11.風になる
少年は出発の挨拶をして走り出す。
太陽を背を向けてじっと待っている鳥、ルゥ・ラァ。
銀の体が光を照り返して眩しい。
少年は、銀の鳥のルゥ・ラァに駆け寄る。
その胸元に体を預けて微笑んだ。
鳥は首をユーマに寄せて瞳を閉じた。
それは抱擁だった。
お互いが、同じ喜びを重ねる瞬間だったのだと思う。
ユーマは鳥の背に乗った。ルゥ・ラァが羽根を伸ばしてくれたので、そこを伝って小山のような鳥の背に乗れたのだった。
ユーマは右腕を高く上げ、母のクヌに手を振る。
次に両腕を高く上げて、見送る人々に手を振った。
その後、ユーマは鳥の首に突っ伏した。
ルゥ・ラァの体表に変化が現れる。
くちばしが金属の光沢を帯びたかと思うと、まばゆい虹色光を八方に放射しながら頭、首、腹、翼、尾と所を変えて揺らめく。
フィーーーン・・・と音がした。
空気が細かくこすれあっているような音が、耳の奥に細く細く届く。
爆発的な光に彩られた鳥は、ゆっくりと翼を開く。
人々は目を開けていられない。
目をつむり、見送りの言葉を言おうとした途端、あれだけの光が突然に消えた。驚いて目を開ければ二人の姿もなくなっていた。
鳥と少年は、忽然と消えた。
少なくとも、二人を見送る人間にはそう見えた。
「なんと!なんと鮮やかなお力であろう。」
濃い藍色の衣装を着た長老は、感激をあらわにして叫んだ。
一人の民が長老に問う。
「長よ!ゴートの賢老どの!まるで精霊がいたずらをしてあちらの国へ連れていったように消えてしまわれたが。心配はないのですか。」
「心配などありはしない。無用である。」
笑んだ長老は、顔の皺を撫でながら何度もうなずく。
「恐らくお二人は今、我々の周りにいつもある見えないものとなって、お守りくださっているのだ。」
「では、ご無事なのですね?」
と別の民が問う。
長老は顔の皺をますます深くして笑う。
「無論である!そら、風が巻きおこって来たであろう。根源の光を注ぎ、かき混ぜて下さっているのだ。」
長老は風のものを見つけ、呼び寄せる。
「風の友人であるお前たちには、わかるであろう。」
風のものと呼ばれた者は5人。
その内の最も年若の男性が、長老へ向かい応えた。
「風の精霊王は今!より一層強い根源の光をその体に受けて、大変お喜びです。」
次に彼は、民の方へ体を向けて続けた。
「風の精霊王は、大気を清めて下さいます。そしてすべての生き物のために、うまい風をこしらえて下さいます。今、そのお力が有り余るほどになっておいでなのは、守り主様と預かり手どのが王へ根源の光を注いで下さっているからだと思われます!」
風の若者は一気に言うと、長老の方へ体を向ける。
長老は再び何度もうなずいてみせた。
「お二人は今、我々の目には見えないところにおられるのだ。我々のそばにいて、我々と精霊たちへ根源の光を届けて下さっている。」
長老はクヌを見るのを忘れない。
「何、心配はいらぬよ。無事にお戻りになる。」
太陽が強く照りつけ始めた。
長老の長い影が集落に向かって伸びる。
「さあ皆!お二人がお帰りになるまでに、宴の支度を整えようではないか。」
風が、突如として一層強く吹いた。
皆が喜んで、歓声を上げる。
ユーマとルゥ・ラァは楽しく過ごしているようだった。
おなかが空けば、帰って来るだろう。