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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
43/239

10-4.サブラヒ

 「さぁ、お待たせにござる!存分に召し上がってくだされ!」

しばらくして、テーブルの中央には大きな鍋が置かれ、その中に汁と具が満たされている。

見た目こそ普通だが、その香りが尋常ではない、思わず他の3人が生唾を飲み込む程だ。

「いやいや、ヒノモトとは釜戸の勝手が違って少々手間取ってしまったにござる。」

そう、笑みを振り撒きながら、ソウシロウは小皿に各々の分を装い始める。

そして、全員に行き渡る事を確認し、自分も席に座った途端にパンッと音を立てながら手を合わせた。

「いただきますッ!!」

ソウシロウの掛け声に続き、他もたじろぎながらも手を合わせて彼に習う。



「う、うまい!!こりゃ、美味いですよ!ソウシロウさん!!」

最初に口を開いたのは夫の方だった。

彼の声を皮切りに、妻の方も口を抑えながらもそれに続くように頷き続ける。

それを見たソウシロウは満足気に微笑むと自身も食事を摂り始めた。


***********************


大鶏の山菜味噌煮鍋


***********************


「いやいや、結構、結構!して、どうですかな、赤法師殿!お主の舌には合うでござるか?」

「くっそッ、すげー久々にまともな飯で…。悔しいけど泣きそう…」

グランは目を潤ませながら、肉を頬張り続けていた。

「存分にご賞味召され!何せ具材は<大鶏>、量だけは保障済みにござるからな!」

ソウシロウは両手を腰に当て、胸を張っては豪語する。

その言葉通り、用意された肉の量はかなりのものだったが、瞬く間に消えていく。


「そうだ、ソウシロウさん。お酒はいける方ですか?ヒノモトの…とはいきませんが。」

「えぇ、是非に!ここ西方に来てから各地の酒を嗜むのは楽しみの一つでござるよ!」

その言葉を聞くと夫は嬉しそうに立ち上がり、棚から酒瓶とグラスを人数分取り出して来た。

それを手際よく並べ終えると、ソウシロウにグラスを差し出す。

彼は注がれた酒を一息に飲み干すと、満足そうにため息をつく。

その様子を見届けた夫も自分のグラスに注ぎ直し、一気に煽った。

「あ、アカホーシさんは…」

「あぁ、俺は酒、飲めないんで。」

遠慮がちに尋ねる妻に対して、グランは手を突き出し、軽く返事をする。


そんな彼を尻目にソウシロウは再びグラスを空にすると、夫に向けて差し出した。

夫は少し驚きつつも、すぐに酒を注ぎ直すと、再び飲み干しては、グランへと突き付ける。

「勿体無いでござる!赤法師殿は人生の半分は損をしているでござる!」

「そういうところな!酒以前に、酒飲みのそういうところが俺は嫌いなの!」

グランはソウシロウの言葉に苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

ソウシロウはその返答を聞き、不思議そうな顔を浮かべ首を傾げる。

そんなやりとりを見ていた夫婦は思わず吹き出してしまった。


―――


「…」

夜が更け、夜鳥が静かに鳴き出す。

夫は妻を寝室に送り終えた後、再び客間に戻ると表情は真剣なものへと変わっていた。

「如何なされた?ささ、続きを聞かせてくだされ!拙者、まだまだこの地には疎いでござるからな!」

その様子に気づき、ソウシロウは笑いかけるが、 夫の方は首を振ると、より一層に決した表情を浮かべ口を開く。


「…そ、ソウシロウさん!その、支払いの報酬、先に妻から受け取った半分、いえ、せめて、2/3程にどうか、どうかできないでしょうか!!」

ソウシロウは思わぬ提案に一瞬キョトンとした顔をするが、口のグラスを置き、椅子に座り直し、背筋を伸ばし腕を組みだす。

凛とした佇まいのまま、視線だけ夫に向け、その眼光は先程までと違い鋭い。

吟遊詩人や御伽噺でしか聞かない、本物のサブラヒの空気を目の当たりにし、夫も姿勢を正す。


「…理由を聞かせ願えるかな?」

ソウシロウの姿勢と問い様は夫に一度大きく深呼吸をして間を置かせ、心落ち着かせた後に、口を開かせた。

今この一帯の宿場町を含めた村々では、様々なトラブルが頻発しているのだという。

魔物、怪物の出現は一例に過ぎず、汚染、それに伴う疫病、物資の盗難など様々だ。

事態の解決や連絡に早馬を使う頻度が増え、利用する際に掛かる現金が必要になってきているらしい。

「どうか、どうかお願いします!」

「…ふぅむ。」

夫は深く頭を下げ、必死の形相で頼み込むが、ソウシロウは目を閉じ、暫く沈黙が続いた後、ゆっくりと目を開くと正面を見据える。

その瞳からは鋭さが消えており、穏やかなものへと変化していた。


「赤法師殿!赤法師殿!」

「…あ?え…?何?うん?」

酒を一杯、強引に飲まされ耄碌としていたグランは、ソウシロウは突然の呼びかけに我に返ると、辺りをキョロキョロと見渡す。

「拙者の此度の働きの報酬。今、頂けないでござるか?」

「うーん?…なんだよ…今かよ…ほらよ…」

グランは面倒くさそうな態度を取りながらも、腰の袋から財布を取り出し、貨幣の音を鳴らしながらテーブルに置いた。


「宿泊、台所の利用、酒代、あぁ林業の作業場で木材を頂いてしまったにござるな。そこからの差し引きで、支払いはそれで十分にござるか?」

「え?い、いや、十分も何も…」

「お、おい!何を勝手に!」

ソウシロウはそう言いつつ、置かれた貨幣を手に取り数え始める。

グランも慌てて止めようとするが、彼はそれを手で制し、黙々と数を数えると夫の元へと渡す。


「<大鶏>を仕留めたのは拙者でござる。赤法師殿は何もしてござらんし、だから拙者のが取り分を多く貰う。当たり前でござる。」

「あのな!だからといって…!」

「赤法師殿!お主はどうか、残る分で我慢してくだされ。一応に無償ではござらん。」

グランは尚も反論しようとするが、ソウシロウの言葉に押し止められてしまうと、眉間にしわを寄せ、腕を組んでは不機嫌さを露にする。


「…ありがとう!ありがとうございます!な、ならばせめて出来うる限り、旅の向かう先へ送らせて下さい!う、運搬の序でになってしまいますが!!」

夫は感激したように何度も礼を言い、頭を深々と下げた。

「ヨォーシ!ならばその乗車にも金を払うでござる!!」

「いや、総額からで十分だろ…寝泊りと送迎だけで討伐数回分の料金とかありえねーよ…」


―――


ガラガラと車輪の音を立て、木材を積み上げた荷台付きの馬車が進む。

積荷の上には満足げに微笑み、旅路の風に吹かれ、束ねた長い髪を揺らす、この地では余り見受けられないゆったりとした羽織と旅装束の男。

そして、もう1人、赤い襟巻き、赤いマントに身を包んだ男。

こちらは対照的に、不貞腐れながら木材の上で仰向けに寝そべり、空を見上げている。

「機嫌を直してくだされ。赤法師殿。」

「…アンタが冒険者になったら真っ先に<お人好し>って二つ名で呼ばれて悪党の<カモ>にされるぜ。ったく…」

「いやはや、耳が痛い。肝に銘じておくでござるよ。ところで…1つ聞きたい事があるにござる。」

ソウシロウは苦笑いを浮かべた後、急に真面目な顔つきになり、真っ直ぐにグランを見つめる。

視線に観念したのか、グランは気怠そうな表情のまま、横向きになる様に体勢を変え、彼の方へと体を向けた。


「宿場町の酒場の主人、現地の…<空き依頼書>にござったか。赤法師殿は何やら思う所があった様子でござるな?」

「…あぁ、アレか。要するにアンタに断りを入れてた理由を酒場のマスター自身がやってたって事だよ。言うなれば依頼書の転売。」

「どういうことにござる?」

グランは溜息を吐き、上体を起き上げると胡坐を組み、こめかみに指を当てて話し始める。

小さい集落の酒場にある依頼書の大半は発行元から委託され流れてきたものが殆どで、報酬も現金払いでなく<手形>で支払われる。

「何故、手形での報酬なのでござろうか?」

「単純。依託された依頼書の報酬総額以上の<現金>を大半の酒場が持ち続けられないから。」


手形による報酬を用いる事で僻地でも発行元、<中央>から出されるほぼ同じ依頼、額面上は同じ報酬が出回る事になる。

だが、それではあくまで<中央>の依頼を処理しているに過ぎず、現地での依頼解決は各酒場の経営に大きく比例し、負担を強いられるのだ。

その為、現地にも必要な手形支払いの依頼書が作成できる<空き依頼書>を酒場側が申請し、報酬額と期限を決めて発行して貰う。

しかし、この<空き依頼書は>内容に合わせた細かい報酬額を手形では作れない為、差額を受注者や依頼者に担保、手数料等として支払わせるという仕組みである。


「なるほど、その差額を利用して酒場は<現金>を得るワケでござるか。」

「普段、<空き依頼書>が無くなるなんて聞いた事もないからな。あの酒場のオヤジは、大額の<空き依頼書>に小額の案件を当てさせ、極端な差額を作り出してたって事だろうよ。」

「……でも、それはいけない事でござるかな?」

「だから<信用>だよ。周囲までその極端な事真似し過ぎると何時しか<依頼を受けるのに報酬の数割の現金が必要>なんて事が確立されちまう。」

確かにそれなら酒場も余計な出費を抑えられるが、一方で冒険者側にとっても大した仕事でもないのに多額の現金を持ち歩く必要が出てくるため、リスクが跳ね上がる。

また、仮にそう言った事態になれば、それを利用した詐欺等の問題発展にも考えられ、信用を著しく損ねる行為なのだ。


「しかし、ならば赤法師殿は娘へあんなに報酬を吹っ掛けたのでござる?」

「互いの<信用>は<賭け>だって、あの時に言ったろ。非正規に発生した案件が如何に冒険者に良い<カモ>かって話だ。」

報酬は青天井、受注側の言い値、吹っ掛け放題というルールは冒険者にとって非常に都合が良い反面、<信用>が無い相手との取引には多大な危険を伴う。

だからこそ、仲介の酒場が相場慣れしてない依頼主、冒険者を浮かせて利益を出す様な真似が後の損失に繋がるか、グランは一石を投じつつ自身の利益へと繋げ様としていた。


「ま、俺は誰かさんのお陰で勝てる<賭け>に負けたんだがな。あ~あ、ったく、せめて2倍は取れると思ったのに、結果2/3か…」

「いや?1/3でござる。」

「……はぁッ!?…2/3って昨晩の話じゃ!?」

再び、姿勢を寝転がそうとするグランだったが、今度は驚きのあまり体を起こす。

「いやぁ、ははは、うっかり分けたとき逆を渡してしまってたにござるよ。差額は拙者の剣の腕を<信用>して冒険者になった後の<出世払い>にして欲しいでござる!」

「俺は貨幣での<現金>が欲しいんだよッ!」

ソウシロウの胸倉を掴み、激しく揺さぶるグランだが、サブラヒの男は満面痛快な笑みを浮かべた馬車に揺られ続けるのであった。

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