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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
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19-6.瘴気の行方

 冷たい風が音を立てながら屋内へと吹き込み、建物の内部が哭き響く。

3人を結果的に見送った残る面々は半ば唖然とし、奥へ開かれた扉の暗闇をただ覗き込んでいる。

「取り残されちまったな、オレ達。色々な意味で。」

最初に沈黙を破ったのはユートの一言で、両手を頭の後ろへ回しては壁にもたれかり悪態をつく。

彼が言う通り、セバスを除く残された4人は皆が全員、ビルキースの真意を理解しかねている。


「お見苦しい所でした。何分、お嬢様は周囲が敵だらけなもので、常にあぁして御自身で道を開き、他者を天秤にかけなければならないものでして…」

その口調にはどこか哀愁を帯び、彼の主への深い思いとビルキースの行動の裏にある真意も読み取れていた。

「中々に難儀な立場なようでござるな…」

ソウシロウは頭を下げるセバスに困ったような、同情しているのか、境遇を感じ取った表情を浮かべる。

「頭ッ、頭を上げてくださいッ!セバスさん!それより、そのまま中に入った赤さ…いえ、グランは大丈夫なのですか?」

そんな彼にエイミは慌て気味に、そして、心配そうな顔で質問を投げかける。

「…大丈夫ではないでしょう。いえ、大丈夫であっては困ります、お嬢様としては。」

頭をあげたセバスのその返答に、エイミや他も不安げな表情のまま、固唾を飲む。


―――


扉の奥へと進んだ3人は薄暗い通路を進み、大きな空間、部屋に出た。

グランには以前足を踏み入れた<聖伏の柱>の部屋が脳裏によぎるが、それは明らかに違うものであると直ぐにわかった。

部屋の内部には柱は一切無く天井も床もまるで丸底の鍋を重ね合わせたようであり、中央には台座があるのみ。

そして、壁に沿いには円柱状の光源と水槽らしきものが埋め込まれており、下から上へとあぶくが昇っている。

「…見慣れたというか、何というか。ここの遺跡に入る<転移門>のある部屋の様式に似ているな。」

「ほう、少しは見聞が身に付いてきたか。そうだ、ここは<龍口>という部屋だ。」

ビルキースの言葉に、グランは警戒を解かずに睨みつけるが、彼女は特に気にする事もなく、淡々と話を続けていく。


「心臓部である<炉>の魔力を出入れする際の部屋でな、擬似的に<龍脈>を作り出す為、それを利用した<転移門>と似たようなものとなる。」

「…貴女もお詳しいですね。」

ハンスはビルキースに一切の目を向けないながら、彼女の知識に感心する素振りを見せる。

「錬金術の工房は大規模になれば<龍心堂>に近い構造を持たねばならんからな。必然的に詳しくなるものだ。」

ビルキースはそう呟きながら、中央の台座に視線を向け、ハンスは黙ってその台座へと進んでいく。

「ボクは作業へ向かいます。<見学>だけでしたら、どうぞ、ご自由に。」

ハンスはそのまま、振り返る事なく歩みを進め、ビルキースはその背中を眺めると腕を組んではその場に佇んだ。

そして、グランはビルキースをただチラリと横目にするだけでハンスの後を追う事にする。



奇妙な沈黙が部屋の内部を包んでいた。

それは3人互いの関係性によるものなのか、それとも互いに何も語らぬ故のものか、その雰囲気に呑まれたような状態が続く。

ハンスは台座に辿り着くや、鞄から幾つかの機材を取り出しては作業を始めている。

手にした厚い石英板からは光る文字が幾度も浮かんでは、それに指先で触れてはまた別のものが浮かび消えていく。

なんとも奇妙な機器の数々にグランの興味は惹かれてはいたが、ハンスの作業に打ち込む真剣な眼差しの前に声をかける事は出来なかった。


それからしばらく、ハンスの手が止まり彼はグランへと声をかける。

だが、顔を手にしている石英板から背けず、そのままの姿勢で言葉を続けだす。

「…キミは<竜>と戦った事は?」

唐突な質問だったが、グランはハンスの姿勢や態度に対する疑問は後回しにし、それに答えた。

「あるぜ。最近だと…といっても大分前だが、お前と会う前に<飛竜>とだな。」

「…竜から<息吹>や<咆哮>を受けた事は?」

振り返るハンスにグランは頷いて答える。

その言葉に嘘や見栄は無いのだとハンスはグランの瞳を見つめて感じ取ると、再び作業に戻る。


「<龍口>が開かれれば、その魔力の放射は成体となった竜の<咆哮>に匹敵するって言われるんだ…」

ハンスは石英板に指を走らせつつ、その言葉を紡ぎ出す。

グランは先程までの質問の意図を考えながらも、黙ったまま続きを待つ。

「キミが<不死身>なのは、この目で見たから知っているよ…でも、それでも意識がある最中は痛みや苦しみはあるのだろう?これからボクはこの手でキミを苦しめるかもしれない…」

グランはハンスがこの<龍心堂>に入る前に言っていた事を思い出し、頬を掻いた。

「あー…、まぁ、なんだ。痛いし、苦しいのはそりゃ嫌だよ、俺だって。他人の様を見ては来てるから<死>の概念だって無くは無いぜ?多分。」

ハンスは手を止め、黙り込んだまま俯いている。

そんな彼の様子にグランは苦笑を浮かべると、後ろ髪をくしゃりと掻きながら言葉を続ける。


「俺さ、アイツからの仕事の巡行の旅で冬場に山道で足を滑らせて沼に落っこちた事があるんだよな。」

振り向かず親指だけでビルキースを指し、ハンスも釣られてそちらへ視線を向ける。

「何とか沼から這い上がってもさ、岩肌に身体を削られてそこら充痛てぇし、風で体温奪われて寒いし凍るし、腹は減ってるのに腹の中から沼の臭いが溢れてくるしでよ。」

ボロボロになった身体、傷が再生してもなお続く苦痛、何よりも精神が磨耗していく感覚。

例え気を失っても、再び目が覚めれば同じ状況が繰り返された。

それは死の恐怖以上に、生きている事を実感する間もなく訪れる終わりの無い責め苦だったと語り、そして自嘲気味に笑い飛ばした。

ハンスは再び視線を手元の石英板へと戻し、グランの言葉に耳を傾けている。


「泥水の味と凍てつく寒さが染み付いちまって忘れられないんだぜ。最悪よ、不死身だと一生以上のトラウマになるのか?」

「でも、キミはその<不死身>と不屈の精神で乗り越えてきたんだろ?」

「俺が不屈?…それは違うなぁ、お前さん、ベッドの上と冷たい地面どっちに顔をうずめて寝てたいか?」

「…そ、それは。」

「え、地面の方?…マジで?」

「ち、違うよ!」

「だろ~?嫌なものは嫌なんだよ。不死身でも。」

グランは両手の人差し指をハンスに向けて左右に動かしてみせると、ニヤリと笑って見せた。

赤い襟巻きでその顔の半分は隠れているというのにグランの表情がどこか無邪気に見える。


「なら、尚更嫌じゃないのかい?」

「…お前さんが居るだろ。」

ハンスの問いにグランは即座に答える。

「俺1人ならその<不屈>とやらで乗り越えるかもしれんが、今はお前さんが居る。ズタボロになって気絶しても、事が済めば飯と寝床くらいにはありつけてるって期待をな。」

「…ボクなんかが頼れるのかい?」

「頼んでもいないのにあの時、瓦礫の中から俺を引き摺り出したのは何所の誰だよ。」

そう言って、グランは拳でハンスの肩を小突いた。

「お前さんは自分の仕事をやりな。俺がここに居るのは俺の意思、それに伴うものも覚悟は持ってるつもりだからよ。それで…」

「…キミが倒れたら、目覚めるまでにボクが寝床に運ぶとするよ。」

ハンスの表情が緩み、瞳の輝きが変わる、それを見たグランは両手を広げ肩をすくめて笑い返す。


ビルキースの強い視線を2人は感じ取り、互いに目配せをする。

「さて、どうやら俺はここに残らなきゃいけないらしいな。アイツの企みに乗るのは気に食わないが、とびっきりの<貸し>を作ってやろう。」

ハンスはその言葉に、静かに強く頷くと石英板を手にしビルキースの方へと歩いてゆく。

優しげだが何所か頼りなかった表情はそこにはなく、決意を秘めた瞳があった。

「…フッ。あの馬鹿もケツの叩き方が少しは解ってきたようだな。」

彼は先程までとは打って変わり、まるで別人のように背筋を伸ばし、堂々とした足取りでビルキースの正面に立つ。

「…この<貸し>は<龍天楼>ではなく、ボクへのものだと受け取って構いませんか?」

「あぁ、そうだな。<アナタ>が例え<龍天楼>を離れるとしても、以後、私は<キミ>に頼り、力に成る事を約束しよう。」

ビルキースの言葉にハンスは力強く頷きそして彼女の隣に立つ。

「…<龍口>を開放します。」


ハンスが石英板に触れると部屋全体から低い音が鳴り響き始める。

そして、中央の台座が競り上がり、天井の中央からも柱が下に伸びてゆく。

「部屋内の魔力圧、上昇を確認。」

ハンスが石英板に表示される測定値の変化を呟き、また彼から見る部屋の中央は歪みが発生していた。

一方でグランの身体にも変化が起き始める。

件の左腕は<聖伏の柱>で起きたように脈動をし始め、同時に身体の内から、外からも突き破るような圧力がかかってゆく。

グランは苦痛への声も上げられぬ状態で台座に左手を置き耐え続けている。

そして、赤いマントと襟巻きの隙間から覗かせる首元からは光が漏れ出していた。


「躊躇をせず、出力を上げろ。このままだと炉の魔力だけが尽きるぞ。」

彼女は、既に目の前の状況を理解しているようで、更に追い打ちをかけるよう、ビルキースはハンスへ指示を出す。

ハンスは息を飲み込んで石英版を操作し、部屋内を激しく流れる魔力の出力を上げた。

部屋中を唸る音が振動を帯び、ハンスとビルキースの肌を震わせ、そしてグランの身体は熱を帯び白い煙が上がってゆく。

「…<竜>が<餌>に喰らい付いた!!」

嬉々として叫ぶビルキースの目に映るのは台座を掴み握るグランの肥大した左腕であった。

その肥大化した漆黒の腕は所々に亀裂が走り、そこから赤い閃光が奔り出している。


(ま、まるで左腕以外は何度も雑巾を水に浸けて絞られてるみたいだ…ッ!!)

グランの肥大化してゆく腕は、もはやグラン自身の意思では止められないのか、彼の目には先程の余裕は微塵もない。

(…クソッ、このままいくと、俺自身、俺そのものがこの左腕に吸い上げられちまう。このまま…)



「このまま、彼は耐えるしかないのですか!?」

焦りと動揺がハンスの口から溢れ出す。

しかし、ビルキースは爛々と瞳を輝かせ左腕に翻弄とされるグランの様子を見て笑う。

「計測から目を逸らすな!喜べ、私とキミの目的は達せられる!」

その言葉と共に、グランの肥大する左腕は遂に肘の先まで完全に膨張し、赤い爪が生え、赤黒い鱗に覆われだす。

「…!、…瘴気パターン複数発生!」

「よし、出力を3割下げ、部屋に宿した精霊を召喚させろ!」

「停止ではなく、<要の精霊>を!?それは、この<龍心堂>自体が止まりますよ!?」

「心配は要らん。そもそも<魔法都・レテシア>はその中心部地下の<龍心堂>1基で十分機能はする。困るのはせいぜい遺跡内で秘密裏に工房を建てた連中だ。」

ビルキースは、そう言うと躊躇するハンスの手から石英板を奪い取り、操作を始めた。

すると中央にあった台座の床面が光だし、円、召喚の陣を浮かび上がらせる。


「…貴女は、コレを、<龍口>の制御を操作できたのですか!?」

「フン、私を誰だと思っている。さて、キミには私がどう完全に<炉>の<瘴気>を掃除するかレクチャーしてやろう。」

そう言って、ビルキースはハンスへ石英版を押し返し、<瘴気石>のシリンダー瓶を取り出すと台座に向かって放り投げた。


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