それはまるで、驟雨のような 2
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「それで、私たちはどうしたらいい?」
アイリが情報収集に出ていったことで、始まった感が出て、動きたくて仕方ないのだろう、ユーリがそわそわと、し始めた。
水の魔人がノアの言う通り、水の魔神の力が働いているのなら、その発動状況、時間、場所を統計すれば何かしら彼女の目的が見えてくるかもしれない。
その情報収集には、4回生一の情報屋アイリに任せておいて問題は無いだろう。
あの、小柄な身体と小動物のようなくりくりとした瞳と、その無邪気な性格で相手を油断させて、狡猾に情報を搾り取ってくる。末恐ろしい奴だ。
「まぁ、俺たちは侵入ルートの捜索だな」
「なぁ、ノアはどうやってここに入ってきたんだ?」
『真正面から』
「勇者だな」
『それ以外の道がなかったんだよ。がっちりドームみたいに学園全体を結界が守ってて、消滅を司るぼくでさえ入るのが困難だったよ。綻びのひとつもありはしなかった。』
「真正面から突撃した結果が、今回の制裁会の動きに現れてるなら、以前そんな風に入り込んだ者はいないって言うことかな。少なくとも、今回みたいな制裁会の動きは見たことないって、アイリがさっき言ってたもん」
『でも、もしかしたらだけど、鎮静を司るミシアなら結界の鎮静が出来たかもしれない。』
「俺たちは魔神宗教に詳しくないのだが、さっきから“消滅”や“鎮静”ってのはどういう意味なんだ?」
『あぁ、僕たちはそれぞれ、力に種類があるんだ。ぼくは炎神ノアズアーク、その形態は炎、性質は消滅。ミシアは水神ミシア、その形態は清水、性質は鎮静。もちろん、この性質はぼくに宛てがわれたものだよ。だからこそ、彼女と共にいろ、ということさ』
「つまり、その鎮静が行使されたなら、制裁会や学園側が気がつくことなく侵入ができるということか?」
『そう、とも言いきれない。ここは亜神信仰が根強い土地だ。しかも、さらに神山ベラムがそこにあり、その象徴は女神イージスチュアス。亜神信仰自体が、他信仰を排斥する傾向にある宗派から、ここの土地でぼく達の力はほとんどふるえない。いまでさえも、3割も出せないまま、この有様さ。』
「へぇ、そんなもんなんだ、神様界」
『まぁね、それにイージスチュアスは嫉妬深い女神で、自身を信じないものに慈悲がない。まぁ、旦那であるヴィルディアンダ神を怒って78にも割いて封印した人だからね、慈悲とは縁遠いかな。』
そんな怖いことは聞いていない。
「つまりは、そんな女神の信仰根強い土地で、ミシアさんも力を十全にふるえないまま学園の結界を気付かれず破ることは難しい、ということか?」
『そう。だから、他に絶対なにかぼくが見落としたものがある…………ん、だけど、ごめんなさい、ぼくはもう眠くて眠くて限界だ。少し休ませてもらえるかい?』
猫の姿をした魔神は、ぴるっと長い艶やかなしっぽを震わせると、身体をまるめはじめた。クッションをいいあんばいにもみふみして、リラックスモードにはいりはじめる。
「そっか、分かった。また、何かあれば話すね」
ユーリが、赤いクッションの上に黄色の毛布を被せてやる。
『眩しい原色が、ぼくの心を和ませるよ………』
「よかったな、センスの悪さが魔神を和ませた」
キサラが、やったじゃん、と無表情に口元だけ綻ばせて、ジャスラの背中を叩く。
「お前、ほんとムカつくな!」
「褒めたのに」
ノアが眠りについて、残る4人で話し合ってみたのだが、やはり推測の域をでない案ばかりだった。それも当たり前で、彼らにはセレナという結界があるのは分かっているが、それがどういうもので、どういう風に構成された魔法なのか分からないからだ。
だが、聞く訳にもいかない。それはさすがに学園の肝で心臓だろう。聞いただけでも退学になりえない。
アイリの調査を待つのが良いかもしれない。
「どうにかして、セレナが成り立っているのか分かったらなぁ………」
キサラがふぃーと凝った肩を、身体を伸ばして、肩を回すことでリラックスさせる。
その姿をぼーっとみていたジャスラが唐突に声を上げた。
「あ、やべぇ!!」
「なんだ?」
「レシアの講義だよ!明日の!魔法構成論!講義内容変更で、キサラ、明日お前担当なんだ」
「はぁ?!」
リラックスさせてた身体をジャスラに向け、口を大きく開く。そういう所がダメなんだと言いたくなるくらい、女の子らしからぬ表情だ。美人の持ち腐れだ。
そんなことを思っていても、今は口には出さない。それよりも重要なことがあるから。
「すまん、あれだ、今から行った方がいい」
「……………ちなみに、今日のレシアはどうなの?」
「離婚調停が上手くいかないみたいだな。めちゃくちゃ殺気立ってる。今から行くなら、何かに袖の下を準備することをオススメする」
「そんなんオススメされても殺気立ってるレシアなら意味ないじゃん」
ラディオの情報に、頭を抱える。
魔法構成論。その、座学実技ともに請け負うのは、魔法大国と呼ばれるグナでもさらに優秀な力を持つ者に与えられる称号『金獅子』の持ち主で、上位騎士団の地位にありながら魔法学園の教師をしているというレシアという変わり種の女性教諭。
その彼女は今、離婚調停で揉めているからか、それとも元来からの性格なのか、とてもキレやすい。
ちっくしょ、覚えてろ。と捨て台詞を吐きながら、キサラは部屋を出ておこうと立ち上がる。ラディオをちらりとみやり、ジャスラが立ち上がって、俺も行く、とついて出て行く。
レオといい、ジャスラといい、なんなんだ、とキサラがぼやく声が聞こえてきた。
「……………。」
「部屋の主まで行ってしまった」
レシアに捕まれば、しばらくはキサラ、ジャスラは帰ってこないだろう。
アイリ、レオは、水の魔人の出現に着いて調べに行ってしまったので、言うまでもなくこちらもしばらくは帰ってこない。
「俺たちはノアの護衛だな。少なくとも、こいつが目覚めるまではここにいないと。ユーリお前も顔を見られたかもしれない。戦闘力0の状態では一人で行動するなよ」
「まぁ、たしかにな。あ、もしかしてあいつら、それを見越してアイリとキサラについていったのか?」
さぁ、わからないな。アイツらの考えていることなんて、とラディオが一蹴する。が、キサラの力は魔人には通用せず、また、アイリはこのメンバーの中では級はA級Bと低い。唯一属性的に対抗出来るユーリの魔法は先程通用せず、何より首輪付きになり、無力に等しい。
だが、4回生最高級のこの3人がいれば、大概のことは回避できるだろう。
「へぇ、意外と男してるんだなー」
ユーリがテキトウな感想をのべると、クッションにもたれこんだ。ぱふ、とクッションの空気が漏れ、ユーリを受け止める。
「すげぇ、あたしだけ暇じゃーん」
仕方ないだろう、とラディオがユーリを眺めながら応える。なんてったって首輪付き。仕方がないとはいえ、首輪付き。魔力がなければ、ただの女の子だ。あの凄まじい魔力を有した魔人に出会えばひとたまりもないだろう。
「キサラとアイリだけずっこいなー、あたしも、混ざりてぇ」
ゴロゴロとクッションに横たわり、傍らにいたノアの毛並みを撫でる。こうして見るとただの猫だ。本当は伝説の中でしか存在しない、人々の信仰の対象の魔神だと言ったところで誰が信じるだろうか。柔らかい白い毛並みはすべすべだ。ルシアンが、治した外傷は無事に塞がっているようだ。毛並みに赤い跡はない。
「お前たちは、本当に仲がいいな。いつ見ても一緒にいるような気がする」
「そんなことはないけど………まぁ、生まれた時から一緒だからな」
「出身はどこなんだ?」
「ここよりずっと、西のすっげぇ田舎だよ、皆知らないような。」
「そうか、なら、少し寒いな、今の時期は」
「そうだなー」
ユーリは飽きずにノアの背中を撫でながら、言葉少なに語る。あまり話したくは無いのだろう。ここは、訳ありで入ってくるやつも少なくない。これ以上はいくら同学年の仲間でも踏み込みすぎだろう、と判断したラディオは話を変えようと話題を考えたが何も無かった。なので、黙ってしまう。日頃から無口なので、ユーリも別に沈黙に苦しむ様子はなかった。
ラディオは、窓にかかったカーテンを少し捲り、外をみる。
「ユーリ、あれ少し見てくれ」
「なんだよ」
ユーリはよっこらと身体を重そうに起こすと、ラディオのそばにきた。少し捲られたカーテンの隙間を、彼の腕の内側から覗き込むようにみる。当然、身体はラディオに近くなり、ふわりと彼女の香りがラディオの鼻腔をくすぐる。
「雨の………神気雲?」
藍色をした彩雲が空に浮かんでいる。雨を充分に含んでいるのだろう、絞れば今にも雨が降りそうなほどの濃い色をしていた。乳房雲というのか、重たい重量感のある雲が、北の空から幾重にも連なってきていた。
「まだ、この時期は乾期だよな……?1ヶ月以上は早くないか?」
本来なら、今空に雲がかかるとしたら、黄色っぽい白い雲なのだ。たまに雨が降る時は、水色に近い色をしているのだ。今、空にはまったくそれらが見当たらず、陽の光を遮る藍色の雲が覆っていた。
「なんか、関係あるのか………?」
「わからん、故意か、偶然か。だが、偶然は考えづらい……。タイミングが良すぎると思わないか?」
「今年は、特に大きく天候の変化もなかった。別段、乾季の時期の気温がすごく高かったとか無かったはず……」
「天候を変えるような力が働いてるとしたら、俺達にはどうしようも無いな。こいつには、はやく魔力を回復してもらわないと」
ラディオはユーリを押しのけると、カーテンを音を立てずに閉めた。




