表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/40

入学式の朝は忙しい

読んでいただき、ありがとうございます。

よろしくお願い致します。

「えっ?………ええっ!?」


それは突然の出来事だった。

ある朝、目が覚めると前世の記憶が(よみがえ)っていたのだ。それはもう、ものすごくびっくりした。


前世の私は二十五歳のOLで、仕事の帰り道に車にはねられてしまったところで記憶が途絶えている。

たぶん、そのまま死んでしまったのだろう。


そして、今の私はルネ・クレメントという名の十六歳の少女だった。


姿見鏡に映るルネの姿は肩までのふわふわな栗色の髪に、ぱっちりとした翠の瞳には長い睫毛が影を落とし、つやつやとした血色のいい小さな唇の思わず守ってあげたくなるような庇護欲を誘う美少女。

そんな今の私の姿には前世で見覚えがあった……。


『癒しの君と恋を紡ぐ』


それは前世でプレイしていた乙女ゲームの一つ。

希少な光魔法に目覚めた平民のヒロインが王立学園に通うこととなり、そこで出会ったイケメンの攻略対象者たちと恋の駆け引きをし、その邪魔をする悪役令嬢を退け、ハッピーエンドを目指す王道の学園モノだ。


そのヒロインの名前がルネ・クレメントで、見た目も生い立ちもゲームのヒロインにそっくりだった。

つまり、私は乙女ゲームの世界のヒロインに転生してしまったらしい。


この世界では、希少な癒しの力を持つ光魔法の使い手がどの国でも重宝されていた。

そして私はゲームのシナリオと同じように、平民でありながら光魔法に目覚め、その魔力量の多さが国からも認められ、光魔法のコントロール方法を学ぶために特待生として王立学園に通うことが決められた。


しかし、王立学園に通えるのは貴族の子息・息女だけなので、私はクレメント男爵家の養子となり学園に入学するまでの二年間は淑女教育を受けることになった。

光魔法の使い手は王城に勤務をすることがほとんどなので、どちらにしても貴族のマナーを学ぶ必要があったからだ。


そして、なんとか淑女教育を詰め込み終えて、やっと王立学園に入学する日が……前世の記憶を思い出したまさに今日だった。

ちなみに、ルネとして生きていた記憶はそのままで、前世の記憶がそこに足されたような感覚だ。


━━本音をいえば、もう少し早くに前世を思い出したかった。


ヒロインに転生した事実を受け入れる時間が欲しかったのに、ゲームが開始(スタート)する入学式当日の朝に思い出すのは……ちょっと慌ただし過ぎるんじゃないかな。


そんなことを思っても時間は待ってはくれない。

用意された制服を見て『ゲームと同じだぁ……』と内心興奮しながら、急いで着替えて急いで準備を終えた。


姿見鏡に制服姿を映すと、それはもうヒロインだった。まごうことなきヒロインだ。


(これは、可愛い……。あー、可愛いわぁー)


あらゆるポージングで自身の可愛さを堪能している途中で、メイドさんから朝食をとるように急かされてしまった。


学園へと向かう馬車に乗り込む。


(ヒロイン……私がヒロインかぁ……) 


テンションが上がってヒロインにあるまじきニヤニヤ顔を披露してしまったけれど、馬車の中は私一人だけなので許してほしい。

まだゲームのヒロインに転生したことに頭の中は混乱していたが、馬車に揺られながら、これからゲーム画面の中の人たちに実際に会えるのだとさらに浮かれてしまう。

すると、入学式のせいなのか馬車が渋滞にはまってしまい、結局は入学式開始時間ギリギリになってようやく王立学園へと到着した。


(そういえば、ゲームでもヒロインは入学式に遅刻しそうになってたな……)


『急がなきゃ〜!入学式に遅刻しちゃう!』


そんなセリフと共に慌てて走っているヒロインの映像が脳裏に浮かんだ。


ちゃんとゲームのシナリオ通りに進んで行くんだなぁと感心しながらも、さすがにゲーム通りのセリフを大きな声で叫びながら走るのは恥ずかしく……。

周りに聞こえない程度にセリフを呟きながら走って正門をくぐる。

すると、すぐに大きな噴水が目に入った。


(ああ、これもゲーム通りの……ん?)


大きな噴水もその奥に見える校舎も、ゲームの背景で見た通りのデザインだったが、その噴水の前には見覚えのある生徒たちがまるで待ち構えるかのように並んで立っていた。


その中の一人、金髪碧眼の男子生徒と目が合う。


(あれって、ブライアン王子?)


それはゲームの攻略対象者でありメインヒーローでもある、この国の第一王子ブライアン・マリフォレス。


(おおおおお!すごい!ゲームのまま!)


キラキラとした美貌はまさに王子様のそれで、柔らかな金の髪にアイスブルーの美しい瞳を持つ、ため息が出そうなくらいの美形だ。

ゲームの中のキャラクターが三次元で存在していることに興奮が止まらない!


(ブライアンとの出会いはこの噴水の前だっけ……)


たしか、転んでしまったヒロインにブライアンが声をかけるシーンがあったな……と、ゲームの内容を思い出したが、どうにもブライアンの様子がおかしい。

いや、ブライアンだけではなく、なぜか噴水の前には他の攻略対象者たちや悪役令嬢らしき人までもが勢揃いだった。そして、皆が私に視線を向けている。


そのことに気付き、私は思わずその場に足を止めた。


「この女が?」


すると、ブライアンは眉根を寄せながらそう言ったあと、私の姿を観察するようにじろじろと不躾な視線を送る。

対する私はどうしたら良いのかわからず、その場に足を止めたまま固まっていた。


「ふっ……」


ブライアンは軽く鼻で笑いながら唇の端をつり上げる。


「アデール、安心するといい。私はこの女を見ても何も感じることはなかったよ」


そう言いながら、今度は柔らかな笑みをブライアンは隣の令嬢に向けた。

アデールと呼ばれたその令嬢は、ストレートの長い銀の髪に深い海のような青の瞳、肌は白く、長い手足に出るところはしっかりと出ている羨ましい体型。

そんな彼女は不安げな様子で私にチラチラと視線を送っている。


(………んん?)


その姿に思いっきり違和感を感じるが、それを口に出す間もなく、ブライアンは再び私に視線を向ける。


「ルネ・クレメント男爵令嬢。君がこれから我々に対してどのように行動し、どのような策を(ろう)しようとも、私の婚約者はこのアデール以外は考えられない!」

「………は?」


いきなりの婚約続投宣言に、私の頭上にはたくさんの疑問符が浮かんだ。

そんな私に向けられたアイスブルーの瞳は冷え冷えとしており、ゲーム画面の中の彼がヒロインに向けていた柔らかな表情とのあまりの違いに驚愕してしまう。


「今後、我々には二度と近づくな!いいな?」


そして、なぜか私には絶縁宣言が叩きつけられた。

これでは、まるで……私のほうが悪役令嬢みたいじゃないか。


「アデール、これで安心できたかい?さあ、行こう。入学式が始まる」

「本当に無駄な時間でしたね」

「ね?だから言ったでしょ?僕たちがアデール嬢を裏切るはずがないって」

「おい、あまりアデール嬢に近付き過ぎるな」


ブライアンは甘ったるい口調でアデールに声をかけ、他の攻略対象者たちも口々にコメントを述べながら、言いたいことだけを言って一行は立ち去ってしまった。


(えーっと、今からゲームが始まるんだよ……ね?)


それなのに、どう見ても私に対して敵意があるような……いや、敵意しかない様子の攻略対象者たち。


(あの人たちを攻略するの?……普通に考えても無理じゃない?)


残された私は馬鹿みたいにその場に立ち尽くすしかなかった……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] (あの人たちを攻略するの?……普通に考えても無理じゃない?) 残された私は馬鹿みたいにその場に立ち尽くすしかなかった…… ↑ 大丈夫 攻略しなくても この世界では、希少な癒しの力を…
[気になる点] 子女…子(むすこ)+女(むすめ)で「お子様達」という意味です。子息の対語は息女です。 ちなみに王子は王の息子、王女は王の娘という意味です。
[一言] これはこれで失礼ダナー……まあ、ヒロインちゃんがまともな思考になりそうだからいいの……か?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ