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数年振りに、元カノと制服デートした 〜ねぇ、もう一回青春しよ?〜

作者: 墨江夢

 早く大人になりたい。

 子供の頃は、事あるごとにそう口にしていた気がする。


 大人になればテストや予習復習に追われることもないし、「夜更かしするな!」と親に叱られることもない。

 大人というのは自由なものだし、その為1日でも早く独り立ちすることを切望していた。


 しかし、理想はあくまで理想である。

 大人になった俺・西澤大地(にしざわだいち)は当時の自分の考えを真っ向から否定したい日々を送っていた。


 大人になれば、自由時間が増える? いいや、そんなことはない。

 毎日始業前に出社して、そのくせ定時に帰れることなんてまずあり得ない。家に帰れば疲れて爆睡するだけなので、自由に使える時間なんてほとんどないに等しい。


 大人になれば、自由なお金が増える? いいや、そんなことはない。

 確かに一時的に手元に入ってくるお金は、子供の頃と比べて増えただろう。しかし、その大半が生活費諸々で消えていく。貯金もしなきゃならないので、毎月自由に使えるお金なんて雀の涙程だ。


 大人になれば、自由に恋愛が出来る? いいや、そんなことはない。

 社会人になってからというもの、デート1つしていませんけど? なんなら、女の子と食事にだって行っていない。

 ……いや、一回だけ、職場の先輩に誘われて合コンに連れて行って貰ったことがあったな。まぁ狙っていた女の子は、先輩にお持ち帰りされたけど。


 大人になりたい。子供の頃のそんな夢は見事叶ったわけだけど、現実は自身の思い描いていた理想と大きく違っていた。


 だからこそ、今の俺はこんな夢を持っている。――叶うなら、子供に戻りたい。


 社会を知らず、現実を知らず、将来に夢や理想を抱いていたあの頃の自分に。

 思い返せば一番楽しかったのは、高校時代だったのかもしれない。

 勉強は大変だったけど、部活や休日も充実していて、本当に楽しかった。あと、彼女もいたし。


 しかし、子供に戻りたいという夢は叶わない。大人になることは出来ても、子供に戻ることは絶対に出来ないのだ。


 仕事帰り。

 いつもなら真っ直ぐ帰宅するところを、俺は気分転換も兼ねて少し寄り道していくことにした。


 最寄り駅の二つ手前の駅で電車を降りると、高校の頃毎日見ていた景色が目の前に飛び込んできた。


 ……あぁ、懐かしいな。


 哀愁漂わせながら、俺は思う。

 

 俺はそのまま足を進めて、放課後よく通っていたゲームセンターに立ち寄った。


 UFOキャッチャーにアーケードゲームなどなど。当時お世話になったゲーム機の数々は、今なお残っている。

 中でも一番奥に設置されている不人気の格ゲーは、来る度にプレイしていた。


 さて、久しぶりのゲームセンターで、何をして遊ぼうかな? 

 ……最初は、悩むまでもない。俺は迷わず一番奥の格ゲーに腰をかけた。


 財布の口を開くと……ヤベェ。小銭が入っていなかった。

 俺は両替機まで引き返し、千円札を100円玉に変える。

 こうしていつも、財布の中から千円札がなくなっていくんだよな。


 両替を終えた俺は格ゲーに小銭を投入する。

 使用するキャラクターは、カンフー少女。俺の持ちキャラだ。


 最初は見た目がエロいからという思春期ならではの理由で使っていたが、これが思いの外優秀だったので気付くと持ちキャラになっていた。


 一方対戦相手が選んだのは、空手仙人。扱いの難しいキャラクターだが、使いこなせれば無双可能な最強キャラだった。


 懐かしの『Ready Fight』の掛け声と共に、始まった対決。

 空手仙人を使うプレイヤーは、キャラ性能も知らない素人か熟練の玄人のどちらかなのだが……どうやら向かいに座っている対戦相手は、後者のようだ。

 先程からあり得ないレベルのコンボを加えてくる。

 

 結局俺は、全くダメージを与えることが出来ず、敗北した。

 

 高校の頃はこの格ゲーをやり込んでいるつもりだった。だから自分が弱いとは思わない。

 対戦相手が異常なまでに強すぎるのだ。


 俺をコテンパンにしたこの対戦相手は、一体どんな人なのだろうか?

 気になった俺は、「上手ですね」と言いながらさり気なく対戦相手の顔を確認する。


「いやいや、それ程でも」

 

 答えた対戦相手の顔を見て、俺は驚いた。ついでに言えば、対戦相手も俺同様に驚いている。なぜなら……


『……あっ』


 対戦していた相手は……なんと高校時代に付き合っていた元カノだったのだ。





 元カノの築紫萌(つくしもえ)。彼女との出会いは、やはりこの格ゲーだった。


 当時ゲームセンター最強の男と謳われた、西澤大地。一年程更新し続けていた無敗記録を、颯爽と現れた空手仙人使いはいとも簡単に破っていった。


 俺と萌が格ゲーで勝負する時には、あるルールがあった。それは、負けた方が勝った方にジュースを奢ること。

 因みに俺は、毎回彼女にジュースを奢っていた。


 そのルールを、数年経った今も忘れるわけがない。

 俺は自動販売機で、お茶とコーヒーを1本ずつ購入した。


「どっちが良い?」

「私、コーヒーはダメなの。お茶を貰える?」

「はいよ」


 俺はお茶の缶を萌に私は、自分は缶コーヒーの蓋を開けた。

 

 ゲームセンター備え付けのベンチに座りながら、俺たちは一息つく。

 

「このゲームセンターには、今でもよく来るの?」

「いいや、高校を卒業して以来だ。そういうお前は?」

「私も同じよ。なんて言うか、気分転換に久しぶりに遊びたくなってね」


 二人とも同じ日に同じ理由で数年ぶりにこのゲームセンターに足を運ぶなんて、おかしな偶然もあるものだ。


「最近、どう? 楽しい?」

「正直、楽しいとは言えないかな。大変だし、ストレスも溜まる。……あの頃が懐かしいよ」


 格ゲーのゲーム機を見ながら、俺はしみじみと呟く。


「そうね。高校時代は、本当に楽しかったわ。叶うなら、あの頃に戻りたい。だけど……」


 そう。人間は、決して過去には戻れない。

 どんなに辛くても、今を生きるしかないのだ。


「気持ちだけでも、タイムスリップ出来たら良いんだけどな」


 何気ない俺の一言に、萌は過剰に反応した。


「気持ちだけでも……そう、それよ!」

「ん? 何だ?」

「実際に過去に戻ることは出来ないけど、過去を再現することなら出来る。違うかしら?」

「それは……」


 俺と萌がいて、ゲームセンターもある。俺の高校時代を再現するのに必要なものは、確かに揃っていた。


「ねぇ、もう一回青春しよ?」


 そう言って誘惑してくる彼女は、高校時代と変わらず魅力的だった。



 


 週末。

 俺は数年ぶりに、萌と待ち合わせをしていた。


 女性と二人で出掛けるなんて、そんなのデートじゃないか。そういう指摘もあるかもしれない。

 あぁ、そうだよ。デートだよ。久方ぶりのデートだから、目一杯楽しんじゃうぞ!


 女性とのデートとなれば、オシャレをするのがマナーというものだ。間違っても、普段家で着ているようなジャージで臨むわけにはいかない。

 

 そうなると、どんな服を着て行こうか迷うところではあるけれど、生憎今日に限って言えば、その心配は皆無だった。


「……今の俺って、周りからどういう風に見られているんだろう?」


 現在の俺の服装は、上はワイシャツとネクタイとブレザーで、下はスラックス。そして靴は黒にローファー。……そう、俺は高校時代の制服を着用していた。

 

 別に制服を着る趣味があるわけじゃない。これは萌からの提案だ。


『どうせもう一回青春するんなら、あの頃みたいに制服デートなんてどうかしら?』


 ……思えば萌は当時から、やるからには徹底的にっていうタイプだったな。

 そして一度言い出したら反論異論を受け付けないタイプでもあった。


 ……まぁ、タンスの肥やしになっている制服に再び日の目を浴びせるのも悪くない。

 そう思い、制服を着て家を出たのは良いんだけど……やっぱり、恥ずかしさは否めなかった。


 26歳の男が制服を着ているなんて、不自然じゃないかな? だって四捨五入したら、もうアラサーだよ?

 

 そんなことを考えていると、萌が待ち合わせ場所にやって来た。


「待たせちゃって、ごめんなさい」

「待ち合わせ時間の前なんだから、謝る必要ないだろ?」

「五分前行動は、社会人の基本よ。そういうあなたこそ、五分以上前行動じゃない」

「お前とのデートが楽しみすぎて、つい早く来すぎちまった」

「あら。リップサービスが上手くなったこと」


 リップサービスも、社会人の基本だからな。


「3年見続けていた筈なのに、なんだかお前の制服姿が新鮮に感じるな」


 きっと高校生だった頃のあどけなさがなくなり、大人の女性の魅力を兼ね揃えているからなのだろう。


「だけど可愛いのは変わらない。あっ、これは本音な」

「ありがとう。でも制服なんて8年ぶりに着たから、違和感満載よ。見てこれ、ピッチピッチ」

「……太ったのか?」

「違うわよ! 胸が! 胸が大きくなったの!」


 ……そんなの見りゃわかるっての。

 高校時代と比較して、2カップくらい大きくなったんじゃないか?


 だけど元カノとはいえ女性に「あれ? 胸大きくなった?」なんて言えるわけないだろ? そんなのセクハラだ(後々考えてみたら、「太った」発言も十分セクハラである)。


「それじゃあ、行くとするか」


 歩き出した俺に、萌は待ったをかける。


「どこに行くつもり?」

「どこって、ゲーセンだけど?」

「ゲーセンって……初めからメインイベントじゃ、デートがすぐに終わっちゃうでしょうに」


 ……それもそうだな。

 放課後は時間が限られているからゲーセンに直行したけれど、今日はたっぷり時間がある。もう未成年じゃないから、深夜まで遊んでいちゃいけないという縛りもない。


「是非ともあなたを連れて行きたい場所があるの。ついて来てくれるかしら?」


 ゲームセンター以外ろくに計画なんて立てていなかったから、寧ろそうしてくれるとありがたい。

 今日のデートは、萌に一任することにした。





 萌に連れられてやって来たのは、スポーツジムだった。


「スポーツジム、ねぇ……」

「何よ。嫌そうな顔しているわね」

「俺がインドア派なのは、お前も知っているだろう?」


 社会人になってからというもの、運動なんてほとんどしていない。休日は基本自宅で映画やドラマ鑑賞だ。


「えぇ、知っているわよ。ついでに言えば、あなたが大人になって以降運動していないことも予想している」

「……よくご存知で」

「元カノですから」


 ドヤ顔しながら、萌は言う。


「そんなあなたの運動不足を解消するべく、私が通っているジムに連れてきたのよ」

「だけど俺、ウェアとか持って来てないぞ?」

「レンタル出来るから大丈夫よ。……残念ね。運動しなくて済む口実がなくなって」


 ……外堀は完全に埋められているな。

 ここに案内された時点で、既に詰んでいたというわけか。

 俺は諦めて、久しぶりの運動に励むことにした。


 ランニングマシンを始め、様々な器具を使って、俺たちは1時間程度汗を流した。


 たった1時間、されど1時間。集中して運動したら、想像以上に疲れるものだ。


「あの頃は、1時間の運動くらいなんてことなかったのにな」

「年は取りたくないものね」


 スポーツジムの後は少し早めのランチにした。

 高校時代に通っていた定食屋に行くと、店主夫妻が俺たちのことを覚えていてくれて。

「二人揃って制服姿とか、懐かしい気分になったよ」と言って、サービスしてくれた。


 午後は大本命のゲームセンターだ。

 UFOキャッチャーで萌が欲しいと言ったぬいぐるみを取ろうとして……失敗したり(20回チャレンジしても取れなかった。因みに萌が挑戦したら、一発で取れた)。エアホッケーで萌にボロ負けして、小学生に笑われたり(負けたのは、動く度に翻る萌のスカートのせいだ)。


 そして締めはやはり例の格ゲーだった。


「今日こそは、お前に勝ってやる!」

「良い意気込みね。男らしいじゃない」

「だから、ハンデ下さい」

「前言撤回! 一気に情けなくなったわ!」


 そう言いつつも、「仕方ないわね」と萌はハンデをくれた。


「持ちキャラの空手仙人を封印して、最弱で知られるインテリ幼女を使うわ。それで良いかしら?」


 インテリ幼女とは、知能が高いだけで攻撃力も防御力もゼロに等しい、謂わゆるネタ枠だった。

 ……うん。インテリ幼女相手ならば、勝てる気がする。


「俺は今日、伝説を作り出す!」


 結果として、俺は偉業を成し遂げることが出来た。……カンフー少女を使ったくせに、インテリ幼女に惨敗したのだ。


「あなた、このゲームに向いてないんじゃないの?」

「自分でも、そう思ったところだわ」


 夕食は居酒屋で……と考えたけれど、制服を着ている以上通報されかねないので、高校生らしくファミレスで済ませることにした。


「今日は楽しかったわ。どうもありがとう」

「こっちこそ、良い気分転換になったよ」


 高校時代の楽しい思い出が蘇ったようで、本当に充実した一日だった。

 でも、こんなの現実逃避だ。いつまでも制服なんて着ちゃいられない。

 明日には、俺たちはきちんと大人に戻らないと。


「……大人に戻りたくねぇな」

「同感ね。だけど人は前に進まなきゃならないの。成長しなきゃならないの」


 変化のない人生なんてない。萌はそう言った。


「ねぇ。確かに楽しかった高校時代には戻れないけど、大人になって何かも変わったわけじゃないと思うの。例えば今日一日を二人で過ごしてみて、大人になっても青春が出来るってわかったじゃない?」

「それは……そうだな」

「だからね、その……これからもこうして、会って欲しいなぁ、なんて」


 俺たちは高校生じゃなくなっただけで、青春はまだ出来る。そして青春を過ごす為には――互いの存在は必要不可欠だった。

 

「ねぇ、これからもずっと、青春しよ?」


 制服を着た高校生の元カノは、もういない。

 俺は制服を着た大人の今カノの手を、しっかり握るのだった。

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