29. 奪わない
こんばんは。
お久しぶりです。
読んで頂いて光栄です。
ルゥ・ラァの翼は強い。
星のひとめぐりなど、あっという間。
鳥は今日も、時と空間を一気に巡る。
羽の一枚毎に爆発的な光を集め、光は炎となる。
鳥の体は光炎で燃え、時と空間の構成をほどいてゆく。
未来も過去も一枚の薄っぺらな銀の膜になり、今という稀有を生きる。
巨大な翼、光の翼。
根源の光の化身、ルゥ・ラァ。
その赤い瞳には、未来と過去が映る。
わかっている。
どうなるのかは、知ってはいる。
時をほどけばこんなに単純な事なのに、
人はあらゆる手だてをとって今を生きる。
人よ。
未来はそれほどにおそろしいか。
未来のために今を喰らい尽くすか。
ユーマ。
あなたと共に。
できるだけ長く、あなたと共にありたい。
そして再び眠るときは、できうる限り、
あなたを独りにしない。
ルゥ・ラァは友を思って鳴いた。
音は風になって友の元へと行くはずだ。
ユーマは夢を見ていると気がついていた。
だから、こんなに恐ろしい光景でも耐えられた。
「ああ、僕はあのまま寝てしまったんだな」
そう言って辺りを見ると、赤い。
「火だ」
火で燃える、耕作地。
枯れた泉。
人は見えない。
ダルシの丘の集落の皆、長や、母、友、誰もいない。
海だ。
夢だからだろう、とユーマは思う。
突然、辺りは海になる。
目の前の海が盛り上がり、黒い山が現れる。
「リ・グウ……」
亀のリ・グウが現れて、ユーマを見つめた。
「むかしむかしの、夢の跡だよ」
ずっと前の、海の中でのリ・グウの言葉が、再び聞こえてくる。
悲鳴と泣き叫ぶ声と、轟音。
雷のような音は、何だろう。
剣のぶつかり合う音。
苦しそうな息、喘鳴が響いてうるさい。
動かない足で懸命に走った。
走れ、走るんだ。
ああ、あと少し。
ユーマは夢の中で泣いている。
ユーマは醒めた頭で、寝ている僕は泣いているのだろうかと、
ふと思った。
夢の中のユーマが手を伸ばして開けた扉の先には、大きな生き物がいた。
「豊穣は預かりものだからね……返さなければならないんだ。
今から豊穣を封じる。そう決めたよ。最後に君に聞きに来たんだ。君は、どうしたいの?」
大きな生き物に向けてさみしそうに笑うその顔は、ユーマではない。けれどそれは紛れもなく自分なのだと、ユーマは知っていた。
夢の中の人物は振り返り、ユーマを見て言う。
「君は、どうしたいの?」
ああやっぱり泣いていると、ユーマは思った。
瞑った目の端から涙が溢れる。
ト、と耳のそばで微かに音がして、土に涙が染み込んでいるのだろうと思った。
手の甲で涙を拭う間、問いが繰り返された。
「君は、どうしたいの?」という問いに、言葉が出ない。
ユーマは突如立ち上がり山の斜面を駆け下る。
萌樹は視界を過ぎ去って行き、花の香りが顔を撫でた。
夢の中の喘鳴のように息を切らして、ユーマは山の麓に
降り立った。
「僕は、僕は!豊穣を受け継いで、必ず、次に伝えよう」
白い蝶が舞う。
「使い尽くさない!」
鳥が、萌えいづる季節の声で鳴いて仲間を呼んでいる。
「奪わない!奪われることもない!」
涙が頬を伝った。
ざあっと風が吹いて、木の葉をいっせいに揺らした。
川面が揺れて日の光が煌めく。
白い蝶が、土の上で羽を広げて休んでいた。
「そうでしたよね。精霊王」
ユーマはやっと笑う。
若者は、悩むことでひとつの道を見つける。
どんな道でも、自力で見つけた道を行くといい。
どんなに嫌でも、自分を見捨てない事だ。
他の誰でもない自分を選び続ける事だ。
そうやって道はできるものだ。
自分の半身。生まれるのも、還るのも共に。
光の鳥、僕の友達。
できるだけ長く、一緒に、飛ぼう。
ユーマはとてもルゥ・ラァに会いたくなって空を仰ぎ見た。
太陽は空の真上に輝いていた。
令和は、英語訳でBeautiful Harmonyや、Order and Harmonyなどと書かれているのを見ます。
公式では何と書く事になるのかまだわからないとも聞きます。
わたしは二つの輪っかを想像しましたが、皆様はいかがでしたか。
いずれにしても、美しい響き、良い名を付けて頂いたと思っています。