19-4.瘴気の行方
その場の一行、誰しもが向かい合う中心に居る老人の気配を感じ取れなかった。
ソウシロウですら、老人の姿を目に捉えた時は両腕を袖口から出したばかりで、カタナの柄には届いていない。
「皆さん、食後の1杯に簡易ながらの珈琲でも如何ですか?」
「せ、セバ…、セバっさん!?」
グランは突然現れた老人の名を叫ぶと、勢いよく立ち上がり、後ろを振り返る。
「いや、セバっさんが居るって事は!?」
自分達がこの場に至った道筋を目で辿ると、そこには1人の女が此方へと歩き向かっていた。
夕暮れに広がる麦畑を連想させる波打つ長い金髪に褐色の肌。
スラりとした長躯でありながら、豊満な胸元の膨らみが歩く度に揺れている。
しかし、その姿勢と風格は威風堂々で、風を切る肩に、それに掻けたコートをなびかせる姿は並みの男程度なら圧されてしまいそうな迫力であった。
「…フム、一応は予定の範疇か。だが、相変わらず待ちくたびれたぞ。」
「ビル…キース…。<ビルキース>!!」
そして、グランの瞳が赤く灯り、彼もまた<ビルキース>と呼ぶ女の下へのしのしと歩み向かっていく。
その怒りは常に仏頂面で襟巻きに隠れ、僅かに覗かせる顔程度からでも容易に伝わる。
「ビルキース!…ビルキースッッ!」
「どうした、何か言いたげだな。言ってみろ。」
2人は互いの間合いに入り込むと立ち止まり、対峙し睨み合い、そして、先に口を開いたのはビルキースの方だった。
だが、それでもグランは怒りを込めて名前をぼやくだけで一向に本題を口にしない。
すると、ビルキースは呆れ果てたのか溜息混じりに口を開く。
「頭の中で纏められないのなら全部言え。時間の無駄だ。」
「…!」
図星を突かれたのか、グランは歯を噛み締めて拳を強く握りしめ、何かを破るかのように声をだす。
「…じゃあ言うがな!目が覚めたら瓦礫の下!それで這い上がってみれば音信不通!アンタからの連絡をしばらく待った上、一方的にこの街に呼び出しておいてからも!煙に撒かれて行方知れずだと?ふざけんなよ!!何考えてんだ!!!」
怒号と共に吐き出された言葉は<全部>と言われながらも纏まりや不足が見受けられ、ビルキースは眉をひそめる。
「…これで私がどういう気分でキサマをその都度待たされてるか、少しは骨身に染みて理解だきただろう。」
鼻を鳴らし一言述べると、ビルキースは今にも怒り狂いそうな赤マントの男を無視し、改めてエイミ達を見回し始める。
「どうぞ、お嬢様。」
「お嬢様は止めろと、言ってるだろう。」
ビルキースの目の前に差し出された小さなカップには珈琲が芳醇な香りを放ち、湯気を上げていた。
「申し訳ありません。ビルキース様。」
そして、セバスが謝罪するのを横目に「ウム。」と答え、ビルキースはセバスの差し出すカップを口へ含む。
それを確認するとセバスは一行へ次々に「どうぞ。」と配り始めていく。
「グラン。まずはこれでも飲んでから、お話なさい。」
「…」
全員がカップを手にしたとき、セバスは既にグランの元にも珈琲を差し出すが、男は黙ったままで受け取る素振りを見せない。
「…飲んでからです。」
それを見かねたセバスの言葉にグランは舌打ちを鳴らすと、一気に飲み干す。
「にがッ!あっつッ!ニガっっ!アっッツゐ!?」
「皆さんもどうか、火傷には気をつけて。」
グランの様子を伺うとセバスは一行へ振り向き、微笑んでそう告げると自らも珈琲を一口飲む。
エイミやハンス達一行は突如現れた2人に驚きを隠せないままでいたが、各々も続いて手にしたカップを口にしていった。
***********************
5倍濃縮の簡易珈琲
***********************
それは、普段から慣れ親しんでいる茶とは比べ物にならない程に苦く、濃く、熱い。
しかし、何故か夢中とは行かないまでも、再び口を動かし、喉に流し込みたいと思わせる魅力があった。
遺跡内の不思議な光に照らされ、通り抜ける風で小さなカップから登る芳醇な湯気が揺らめく。
「さて、キミ。いや、アナタが<龍天楼>の使いでいいのかな?」
ビルキースもすっかり、一行の輪に踏み入り、ハンスを見下ろす形で語りかける。
ハンスは気圧されぬよう、立ち上がってはみたものの、その表情は硬く強張っていた。
そんなハンスの緊張を見て取ったビルキースは鼻で笑うと、彼の肩に手を置く。
「ボクは<龍天楼>に属す学士のハンスといいます。貴女がこの<瘴気石>の送り主、ビルキースさんで間違い無いですね?」
ハンスは喉を鳴らし、己の緊張を胸奥へと押し込むと、ビルキースへ石の収められたシリンダー瓶を差し向ける。
ビルキースは胸元からキセルを取り出し、火皿に煙草の葉を乗せ底を指で叩くと煙があがりだす。
そして、一呼吸置いてからビルキースは口を開く。
「そうだ。まだ<龍心堂>には入っていないのだろう?よければ私も調査に加わらせて欲しいのだが。」
ビルキースの性急な提案にハンスは戸惑いを見せ、エイミの方へ伺うように視線を向ける。
急に判断を求められたエイミは飲み込めない状況に戸惑いながら、ビルキースではなく、セバスの方へと向いた。
「あ、あの<セバス=ギャリー=タスキス>、さん。」
「はい。」
エイミは恐る恐る、老人、セバスに話しかけるが、セバスはただ笑顔を返すだけだ。
「<ストロング・ベスト ~キミはもう人生という勝負から逃げられない~>の著者であり、過去、大陸西部の全武闘会ベスト3には名を刻んだという…セバス…さん。」
「もう、30年近くも前の話です。しかし、お若いのによくご存知ですね。」
「…ほほほほ、本物。」
「えぇ、かつての私は死んだ、とでも言いたい所ですが。私にも若気の至りというものが恥ずかしながらありましてね。」
セバスが照れた表情をみせつつ、空いた片手で何かを画くように動かしながら答えていく。
「だ、大丈夫です、ハンスさんッ!この方は信頼できますッ!あの、それでササササ、サインをくださいッ!その、地上に戻ってからでよろしいのでッッ!!」
エイミは憧れの人物が目の前に居ると知るや、先ほどまでの警戒心を何処かに置き去りにし、信頼の太鼓判をハンスへと示した。
「…いいのかよ、そんな信頼の仕方。」
「まぁ拙者らは状況を見守るまでにしておくでござるよ。」
ハンスとビルキース、そしてセバスへ交互に目を配りながら、ユートとソウシロウは呆れ顔で言葉を交わす。
「それでは、よろしいかな?」
「…ボクから質問をいいでしょうか?」
ビルキースが確認を取るように問いかけるがハンスは逆に問い返した。
それは当然の行為とも言えたが、この状況においてビルキースに対して主導権を握らせる事は危険だとハンスは感じていたからだ。
だが、ビルキースは堂々たる態度のまま、ハンスの問いを無言で待つ。
「グラン。ボクは彼が晶石鉱山の<龍穴>での事故に合い、重傷から瞬く間に傷が<直る>様を目撃しています。」
「…ほぅ、あの時の派遣員もキミだったのか。」
ビルキースは興味深そうに瞳を細め、キセルから吸い上げた煙を風に乗せた。
「彼を専属、手駒として使っている<理由>を教えてください。」
「…聞くのはコイツの<正体>ではない。」
ビルキースの横目の先には珈琲を飲み干し、何時の間にか怒りが静まったグランは地べたに胡坐を掻いて状況を静観している。
「知っていようといまいと、今答えを出して頂けると思いませんので。」
「…ふふ、なるほど。承知した、他の者もコイツの<異質>さは目にしていると見受けられる。」
吸殻居れにキセルの先端を叩き付け、ビルキースは一同を見渡しながら煙草を詰め直した。
「コイツの<正体>の一片にもなるが。私はコイツの中に<潜んで>しまった<竜核>を取り出そうとしている。」
「…<竜核>…ですか。確かに貴重な品にはなります。でも、それが彼の中に<潜む>?」
ハンスのこぼす疑問には一切返答をせず、間をおかせながらビルキースは話を続けていく。
「そして、私は様々な角度と方法でコイツを<解体>し、<竜核>の摘出を試みてきた。」
「…か、解体。」
「…なんだよ。」
不吉な単語を耳にした一行は自然とグランの方へと視線が向けられ、グランはそれに対し煙たがる態度をみせる。
「結果はこの通り。本来、私の所有物である<竜核>は摘出どころか見つからぬまま、コイツは肉体を再構成させている。」
嫌味ったらしくキセルの煙をグランへと吹きかけるビルキース。
「物理的な手段では摘出ができないと私は踏み、別の手段を模索しながら、コイツ自身には<代用品>を探させ、ついでに小間使いをさせているというワケだ。」
「…」
一通りハンスへの回答が終るとビルキースはキセルを咥えて黙る。
周囲は<解体>という単語に動揺をみせ、語られた内容に沈黙をせざる得なかった。
「…おい、黙るのは止めてくれ。俺だって聞きたい、想像したい話じゃないんだ。」
「…キミはそれでいいのかい?」
グランからすれば他人事で重くなる空気にバツ悪く口を開くが、ハンスの表情は真剣で悲しげである事にグランは余計にバツ悪くする。
「まぁ、<解体>は毎回セバっさんに気絶させられている間に行われてて、俺はあれやこれやとされてるとは自覚が無くてね。」
「いや、いやいや、そうじゃないでしょう!?前から自身に無頓着過ぎると思ってましたが、下手するとですね!?」
平然としすぎるグランにエイミは我慢がならなかったか声を荒げ立ち上がるも当人の姿勢から無駄である事を思い出し再び座り込む。
「…倫理観をここで議論する暇はあるのかな?学士殿?」
「…わかりました。いいでしょう、同行を認めます。どちらしろボクの仕事上、貴女の情報が必要になる。」
ビルキースの言葉と態度に一行は表情を固めるが、ハンスは意を決し、彼女の申し出を受け入れる。
そして、話がとりあえず纏まりを見せるとセバスが既に片付けを済ませ、一行は立ち上がって先へと進む事にした。
―――




