7. 「雷神応援!!」
あっという間に体育祭当日。
梅雨の季節とはなんなのか、雲ひとつない素晴らしく快晴な今日は今年一番の暑さになるらしい。
開会式では暑さで苛立ちながらも闘争心を燃やす異様に熱い集団を前に、校長が汗だくになって話をしていた。
「え〜皆さんおはようございます。今日はですねぇ、この時期にしては珍しく、約2週間ぶりの快晴だそうです。このような日に皆さんの勇姿が見られることを嬉しく思いますよ〜。ですが、今日はここ一番の暑さになるようなので、水分補給をこまめにして、くれぐれも熱中症などには気をつけてくださいね〜はい。あとは、張り切りすぎて怪我をしすぎないようにしてくださいね〜。毎度のように救急車を呼んでいるので先生は健康体なのに病院の先生と飲み仲間になってしまいましたよ〜。ははははは。はい、以上です。はい。」
初老のおじいちゃんな校長先生は、気の抜けるような終わり方で退場。生徒たちの間にグデっとした雰囲気が漂う。
そんな雰囲気の中、宣誓が行われる。生徒たちの代表として前に出たのは天満と麗一だ。両者共学校では知らない人はいない有名人なため、2人の登場に列をなす生徒たちが湧いた。
「今年も俺の勝ちしか見えんなぁ?」
「(去年も私のおかげだと思えよ。)最後の体育祭に勝ちを譲れなくて申し訳ないです。」
2人の声は歓声にかき消されて他の誰にも聞こえない。ただ、そこには見えない火花が散っていた。あと天満の内心は言葉にするとただの負け惜しみなため口に出せない。しかも手を怪我したせいで直接手出しもできない。歯痒い。
負けられない戦いがここに火蓋を切った。
体育祭のプログラムはいたって普通で、リレー、騎馬戦、綱引き、いかだ、ムカデ、障害物競争などだ。
5つの団は赤、青、黄、緑、白の5色に分けられている。一学年のクラス数は5クラス以上あるため組み分けはランダムだ。つまり、同じクラス内だからといって仲間というわけではないし天武の中でも敵味方に分かれている。分け方は先生たちによる厳正な判断の下行われ、なんとか力が均衡するように図られているためだいたい天武の幹部はバラバラに分けられる。今年は特に一人一人が実力者なため綺麗に分かれたのだが、天満はまさかの怪我で活躍できない。
本人的には応援団の方が気がかりだったため、残念だなぁあはは。くらいの気持ちだけれどまぁ周りのメンバーはそうもいかないだろう。なんとか天満に頼み込んで、天満も考えた結果、とりあえず障害物競争だけは出場することになった。そして、本番までみっちりと天満のトレーニングを受けることになった。
「え?特訓?優勝したい?そうだね〜怪我したのは私の責任問題でもあるし、よし、じゃあ頑張ろっか」
泣いて懇願する仲間を前に爽やかマックスの笑顔で答えた天満を仲間たちは泣いて喜んだという。
まぁ、喜んだのはその日だけで、それから地獄の日々を過ごしたわけだが。
体育祭は順調に進んでいき、中間発表の結果は1位から赤、黄、青、緑、白という結果となっていた。
赤は翼、黄は天満、青は月海、緑はクマさん、白は紫呉のいる団だ。赤には麗一も所属している。
細々した種目の結果今はこの結果だが、一番盛り上がったリレーでは黄団が最下位だったのだ。そう思うとこの結果は結構すごい。
天満は、はなから真っ向勝負じゃ勝てないとわかって一位というより2位狙いが多い。リレーとか最後に幹部が走ったらもう乙って感じだ。全部持ってかれる。玉入れとか綱引きとかムカデやイカダ、協力系の種目で攻めて勝つ作戦だ。
類は友を呼ぶとはまさにその通りで、なぜか各団似た者同士が多いから協調性がちょっと((以下略
「2位か…まあ計画通りかな。点差もそう開いてないし、まだまだ優勝は狙えるよ。頑張って?」
頑張って?(威圧)
昼休み、天満の周りに集まっていた仲間たちはもはや恐怖に慣れ始め、いい笑顔でいい声の返事をするとそれぞれお昼ご飯を食べに散っていった。
天満もお昼ご飯を食べようと立ち上がろうとしたが、思わず右手を地面について体重をかけてしまう。
「いっ!!」
バランスを崩し、倒れるかと身構えたが思っていた衝撃は来ずに体も支えられていた。
「おぉ、ありがと、タケ。」
「……………………うん。」
支えたのはクマさん。天満は咄嗟だったことと、周りに人がいなかったことからつい呼び方が変わっていた。
クマさんというあだ名は、クマさんが仲間と馴染みやすいように広めたもので元々はタケと呼んでいた。
今度は手を付かず立ち上がった天満はクマさんが支えた手とは逆に持っているお重を見てにっと無邪気な笑みを見せた。
「タケの弁当見ただけでお腹なりそう。あいつらも腹空かせて待ってるだろうな。」
その笑顔に、クマさんも少しだけ頰を緩める。…パッと見何も変化はないが見る人が見ればわかるやつだ。ちゃんと微笑んでる。
2人で並んで、食べる場所まで歩いていると応援団のリハーサルの声が聞こえてきて天満はふとそちらに目を向けた。
まだリハーサルには早い時間のはずで、この通りクマさんも天満の隣にいる。勿論翼と紫呉の姿も見えない。いるのは月海と一部のメンバーだけだ。
毎年恒例の特攻服を着て声を張る月海の姿は普段から想像できないほど生き生きしているように見えた。多分今は周りの評価なんか目に入らないくらい勝つことに意識がいっているだけだと思うが、それでもみんなの前に立って振りをする月海に、思わず魅入る天満。
「…やっぱ似てるな」
いつも真剣だけれど、いつにも増して真剣な顔はお爺様や養父を連想させるものだ。
「…テン……血だらけ」
「…え?」
よく見れば右手の包帯が赤く滲んでいる。…今日まで散々右手を使い続け、今日までに二回傷を縫い直していたのだ。治りが遅い。宗仁郎が体育祭参加をやめさせたのが頷ける。
どうも変なところで抜けているというか、自分に頓着がないのか天満はたまにこういうことがあるから困る。
「わー。痛い痛い。保健室に…「…テン、何してんの。って、また傷開いてる!ほんと何してんの?」」
「月海…」
「あーあー、また母さんが嘆くよ?早く保健室行かないと。あ、クマさん後で応援のリハあるから忘れないでよ?」
「……うん」
「あー腹減った。早く保健室行って弁当食べたい。」
「…」
「…テン?」
なぜか驚いた顔で月海を見つめる天満に、月海は首をかしげる。
「月海…」
「?」
「服逆だよ」
「はっ!?え、うわ!なんで誰も教えて…ああー!笑ってたのそういうことかよクソ!」
「ふっ。やっぱ似てるわー」
「え?なに?そんな笑うなよ!」
緊張でそんな可愛い間違いをしてしまうところが頭の弱かった養父に似ている。月海がいなかったら宗仁郎に止められてでも応援団をやってたかもしれない。月海じゃなかったら託さなかった。そんな天満の気持ちを月海が知るのはもっとずっと先の話だ。
***
昼食を挟んで行われるのは一大イベントの応援だ。毎年派手なパフォーマンスで有名なため意外と外部の人間が多い。取材なんかもきてる。勿論生徒の親なんかもくる。
すごい人混みだが、なぜかぽかんと空いた空間を見つけると天満は早足でそこに向かう。クマさんは応援団の方に行ったため1人だ。
「お祖父様〜」
空いた空間に立つ着物を着た一際目立つ年寄り。明らかに堅気じゃないその人に呑気に話しかける天満に、天満の歩く道がざっと開いた。周りの人間は天満含む空いた空間の中にいる人間から必死に目をそらしている。
「義母さんちゃんとカメラ充電してきた?」
「えぇ、ばっちりよ!お父様にも確認されたし、私ってそんなにぬけてるかしらぁ?」
「うん。」
「もぉ、テンちゃんってば。って、あぁ!また手の傷開いたの!?」
包帯に血はついてないというのになぜわかるのか。とりあえず笑顔で否定したが、権蔵の鋭い視線が飛んできてそういうわけにもいかなくなった。
「いつまで弱みを晒し続ける気だ。治す気がないならいっそ使い物にならなくするか?」
厳しい、もはや脅迫めいた言葉に周りの人間の間に静寂が訪れた。ここだけ異様に冷たい空気が漂っている。
「心配をかけてすみません。」
え?心配してるの?いやいや絶対脅迫だよね?という声を誰もが心で呟いている。
天満はそんな周りの光景にも慣れた様子でもはや気にすることもないので別のことに気がいっていた。
権蔵の連れている護衛が随分と多いのだ。
ここにいるだけで8人。隠れているのはここから把握できるだけで10人もいる。
色々と身の危険が多い世界で生きているため常に護衛を侍らせているが、孫の体育祭に連れてくるには多すぎる。組の方で何かあったと見るのが妥当だけれど、天満は必要な限り組みのことに関わらないようにしているため詳細は不明だ。
まぁ、こんなに護衛をつけてくるぐらい何かがあったのに月海の晴れ舞台を見にきてるという事実にニンマリだ。
「お父様って素直じゃないわよね」
「いじらしくて可愛らしいですね」
「(そこまではっきり言えてしまうのはお母様かテンちゃんくらいだけど)そうねぇ」
そんな2人に絶対零度の視線をぶつける権蔵。怯える観覧者達。警戒する護衛達。三者三様を他所に応援が始まった。
毎年恒例応援団。大きな流れとしては一般的な声を張り上げる応援をしてパフォーマンス、そして相手との応援の交換。メインはパフォーマンスの部分だが、他の部分も疎かにはできない。服装の指定はないが伝統的に天武は特攻服で生徒会側は袴。
校庭に響く和太鼓の音。観客はシンと静まり返り、2つの応援団が姿を見せる。
緊張の面持ちで白地に青龍の刺繍が施された特攻服をなびかせる月海を先頭に天武が現れ、歓声が上がる。定位置に着くと、また太鼓が鳴り響き麗一を先頭とした生徒会率いる集団が現れる。麗一も純白の袴を着て彼の瞳に合わせたタスキを背中で結んでいた。勿論こちらも大きな歓声が上がるり、両者の団長は互いに顔を合わせるように立った。
「風神団長、久邇宮麗一。」
「雷神団長、榊原月海。」
2つの団は風神と雷神の呼称を持ち、どっちになるかはくじ引き。風神は先攻、雷神は後攻だ。
「「ここに、第65回応援合戦を開幕する!!」」
2人の団長のよく通った声に、団員が声を返し観客は息を飲む。
普段はただの不良なのにこんな時だけはちゃんと応援団になりきるところがすごいんだよな。と天満はどこか他人事のようにそれを見ていた。
応援が始まって10分ほど経つと先行の声出しも終わり、メインであるパフォーマンスが始る。
生徒会のパフォーマンスはちょっとした恋愛?ストーリーになぞらえていてまあ、面白かった。
団長である麗一と生徒会の女子をメインに展開されたそれは敵対する2人が組手を交わし、周りでは華やかに、軽快ではないが決して鈍重でもない魅入られる演舞を魅せてくれた。
和テイストな衣装も美しく、金持ちの力を存分に使っていた。まぁ、使っただけの価値はあるパフォーマンスではあった。
天満は純粋にその動きを分析して評価していたが、見る人が見れば完全に誰をモデルにしているストーリーなのかはわかるそのパフォーマンスに天武メンバーは若干白い目を向けていた。
ちなみに、ストーリーの結末的には麗一と生徒会の女子がくっついたのかなぁ。という終わり方。おそらくシナリオを練ったのは麗一なので欲望が見え見えだ。
「ふふふ、強敵だね?」
「宗仁郎!きたんだ!」
「勿論。月海の晴れ舞台だし、天満も心配だったもの。また傷開いたんだって?ダメだよ無理しちゃ。」
そう言いながら、天満の頭にポンと手を置くと奥にいた権蔵に挨拶をしに行った宗仁郎。
今日はスラックスにTシャツとロングカーディガンを合わせたシンプルな格好だが、素材の良さが一流なので異様に似合っている。少し気温が高いため、髪を高めに一括りにし腕まくりをすると意外にも男らしい腕が見え周りの女性の視線を引いていた。
「光流が横に立ってると彼氏みたいだね」
「え?お前のか?いやぁ多方面から殺されそうだからあんまそういうこと言うなよ〜照れるだろ」
「あははははは」
「いっそ清々しいくらいの空笑いだわ。ま、たしかに宗仁郎が女だったらオレのモチベーションもあがんだけど」
「悪かったね、男で。」
権蔵と話し終えたらしい宗仁郎は光流の横に並んで少しムッとする。何人か周りにいた人の黄色い歓声が聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
光流も仕事着であるスーツではなく、ラフな服装をしているためそこそこ周りの目を引くのだ。最近の世の中では男と男、というのも需要はあるので眼福眼福。
こうして3人並んで立っていると、まだ総長をやる前の天武を思い出し天満は少しだけほっこりする。このまま何事も起こらず月海率いる雷神の応援が終わればいいのだがーーー。
太鼓の音が響き、応援の開始を合図する。
何度か鳴らされる低くよく響くその音に天武のメンバーが続々と並び、そして最後に月海がセンターに立った。
シンとした校庭は緊張が高まり、月海の口が息を吸う形で動く。
「雷神応援!!」
張り上げた声は緊張の糸を震わせ、月海の声に従って全員が腹の奥から叫び出す。
やっぱり集中してる月海のあの才能は誰にも負けない輝きを持っている。と姉の色眼鏡をつけなくてもちょっと泣きそうになった天満。
「流石月海。頑張れー」
正直、自分が立っているはずだったあの場所にジェラシーを感じないわけではない。麗一と直接対決できるのは今年が最後なわけだし、宗仁郎にいいところを見せたかった。
けれど、精一杯団長という立場をやりきろうとする月海を見てこれで良かったと心の底から思えた。何だかんだ弟には甘いのかなぁなどと月海に優しげな目を向けていた天満だが、フッと何気なく視線を外した時その瞳から柔らかさは消え総長の顔をしだす。
「…お祖父様。虎が、」
すぐに権蔵に声をかけると権蔵は護衛を散らせる指示を出す。側にいた宗仁郎と光流も、珍しく険しい表情になっていた。
「義母さん、ちゃんとビデオとっといてね」
「はぁーい。ほんとはテンちゃんにも行って欲しくないのだけど?」
「あはは。怪我には気をつけます」
「約束よ?」
「うん」
月海の晴れ舞台を直接見れないのは残念だが、それよりもこの場が壊される方が困る。奴の目的がわからない以上は何かが起こる前に止めておきたいから。天満は校庭に背を向けてソッとその場から消えた。
***
動体視力には自信がある。自慢じゃないが、視力は2.0以上あるし自称したことはないが夜叉と呼ばれるくらいの力は持っているつもりだ。それならナイフを避けろとか野暮なことは言わないでほしい。流石に天満だって人間だった。
応援が始まり安心していたのもつかの間、視界の端で応援団とは違う誰かが動いた気がして視線を動かすと校庭を挟んで反対側の観客席、そこに一瞬見知った影を見た気がした。
実際その姿を見たのも一瞬だが、天満は根に持つタイプだ。自分に大きな貸しをつくったその姿を見間違えるわけがない。
虎ーーーー実際の名前ではないが、そう名乗っていたというその男が確かに来ていた。
そこまで時間は経っていないだろうが逃げられない時間でもない。反対側の客席にはやはりもう姿は見えない。さて、どこに行ったか。
「テン、どうするつもり?」
「宗仁郎!?なんでついてきてんの…。光流?止めないとダメじゃん」
「むりむり。」
非戦闘員の宗仁郎にもしもの事があっては困るが、そもそも人に従うような男だったら天武の総長などやっていない。もしもの事がないための光流なのだが、今回に関しては分が悪い気もする。
なんたって相手はガキの喧嘩に閃光弾を持ち出す常識のなさだ。目的のために手段を選ばないような相手、しかもその目的すらもわからないこの状況。
「…はぁ。まあ、適当に探すけど。」
「てきとうに、ね。」
探るような目を向ける宗仁郎に、笑顔を浮かべながらも天満は内心舌打ちをしていた。
適当なんてのは間違ってないけど、どこに行ったかはなんとなくわかる。あの男は明らかに天満を誘い出したのだから。できればここは一人で対峙して二次被害を減らしたいところだが、宗仁郎にはその事がバレているっぽい。
二人して笑みを浮かべ腹の探り合いをしていると、間を割って咳払いしたのは光流。
「二人して睨み合うのはいいが逃げられるぞ?」
「じゃあ宗仁郎連れてけばいいだろ」
「だってテンが頑固なんだもん」
「…。そこで提案だ。俺的には二人とも怪我はさせられねえわけな?だから、二手に分かれて見つけたら連絡する。それで手を打つ。」
どうだ?とばかりにウインクした光流に両者それぞれ思案顔をして数秒。
「「わかった」」
二手に分かれ、行動することとなった。