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落書きは楽しい

「先生!クラス代表リレーにはクレメントさんを推薦いたします」


鮮やかな赤髪の女生徒の甲高い声が教室に響く。


「わたくしもクレメントさんが適任だと思いますわ」

「クレメントさんならきっと素晴らしい結果を出してくださいます」


さざ波のように広がる同意の声。

しかし、そこに混じる嘲笑に気付かないはずがない。


今は来月の体育祭に向けて、どの競技に誰が出場するのかをクラスで決めているところだった。


「………」


私は無言のまま、ゲームでも同じような場面があったことを思い出す。


『先生!クラス代表リレーにはルネさんを推薦いたします』

『わたくしもルネさんが適任だと思いますわ』

『ルネさんならきっと素晴らしい結果を出してくださいます』


セリフこそほぼ同じだが、そのニュアンスはゲームとは全く違っていた。

ゲームの中のルネはクラスメイトたちに慕われており、そんなルネに向けられていたのは厚い信頼と期待に満ちた眼差し。

しかし、今の私に向けられているのは……。


(なるほど。このパターンもあるのか……)


私の名前を挙げた女生徒たちのにやけた笑みを視界に捉える。

クラスどころか、この学園での人気が地を這っている私を代表に推薦して、なにかしらの嫌がらせを計画しているのだろう。


(リレー直前に靴を隠されるとか?それとも、体育倉庫に閉じ込められる?……靴の中に画鋲は違ったっけ?)


思わず体育祭での嫌がらせあるあるを考えてしまった。


「クレメントさんは、もちろん引き受けてくださいますわよね?」


最初に提案をした赤髪の女生徒が、口の端をつり上げながらギラギラとした瞳で私に問いかける。


いや、こんな怪し過ぎる案件を引き受けるはずがないだろう。私は渾身の拒絶の言葉を口にする。


「だが(ことわ)……」

「クレメントさんは体育祭の救護係として要請されているからね。競技に参加はできないんだよ」


私が言い終える前に、担任から提案を却下する言葉が被せられた。


「えっ?」


私だけでなく、他の生徒たちも一様に驚いた顔をしている。


担任からの説明によると、体育祭の救護係として怪我をした生徒たちを光魔法で治療することが決まったそうだ。

リレーの代表に選ばれることは無事に回避できたが、この展開は予想していなかった。


これには企みが不発に終わってしまった一部の女生徒たちも何も言えず、その後は平和に出場選手が決まっていった。

そして、時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、担任が教室を出て行ったところを追いかけて廊下で捕まえる。


「生徒会から提案があったんだ。光魔法の実地訓練にもなるから、クレメントさんにとってもいい経験になるだろうと言われてね」


なぜ、私を救護係にすることになったのか?という質問に、担任は困った顔のまま愛想笑いを浮かべてそう答えた。


「……そうですか」

「本当は怪我人が出ないことが一番なんだけどね」


それだけ言うと、担任は職員室の方向へと歩いて行ってしまった。

廊下に一人残された私はその場に立ち尽くしたまま、担任の言葉について考える。


これが生徒会の提案だということは、ブライアンたちがルネを救護係に指名したということだ。

恐らく、体育祭でのイベントが発生しないように画策したのだろう。

さすが学園モノの生徒会はやたら権力を持っている。

いや、生徒会長のブライアンは王族だから、普通に権力があるのか。


(まあ、助かったんだけどさ)


ブライアンたちとは、お互いの目的も利害も一致しているはずなのに、なぜこうも相容れないままなのか……。

協力すれば、このゲームの世界を平和に渡って行けるはずなのに。


つい、そんなことを考えてしまった。



◇◇◇◇◇◇



空は晴れ渡り、時折心地よい風が吹き抜ける。

本日は絶好の体育祭日和だった。

私は『救護』とデカデカと書かれたテントの下、一人ぽつんとパイプ椅子に座っている。


まさか、救護係が私一人だとは思わなかった。

てっきり養護教諭くらいは付き添ってくれるものだと思っていたのに、体育祭の手伝いに駆り出されて行ってしまった。


グラウンドの中心から一際(ひときわ)大きな歓声が聞こえて、そちらに視線を向ける。

しかし、ここからでは観戦する生徒たちの壁に阻まれてしまって競技の様子が何も見えなかった。

放送部の生徒による順位を実況するアナウンスを聞くことくらいしかできない。


(フィル先輩の走るとことか見てみたかったんだけどな……)


あまり運動が得意そうには見えないが、背が高く手足の長いフィルが走ればそれなりのスピードが出るんじゃないかと思った。

日頃の感謝も込めて、名前入りの手作りうちわを持ちながら大声で応援してあげたかったのに。


それにしても……暇だ。

誰も怪我をして駆け込んで来ない。


担任の言っていた通り、怪我人が出ないことが一番なのだが、怪我人が出ないと私はやることがない。

仕方なく、私は利用者名簿のプリントを一枚拝借して、その裏に落書きを始めた。


「……おい!」

「えっ!?」


突然の呼び声にはっとして顔を上げる。

そんな私の目の前には、長めの金髪を一つに束ね、アイスブルーの瞳をした男子生徒が立っている。

迷路を描くことに夢中になり過ぎて、声をかけられるまで彼の存在に気付かなかったようだ。


「……転んだ」


ぶっきらぼうなその一言に、私は視線を下げた。すると、目の前の彼の両膝が砂まみれで擦りむいており、その傷口から血が流れているのが目に入る。


「うわっ!痛そう!」


私は慌てて立ち上がると、パイプ椅子をもう一脚用意し、そこに座るように声をかける。

彼は素直にその指示に従った。


それにしても、両膝ともを擦りむくなんて、どんな転び方をしたのだろうか……。

そんなことを考えながら、傷口を洗い流すための道具とタオルを用意して、彼の両膝の洗浄から始めていく。


「……っ!」


蒸留水を右膝の傷口にかけると、彼の右足がびくりと跳ねる。


「しみると思いますけど少しだけ我慢して下さい」

「別に痛くねぇよ」

「そうですか」


痛くないなら大丈夫だろうと、ドバドバと遠慮なく蒸留水を両膝にかけていく。


「……っっっ!!」


なんだか悶絶しているようだが大丈夫だろうか。

彼の顔を見ると涙目だったが、何も言われなかったのできっと大丈夫なのだろうと判断する。


「これで洗浄は終わりましたので、次は治療をしていきますね」


荒い呼吸をしている彼にそう声をかけると、彼は無言のまま頷いた。

私は両掌を右膝の傷口にかざすと、集中して魔力を練り上げていく。すると、両掌から現れた光の粒子が傷口を覆った。左膝の傷口にも同様のことをする。

やがて、傷口を覆っていた光の粒子が消え去ると、そこには傷口などまるでなかったかのような、きれいな膝小僧が現れた。


「すげぇ……」


そんな小さな呟きに、私は得意気な顔を披露する。

しかし、目が合った途端に「チッ!」と舌打ちをしながら、目を逸らされてしまった。

先程からの態度や喋り方をみるに、この貴族しかいない学園では珍しいタイプのようだ。


とりあえず怪我の治療は終えたので、今度は利用者名簿に記入するための質問をすることにした。


「ええっと、まずはお名前からお伺いいたします」


そう言った途端に、目の前の彼は顔を歪めて私を睨みつけたのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。

なんとかギリギリ書けました。

次話の投稿は明後日を予定しております。すみません。


よろしくお願いいたします。

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