よくある友達の話
アリスターが救護テントから立ち去ったあと、他に怪我人は誰も現れず、そのまま体育祭は閉会式を迎えた。
体育祭の翌日から二日間は休日だったので、休み明けの昼休みに裏庭のベンチでフィルと情報交換を行う。
「お前が出場する予定だったクラス代表リレーは、予想通りブライアン殿下がアンカーでチームの優勝を決めていた」
「あー、やっぱりそうでしたか」
さすがはメインヒーローだ。
ゲームでも、遅れをとってしまったヒロインからのバトンを受け取り、圧倒的脚力で他の選手をごぼう抜きにしてチームを優勝に導いていた。
「ブライアン殿下なら、グラウンドで跪いて優勝トロフィーをアデール様に捧げてそうですよね」
「なんだ、見ていたのか?」
「………」
すぐに跪くところもゲームと変わらないらしい。
「そういえば、フィル先輩は何の競技に出たんです?」
「ん?俺は徒競走と綱引きだけだ」
「先輩の走るところ見たかったのになぁ……」
「あー、俺はあんまり足が速いほうじゃないからな……。見るほどのもんじゃないぞ?」
フィルはそう言いながら眼鏡を押し上げている。
「足が速いから見るわけじゃないですよ。ただ、応援したかっただけですから」
「……そうか」
友人を応援するのに、足が速いとか遅いとかは関係がない。
ただ、頑張っている姿を見て、大きな声で声援を送りたいだけだ。あと、名前入りうちわも作りたかった。
「お前はずっと救護テントに居たのか?」
「はい。あの、それでですね……」
怪我をしたアリスターが救護テントを訪れたこと。アリスターもゲームに登場していたがキャラが変わってしまっていたこと。ブライアンと仲が悪そうだったことなどをフィルに説明した。
「ブライアン殿下とアリスター殿下の不仲は有名な話だぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ。異母兄弟だし、アリスター殿下は問題児だから、ブライアン殿下が関わろうとしないのだろうと言われている」
「問題児……」
たしかに、あのアリスターの口調や態度は王族として……いや、貴族としても問題になるのだろう。
ゲームでの外面がよかったアリスターとはあまりに違いすぎる。
「それより、アリスター殿下は攻略対象者とは違うんだよな?」
「そうですね。ゲームではブライアン殿下の心を傷つける役割だったので、ある意味悪役に近いキャラクターです」
「悪役か……。アリスター殿下にも近付かないほうがいいかもしれないな」
いくらゲームとキャラが違っていても、アリスターはブライアンルートに深く関わる人物だ。
フィルの言うとおり、避けたほうがいい相手だと思う。
「他にもそういったキャラクターはいないのか?」
「たぶん……。ただ、ブライアン殿下に関わるキャラクター以外はよくわからないんです」
「じゃあ、もしかしたら俺もなにかしらの役割を持ったキャラクターかもしれないということか……」
フィルが難しい顔をして呟いた。
「フィル先輩がゲームのキャラクターだったら困りますよ」
「もしかしたら、ヒロインを助ける役割かもしれないだろ?」
「なおさら駄目ですよ!ヒロインの味方はみんなアデール様に取られちゃうんですから!」
「ああ、そうだったな」
「そうですよ。フィル先輩はずっと私の側にいてくださいね!」
「……わかった」
「約束ですよ!」
「ああ、約束する」
そう返事をしたフィルは俯いて眼鏡を押し上げていた。
◇◇◇◇◇◇
今日もいつものように裏庭のベンチに座り、フィルがやって来るのを待っている。
お腹が空いた。今日はなかなかフィルが来ないのだ。
体育祭からすでに十日が経過していた。
まさかのアリスターとの出会いはあったが、そのあとはイベントらしきものもなく日常を送っている。
(次はなんのイベントなんだろう?)
前世の私がゲームでプレイしたのは体育祭まで。
つまり、ここからどのようなイベントが起こるのかがさっぱりわからない。
しかし、ブライアンたちが体育祭の時のように、ヒロインが攻略対象者と関わらないよう勝手に画策してくれるのではないかと期待している。
もう、乗っかってしまえばいいやと思っていた。
そんなことを考えていた時だった。
「あっ!こんな所にいたのか!」
突然の声に驚き、そちらに顔を向ける。
「アリスター殿下!?」
そこには、体育祭ぶりのアリスターが立っていた。
私は反射的にベンチから立ち上がる。
「ど、どうしてこちらに?」
「……別に。偶然だろ」
「偶然……?」
先ほどの、私をやっと見つけたかのようなリアクションは気のせいなのだろうか?
「アリスター殿下?」
「あっ!フィル先輩!」
そこに今度はフィルが現れ、彼も驚いた顔でアリスターを見つめていた。
私はフィルの姿を見て内心ほっとしながら声をかける。
「待ってたんですよ!」
「ああ、遅れて悪かった」
すると、アリスターはフィルの顔をじっと見つめ、今度は私に視線を戻すと困惑したような表情になる。
「あいつはあんたの恋人なのか?」
まさかの質問が飛び出した。
「え?ち、違います違います!」
まさか、そんなふうに見られるとは思わなかった。
「えーっと、あの、フィル先輩は私の先輩で、その、精神科医なんです。それで、いつも私の話を聞いてもらっておりまして……」
自分でもびっくりするくらい動揺してしまっている。
「精神科医?」
アリスターがフィルに視線を向けて問いかけた。
すると、今まで真顔で無言だったフィルが口を開く。
「お初にお目にかかります。フィル・ロマーノと申します。彼女の言うとおり、まだまだ未熟ではございますが精神科医を目指して学びの途中でございます」
「ロマーノ……あの医者ばっかりの一族だよな?」
「はい。ロマーノ伯爵家の次男でございます」
フィルのそんな姿を見ながら私は震えていた。
(フィル先輩がちゃんと貴族してる!)
いつもぶっきらぼうなフィルが貴族的な口調になると、ものすごく仕事ができる人に見えてくる。
これは新たな一面だった。
「ふーん……恋人じゃなくて医者と患者の関係なんだな」
アリスターが納得してくれたようだ。
「フィル先輩はすごい聞き上手ですし、いろいろ相談にものってアドバイスもくれるんです!おすすめですよ!」
「そうなのか……」
つい、フィルのことを自慢したくて、おすすめまでしてしまった。
「じゃあ、俺の相談にものってくれるのか?」
「え?」
「まあ、俺じゃなくて、俺の友達の話なんだけど……」
「………」
まさかの展開が待っていた。
そして、この手の『友達の話なんだけど……』は本人の話である場合も多い。
(いや、でも本当に友達の話の可能性もあるし……)
そう、どうせ自分の話なんでしょ?と思っていたら、普通に友達の話だったパターンだ。
「そいつが、兄上と仲が悪いことに悩んでて……」
「………」
「城、じゃなくって……家でも外でも避けられてて……」
「………」
「でも、兄上がそんな態度を取るのは俺……いや、その友達に対してだけなんだ」
「………」
もうこの時点で断言しよう。これはアリスターの話だ。
「仲が悪くなるきっかけに心当たりはありませんか?」
フィルからの質問にアリスターは投げやりな口調に変わる。
「それが、わからないから困ってんだよ」
「わからない……?」
「ああ、それまでは普通だったのに、ある日突然俺に敵意を向けるようになったんだ」
なんだかどこかで聞いたことのある話だった。