被害者の会
「それはいつ頃の話ですか?」
「……俺が十歳くらいだったと思う」
「きっかけがわからなくとも、何かその頃の記憶に残っている出来事はありませんか?」
裏庭のベンチに私とフィルがアリスターを挟む形で座り、フィルがアリスターに質問を重ねている。
私は『俺の友達の話』設定が消えるの早いなと思いながらも、フィルの邪魔にならないように黙って二人のやりとりを見守っていた。
「あー、そうだなぁ……ベアトリス様が、病のせいでずっと部屋に籠られていたのは覚えてる」
「ベアトリス様が……」
フィルの榛色の瞳が見開く。そして、私にちらりと視線を送った。
ベアトリス様とは、この国の王妃の名だ。
ブライアンの実母で、ゲームでは流行り病で亡くなっていたはずの人物だった。
その話をフィルは覚えていたのだろう。
公にはされていなかったようだが、ゲームと同じように病に罹っていたのだ。
「それで……たしか、俺も心配で見舞いに行こうとしたら、部屋に入るのは駄目だって言われて……」
話をしているうちに当時のことを思い出してきたのか、アリスターの口調がたしかなものに変わっていく。
「だから、俺は手紙を書いてベアトリス様に渡してもらうように頼んだんだ。それで、毎日見舞いの手紙を書いてた」
「えっ?」
思わず声が出てしまった。
「なんだよ?」
「いえ、お見舞いに手紙って素敵だなぁと思いまして……」
そう言って誤魔化したが、内心はゲームのアリスターとの違いに驚いていた。
ゲームではベアトリス様が亡くなる以前のアリスターの描写はなかったが、お見舞いに手紙を毎日書くなんて普通にいい子だと思った。
「そうか?今思えば、病で辛い時に手紙だなんて迷惑だったのかもって思うけどな」
そう言いながら、アリスターは少し照れくさそうにしている。
なんだかそんな姿を見るとかわいく思えてしまうから不思議だ。
「それで、しばらくしたらベアトリス様の病が治ったって聞いて、会いに行ったら手紙のお礼を言われてクッキーをもらったんだ。そのクッキーを母上と一緒に食べたことも覚えてる」
なんだ、意外にアットホームな王族じゃないか。
ゲームのイメージだと、もっとドロドロとした家族関係なのかと思っていた。
そして、ちょうどベアトリス様の病が治ったという話題が出たので、気になっていたことを聞いてみる。
「あの、ベアトリス様はどのようにして病が治ったのですか?」
「ああ、治療薬が間に合ったんだよ。ワウテレス公爵家が薬に必要な材料をたまたま大量輸入してたって。それで薬を作れたって聞いたな」
「そうでしたか……」
ワウテレス公爵家はアデールの家だ。
つまり、私が予想していたとおり、アデールがゲームの知識で治療薬を先に準備しておいたのだろう。
それにしても、アデールは前世で相当このゲームをやり込んでいたらしい。
残念ながら、私はベアトリス様が罹った病の名前も治療薬なんてものもさっぱり覚えていない。
いや、もしかしたら未プレイだったブライアンルート後半で出てくる内容だったのかもしれないが……。
「それからすぐに兄上の様子がおかしくなったんだよ」
アリスターが話を続ける。
「やたら避けられるようになって……。別にめちゃくちゃ仲が良かったわけじゃないけど、それまでは普通だったのに……」
「たしかにそれは急ですね」
「だろ?俺が何かしたんなら謝ろうと思って……でも、聞いても何も言ってくれねぇし……。だんだん腹が立ってきて、思わず兄上に怒鳴ったんだ」
当時の気持ちが甦ったのか、アリスターの語気が荒くなる。
「そうしたら『やっぱりそれが本性だったんだな!』って怒鳴り返されて終わり。それからは何を言ってもずっと無視されて……」
そう話したあと、アリスターは深いため息を吐いた。
気持ちはわかる。
話を聞いた限りでは、アリスターはゲームのようにブライアンを追い詰めるようなことはしていない。
それなのに、なぜブライアンはアリスターを避けるようになったのか……。
私は再び気になったことを聞いてみる。
「あの、なんて言って怒鳴ったんですか?」
「えー?そこまでちゃんと覚えてないって……」
「覚えている言葉だけでいいですから」
「あー、たしか『なんとか言えよ!』とか『何で怒ってるんだよ!』とか思いついた言葉をとりあえずぶつけた気がする。あとは……『父上が俺ばっかり可愛がってるから羨ましいんだろ!』とかも言ったかなぁ?」
「え?」
ゲームと似たようなセリフが出てきた。
「そうだ、思い出した。それを言ったら兄上に怒鳴り返されたんだ」
「………」
ゲームのアリスターは自分のほうが愛されていると執拗にブライアンに吹き込んでいた。
「陛下はアリスター殿下ばかりを可愛がられていたんですか?」
「可愛がられたっていうか、俺には甘かったんだよ。まあ、兄上と俺じゃ立場が違うからな」
アリスターによると、陛下はブライアンに対して厳しく接していたらしい。
でもそれは、正妃の子で第一王子であるブライアンを後継者として認めているからこそ、あえてそのようにしているのではないかということだった。
「期待の裏返しってやつじゃねぇの?」
と、アリスターからはそう見えているらしい。
「まあ、俺は誰からも期待されてないからな……」
「………」
また、いじけてしまったアリスターにフィルが優しい言葉をかけている。
そして、その話を聞いた私は気付いてしまった。
(もしかして、アデールはこのタイミングでブライアンに前世のことをバラした……?)
タイミングというのは、ベアトリス様を病から救った直後のこと。
ベアトリス様を救ったことでブライアンから信頼を得たからなのか、薬を調達した理由を問われたからなのかはわからない。
けれど、それをきっかけにアデールが前世の記憶とゲームの内容をブライアンに明かしたのだとしたら……。
その時に、アリスターが自身を追い詰める悪役であることをブライアンが知ったのだとしたら……。
ブライアンが突然アリスターを避けるようになったことの説明がつく。
そして『父上が俺ばっかり可愛がってるから羨ましいんだろ!』とゲームと同じようなセリフで怒鳴ったことによって、ブライアンはアリスターが悪役であることに確信を持ってしまったのではないだろうか。
(なにやってんのよ!せっかくベアトリス様を救ったんだから、そのまま兄弟仲も取り持ってあげればいいじゃない!)
私は心の中でアデールに悪態をつく。
まだ悪役らしいことは何一つしていないのに、決めつけてすぐに排除しようとするのはやめてあげてほしい。
同じ転生悪役令嬢の被害者としてアリスターに同情してしまう。
「あー、話聞いてくれてありがとな。楽になった気がする」
「いえ、私でよければいつでもお聞きしますので」
フィルが貴族らしい口調で答えている。
すると、アリスターが今度は私のほうに顔を向ける。
「さっきは偶然って言ったけど……ほんとは今日、あんたを探してここに来たんだ」
「……え?」
裏庭に来た時のリアクションでなんとなく気付いていたけれど、それは言わないでおく。
「兄上に嫌われてるのは俺だけだと思ってたからな。あんたの噂を聞いて気になってたんだよ」
「じゃあ、救護班のテントに来たのは……」
まさか、私と接触するためにわざとあんな怪我を?
どうりで両膝をあんなに怪我するなんておかしいと思っていたのだ。
「ん?あれは走ってる途中で転んだから。たまたまあんたがいて驚いたけど」
「………」
「それで、話してみたら、あんたも何もしてないのに突然兄上から嫌われたって言うからさ。他にもいろいろ話してみたくなったんだよ」
そう言うと、アリスターはベンチから立ち上がる。
「そろそろ時間だな……突然邪魔して悪かった。じゃあな」
そして、そのまま裏庭から立ち去って行くのをフィルと二人で見送る。
なかなか濃い昼休みだった。そして、まだ昼食を食べていないことに気がついた瞬間にチャイムが鳴った……。