたフィルにちゃんとお礼を言っていたし、去り際の言葉には気遣いを感じた。服装と口調を除けばただの好青年だ。
「自分に自信がないのかもしれないな……」
「王族なのに?」
「王族だからこそだな。ゲームではベアトリス様が亡くなられていたそうだが、ご存命である今は第一王子であるブライアン殿下が後継者として揺るぎない立場だ。そんなブライアン殿下からずっと疎まれていたのなら、周りから軽んじられることもあっただろう」
「あ……」
そうだ、ゲームではアリスターの母が王妃となっていたから、アリスターの立場がそれほど弱いものとは思わなかった。
しかし、現実では同じ王子でもブライアンとアリスターの立場にはかなりの差がある。
「じゃあ、あの態度はアリスター殿下なりの鎧みたいなものですか?」
「たぶんな……」
「なんか、もったいないですよね。普通にいい子そうなのに」
「いい子って、お前より年上だろ?」
「いや、まあ、そうなんですけど……」
前世の私からすると10歳近く差がある。
「そういえば、前世のお前はいくつだったんだ?」
「えっ?ええっ?何ですか急に!?」
「なんとなく、気になった」
「な、なんとなくで女性に前世の年齢を聞くなんて失礼ですよ!」
そう言って、私はなんとか誤魔化した。
◇◇◇◇◇◇
翌日、裏庭のベンチに座りながらいつものようにフィルを待つ。
私と同じで裏庭の常連となっている黒猫が、ベンチの向かいにある木の上からこちらを見下ろしていた。金色の瞳がかっこいい。
(野良猫なのかな?)
それにしては毛並みがいいような気がする。
私はベンチから立ち上がり、木に近づいて下から黒猫を見上げる。
しかし、黒猫は逃げる素振りもせずに、じっとこちらを見つめて……。
「おい」
「………っ!?」
驚きながら声がしたほうに顔を向けると、そこには手にランチボックスと可愛らしい水色の紙袋を持ったアリスターがいた。
まさかの二日連続の襲来だ……。
「こ、こんにちはアリスター殿下」
「ああ。……今日は一人なのか?」
「いえ、もうすぐフィル先輩も来ると思います」
「そうか。……毎日会ってるのか?」
「そういうわけでは……。雨の日は会っていないので」
「ふぅん……仲良いんだな」
なんだか、やたらとフィルとのことに探りを入れられる。
(あっ……)
そこで私は気付いてしまった。
(これ、もしかしてスピンオフなんじゃ……?)
スピンオフとは、物語の主人公ではないキャラクターに焦点を当てたもの。
だいたいが主人公がエンディングを迎えたあとに、主人公の友達やライバルをメインにした話が始まる。
番外編のようなものだが、稀にそのままスピンオフが新たな物語として続いていくこともあるのだ。
アデールはすでに攻略対象者たちを攻略済みで、私に出会い頭ざまぁをくらわせたのだから、エンディングを迎えたと言っても過言ではない。
私は主人公のライバルみたいなものだし、アリスターもメインヒーローにとっての悪役のようなもの……。
きっと、そんな二人によるスピンオフの物語が始まるのだ。
その証拠に、アリスターはフィルの存在をやたら気にしている。
もうすでに私に好意を抱いており、フィルに対して嫉妬の炎を燃やしているのだろう。
(えー!えー!どうしよう?)
全く予想していなかった恋愛フラグに内心動揺しまくってしまう。
残念ながら前世を含めて恋愛経験が皆無……いや、乏しいのだ。
「えっ?アリスター殿下?」
そこへ、驚いた表情のフィルが裏庭に現れる。
昨日と同じような状況だったが、今のアリスターは嫉妬で心を埋め尽くされている。
フィルに喧嘩を吹っ掛けたりしないだろうかとハラハラしてしまう。
しかし……
「あっ!やっと来たのか」
アリスターがぱっと嬉しそうな顔をフィルに向ける。
「今日はどうされましたか?」
フィルはすぐに驚いていた表情を引っ込めて、穏やかな口調でアリスターに問いかけた。
「いや、昨日あんたがいつでも話聞くって言ったから……」
アリスターは少し俯きながらぼそぼそと答える。
「そうでしたね。では、ベンチに座ってからゆっくりとお聞きしますよ」
フィルの返事にアリスターの表情が明るくなった。
「今日はランチボックスも買って来たんだ」
「じゃあ、一緒に食べながら話しましょうか?」
「ああ。それと、これ……昨日の礼に」
アリスターが持っていた可愛らしい水色の紙袋をフィルに渡す。
「これは……?」
「クッキー。うちのシェフに作ってもらったから味は保証する」
「ありがとうございます」
「甘いもんは大丈夫か?」
「ええ。俺……あ、いや、私は甘いものが好きなんです」
「別に畏まらなくていいから。俺だって口調はこんなんだし」
「いや、でも……」
「そのほうが俺も話しやすいから。普段どおりの口調で話してくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「あっ!それと、名前……フィルって呼んでもいいか?」
「もちろん」
「俺のこともアリスターって呼んでくれ。敬称はいらねぇから」
「わかった。……裏庭限定でな」
………スピンオフじゃなかった。
何がスピンオフだ。
むしろ、アリスターとフィルがスピンオフなんじゃないかと思うくらいに、急速に仲を深めている。
仲睦まじい二人を見ていると、なんだかムカムカとしてきた。
フィルの古参患者である私が、あんなぽっと出の新規患者に負けるわけにはいかない。
私はアリスターに対して嫉妬の炎を燃やし、参戦するためにベンチに座る。
「クッキーあんたも食べるか?」
「いただきます!」
私はロイヤルなクッキーの上品な味わいを堪能しながら、心の中でアリスターにファイティングポーズをとった。
読んでいただきありがとうございます。
この作品を投稿する際に活動報告にて「3〜4万文字くらいの作品です」と書いたのに、本日4万文字を超えてしまいました。すみません。(最初は短編予定だったのに……)
これから終盤に向けて物語も動いていきますので、もうしばらくお付き合いいただけますと嬉しいです。