ドミニオンIII
平日の昼間。
仕事も終わり帰り支度を整えて、バイクに跨る。
いつもなら夕方まで仕事なのだが、今日は仕事が早く片付いて、課長から午後には退社していいよと許可が降りたのだ。
と言っても特にすることもなく給料前でパチンコに行く金もない。
気づけば私は、ねこ屋へと向かっていた。
カランカラン
「いらっしゃい! …あら椿さん平日に来るなんて珍しいね」
「今日は仕事が早く終わったので来ちゃいました。」
「なるほどね、今日もコーヒーにする?」
「はい、…あとドミニオン出して貰えますか?」
「ドミニオンって言っても、お客さんいないし相手は俺くらいなもんだけど?」
「それでいいんです。美咲ちゃんはマスターに勝ったことがあるって言ってたけど、マスター本気じゃなかったですよね?あきらさんとかずみちさんと戦ってみてそう思いました。」
「うーん、ちょいと違うかな? 俺は手を抜いてはいない。」
「そう、マスターは手を抜いてはいない。でも王国カードは基本セットでマスターはドラフトルールでは、やってないですよね?つまり、箱の中にはマスターの本気のカードが眠っていた、違いますか?」
「椿さん、鋭いね! マスターびっくりしちゃったよ!笑」
「どうしてもあの2人に勝ちたいんです。マスターの技を教えて貰えませんか?」
「技ってほどでもないんだけどね、一戦してみようか?」
私たちはお互いに好きな王国カードを選んだ。
堀
礼拝堂
村
鍛冶屋
衛兵
玉座の間
金貸し
山賊
改築
地下貯蔵庫
半分くらい初めてみるカードだ。
ジャンケンをしてマスターが先攻で始まった。
「じゃあ、2金で礼拝堂を買います。どうぞ?」
礼拝堂は手札を好きなだけ破棄出来るカード、呪いもないのに…どういうことだろう?
「じゃあ私は4金払って鍛冶屋を買います、で終了です。」
「なら、5金で市場を買いシャッフルして終了」
「私は、3金払って銀貨を買います。」
私だって何も学ばずにいたわけでは無い。鍛冶屋と銀貨や金貨を使ったら効率が上がる、鍛冶屋ステロと言う技を狙っていた。
「おや?鍛冶屋を買った時にまさかと思ったけど鍛冶屋ステロかい?」
見破られてる?!
「じゃあ俺の番!礼拝堂を使って手札の屋敷3枚と銅貨1枚を破棄します。」
これは前に戦った時に美咲ちゃんがやってた圧縮!
でも、こんな序盤で?しかも自ら屋敷を3枚捨ててマイナス3点になってる…どういうことだろう?
「じゃあ私の番!3金で銀貨をかいます!」
「俺の番!市場を使い1枚引いて6金で金貨を買います。」
「早い!」
「屋敷も銅貨も序盤は使わざるを得ないけど、ドミニオンでは邪魔なカードでしか無いんだ。では、1枚引いてシャッフルして4枚取ります。」
私だって負けてられない。
「鍛冶屋を使い3枚引いて6金で金貨をかいます。」
実は手札には7金揃っていた。鍛冶屋で引いたときに、屋敷でなく銅貨もしくは銀貨が引けてたら、先に8金の属州が買えたのに、ここにきて引きの弱さが出た。
「じゃあ俺の番、市場でカードを引き市場の1金と、残り7金で8金の属州を買います。」
先に属州を買われた!
でも、私も負けてはない。
少なくても屋敷を破棄したマスターより3点は勝っているし、マニュアル通りの動きも出来てる!
しかし、結果は散々だった。
追いかけはしたもののマスターの引きの強さと圧縮の効率化で、私は負けてしまった。
「俺が使ったのは礼拝堂圧縮って技だけど、強さで言えば椿さんの鍛冶屋ステロの方が上なんだ。」
「じゃあ、どうして私は負けたんですか?」
「一重に愛だよ!勝ち負けは確かに大切さ、負けてばかりでは面白くもない。でも負けるのもまた一興。負け戦ほど面白いってね。椿さんは楽しむ事を忘れて勝ちにこだわった。その結果、カードに嫌われた。変なとこで1金足りなかったりしたろ?」
ギクっ
「ボードゲームは楽しまなくっちゃ!きっと初めてやった気持ちでプレイしてたら、椿さんの方が勝ってたかもしれないよ?」
「私には…わかりません」
俯く私にマスターは語りかける。
「そのうちわかるさ、ゲームを愛する人はゲームに愛される。」
このときのマスターの一言が私のボードゲーム人生を大きく変えた。
「じゃあ今日はこれくらいにしようか?」
カランカラン
「いらっしゃい…って美咲ちゃん?平日に来るなんて珍しいね!」
「今日は両親が仕事で遅いので、ねこ屋で夕食をと思って、私マスターの作るカルボナーラが大好きですから」
「あら、嬉しいね、ありがとう。じゃあカルボナーラ作ろうかね」
「え?椿さん?スーツだから誰かわかりませんでした!…ってドミニオンしてたんですかっ!ズルイー!」
「ドミニオンをやってマスターにボコボコにやられたとこだよ… 愛が足りないって言われちゃった…」
「前にマスターに私が負けた時も同じ事言われました。」
「マスターに負けたことあるの?」
「そりゃありますよ!マスター強いんだもん。手加減してくれないしー!笑 でも、誰もマスターのボードゲーム愛には敵わないって私は思います。ボードゲームが好きで、お店建てちゃうくらいなんですから。」
「だからマスターはゲームに愛されてる。」
「ですね!ここぞって時の引きの強さはそこだと思います。」
「でも、どうやったらマスターや、かずみちさん、あきらさんに勝てるんだろう。」
「初めてドミニオンを一緒にしたとき、椿さんの目は輝いてました。その時の気持ちでプレイしたらいいんじゃないですか?」
「それもマスターに言われた…初めての気持ちか〜…」
「あっ!」
『ガンナガン!』
2人で声を揃える。
「ってマスターは料理中だからまた後でだね」
「ですねー、あーカルボナーラぁ…」
美咲ちゃんの目はカルボナーラ一色に染まっていた。
「マスター!」
「はーい!」
「カルボナーラもういっちょ!」
「はいよー!」
私も美咲ちゃんおすすめのカルボナーラを注文して、出来上がりを待つ。
しばらくもしないうちにカルボナーラが2皿届いた。
「はやっ!しかも美味しそう」
「美味しそうじゃなくて美味しいの!さあ冷めないうちに食べて食べて」
パスタをフォークで巻き取り一口食べる。
「美味しっ!マスターって料理できるんですね!笑」
「失礼な!一応カフェのマスターだからね、それなりに出来るよっ!」
私たちはカルボナーラを平らげるとマスターにガンナガンを出して貰った。
「とりあえず説明書を読んでみましょうかね!」
私は美咲ちゃんのとなりで説明書を読んでみたが、全然頭に入ってこなかった。
というのも今まで誰かに教えて貰いながらプレイして覚えてたからだ。
でもどうやら美咲ちゃんもあまりよくわかんないみたいで、マスターを呼んで教えて貰うことにした。
「マスター、ガンナガン教えて!」
…
「ごめん、ガンナガンは勉強不足で俺もイマイチルールを把握できてないんだぁ… 」
「マスターも無理か、なら仕方ないけどガンナガンはまたの機会にだね」
「そうですね…」
と言いながらもその日美咲ちゃんは説明書を手放すことはなかった。
よほど遊んでみたかったのだろう。
でもその日はガンナガンを遊ぶことなく、店は閉店を迎え私たちはそれぞれの家にかえった。
カランカラン
店の扉の鐘が鳴る。
「いらっしゃい、ごめんね!今日はもう店じまいなんだ。」
「マスター、久しぶりーっ」
「…って真昼ちゃん!?また珍しいね何年ぶりかな?この店を始める手伝いをしてもらった振りだからだいぶ久しぶりだね。ところで隣の男の子は?」
「あーこちらは、小鳥遊 悠河君。私の婚約者です。」
「婚約者!?真昼ちゃんにも婚約者ができたのね。悠河くんはじめまして、ねこ屋のマスターです。」
「マスターさんはじめまして。小鳥遊悠河と申します。」
お互い挨拶が済んだあとだった。
「恥ずかしがらずに入っておいで?」
カランカラン
扉が開くと黒髪に猫耳、尻尾は7の形に曲がった女の子が入ってきた。
「この子は?」
「七尾って言います。実は妖怪ってほどでもないんですが、ちょっといろいろあって猫が人化しちゃったんですよね…猫といえばねこ屋思い出して、マスターなら面倒みてくれないかとご相談に来たんです。」
「面倒みるったってアルバイトもう決まっちゃったしなぁ」
「そこをなんとか、住み込みで、ご飯さえ出してくれたら給料はいりません。しかも猫にしては珍しく真面目なこです。」
「お願いしますにゃ…」
七尾はマスターの元へ行くと涙目で上目使いでお願いしてきた。
「あー、わかったわかったから、そんな目で見ないで!嫁も新しい職場見つかったし、うちのメイドさんとして働いて貰えるかな?」
「メイドさん?」
「お客さんから注文を聞いたり、料理を運んだりするお仕事ですよ!」
「わかった!がんばるにゃ!」
こうして、この日ねこ屋に新たな仲間が増えた。
「二階が空いてるから七ちゃんには二階で寝泊まりしてもらおうかな…そういえば七ちゃんにちょうどいいサイズのメイド服があったはず。」
マスターはそういうと二階の物置から段ボールを取り出して漁る。
「あったあった!ちょっとエッチぃけど、これが仕事着ね!あと、仕方ないだろうけど、ねこ臭いから嫁がきたらお風呂で洗って貰おうかな…」
「お風呂は苦手にゃ…」
「飲食店なんだからお風呂は必須よ!せっかく可愛いんだから子綺麗にしなきゃ!」
「はあい…」
「晩ご飯は何食べる?」
「チュールがいい!」
「そこはねこなんだね!笑 わかった。猫用の缶詰とチュールも買っとくよ!」
この七尾ちゃんの登場で店は大繁盛を迎えることになる。