雨季の訪れ
穏やかな午後だった、穏やかな談話室だった。
穏やかな日常の一遍、ではなかった。
4年生の寮塔、「時計の塔」で地響きがした。一瞬誰もかふわりと身体を宙に浮かせるという無重力状態を味わった。だが、おっ………と思った次の瞬間には身体を床に椅子にぶつけるという痛みを味わう。それでも好奇心旺盛な者たちの集まる4年は誰もが騒ぎの中心、その音源を探して窓のそとを見やった。
あ、という誰かは分からないが間のぬけた声がして、塔の中庭に面した窓に人が寄っていく。もちろん、知らんぷりを決め込む人間も多いのだが、これだけの塔を揺るがす原因を知りたくて、窓には何人もへばりついている。
砂ぼこりか、水蒸気か何だかで詳細がまったく分からないが、生徒たちは目を凝らしている。
「今回は誰だか賭けようか?」
「前はイベスだったよな、B級Aの。今回もそうなんじゃない?」
「いぃーや、アイツは確か前回騒ぎ起こした時に制裁会に一ヶ月の『首輪付き』にされたからな。」
他の生徒が口々に飛ばす憶測を耳のはしにしながら、つい先程まで中庭を一望できた日当たりのいいソファーに座って足を組みながら、一人はソファーから転げ落ちたのか、痛そうに腰を撫でていたが、外のモヤが晴れるのを待つ3人の男子生徒たちがいた。
1人が、試すように口を開く。
「誰だと思う?」
「少なくともイベスではないな。こんなにでかい爆発音を持つほどの魔法構成があの大雑把に組み立てられるはずがない。」
1人が、読んでいた本から目を離さずに答えた。
「それにB級のやつらは今、演習中だ」
「んー、じゃあ、他に問題起こしそうなやつと言えば」
1人が、転げ落ちた時に打ち付けたおしりを撫でつつ、立ち上がりながら答える。
「あの問題児どもくらいだろ。」
ちょうど、視界が晴れてきて中庭が見渡せるようになっていた。
「逃げてくよ、あいつら。」
誰かの小さな呟きが、モヤが晴れるのを今かと待ち構えていた生徒たちのなかに浸透する。およそ予想通りだったのだろう。失笑と、悟った笑み、苦笑い、多種多様な笑みが場を包む。誰もが心のなかで頑張れとつぶやいた。
4学年の塔でこんなに響いた爆発音だ、もうすぐにでも騒ぎを聞きつけ制裁会が駆けつけてくるだろう。幸い、今日は風が強いから魔力の残滓も直ぐに流されるだろうがその場で残っていては現行犯で捕まるに決まっている。
そうして、各々のやりかけていたことに意識を戻す。たとえ、中庭に得体の知れない鋼色のオブジェが聳え立っていたとしても。
未完成なそれは、ずご、と何かがずれるような音を立てると、ゆっくりと崩れていった。
碧の館の傍に、人影があった。丁度昼過ぎで、各々授業や自習などで屋内にこもっている時間帯で、外にいるのは演習中の学年か、はたまたサボりか、といったところだ。
「誰よ、合同魔法しようなんていったの。」
「言っとくけど、ぼくじゃないよ」
「あたしでもねぇな」
「………………だれだよ」
校長像だかなんだか、なぞな人物像の裏に三人隠れながら、表に集まり始めた制裁会のメンバーを睨み付ける。
「キサラだよ」
「…………………合同責任だと思うんだ…………」
「そーゆーことにしといてやるよ」
「だけど、今日の制裁会は動きが違うなー。」
アイリが、忙しなく動くそのメンバーをみながら呟く。
「今日、何かあるんじゃねぇの?持ち物検査とかあったっけ?」
「そんなのあったら、ぼくの耳に入らないはずないよ。えーやだなぁ、首輪つきにはなりたくないー」
徐々に包囲網を広げ始めているのに、焦りが募る。このままでは、ここが見つかってしまう。それは何としてでも回避しなければいけない。
「ユーリ、ここから地の塔まで誰もいないか聴いてくんない?魔法構成は最小限で展開して」
「あ、その手があったか!」
キサラの言葉に活路を見いだしたのか、ユーリは最小限の陣を展開させ、地の塔までに制裁会のメンバーがいないかを探る。
「地の塔まで行ってしまえば、何とでもいいわけはつくもんね」
「誰もいない!いくぜ!」
ユーリは先頭に立ち、アイリが殿を選ぶ。その際にどうしても彼らの視界に入らざるをえないところで、アイリが力を発動させ、姿を見えづらくした。
「攻撃には劣るけど、こういうときスッゴク役に立つんだよね、光よりの雷の力って」
「一先ず、密林室のある地の塔まで一直線だ」
校長像から姿を消したら彼らに気づかないまま、制裁会の包囲網は虚しく展開されているかに思えた。
だが。
「班長、そもそもこの学校の結界を外から破るなんて芸当、出来るものなんいるんですかね?」
「知らん。だが一瞬確かに『翠湖のセレナ』に揺らめきがあった。それは確かなことだ。歴代校長が築いてきた結界を破れる輩が入り込んだと見て間違いないんだろう。ウチのボスは少なくともそう踏んでいる」
探知機と呼ばれる、学園に登録されていない魔力の残滓を嗅ぎとる器械で辺りを警戒しながら、後輩らしきその生徒は顔をしかめた。
「えぇ………そんなの、すんごく厄介なやつに決まってるじゃないですかぁあ」
「こら!そこの新人!情けない声出してる暇があったら手を動かさんかい手を!」
「はぁい!」
「中庭にはいないな、次は朱金の館の方だ!その次は地の塔だからな!まだへばるなよ」
「はい!」
地の塔にすたこらと逃げた違反者どもを、知ってか知らずか、眼中にもない様子。
姿の見えぬ来訪者に、制裁会は何時にも増して、ぴりぴりしていた。