表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

6.「あはは。相変わらず(頭おかしい)ですね。」

 


 榊原天満、高校2年生。性別、女。天武十代目総長を務める傍ら、学校に通い、割と真面目に授業を受けていたりする。


 そして、そんな学校生活でも一大イベントとされる体育祭の季節がやってきた。


 クラスでは誰がどんな競技に出るか話し合いが行われ、応援団の希望者も募られる。

 生徒のほとんどが天武で、つまり不良だらけの学校だが、意外にも毎年全員がやる気に満ちている。

 というのも、天武は今でこそ確固たるNo.1の地位を築いているが、天満が総長になったばかりの頃は女が総長になったのだからと周りからなめられ、喧嘩、喧嘩の日々だった。けれど、今は平和な日々が続いているので、こうして堂々と勝負事ができることにみんな浮き足立っているのだ。

 さらに、体育祭で5つにわけたられた団の中の優勝した所には毎年豪華賞品が与えられる。


 体育祭の競技に関していえば当たり障りのないものばかりだが、応援団は勝ち負けに関係ないパフォーマンス部門に属している。外部からくる見学者や親御さん用だ。一応、2つの応援団が競い合う形式ではあるが、どちらが勝っても競い合う5つの団の勝ち負けに影響することはない。

 応援団の1つは学校の生徒会によって構成され、もう1つは天武の総長を筆頭に構成される。昔からの伝統で、生徒会と天武、どちらが学校でより実権を握っているのか競っているらしい。

 去年は勿論総長である天満が応援団長として天武メンバーの何人かを率いていたが、まさかの敗退。今年はその雪辱戦となるはずだったのだが…。



「私はこの通り、痛くて運動なんてできないので体育祭に参加できませーん」



 包帯の巻かれた右手を挙げ、応援団入団志願者の前で宣言した天満に、天武メンバーの野太い叫びが大きな講堂に反響した。

 それぞれ、「どうするんだ…」「今年不戦敗…?」「ガッデム!!」…終いには「世界の終わりだ…」などと言い始めたが、話はまだ終わっていない。最後まで聞きなさい。と言うか逆にこの怪我でできると思っていたのかお前らは。天満も一応人間だ。



「はい。みんな、静かに。今までは代々総長がやっていた団長だけど、私だって去年の雪辱は晴らしたいわけだよ。不戦敗なんて死ぬほど惨めな終わり方は絶対に嫌。断固拒否。なので、団長は代わりを立てます。その代わりとは…」



 天満がスマホでダラララララという太鼓のBGMを流し、一同の息を飲んで次の言葉を待つ。



「榊原月海、君に決めた!!」



 はぁ!?!?という、月海の大声は、ノリのいい天武メンバーの歓声に掻き消された。



「ちょっと、テン!なんで俺なんか…」



 自分には重すぎるし、こんな大役やり遂げる自信もない。

 自尊心の低さなら誰にも負けない月海は、もちろん抗議を唱えるが、天満は相変わらずよくわからない笑顔を浮かべている。



「もう決めたことだし、頑張りな。絶対勝ってよ?私の恨みを晴らしてほしいなぁ」


「第一、みんなだって納得するわけない…!」



 その言葉に、天満は月海の後方を指差す。そこには天武の仲間達がいて、こんな2人のやりとりなど全く耳にも入れず、月海が団長を務めることに笑顔で盛り上がっている。



「いや、でも翼と紫呉とクマさんは?俺なんかが先頭に立ってもテンみたいに…「月海?」」



 笑顔だが、目は笑っていない。空気が薄くなるような感覚に、月海は口を閉ざした。


 幹部3人が応援団をやるのはもう決定事項なため、ここにはきていない。紫呉なんかは練習も忘れたりして大変だろう。だから昨日までに3人には事情を説明した。月海は天満たちよりも学年が1つ下で、ここでは初めての体育祭で、不安も多いし不安しか感じてないのはわかるけど、そこまで自分を卑下する彼を、天満は冷たく見つめた。

 


「私は私だし、月海は月海だよ。私みたいにやれって言ってるわけじゃない。月海のやり方でやればいい。それに、クマさんたちも承諾してる。」



 逃げ場がなくなり、月海は俯いてぎゅっと手首を握りしめる。

 昔から、何かと天満に比べられていた月海は、周りの評価ばかりを気にして自分の評価が低い。

 ある日突然やってきた1つ年上の義姉(あね)は自分より何もかもを上手くこなし、周りの人間が天満の方がいい、優れている、女じゃなければな、と言っていたのをずっと耳にしているのだ。

 長い期間をかけてその言葉たちはじわじわと、着実に月海の心を蝕み続けていた。だから、月海は自尊心が低く、自分を卑下してばかりいる。そういう自分が嫌になっても誰にも打ち明けられずに悩み続けて情けなくなりまた卑下する。そんな終わらない負の連鎖を続けている。


 天満はその事に気付いていながら、それを直接月海の口から聞こうとしたことはない。コンプレックスを感じている相手にそんな気遣いをされれば、それはどんなに惨めなことだろうか。だから、今回応援団を機に、少しでも自信をつけてくれたら良いなぁ。…こんな、姉らしいことを考えたわけだ。と、まあ、深い理由もあるが、実際、現実問題、一番の適任が月海なことに違いはない。

 私情は挟んでいるが、人選はしっかりしているつもりだ。


 翼は猪突猛進、1人で突っ走るし、紫呉はすぐどっかいくし、クマさんは…うん。月海しかやれそうな人はいない。


 きっと手を怪我したのも月海のためかな、運命は数奇なり。とポジティブ変換もできて一石二鳥。

 しかし、未だに納得がいかず、受け入れられずにうつむき続ける月海。そんな彼に、天武の仲間たちから声がかかる。



「月海さん!ぜってぇ成功させるっす!よろしくっす!!」

「俺ら全力であんたについてくぜ!!」

「テンさんのセツジョクはらしましょう!!」

「打倒生徒会じゃ〜!!」



 嬉々とした目で迫られ、自分のことを全く疑いもせず信頼している仲間たちを見て、月海はかすかに目を見開いた。そして、小さな声で「わかったよ」と呟く。



「じゃぁみんな頑張って。絶対勝ってよね。負けたら覚悟しろよ〜?」



 かる〜い口調で応援の言葉を述べた天満。それに、仲間たちはおー!と威勢良く返事をしたが、その目がこれっぽっちも笑っていないのを見て全員に悪寒が走った。



(負けたら殺す)



 何故だろう。そんな幻聴まで聞こえてくる。

 物騒な総長に、仲間たちは固く勝利を誓い、天満は最後に月海をそばに呼び寄せる。



「アドバイス。俺“なんか”は禁止。」



 優しく耳打ちをして、講堂を後にした。





 放課後の学校は、夕暮れ時を迎え、夕日が廊下を照らしていた。

 体育祭の練習や準備で騒つく校内を1人歩いていると窓辺に肘をついて黄昏る、見知った人影が。

 一瞬、挨拶をしようか悩んだ天満だったが、コンマ一秒、悩んで通り過ぎる事にした。



「はぁ…。夕日に照らされ儚げにため息を吐く、オレ。さらに物憂げに窓の外を見つめる美貌。校庭からは数少ない女性とからの熱い視線…。積み作りな美しさだな、全く。オレは自分の顔面が怖いよ…、この美しさを極めた顔が、神に愛されすぎてるオレが、怖い。そうは思わないか?仮にも君も女生徒だ。ここであったのも何かの縁、この完璧すぎる顔面を思う存分見ていくといい。なに、遠慮はいらん。もちろん見ていくよなぁ?天満」



 通り過ぎるはずが、しっかり腕を掴まれて長々と自画自賛を聞かされることに。

 天満は常に笑顔を貼り付けているため、表面上はおとなしく聞き続けていたが、内心は…言わずもがな。笑顔の裏でトゲトゲしている。

 何よりこの人は、



「あはは、今日も(ナルシストが)輝いてますね。生徒会長。」



 件の、天満が敗北したという生徒会長、久邇宮麗一(くにのみや れいいち)その人だ。


 濡れた烏羽のように艶やかな黒髪、その髪をかきあげると、色違いの2つの瞳と視線が絡む。右目は黒曜石のような漆黒。しかし左目は光に当たって仄かに翠に輝く琥珀色。不思議な瞳は彼の美しさに妖艶さを付け足している。文句なしのイケメンだ。容姿だけ。

 見た目だけは異様にいいが天は二物を与えなかったらしい。中身はコレなのだから。

 いや、二物は与えているか。彼は尊い身分の血を引いているし、社長令息。金のあるイケメンナルシスト男。



「なんだい天満。生徒会長、なんて他人行儀じゃないか。オレたちはお互いにありのままを見せ合った深い仲だろ?」


「私は何も見せてませんけどね、麗一先輩。」



 とんでもない言い方をされたが突っ込んだら負けだと、笑顔で言葉を返す。


 天満としては、ここまで彼と仲良くなるつもりはなかったし、今も特別彼と仲がいいつもりはないが、麗一は天満を特別視している。それは多分去年彼にサラッと言ったことが原因で、どうも懐かれた。あの時はまだ宗仁郎が学校にいて、天満を見つけてはカモの子のようにひっついて回る麗一を邪魔してくれていたが、残念ながら卒業してしまった。


 ああ、卒業前に嘘でも泣いたふりをして留年してって頼めばよかった。いや、それもそれで怖いからやっぱり泣かなくてよかった。宗仁郎もいたらいたで面倒。



「はっはっはっ!細かいことは気にするな!それより今年の応援団は順調か?怪我をしたと聞いたが勿論君が団長を務めるんだろ?」


「いいえ?残念ながら」


「やはりか!オレは今年も君に勝って……。っは!?!?!?やらないのか!?!?」



 天満を掴んでいた手は肩へ移動し、両肩を掴まれ、驚愕の表情を浮かべる麗一が視界を占める。距離の近さに下がろうにも、肩を掴まれている。右手が使えないため、苦し紛れで左手で相手の胸元を押すが距離は変わらないままだ。



「なぜだ!オレを裏切るのか!!」


「怪我でです。裏切ってませんよ?」

 


 そもそも裏切るってなんだ。



「くっ…。なんてことだ。そもそもそういうことは早く言うべきじゃないか!?!?オレと君の仲だろ!!」


「ただの先輩と後輩ですね。」


「照れか、照れなのか、その対応は今はやりのツンデレか!?」


「あはは。相変わらず(頭おかしい)ですね。」



 そもそもこの人に懐かれたのはなんでだったか。考え始めて行き着いたのは、去年の体育祭。


 思い出すのも自分の計算違いにイラつくのでかぶりを振って思い出すことをやめた。



「私も先輩とは決着をつけたかったんですけどねー。」



 その言葉は本心で、去年宗仁郎の前で見事に負けてしまった仕返しをしたかったのだが、その宗仁郎には応援団なんかやるな。治せ。と釘を刺された。敢えてここでやり通す道もあったけれど、流石にこれで右手が使い物にならなくなっちゃ笑えない。



「そうだろうそうだろう!今からでも遅くはないぞ!」


「やりませんってば。手が痛いんです。」



 だから離してくださいと言おうとしたのにすかさず麗一が語り出す。



「くッッ…。オレはこの戦いに勝って、君に圧倒的な力を見せることで、オレは…、オレは君に…ッはぅぐッッ!!」



 すごい迫力と至近距離で語っていた先輩だが、何者かに足蹴にされて床にうずくまった。



「このオレを足蹴にするとは何事だ!全世界が死んでも拝顔したいと思う美貌だぞ!?世界を敵に回すからな!?っていない!!!!」



 遥か遠くでコントじみた事をしている麗一。天満はその声だけを聞いて相変わらずだなぁと楽しげに笑った。そして、自分の左腕を引いて歩く紫呉に礼を言った。けれど、反応はない。現れてから全くの無言で、どこか不機嫌を纏っているように見えるが、天満も流石に読心術はできないため何を考えているのかはよくわからない。

 腕は掴まれたままなため、紫呉の後をついていくと校内で溜まり場にしている空き教室の前まで連れてきてくれたようだ。



「…ごめんなさい」



 ここまできて何を言うのかと思えば、その口から出たのは謝罪。まさか紫呉の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、笑顔のまま固まった。


 出会った頃から思うままに動く、動物的な人間で、本能のまま、その時思ったことだけ、それだけで動いていた彼だ。罪悪感とか人に対する気持ちなんて微塵もないやつだったのに。過去なんてほとんど覚えていることもない、昨日のことも覚えていない方が当たり前。そんな紫呉が謝った。



「なんで?」



 浮かんできたのは当然疑問で、首を傾げて問いかける。



「わかんない。でも、テンの手、見てたら、そう思っただけ。心臓の裏側がゾワゾワってしてて気持ち悪くて、背中になんか乗ってるみたいに肩が重い。テンの怪我見てるとそんな感じする」


「そっか。でもこれは私の油断でできた怪我だし、紫呉があの時走ってきてくれなかったらもっとひどいことになってたよ。私のために走ってくれてありがとう。あ、さっきも、右手使えなくて困ってたから助かった。」


「…別に助けたわけじゃないし。」



 天満はその言葉をツンデレっぽく受け取ったようだが、紫呉は「嫌だったから」麗一を蹴り飛ばし、天満を連れてきた。まぁ、そんな気持ちもすぐにどこか飛んで行って忘れているようだが。


 相変わらず気分屋で、本能で生きているような彼にも少なからず天満に思うところはいろいろあるらしい。受け取り方は色々だが、それは悪くない感情で、そうじゃなかったら紫呉は天武なんていう大きな群れの中に留まってなどいない。彼が本能的なところで何を感じているのかはわからないが、少しずつ、人間らしくなっているのかもしれない。


 そんな仲間の成長を感じた天満はじわじわ暖かくなる心を隠そうともせず、紫呉の頭を撫でようとして叫び声をあげた。



「いってぇ…」


「…バカだね」


「それ紫呉に言われる日が来るとは思わなかったよ。」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ