3.芽吹
その日は、よく風が吹く日だったと思う。
暦では芽吹きの季節。
ダルシの丘に草の若芽が一斉に芽吹く季節は、よく風が吹く時である。
この時期は、岩山の動物はお互いのつがいを求める。
鳥たちも、虫たちも。
保存しておいた作物の種を、汲んだ井戸水に浸し始める。
丘の開墾地に蒔く準備だ。
冷たく、鋭利な風が吹く季節は終わり、柔らかくて暖かく、みずみずしい香りのする風が吹く頃。
子供が生まれた。
ちょうど前回の同じ時期に、様々なものごとを読む役目の者が、身ごもった女性との面会をした。
女性から伸びた光の糸は根源の光まで続く。
読む役目の者は、この糸をたどり肉体を得る前の子供と語る。
結果、この子供は守り主の対となる人物だとわかった。
集落の者は大層喜んだ。
ならば、どこかに守り主の卵があるはずと皆で探すと、岩山に無造作に転がった岩を見つけた。
大人三人の腕を広げて囲むことのできる大きさである。
風や楽器を奏でる役目の者が岩に近づいて、硬い鉱物でできた弦をかざすと、弦が唸る。
間違いない。
守り主の卵が生まれたのだ。
人々は祝い、踊る。
喜び、感謝をした。
そして再びやって来た、風が吹く季節のこの日、子供と守り主は生まれた。
うまれた子供の真の名は、産んだ女性が知るのみ。
女性は、子供と守り主に、呼び名を与える。
出産の時、根源の光をさまよう内に得た名だった。
子供は光輝く体をしていた。
光を放つ肌を持っていた。
明け時の光の色。
暮れ時の空の色。
柔らかい頭髪は暗色で、滑らかに光る。
瞳を開ければ一層美しく、さぞや可愛かろうと、女性は心が弾んだ。
そして子供をふわりとなでた。
もう少ししたら、あなたに合わせる方がいますよ。
きっと今、あなたと同じようにこの世界に来たばかり。
愛しいぼうや。
私の大事な。
ユーマ。
ルゥ・ラァにすぐ、会わせて差し上げる。
女性は二度、やはりふわりと子供をなでた。
丘には風が吹いていた。
みずみずしい香りのする、予感を含んだ風が、吹いていた。