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魔法学園生活録  作者: 陽
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雨季の訪れ 4

時は少し遡り。

猫を抱いたユーリとキサラは薄暗い通路を歩いていた。壁は年期の入った石造りで、等間隔に燭台が配置されている。人が近づけば火が灯り、通り過ぎれば消える仕組みは二人には理解できていないが重宝している。これはこの学内にいくつもある隠し通路のひとつで、ここの存在を知っている者はユーリとキサラを除けばアイリしかいない。

先は三人とっておきの隠し部屋に繋がっており、二人はそこに向かっている真っ最中であった。


「この猫、なんなんだろーねー。」


てくてくと歩きながらのんびりとした口調でキサラが呟く。猫は相変わらずユーリの腕の中で眠っており、目を覚ます気配がない。


「何、っつーんだったら魔獣の一種なんだろーけどなァ。超ハイレベの。」

「えー?レベル高すぎない?」

「知らね。」


そうこうしている内に二人は行き止まりへと到達する。壁には小さな時計が七つ。


「あたし猫ちゃんで手塞がってるからキサラ頼むな。」

「りょうかーい。」


するとキサラは慣れた手つきで七つの時計の針をいじる。右に左に、半回転一回転。上の時計をいじっていたかと思えば下の時計を。まるで大きな機械仕掛けのからくりを操作するがごとく時計の針を回していると、やがてガチリと何かが嵌まる音がした。すると行き止まりだったはずの壁が音を立てて動きだし、二人の眼前には木目調の、しかし細工に凝った見た目も大きさも可愛らしい扉が現れた。

ユーリとキサラはそれに驚くでもなく扉を押し開き、中の空間へと入っていく。


「あー、ここに来るのも久しぶりだなぁ。」

「そうなのか?あたしは結構使ってるけどな。」

「だからか。記憶より綺麗だなとは思ったんだ。」


アンティーク調のソファがみっつに、小さなテーブルかひとつ。壁には大きな本棚とそれから溢れかえる蔵書。部屋の隅には湧き水を彩る小さな囲いがあり、部屋の至る所にある鉢植えへと供給されている。

そのためそこに植わっている植物たちは瑞々しく咲き誇っていた。ただし何の植物なのかは問いかけてはいけない。何せユーリのとっておきなのだ。まさに隠れ家といって等しいこの部屋は、時計の塔と呼ばれるこの第4学年の塔だからこそ可能な、時計のからくりと魔法が融合した仕組みによって成り立っている。

一から構成することはユーリやキサラ、アイリでは不可能だが、生憎とこういった仕掛けは塔の至る所に存在するので、三人はありがたく拝借するのだった。

ちなみに、見つけたもん勝ちだ。

ユーリはソファの一つにクッションをしき、そこに猫をそっと寝かせる。ここまで動かして起きないとは、よほど疲れているか、もしくは強制睡眠を強いられるほど魔力を放出したか。

この猫の戦いぶりを見ていたユーリは、おそらく後者だろうなと見当をつけた。ならばこの不可思議な猫は、当分目覚めることはない。


「で、だ。キサラ、こいつどうする?」

「うーん、どうしよっか?大体この学内に魔獣がいることがおかしいんだよね。ここにはセレナがあるんだぜ?」

「それを言うならあの水の魔人の方がおかしいだろ。あんな襲ってくる奴を制裁会が放置してるわけねぇ。」

「あれまじこわかったよねぇ。」

「こわくなさそうに言われても。」

「ていうか痛かった。」

「それな。」


二人のささやかな会話。チクタクと時計の針が時を刻む音。さらさらと湧き水が流れいでる音。そんな静かな日常風景に混ざるのは、健やかな寝息をたてる一匹の猫。

そして不意に、キサラがついと目線を部屋の端に投げかける。


「……そういえばさぁ。」

「どした。」

「あの水の魔人の出現条件なんだけど。」


二人のささやかな会話。チクタクと時計の針が時を刻む音。そして――こぽりこぽりと、湧き水が流れいでる音。


「水のあるところなら、どこにでも出てきそうじゃね?」


ごぼり。部屋の隅の、小さな小さな一角で、むくむくと水が盛り上がる。自然法則をまるっと無視して育てあがったソレは、先ほど地の塔内部で戦闘した水の魔人そのものだった。


「マジかよ。」


なんで、言うんだよ。


ユーリの呆然とした呟きが第二戦のゴングとなった。


…………


ねぇ、とキサラが傍らのユーリに話しかける。


「ユーリ、どうしよっか?」

「やるしかねぇだろ。つーか地の塔で見たときより小さいな」

「水源がちっちゃいからじゃない?」

「なるほどな。一体しかいねーし。つーことは地の塔のやつらより弱いかもしんねぇな」

「そう信じたいよねぇ」


水の魔人が現れてから少し。

ユーリとキサラは油断なく水の魔人と相対していた。ユーリは属性的に相性の悪いキサラを庇うように、キサラは眠る猫を素早く回収し、ユーリの後ろで敵を見据える。水の魔人はその身体を造形してから動く様子がない。けれど予備動作なく攻撃してくることもあり得るので、一瞬たりとも気は抜けない。

それに、何も攻撃してくるまで待つ必要などどこにもないのだ。こいつが襲ってくることは地の塔で身をもって体験している。先手必勝とばかりにユーリは魔法を放ち、魔人の足下を切り崩しにかかった。しかし地の塔のものより小さい分、当てにくい上に小回りがきくようで、すいすいと避けられてしまう。しまいには小さくはあるが威力はある水の玉が二人を襲い、この狭い屋内で苦戦を強いられることとなった。


「せっっっまい!ああっ、また鉢割りやがって!!このクソ野郎!!」

「あーあー部屋が滅茶苦茶だ……」


どかん、がしゃん、ごとん。爆発が起こる度、部屋の調度が壊れてゆく。塔自体も揺れているようなので、暫くもしない内に制裁会も駆けつけてくるだろう。これは早い内にケリをつけなければ、面倒事になることが目に見えていた。


「ユーリ、ユーリ。これ早くしないと色々ヤバい」

「わかってら。けどアイツがひょいひょい避けやがんだよムカつく」


ユーリは地と金の多属性持ちだ。けれどどちらも発動速度が遅い部類なので水の魔人に見切られてしまっている。こちらの攻撃は避けられ、けれどあちらの攻撃も威力が地の塔の魔人よりも弱い為、凌ぐ事が出来る。そんな膠着状態の中、部屋は破壊され時間は刻一刻と過ぎ去ってゆく。

その状態に一番に耐えられなくなったのは、ユーリの後ろでじっとしているしかなかったキサラだった。


「手伝う」

「はあ?地の塔のより弱いったって、水の魔人だぞ。何する気だ」

「大丈夫大丈夫。ユーリはそのまま攻防続けてくれてたらいいから。タイミング見てやる」

「やるが殺るにしか聞こえねーっての」


と言いつつも、ユーリ自身もこの膠着状態にいい加減飽き飽きしていた。この状態から解放されるなら最早それで万々歳である。隙なく攻撃を仕掛けるが、避けられるか防がれるかの二択ではねのけられ、ついでとばかりに攻撃される。大して威力がないのが救いだが、こうして防ぐのだって限界があるのだ。

そして水の魔人の攻撃をいなし、再び攻撃を仕掛けて腹立たしいことに避けられた、その時だった。


「直接攻撃出来ないなら、こういうやり方だってあるんだよ!」


ユーリの背後から急激に魔力が膨らみ、そして魔法が放たれる。ユーリの攻撃を避けた直後だった水の魔人はそれを避ける暇などない。けれど放たれた魔法は水の魔人に当たることなくぶつかり消えていった。


その、魔人の頭上を盛大に破壊して。


今までの比ではない爆発音が響きわたり、塔が揺れるのが足下から伝わってくる。がらがらと天井が崩れる音と視界を埋め尽くす程の土埃の中、ユーリは思わず叫んだ。


「キサラーっ!!」


ああ、キサラの言いたかったことはわかる。直接攻撃が通じないならば、その天井を破壊して、押しつぶしてしまおうというのだろう。わかる。ユーリだって自分の攻撃が通じなかったらそうしていただろう。

しかし、だがしかしだ。


「そういうことは、先に言え!!!!」


世の中、報連相はとても大事なんだよ。と、教えてやりたい。

ずずん。白煙が辺りを埋め尽くし、大きな瓦礫が床にぶつかる、音がした。



………


その爆発音が辺りに響き渡ったとき、いち早く行動を起こしたのはアイリであった。さっと、顔色をかえ、身を翻す。


「今のって、まさか!」


それは先ほど襲撃を受けたからこそ思い当たる可能性。雷をいなし地を抉るほどのちからを持つ水の魔人。それがまた出現したのだとしたら。でも、何処に?


「――――ッ!!」


背筋を電流のように走る悪寒。冷や汗が止まらない。嫌な予感しかしないのだが、嫌な予感ほどよく当たるというものだ。


ユーリとキサラは今、あの正体不明の化け物と一緒にいるかもしれない。


そこに考え至るまで数瞬、まだ少年たちは不思議そうに周囲を見回すにとどまる対応。アイリの行動は早かった。少年たちには目もくれず翻ると、大きな黒い壁時計に向き直る。そして時計の針に手をかけ、規則にそって動かしていく。ガチリガチリと針が時ではないモノを刻む音。早く早く早く。焦れば焦るほど手が滑り失敗しそうになるが、それでもなんとかカチリという軽い音を引き出すことに成功した。後ろで少年たちがこちらを見ている気配がするが、この際そんなもの構うものか!


「ユーリ、キサラ!!」


壁時計の中央に音もなく現れた古めかしい扉を勢いよく開く。背後からの驚いたような気配に、ああここのことは三人だけの秘密だったのになぁと場違いにも思う。けれど今はそんなことを言っている場合ではない。非常事態なのだ。後ろの三人に関しては後から口止めをすればいい。そんなことを取り留めもなく考えながらアイリは薄暗い通路を走った。

先回りして灯る燭台に導かれながら、突き当たりにある隠し部屋へと急ぐ。その間にも追加の爆発音が何度か鳴り響き、塔自体がその度に揺れる。


「おい!これ、あいつらの仕業か!?」


不意に後ろからの叫び声。振り返るまでもない、追いかけてきたジャスラの声だった。しかもよく聞けば複数人の足音が狭い通路に響いていることからレオとラディオも追いかけてきているようだ。


「知らないよ!でも、嫌な予感がするんだよ!!」

「つーかこれどこに向かってんだよ!」

「僕達三人だけの隠し部屋!だったのに!」


などと爆発音の中でも聞こえるよう叫びながら会話をしていると、正面に可愛らしい扉が見えた。この隠し扉は中に人がいなければ時計の姿に戻るので、ユーリとキサラは中にいるはずだ。


「大丈夫?!」


走ってきた勢いそのままにアイリは扉を押し開く。本来であれば小さなテーブルと、三人分のソファ、それにたくさんの書物と湧き水で育てるユーリの植物たち。それらが慎ましくおさめられた、小さな小さな箱庭の、はずだった。


「うそ。」


白煙が立ちこめる空間がそこにはあった。もうもうと煙る土埃の中には、大なり小なりの瓦礫が散在している。テーブルはひしゃげ、ソファはひっくり返り、大きな本棚は見るも無惨、植木鉢は悉く割れていて、窓のないこの部屋では拝めないはずの太陽がひび割れた壁から顔を出していた。この部屋が爆心地であることを意味しているも同然のその惨状に、アイリはしばし呆然とする他なかった。


小さな小さな、けれども大事な大事なモノを詰め込んだ箱庭は、アイリの預かり知らぬところで簡単に壊れてしまった。

アイリは知らないが、壊したのはキサラである。


「なん、だこりゃ。」

「ひどい有り様だな。」


後ろからジャスラとレオの声がする。しかしアイリの耳には入らない。否、正確には理解できないと言った方が正しい。だってこんなの、認められるわけがない。

大きな瞳をさらに見開いて、その惨状の訳を探ろうとする。


「誰もいないのか?」


ラディオのその声にはっとする。

ここには、ユーリと、キサラが、いるはずなのに。


「げほげほげほっ!おいキサラお前やり過ぎだっつの!」

「だってしょーがないじゃん、っげほ。こうでもしないとアレは退かないって!つーか退いた?退いた?」

「わっかんねー。あああたしのシルクちゃんソフィアちゃんその他の皆、仇は必ずとるからなあああ。」

「その植物に名前つける癖やめなよね。」

「ウラミハラサデオクベキカ」


白煙の中に浮かび上がる人影。二人分が瓦礫の上に立っていた。


「あ、アイリだ。」

「あ?逃がせ。」

「でもジャスラとレオとラディオが後ろにいる。」

「ジャスラは来い。ラディオでもいけるか?」


ユーリは油断なくこの部屋の中でも特に瓦礫の積み重なり白煙立ち込める場所を睨んでおり、そこから目を逸らす様子はない。対してキサラはユーリのその背に庇われるようにしながらこちらを見ていた。二人とも大きな怪我等は見当たらず、土埃で少し汚れている程度。特に眠ったままの猫はキサラに抱えられているせいか、美しい白い毛並みを保ったままだった。


「おい、何なんだよこれ!」


ジャスラが吠える。ユーリは相変わらず瓦礫が積み重なった場所を警戒している為、キサラが応える。


「なんか水の魔人が襲ってきた。」

「やっぱり!」


アイリが悲鳴をあげる。そして二人に近付こうと、一歩を踏み出そうと、した。


「来るぞ!」


辺りに響くユーリの声。こちらを向いていたキサラも素早くユーリの目を向ける方向へ向き直る。足を踏み出そうとしていたアイリはその緊張感に動くこともままならず、少年たちは事態の理解に追い付かない。けれども非常事態だということだけは認識したのか、いつでも魔法を放てる状態だけは保っている。

そんなぴりぴりとした緊張感と展開される魔法構造が交錯する中、瓦礫の山がガラリと崩れてゆく。

幾ばくか、キサラの懇親の一撃が聞いたのか、一回り小さくなった水の魔人がいた。


「コイツ、やっぱり消し去るのは難しいのか?」


水の魔人は、軽やかな動きでユーリ達との距離を詰めた。水球のようなものが出来、それを打ち始める。

対してユーリが瓦礫の盾を作成し、水の魔人の攻撃を防ぐ。


「ちょっと、ここはもうアレだ。悔しいがあそこにいる最高クラスのオトコに戦ってもらうのはどうかね」

「ええぇ………」

「キサラよ、気持ちは痛いほどに理解しているが、っっ!!」


ユーリの手に頬に、血が滲む。散った水が、鋭利な刃物となって、ユーリを傷つけていくのだ。

真っ向から、魔人の力を受けるのが応えてきているようだった。

ちらりと、キサラが背後を振り返ると、赤髪の青年が臨戦態勢をとっており、こちらに走ってきていた。


「悔しいけど、仕方ないな」


キサラが、助けてください、と声を上げる前に、


「なっ?!」


水の魔人が後ろに飛び退った。

まるで、ジャスラを視界に入れ、警戒したかのように。そして、しゅん、となんの前触れもなくその姿を崩した。

残ったのは、存外に小さい水溜まりだった。


「な…………、なんだったんだよ…………」


ユーリが疲れたように座り込む傍ら、赤髪の少年は肩透かしを食らったように、呟いた。



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