後悔する現状
「……なんだ、これは。いったいどうしてこんなことに」
「ねぇ、私のことこれ扱いしてないで、早く助けてくれないの?」
フィクターは、屋敷に戻ってくると、愕然とした。縄で縛られて床に転がされているムア、それを見下しているシャルサーの図を見て、冷静でいられる訳が無かった。そもそも、何がどうなったらこうなるのか、全く把握できないのである。
「フィクター様、戻ってきていたのですか。これは、知り合いなのですか?」
「あぁ、残念ながら知り合いなんだ。面倒な事をしてくれるなと、念を押したのに、どうしてこんなことになっているんだ」
「残念って何!? そんなこと良いから、早く助けてよー」
なんか、もう疲れた様子のフィクターなんか知らないとばかりに、縛られたままバタバタと跳ねるのは、シュールな光景以外の何物でもなく、ただ呆れさせるばかりである。
「解った、解った。シャルサー、開放してやれ。説明はするが、他の奴には聞かれたくない」
ムアを開放し、3人は個室へと移動する。そして、シャルサーに今までの事を説明した。終始顔色を変えることなく話を聞いていた訳だが、あらかたの経緯を説明し終わる。
「それ、愚竜が全て原因ですよね?」
「愚竜!? それ酷くない!?」
「いや、全部とは言わないが、ほとんどはそれが原因じゃないか?」
愚竜などと言われたムアは、非難の目線を向けるが、それを気にするような人はここには居ない。それどころか、完全に無視されているという状態だ。どうやら、相手をしてもどうにもならないという結論に至ったらしい。
「いえ、全部この愚竜が原因という事にしてしまいましょう。面倒なので、それで良いですよ」
「それは、良いのか? そういや、シャルサー、良くムアを捕まえることができたな。ちょっと頭が足りないとは言え、相手はドラゴンなんだが」
「はい、頭がそれは、それは、足りないおかげで、非力な私でも簡単に捕まえることができたのです。本当に、ドラゴン様の知能に感謝しなくてはいけませんね」
そこまで言われて黙って居られるムアではない。そもそも、シャルサーのよく分からない力であったり、追及したいことがあったのだ。
「まってよ、私の頭が足りないとか、そうじゃなくて」
「そんなことよりも、これは本当に問題ですよ。このまま、隠し続けても、解決するとは思えません。根本的な部分が解消していないのですから」
シャルサーは、ムアの口を塞ぐと、そのまま話の流れを変える事にしたらしい。フィクターに話を聞かれたくなかったのか、単にこれ以上本題を疎かにしたくなかったのか。
「解った、解った。シャルサー、それは俺も理解してる。だが、今はまだ時間があるだろう? 急ぐ必要もないし、お前がこの役割を継いでくれたら、何とかなる問題でもあるんだ」
「いえ、私は断固として、フィクター様の仕事を継ぐ気はありません。この問題を早急に解決し、安心させてください。気楽な人生設計を、破綻させないでください」
シャルサーのいつも通りな態度に、安心して良いのか、呆れて良いのか迷うフィクターであったが、本当に今更である。それよりも、今日はもう休みたいと思考を停止したのであった。
「今日はもう勘弁してくれ、俺はもう疲れたんだよ。話は終わり、そこのドラゴンには適当な部屋を使わせてやれ」
それだけ言ったフィクターは部屋を出て行った。残された二人であったが、シャルサーはぼそりと、ムアに感情の読めない声で問いかける
「この場所は、誰もが、何らかの役割を持っています。貴方は、何をもって、この場所に居ようというのでしょうか」
ムアを見つめるシャルサーの視線は冷たいモノであり、表情から笑顔は消えている。本来なら存在の違いにより、動じる事なんてある筈がない、だが、その視線は確かに威圧感を持っている。
「私は、まだ、ここに来たばかりだから」
「そうですか。では、早急に何かを見つけた方が良いでしょう。貴方の立場は、保護された一般人。だからと言え、何もせずここには居られない。そもそも、私が許さない。そんなことになるくらいでしたら、その在り方全てを、フィクター様に捧げる事にしましょう。それが、最も良い解決法になる筈です」
「何を、言ってるの……?」
動揺するムアの事なんて見えないかのように、普段通りの笑顔を取り戻すシャルサー。さっきまで別人であったかのような変わり身である。そして、扉を開き、手を差し伸べる。
「それでは、空いている部屋を案内しますので、付いてきてください。お客様」
そのシャルサーの案内に、素直に応じるしか、ムアには選択肢が無かった。その言葉の意味を理解しながら、それでもマイペースに行動するのだろう。
「全部、時間が解決するんだけどね。流石に、人にそれを解ってもらうのは酷な話だし、知らないんだろうけど……。それにしても、何者だったの?」
ムアは、案内された部屋で1人。考えてみるも何も答えが出ず、まぁ良いやと、眠りについたのであった。