「勇者パーティを解雇された”荷担ぎ”。 に、ついて行く”拳闘士”の俺。」
「……というわけだ。荷担ぎ。おまえを解――」
「待つんだ勇者っ。それは間違いだ!」
荷担ぎを解雇する、と言おうとしていた勇者の言葉を俺は遮った。
勇者の決断へ異を唱えた俺を、驚いた顔で見ている勇者パーティーの面々。
賢者、剣聖、聖女、魔導士、召喚獣使い、ノビー、もちろん勇者も、名指しで非難されていた”荷担ぎ”もだ。
「きんにくおっさんが、しゃべったがう」
おい、召喚獣使い。たしかに俺の見た目は老け顔で筋肉の塊の拳闘士だが、それは酷いのじゃないか。俺は若い。お前たちと同世代なんだぞ。
「拳闘士。勇者であるボクの決定に異を唱えるのかい」
俺達の勇者パーティーは、魔王を倒すべく旅をしている。
困難な道則だったが終に敵本拠地である魔大陸に渡り、魔の森に到達した。魔王城まであと少しという処まで来た。
しかし、収納魔法の使い手で物資の運び役である”荷担ぎ”が原因で苦戦が続いている。無敵を誇る勇者としては屈辱だろう。皆を集めて荷担ぎを解雇しようとしていた。
「拳闘士。どういうつもりなの? 」
魔導士が勇者の顔色をちらりと見てから言った。
これまで勇者の決定に異を唱える者などいなかった。勇者は他人の意見を聞かないわけではないが、一度彼が決定したらそれは絶対だった。
「”荷担ぎ”を解雇しようというなら、俺は反対だと言っている」
改めてはっきりと述べたことに驚いている者、睨んでくる者、首を傾げている者など様々だが、その言わんとすることはわかる。何故ならここまでの話し合いでは皆が、「荷担ぎは役に立たない」と非難して勇者はその意見を纏めたに過ぎないからだ。
「どうしてだよ、拳闘士のおっさん。こいつ全然役にたたないじゃん! 弱いし!」
剣聖の少年に指さされた荷担ぎは、何も言えずにいる。
元々、収納魔法しか持たない荷担ぎをパーティーメンバーはどこか見下しているところがあった。仲間というより雇ったポーターの扱いだ。それが魔の森の攻略が失敗続きで辛く当たるようになり、今日に至っては解雇しようという話になったのだ。
「拳闘さんよぅ。あんただってさぁ、こいつを、役に立たないって言ったじゃないかぃ」
ノビーがねちっこい口調で問い質してくる。
俺達は互いを職業名で呼び合う。味気ないが安全のためだそうだ。名前が敵に知られると呪術の対象になることもあるし、悲しいが仲間が道半ばで去った時に、感傷を引きずらないようにと。
「なぁ、言ったよなぁ、拳闘さんよぅ。荷担ぎは役に立たねぇってよぅ」
ノビーはシノビだ。しかし忍者がシノビシノビと呼ばれて存在を明かしているのは変だということで、こいつだけはノビーって呼ばれている。それでこんなひねた喋り方する奴になっちゃったのかな。
「ああ、たしかに言ったぞ」
俺ははっきりと答えた。
荷担ぎの顔が悲しそうに歪む。
「あら。でしたらどうしてなの? 異を唱えるなんて」
聖女は冷たく微笑みながら小首を傾げた。
「俺は”荷担ぎ”が戦闘において役に立つかと聞かれたから、否と答えたまで。あたりまえではないか。荷担ぎの役割は荷物を運ぶことだ。それにおいては素晴らしく優秀だ」
荷担ぎは収納魔しか使えないが、普通の収納魔法よりも大量の物資を収納できた。そのために勇者パーティーの一員として参加している。
「多くの物資を収納し、それを持ち運び、適切に管理する。食材の調理もしてくれるし、美味い。町では足りない食料や道具の仕入れなど、兵糧方としてその役割を十分に果たしている。俺には到底できない立派な仕事だ。おかげで旅に専念できた。感謝している。ありがとう」
荷担ぎは顔を赤くしながら手をわたわたと振って恐縮していた。いつも俺が礼を言うとこうなのだ。
「何を言ってんだよ。今日だって、こいつが狙われて足手まといだから――」
「兵糧方の力を、戦闘力で測ってどうする。敵はこちらのパーティの弱点を攻めて来た。戦いの常道だ。それだけ敵が上手いんだ」
剣聖の言葉を斬って捨てる。
敵は戦う力のない荷担ぎを狙ってきた。
収納している物資が無くなれば旅を続けるのは困難だ。
荷担ぎを庇いながら探索を続け、戦闘になれば護らなければならない。その為に攻略は進まず効果的な戦闘もできず、今日は負傷者も出て撤退することになった。魔王に近づけば近づくほど、敵は強く賢くなっていく……
「魔王城まで。魔王を倒すまであと少しだったんだぞ!」
勇者が声を荒げた。
「勇者よ。確かに城は目と鼻の先だった。しかし、このまま攻め込むのは危険だ」
この森に入ってから、俺達のパーティは上手く機能していない。
「そんなことは無い。ボクなら。ボクが魔王と接敵さえすれば。必ず倒せるんだ! この神剣で!」
彼の背にあるのは絶対無比の神剣。
魔王を必ず滅する剣だ。
「そうだな、その通りだ」
俺は大きく頷いた。
確かに神剣の力を解放した一撃で、魔王を倒すことができるだろう。
だから俺は気がついたのだ。
「だったら、なんでボクの邪魔をする!」
「勇者よ。俺達はおまえの神剣の一撃を魔王に達しさせることを目標にした集まりだ。そう思った時に気がついたんだ。荷担ぎも勇者も同じだと」
「なっ、ボクが、ただの荷持つ運びのこいつとっ。同じだっていうのか!」
俺は再び頷いた。
「そうだ。神剣の一撃を届ける。それにおいては勇者、おまえですら神剣の運び役でしかない」
勇者は一瞬唖然とした表情でいたが、拳を握りしめ顔を怒りで上気させ、ぷるぷると身を震わせた。恐ろしい形相で俺を睨みつけて来る。
「魔王城まであと少しの今、この魔の森には物資を売り買いできる町も村もない。しかし荷担ぎの貢献は大きく、とても重要だ。戦闘で狙われるからと言って仲間をこんな場所で解雇などありえん」
過去に勇者がメンバーの追放や解雇を決断したことはある。それは俺も支持した。正しいことだった。実力が不足していて本人が危険だったり、勇者パーティの一員であることを利用して悪事を働く者もいたからだ。
だが、今回は違う。
「だからっ! もうここまで来たらっ。荷物持ちなんか要らないってボクは言ってるんだ。結界魔法の中で待機させておけばいいんだ」
「勇者、頭を冷やすのだ。そういうことではない。敵が今までと違う。ここは魔の森からいったん撤退して戦略を練りなおそう」
「撤退?!……あぁぁっ、もう、うるさいっよ、もうボクより弱いくせに!」
その通りだ。
勇者の強さは既に俺を超えている。もはや俺の拳では勝てない。
「待て。勇者っ」
切れた勇者が殴りかかってきた。
話をしたいと望んでいたのだが――
「ここへ来て仲間割れは良くありません」
賢者が静かに話し出した。
俺が勇者に一発貰って倒れ、賢者が魔法で止めた後のことだ。
俺は聖女に回復をかけて貰ってここにいる。
今は不貞寝している勇者と疲れて別のテントで寝ている荷担ぎを除いた者達が集まって、薪を囲んでいる。
「なんですかぁ、拳闘さんよぅ、あの態度はよぅ」
「早く魔王を倒しに行けばいいのに」
ノビ―と剣聖は不満げだ。
「拳闘士、あなたの言葉には理がありましたが……しかし、我々は一刻も魔王を倒さなければなりません。拙速を用いるべき時もあり、勇者の主張も正しいのです」
賢者が淡々と述べた。
そうだろうな。賢者である彼が俺の反対意見を聞いて、考えなかったわけはないだろうが、戦ならば遅巧よりも拙速。もっともな意見だ。魔法の結界の中だが、こうして敵勢力内で話し合っている時間も必要とはいえ貴重だ。
「ねえ、拳闘士。何か説明しようとしていたわよね?」
するどいな魔導士。
「きりきりしゃべるがう」
お前はまったく。
「みんな。俺の話を聞いてくれ」
そして話し合いが行われ、作戦が決まった。
「拳闘士さま。今からでも間に合います。私のことなど構わずにどうか皆さまと行って、魔王を倒してください……」
そう俺の背中で繰り返す荷担ぎの少女。
「ちがうんだ。これこそが必要なことなのだ」
俺は荷担ぎを背負って魔の森を脱出中だ。
「でも、ようやく魔王を倒す決戦の時に……」
俺の説明を聞いた賢者の提案は二つ。
一つ目は勇者の決定をなぞったもの。
魔王の城までノビーが索敵し、隠蔽魔法で忍び込み全員で強襲をする。
荷担ぎは魔導士と聖女が施した結界の中で待機という案だ。
実質は解雇と同じであるが、魔王に神剣の一撃を与えれば全て終わる。魔王さえ倒してしまえばいい。収納されている食料も減っているし劣化もする。時間をかけるのも危険か。
しかし不安があった。
「敵が荷担ぎを狙ってきたらどうする。あの戦闘のように」
結界を破壊できるほどの魔戦将クラスの魔族が襲ってきたら。
「拳闘士。どうして荷担ぎにこだわるのです?」
賢者は怪訝な顔つきだ。
「荷担ぎだけじゃない。お前たち全員。俺以外の誰かが解雇されようとするなら、俺は反対するぞ」
「合理性に欠けます。そもそもが信じられない話ですが……」
そして出された二つ目の提案。
話しあった結果、俺は魔の森の外に向かって駆けている。背中に荷担ぎを背負って。
「拳闘士さま」
「ここから速度を上げるぞ。舌を噛むので気をつけろ。すまないが今は説明よりここを脱出せねば。それから、よかったら俺のことは名前で呼んでくれないか」
己が名を告げる。
小さな返事を背中で聞く。
……どっちに了承してくれたんだ。
気になるが、今は。
拳闘士の俺は荷担ぎの彼女と一緒に、全速力で魔の森を脱出した。
魔大陸を望む海峡の小さな村。
海を見下ろす丘の上で俺は一人、未だ帰ってこない勇者パーティーを待っている。
小舟ですぐに渡れるほどの狭い海峡が、魔王と人を隔ててきた。
「そろそろお夕食にしませんか」
後ろに小さな影が立った。
「そうだな。家に戻ろうか」
俺は荷担ぎとともに丘の上にある家に戻った。
あれから半月がたった。
勇者たちはまだ帰ってこない。
魔王退治は上手く行ったのか、それとも――
「どうぞ召し上がれ」
笑顔でテーブルの上に豪華な食事を一瞬で広げた荷担ぎ。
「おお。美味そうだ! ありがとう。頂きます」
食欲をそそる香りを湯気とともに立てている鶏肉。地味豊かで温かなスープ。一本で城一つに値する熟成されたワイン。焼きたてのふわふわパン。採れたて新鮮のぱりっとして冷やされた野菜など。
「美味い。ほんとに美味い。荷担ぎはやはりすごい」
わたわたと手を振って顔を赤くする彼女。
そう。あれから彼女の収納魔法は進化した。
荷担ぎは元々優秀だった。
普通の収納魔法は手荷物程度の物品を収納できるだけだ。
ところが荷担ぎとしての彼女の収納量は、今や城の備蓄庫ほどに達している。
加えて今は。
「しかもいつでも出来立てを食べられるなんて、嬉しいよ」
「喜んでくれて、私も嬉しいです」
にこにことしている荷担ぎ。
通常の誰もが使える収納魔法はあくまで物を収納しているだけだ。
当然、時間とともに劣化する。
ところが彼女の収納魔法では物品の時間を停止させることが出来た。そして。
「卵の方はどうだい?」
俺が聞いているのは食べる鶏卵ではない。
彼女の収納魔法に仕舞われている幻獣の卵のことだ。
「はい。大丈夫です」
彼女の収納魔法は、収納物の時を大幅に進めることもできるようになっていた。
普通の収納には不可能だ。
収納物の時間を操れる収納魔法なんて。
彼女が適切な環境ごと収納した卵の時を進めれば。
「順調です。あと数日で孵りそうです」
うおおお。
目を閉じで愛おしそうに言う彼女に俺はどきりとした。
生まれる子を待つ母を連想してしまった。
もしもだ。
もしも彼女と一緒になれたら、この表情を俺だけのために見せてくれるのか。
「に、にかつぎ、さん」
そう思ったら待って居られなかった。
今は邪魔な、といってすまぬが勇者一行も居ない。
俺は拳闘士。
好機の一撃に迷いなど不要じゃないか。
「どうしたのですか。拳闘士さま」
う、しかし決心が鈍る。
ことわられたら。
それは今生無二の、最強のカウンター。
拳を打ち出すことの何と簡単なことか。
たった一言を言うのが、これほど困難だとは。
しかし俺は拳闘士。
拳を繰り出さずしてどうする。
「荷担ぎ。俺はずっと前から。初めて会った時からおまえのことが」
拳闘士としての俺の眼は優秀だ。
彼女の眼が見開かれ、ぱっとほほが染まる。
貰った!
脈あり。
勘違いとしても、それは俺が俺自身に認めなければいいのだっ。
後は俺一世一代の一撃を言葉で繰り出せば。
勝てりゅ。
その時突然、魔法の警告音が鳴り響き俺の言葉を遮った。
窓の外で七色の光が瞬いた。
転移魔法の輝きだ。
なんでこのタイミングで。
心の中で噛んだからですか、かてりゅって噛んだからですかっ。
「皆さんが!」
がたりと席を立つ彼女。
告白できず悲しいが俺は拳闘士。速さも職の内だ。
警告音が鳴った瞬間にはもう、彼女の収納魔法内で熟成されて、最高の万能ポーションとなったゴールドエリクサーを両手に、窓を破って飛び出していた。
「助かったよ……ありがとう……ありがとう」
荷担ぎの収納魔法で熟成し、極限まで効能を上げた万能薬で全員の負傷を癒す。
勇者は消耗しきった顔で頭を下げた。
「よく戻って来てくれた」
勇者の肩にそっと手を置く。
俺を見上げた勇者の顔が歪み、ぼろぼろと涙をこぼした。
城にいた魔王は偽物だったそうだ。
全て罠だったのだ。
そして、神剣の一撃を偽物に使ってしまった勇者と、体力も魔力も物資も僅かしか残っていない彼らはピンチに陥った。
「まったくぅ。俺たち、とんだ道化じゃないですかぁ。シノビなのに。拳闘さん……荷担ぎ、さん」
ノビーが拗ねたように言うが、こういう素直じゃないところがこいつの可愛いところだ。
「そうですね。拳闘士の言う通りでした。拳闘士、荷担ぎさん、すいませんでした。そして本当にありがとうございました」
転移してくるなり「治療は一番最後で」と言った一番の重症者の賢者も、すっかり全回復した体で立ち上がり深々と頭をさげる。
「そんな。わたしは。あの、拳闘士さんの言う通りにしただけでっ」
わたわたと手を振る。
賢者と決めた第二作戦。
緊急時には何とか転移魔法の使える魔の森の外へ脱出する。
俺はそこに転移魔法陣のアイテムを設置して隠しておく。
そこから魔大陸に渡る前の拠点であったここ、丘の上の転移地点に戻ること。
勇者にはこの作戦は知らせなかった。知れば返って策を損なうと。
俺は拠点への転移が在れば討伐の成否を確認せずに、回復と呪い解除のポーションを彼らめがけて投げることに決めていた。
実際投げたのは万能薬になったが。
「最大の功労者は。みんなわかっているよな」
俺の言葉に皆が改めて頭を下げ、謝罪と感謝を述べる。
勇者は改めて深々と頭を下げて言った。
「ボク。拳闘士さんにも、荷担ぎさんにもひどいことを。ごめんなさい」
「いんんだ」
「いいんです」
俺と荷担ぎの声が重なって、勇者がますます大粒の涙をこぼした。
「うわあぁぁぁぁぁん。ごめんなさいっ。ボクが間違ってた。みんな、パーティーの仲間。魔王を倒す仲間だったんだ。それぞれの役割があって。みんな大事な。みんな、仲間だったのに! ボクの過ちだっ。ごめんなさい。ごめんなさいっ」
勇者も脱出行の間にいろいろと考えたのだろう。
「拳闘士さま……」
勇者に頭を下げられて、おろおろしている彼女が俺をみた。
俺は大きく頷いた。
彼女は勇者に向かい合うと小さな声で、でもしっかりと言った。
「過ちなんて……私たちはまだ旅の半ばですよね。魔王を倒して、世界中の人を幸せにするために旅する仲間ですよね。私、そう思っていいですか。もし許されるなら、お願いです皆さま。平和をもたらすために、力を合わせていただけませんか。お願いします」
「荷担ぎさん……ありがとう」
勇者と見つめ合う彼女。
ああ。わかっていたさ。
勇者と彼女の方がお似合いだって。絵になるって。
老け顔の筋肉拳闘士より、眉目秀麗な勇者の方がお似合いだって。
そして賢者、剣聖、聖女、魔導士、獣使い、ノビーも、「気持ちを新たに、みんなで頑張ろう」と言い合った。
「よぉーしみんな。まずは飯を食おう。荷担ぎの収納魔法に驚くぞ。そして俺達の本当の戦いはこれからだ!」
俺が明るく筋肉をぴくぴくさせて言うと、皆は大きく声を出して応えてくれたが一人だけ違った。
「物語の打ち切り最終回みたい、がう」
おまえってやつは……っていうかそもそも本を読むタイプじゃないよね?!
魔王城の地下迷宮を抜け、辿り着いた最後の戦場。
俺達は真の魔王と対峙した。
魔の森では荷担ぎが供給する武器兵糧物資とノビーの導きで敵を避けて進み、地下迷宮へ入ってからも皆で協力して進んだ。
そして。
「ば、馬鹿な……神剣は力を使い果たした筈……」
鞘から抜かれたまばゆく輝く神剣を目にして、驚愕の表情を浮かべた魔王。
「仲間の荷担ぎの収納魔法のおかげさ」
彼女の収納魔法は収納物の時間を操れる。
物品の時を止めたり、進めたり、そして時を戻せる。
孵化した最強のドラゴンは召喚獣使いの良き相棒となった。
賢者の作る薬は熟成されてゴールドエリクサーに。
魔導士には時を戻して修復された呪文書と大量の魔石を。
聖女は収納魔法で運搬した巨大な聖神像ゴーレムを操り。
剣聖には千の剣と千の盾を供給し、ノビーには手裏剣をたくさん。
そして勇者には、時を戻して力を蘇らせた神剣を。
その勇者が放った一撃が、魔王を切り裂いた。
「なぜだぁぁぁぇぇぇ。なぜわれが負けるぅぅぅ」
チリとなって消滅していく魔王に勇者は言った。
「魔王よ。ボクは一人じゃない。仲間がいる。それがボクとおまえの違いだ。助け合って生きていく。だからボクらが負けるわけがない!」
こうして魔王は滅び、俺達は勝利を手にした。
「やったよみんな! ボクたちみんなで掴んだ勝利だ!」
俺達は喜び合った。
長い旅だった。
それがようやく終わったのだ。
「友情の勝利がう。でも、勝利の一番の功労者は荷担ぎ、がう」
おまえ、わかってるなあ。
「ボクもそう思うよ。ボクなんて神剣の運び役でしかないもん」
かつての勇者は、勇者の責を果たそうとする重圧からか余裕が無く、強くなってからは反動からか傲慢とも言える言動もあった。しかし、対等な仲間に頼ることも頼られることも経て、強く謙虚でいいヤツになった。
「そんな、わたし」
赤くなって謙遜している荷担ぎ。
「ううん。あの時、君を追放していたらボク達は負けていた」
そう。収納魔法を持った荷担ぎがこそが、魔王討伐において神剣と同様に最重要な勝利の鍵だったのだ。
「荷担ぎはすごい!」
勇者が、そして皆が彼女を称える。
「皆さん全員が。すごいんですっ」
「もちろん。俺達勇者パーティーは全員凄いさ!」
真っ赤になって言う荷担ぎに、剣聖が高らかに宣言したので俺たち全員が応える。
勇者パーティは最高の仲間だ、と。
ひとしきり喜びあった後で勇者は宣言した。
「さあみんな。ボクらの国に帰ろう。皆で帰って、国中のみんなで祝杯を上げよう。世界は魔王から解放されたんだ!」
俺達は声を上げ、泣き笑いをしながら転移した。
故郷に向かって。
「拳闘さんよぅ。こんばんは、町を出るってぇのかぃ」
夜、俺が宿屋で荷造りしているとノビーが窓からノックして入ってきた。
技量極まり礼儀正しいシノビになったもんだ。
「おう、こんばんは。そのつもりだ。明日の朝に旅立つ」
俺も挨拶を返した。
魔王を倒し、帰還してから数か月たった。
凱旋パレードに祝賀会、そして人々の笑顔と感謝の言葉をたくさん貰った。
「なんだよぅ。拳闘さんならよぅ。あんたなら引退して爵位に大金貰ってよぅ。のんびり暮らせるだろぅ」
「引退って歳じゃないぞ、俺は見かけがおっさん顔なだけで若いんだからな。じっとしていると筋肉が泣くのだ。ハハハ。世話になったな。ありがとうな! みんなによろしくな!」
魔物は魔王が居なくなってもあちこちにいる。
俺は拳を鍛え直さねばいかん。
「それはこっちのセリフだぃ。拳闘さんのおかげで、おれたちは助かったんだからよぅ」
「俺より荷担ぎだ。みんなを助けたのは」
「そりゃ、荷担ぎさんはすごいけどよぉ。おれだって助けられたし、荷担ぎさんの貢献がすごいのはみとめるてるぜぅ。あの時は俺達がまちがってたしよぅ」
「だろ。荷担ぎはすごい!」
もしあの時に荷担ぎが解雇されていたら、俺達は魔王を倒せなかった。
「それなんだけどよぅ。なんであの時、わかったんだぃ」
「それは説明したろう。荷担ぎを追放するのがおかしかったからだ」
「そりゃぁ。聞いたぜ。あぁ、質問の仕方が悪かったってぇ。なぜ、あれが魔王の策略だって気づけたんだろうってぇ」
「……ああ。それはな」
俺があの時、賢者たちに語ったこと、それは。
これは、魔王の謀略。あるいは魔の土地の呪いの可能性はないか、ということだった。
これまで兵站を担ってパーティに貢献してきた荷担ぎを、急に戦闘に邪魔だからと非難して、しかもこんな魔の森で解雇だの、追放しようとするんなんておかしい。変だ。筋肉バカの俺でもしない。
ではどうしてだろう。そう考えた時、思った。
魔の森に入ってからだ。おかしくなったのは。
もしやこれは不和を持ってパーティーを崩壊させる敵の策略の可能性はないか?
荷担ぎを狙った謀略かもしれないと思った。
呪いか魔法か分からないが、敵からの精神的な攻撃なのではないかと。
俺の言葉を受けて聖女が浄化を、魔導士が検知を、賢者が解呪を試みたが、はっきりしなかった。敵が巧妙なのか、この魔の森全体が力を発しているのか。
それともただ俺が間違っていたのか。
魔法や呪いに関して拳闘士の俺には、証明する手段はない。
そしたら。
「荷担ぎのご飯はおいしいがう。食べられなくなるのはこまる、がう」
召喚獣使いがぽつりと言った。おまえってやつは。
「だから。きんにくおっさんのいうとおり、がう」
「なに言ってんだ?」
「こまるのに、荷担ぎをおいだそうなんて、じぶんはへんだがう……おかしいがう……」
召喚中使いは困惑した表情でお腹を押さえていた。
おまえってやつは結局ご飯が大事なのか。
けれどこの発言がきっかけで第二作戦が実行された。
「あん時は、まだ半信半疑だったけどよぅ。魔王の偽物に言われてさぁ。お前たちは、あの腐和の森の効果にまんまと引っかったな、って笑われてよぅ。頭にくるやら、絶望するやらだったけどぅ、第二作戦があったから何とか死に物狂いで脱出して転移できたんだよなぁ。おかげで荷担ぎさんが熟成したポーションで助かったしぃ」
「だろ。だからやっぱり、荷担ぎの」
「ちっげぇーよぅ! 拳闘さんなんだよぅ。あんたが止めてくれたから、あんたが気がついてくれたからぁ。みんな助かったんだよぅ。だから俺らは、拳闘士さん。あんたにとっても感謝してんだぁっ!」
叫ぶような声。シノビがそんな大声出して。
「ノビー。ありがとうよ。その感謝の気持ちはもう充分受け止めたぞ。この筋肉で!」
「筋肉に受け止められてもよぅ…………プっ、アハハ、それも拳闘さんらしいかぁ」
ノビーは呆れた顔をした後で、笑い出した。
「ハハハ。よし。ちゃんと質問に答えよう。俺がなぜおかしいと思ったか。敵の謀略の可能性に気がついたのはな……」
「もしかしてぇ、それは俺達がぁ、仲間だったからぁってかぁ」
そうだな。そうだったら。
もし俺達が本当に仲間になれていたら。
あの森に入ってから関係が急におかしくなったのが、異変だとと気がつけたかもしれない。
「残念ながら。違う。それはわかるよな」
「うん……すまねぇ。俺はさぁ、荷担ぎさんを下に見てたぁ。ただの荷運び雇い人だってよぅ……みんなとも、仲良くは無かったなぁ。魔王退治のための集まりとしかおもってなかったぁ」
魔王は居なくなった。不和を産む存在も。
魔族が荷担ぎの収納魔法がさらに覚醒しつつあるのを知って狙ったのか分からないが、皆のこころに不和の種があったのは間違いなかった。
「真実は苦いものだ。俺にとっても」
「どういうこったぃ」
彼には語らなければならない。
こうして来てくれたのだから。
「なあ、魔大陸に渡る前から。俺はもう皆の戦闘についていけなくなっていた。確かに拳闘士として俺は強い。格闘では世界最強だ。パーティーを組んだころは、剣聖も召喚獣使いもお前も俺より弱かった。闘えば賢者が相手だって魔導士だって魔法を撃つ前に楽勝だった。勇者ですら俺よりもずっと弱かっただろう?」
ノビーは頷いた。
「でも、皆強くなった。本当に強くなった。だから、あの時。あのパーティでもっとも役にたっていない者は……俺だ」
俺は武器は使わない拳闘士だが、戦闘中の心得や体調維持、効果的な体力向上方法、訓練方法など戦士としての多くの技を、そして筋肉の育て方を教えた。それが役にたったのだから嬉しいことだ。
しかし、もはやそれだけだった。
「あぁ? なに言ってんでぇ」
「皆は俺より強くなった。これは事実だ。俺は強くなりすぎた敵に有効なダメージを与えられなかった。前で戦うことはなくなっていた。戦闘職である俺の方が、荷担ぎよりも戦闘においては役立たずだった」
「そんなこと、ねぇ……よぉ」
「気遣いは有難いが、戦場では冷静に戦況を見る。彼我の戦力をよく読むもんだ、と話しただろう?」
「ぅ……ああ」
「荷担ぎは大事な兵糧を担っている者だ。俺よりも役に立っていた。俺の方が既に戦闘においてパーティのお荷物になっていたんだ」
拳一つで戦う拳闘士は強い。
けれど恐るべき武器を携えた敵が。
高度な防具を備えた敵が現れた。
そして遠距離からの強大な魔法攻撃をしてくる敵も。
もはや俺の拳は届かない。
「拳闘さんよぉ。それは、それはぁ」
「いいんだ。俺の拳で出来ることはとっくに無くなっていた。最後に誰かの盾になることくらいしか、俺の筋肉には使い道が無かった。だからこそ。おかしいと思ったんだ。敗戦の苛立ちがあるとはいえ、これまでと違う排斥だった。戦闘で役に立たないというなら、俺の方がとっくに解雇されているはずなのに、と」
ノビーはもう何も言わなかった。
俺達は本当の仲間ではなかった。
あくまで魔王を倒すために集められた集団でしかなかった。
それが皮肉にも冷静な分析結果を俺にもたらしたのだった。
バックパックに最後の荷物を放りこむ。
「馬鹿野郎。シノビが泣いてどうする」
俺はノビーの頭を撫でた。
「お、おれにとっては、おっさん拳闘士さんは、魔王を倒したずっとずっと仲間だってんだよぅ」
「そうだな。俺達は本当の仲間に成れた。だから魔王を倒せたんだ。俺は勇者を皆を誇りに思う。俺は悲しいことに最後には拳で貢献出来なかったが、あの時、解雇に反対することが俺の役割だったのかもしれん。ならば、俺は自分の役割を果たせたのだろう。もちろんこれからも仲間だ、俺に出来ることはもう本当に無くなってしまったが、魔族の残党はまだいるかもしれない。勇者をこれからも助けてやってくれよ」
ノビーが頷く。
「みんなにはおまえから、よろしく伝えておいてくれ」
勇者パーティは今の俺が居るべき場所ではないのだ。
ノビーは最後には頷いてくれた。
「見送りはいらないからな……それから俺がおっさんなのは顔だけだぞ」
おい。泣いてないでそこも頷けよぅ。
「ん~。旅立ちにはいい天気だ」
伸びをして両拳を突き上げる空は、抜けるような青天だ。
筋肉も快晴を祝福している。
数か月前とは違って活気のある朝の町を出て、一人の旅人として門をくぐる。
さあ、どこへと思ったら。
「拳闘士さん」
「おまえら。見送りはいいって言ったのに」
勇者とそのパーティが立って居た。
「行かないでくれ。拳闘士さんはパーティーの要なんだ!」
「勇者よ、そこまで言われて嬉しいが。戦士ならばわかるだろう。今の俺ではこのパーティに居られないってことを」
「でもボクらは」
「仲間だからこそ、みんな。今は行かせてくれ」
勇者は一人一人確認するように皆の顔を見渡してから言った。
「……拳闘士さん。わかったよ」
それから、大賢者の提案で皆で名前を自己紹介し合った。
魔王の時代は去ったのだからと。
「きんにくおっさんがそんな名前だったなんて。がう。似合わないがう。歳もなまえも本人にあってないがうがう……」
ああ、はいはい、俺もわかってるよ。自分でもそう思ってるって。
「これはギャップ萌え狙い、がう?」
それは無いと思うがう。
荷担ぎに名前を呼ばれた。
緊張しつつも俺も名前を呼び返す。
名前を言うのも言われるのもこれが最初で最後だ。
勇者パーティーでの彼女の役割は前にもまして重要だ。
国を復興させていくのに、彼女の収納魔法が大いに役立つ。
「体に気を付けて。背負った時に思ったが、君は少し軽すぎるぞ。収納している物品の量に反して、だいぶとな」
「もうっ」
いつものようにわたわたと、けれどいつもとちがって俺の胸筋を叩いてくる。
それを笑うみんな。
心地良い仲間とのじゃれ合い。
ああ、お別れだ。
「ではみんな、さよな――」
「待つんだ拳闘士さん! それは間違いだ!」
さようならと言おうとしていた俺の言葉を、勇者がいい笑顔で遮った。
どういうことだ。
勇者はさっきと同じように俺と荷担ぎ以外のメンバーの顔を、何か確認するかのように見渡していく。賢者、剣聖、聖女、魔導士、召喚獣使い、ノビー。それぞれが頷いて応えていく。
勇者は荷担ぎの前に進み出て告げた。
「荷担ぎさん。今までありがとう。あなたが大切な仲間であることはずっと変わりません。あなたをボクら勇者パーティーから、解雇します」
「勇者?! おい、何を言うんだ! 何を馬鹿なことを!」
彼女を解雇するなど、どうしたんだ。
ところが、当の彼女の発言に俺は驚かされた。
「はい! ありがとうございます。ごめんなさい。預かっていた残りの物資は、城の保管庫に全部置いてあります。皆さんお世話になりました!」
頭を下げる彼女。
「どういうことだ」
何が起こっているんだ。
「こういうこと、がう。美味しいごはんよりも。いまは大切なことがう」
召喚獣使いは荷担ぎを引っ張って俺の前に立たせた。
「に、荷担ぎ?」
俺が戸惑っていると聖女が柔らかに微笑みながら進み出て、荷担ぎの背を優しく叩いた。
「わ、わたし、たった今、勇者パーティーを解雇されちゃいました。あの、その、これから旅に出ます……ついて来てくれますかっ」
ああ。彼女は太陽よりも輝かしい。
「喜んで。どこまでもいつまでも。供に」
拳闘士は素早さも職の内だ。
間髪入れずに跪き、彼女の手を取ってこたえていた。
「すげえ。俺の剣よりも、早え」
剣聖が呆れたように言うと、皆がどっとわいた。
「二人へ、皆からの餞別ってぇ。やつでぇ」
食糧やら金貨袋を差し出してくるノビー。
遠慮したものの押し付けられるように渡され、礼を言って収納する彼女。
さあ、旅の準備は整った。
旅の連れも。
「ありがとう。そうだな、勇者。みんな、またな!」
勇者が俺を止めたのは正しい。さよならではなく、いつかまただ。
俺達は離れていても仲間なのだから。
「皆さん、行ってきます!」
祝福され、囃し立てる仲間たちに見送られ。
さあ。二人でどこへ行こう。
どこまででも行こう。
「これからは名前で呼んでくださいね」
「お、おお。はい!」
こうして勇者パーティを解雇された”荷担ぎ”。
に、”拳闘士”の俺は着いていくのだった。