8-6.赤く朱く紅く
赤いマントの男はじっと山小屋の屋根の上からその先眺めていた。
空を見上げるワケでもなく、闇夜の暗い木々が広がる森と、見えていればその先の崖肌を。
ワタシは屋根に上がり、同じように同じ場所に目を向けてみる。
そこから見えるのは、やはり、ただの暗闇だけ。
「…誰だ?」
ふと彼がこちらを向いてワタシに声をかける。
「…」
だれ?ワタシに?
ワタシは首を傾げ、彼の目線に合わせて屈み、カップの1つを彼に差し出す。
あくまで<渡す>つもりはなく。
「うぉぁおぅあちちちっッッ!!」
「ここに、アナタとワタシ以外で、誰が、いるんです、かっ?」
ワタシは、手にしていた熱い茶の入ったカップを、赤いマントの男にの額にコツンと当てる。
彼はワタシからカップを剥がす様に受け取り、ワタシは承諾無しに隣に座る。
「あー、いや、すまん髪型が違ったから…つい…」
「何がどう、髪解いたくらいでそう判断できるの。」
「いやぁ、前に宿の2階の窓の外から侵入し寝床に潜り込む怪異に出くわしたもんでな…。てっきりまたその類に遭遇したのかと。」
「何よそれ、猫とかじゃないの?というか、ワタシもその怪異にするんじゃないの。」
「猫だけだったら、まだ可愛げがあってマシだったかなァ~~?」
グランはそう卑屈に笑うと、手渡した茶をゆっくりと口元に運び、一息つくように喉を鳴らした。
ワタシも同じように茶を口にして息を吐く。
しばらく互いに無言のまま時が流れ、夜風で木々がざわめくと、ワタシは先に言葉を発した。
「何から聞きたい?」
「…聞きたい?」
「ほら、強引に進めてきちゃって説明は後回しにさせてきちゃったから…」
「あぁ、そうか。そうだったな。」
彼は顎に指をコツコツと当て、何かを考えるような仕草をして見せる。
「…なんで錬金術に手をだしたんだ?」
少し驚いた、もっと説教気味に色々聞かれるかと思ったのだが。
この男の口から他人の、身の上話を聞いてくるとは意外だった。
心の準備というか、話す整理というものが必要だっただけども、ワタシは観念して話し出す。
「…鍛冶師として行き詰っちゃってね…。両親の遺品を整理してたとき、母さんの手記を見つけたの。それがきっかけ。」
そう、ワタシは自身の弱々しい、か細い腕を擦りながら呟く。
「錬金術師だったのか?」
「ううん、母さんは信奉者。流れのね。父さんはハンターだったから。どっちも違う。」
「…」
グランの口は開かない、こちらを向かない。
ただ、じっとワタシが口を閉ざしたままでも、話を聞こうとしているのだけは分かった。
ワタシはカップを持ち上げて湯気立つお茶を眺めながら、話を続けた。
「母さんはね、<魂の保全>を研究してたの。ワタシは昔ね、父と母と、ここより東の土地を渡り歩いて暮らしていてね。当事のあの土地は小国同士の戦争が続いてて…、どこの国に移っても、戦火で傷ついた人がいっぱい居た土地だった。」
母はそんな中、聖堂教会や野戦病院を回って負傷してた人を治療し続けていた。
そういった生活を続けてきたせいなのか、助けられる可能性のあるヒト達を見捨てなければいけない事態が増えていく。
命を救う事に順序を決め付けなければいけない、手記にはずっと悩みが書いてあった。
「そして、父さんが死んでしまった。」
「戦争、でか?」
「ううん、違う。父さんは流行り病。」
でも、母は父の最後を看取る事ができなかった。
母は、命の順序という悩みが家族で、最も愛するヒトで起こってしまった。
手記につづられた、研究や構想は以降白紙が続き、母が気弱になっていく様子が伺えた。
「その後、しばらくして母さんも…ね…。」
「…」
ワタシは、カップを屋根に置き、視線を落とす。
母の最期は今でも覚えている。
弱々しい手で私の手を握り、最後までただ、ただ<ごめんなさい>と繰り返して。
「…ご、ごめん、話が逸れちゃったね。」
ワタシは、母の最後を思い出し目に浮かんできた涙を拭うと、顔を上げ、再びグランの方を向いて苦笑いを浮かべる。
彼は何も言わず、そのままこちらの話を聞く姿勢を取ってくれていた。
「…それが<試したい事>の1つ、母さんが遺した<イデア概念を応用した魂の保全>。ワタシは魔法が出来るワケじゃないから…<賢者の石>の性質をその応用に割り当てただけ。」
「…<イデア概念>?」
「<イデア概念>というのは対象の自身と外部から互いの存在を認識、観測し合う事をいうの。例えば、このお茶、このお茶は自身を<熱い>と発信し、周囲もまた<熱い>と認識しそれを返す事で<熱いお茶>が成り立つ。でも、周囲がこのお茶の<熱い>を認識せずに居続けると、いずれお茶自身からも<熱い>と発信しなくなってしまい、<冷めたお茶>に変わってしまう。」
「フム…その<熱い>が<魂>って事か?」
「大雑把にはね。実際には<魂>はもっと形状、性質、様々なものを内包しているの。だけど複雑になるほど周囲からの変化にも影響を受け易くなるわ。」
先の<賢者の石>講座と打って変わって、ワタシの言葉を噛み砕くように、グランは小さく相槌を打っている。
「ふーん、グランって結構こういう話に詳しいのだと思ってた。」
「自分で興味を持って調べるにはいいが、きっかけでもないと、どーもな。」
ワタシは、彼のそんな反応を見て少し微笑みつつ、この男がこの村に着始めた頃を思い出していた。
彼の雇い主であるビルキースさんが叔父への使いとして寄越したのが4年前。
無愛想で目つきは悪い、一言も喋らない、何考えているのかわからない。
正直、最初はかなり近寄り難く、ワタシも見かけると何をしてるか覗き込むくらいで、話しかける事はなかったと思う。
村に滞在しているときの彼は1人で見晴らしのいい場所に佇んでいたり、鍛冶場で何やら本なり、手帳なりを見て考え込んでいたりしていた。
「…しかし、お前の母さんは信奉者。つまりは、<真聖魔法>の専門だろう?お前の口ぶりだとその<イデア概念>は錬金術みたいだが、関係性あるのか?少なくとも<万理魔法>に類するならわかるんだが…」
ワタシが記憶を探っている間に、彼は彼で考えていた事を言葉に出し始めていた。
「あら?<真聖魔法>の代表的な謳い文句が<イデア概念>によるものよ?」
「…代表的。…フム。<回復、治癒魔法>か。」
「そ。<イデア>は魂とその器たる肉体が最も密接、相互に作用し成立する概念。<真聖魔法>による回復、治癒はその双方を活性化させ維持する術式。特に肉体の修復は魂の状態に引っ張られてるの。」
「…それなら、魔法による治療は<治す>んじゃなくて、<元に戻す>って考えた方がいいのか。」
ワタシは、彼が理解し始めた事に満足しつつ、カップを口に運び、一息入れる。
だが、グランは左腕に視線を移し、左手を軽く握ったり開いたりしながら何かを考え込んでいるようだった。
ワタシも彼の左腕に視線を移す、包帯が巻きついたその奥には漆黒の腕が僅かながら覗かせている。
そう、それは、あの時に抱きかかえていた腕。
ワタシはそっと手を伸ばしその左腕に触れようとする。
――ビュウッ!
崖上からの降下風が強い突風となり、ワタシ達の身体を強く打つ。
風に巻き上げられた木枝や小石の端くれが屋根の上で弾かれ、騒がしい音を立てる。
ワタシは思わず目を閉じて身を屈めてしまう。
しばらくすると、風の勢いが収まりだし、顔を上げると、ワタシ達は互いの顔を確かめ合うように目が合い、苦笑いを浮かべ合った。
「戻るか。」
「…うん。」
ワタシは2つのカップとランプを手に取り、先に屋根裏の窓へと足を進める。
まだ穏やかになった風が足元を撫でるように通り過ぎていく。
ワタシはそれを心地よく感じつつも、どこかこの時間の名残惜しさを感じていた。
「…ねぇ、グラン。」
ワタシが途中、振り向き、声をかけたその時、 周囲は突如静寂に包まれ、横殴りの衝撃が全身を襲う。
先程の突風より強力な降下風がワタシ達を襲い、ワタシの手からカップとランプが離れ、足は宙を浮いた。
落下したカップは地面で跳ね、転がり、風に揺られ、ランプは地面に叩きつけられ割れくだけ散る音が響く。
ワタシは咄嵯に右手をグランの方へ伸ばすが、背中を打ち付ける衝撃と共に、視界が暗転した。
…
火の粉舞う、茜色の空。
麦畑を焼き、燃え上がり広がる炎。
その下でたなびく赤いマントと、炎に煌く赤い剣。
そして、地を染める、両者の血。
山賊達と決着を着けた赤いマントの男はゆっくりとワタシに振り返り、近づいてくる。
吹き飛んだ自身の左腕をワタシが抱きかかえていたからだろうか。男は何も言わず、ただ黙ってこちらを見下ろしていた。
だが、その瞳は悲哀とも怒りとも取れる色を帯びていた。
手にしていた赤い剣を地面に突き刺し、空いた手をこちらの抱えた腕へ伸ばす。
ただ呆然と見上げるワタシは、彼に手に取るものを察すると、それを差し出すように持ち上げる。
男はそれを受け取ると、まるで取れた人形の腕をはめ込むように切断面同士を合わせた。
しばらくすると、滴り、流れ出る血は止まり、右手を左腕から離しては、左手を何度も握り締め繋がった事を確認するようだった。
ワタシは以前、呆然としたままそれを見ていると、彼は腰を下ろし、さっきまではワタシが抱かかえた左腕を伸ばす。
恐る恐る、彼の手に指をかけ、彼の掌を握るとワタシの身体が引き上げられた。
かに見えた。
ワタシの腰が浮かびあがると、男は一瞬、まるで稲妻に撃たれたかのようにビクリと痙攣し、そのままワタシに覆いかぶさるように膝を着き、倒れこんだ。
ワタシは彼の重みに耐え切れず、その場に尻餅をつく。
倒れた男の身体からは力が抜けきり、だらりと垂れ下がり、首は力なく項垂れている。
倒れこんだときの衝撃か、ワタシは意識がハッキリし、慌てて彼の胸に耳を当て、心音を確かめる。
鼓動は、ない。
ワタシは急ぎ、彼の胸を押しながら仰向けにすると、心肺蘇生を行う。
心臓を1度、2度、3度、と無我夢中に両手を彼の胸に当て打ち付けた。
そして、彼に呼吸を送ろうとした、その時。
―――ぐぎゅるるるるるる…
腹の虫が鳴った。
ワタシではなく、彼から。
手を押し当てている胸の鼓動は鳴らないのに、彼の大きな腹の虫が鳴り響いたのだ。
あまりに突然の出来事に、ワタシの頭は真っ白になり、手の動きを止めてしまう。
再び彼の顔を向くと赤い瞳が覗かせており、その表情はとても弱々しく、困り果てていた顔付きだった。
そして、男がこの村に来るようになってから1年。
ワタシは、初めて彼から発するちゃんとした言葉を聞いた。
「は、腹が、減った…」
それは今までイメージとはかけ離れた、聞いたことのないような情けない声だったが、そのときワタシは何かが軽くなった。
異質で摩訶不思議の塊でありながらも、それでも彼は<ヒト>で、誰もが持つ<当たり前>はあるのだと。
そう思ったとき、ワタシは思わず笑ってしまった。
こんな状況なのに、彼の上半身を抱えて、涙が出るほど大笑いしてしまった。
…
まぶたを開く、経過した時間はわからないが、強い降下風は未だ吹き続け、屋根の上で端くれが弾ける音が聞こえる。
ワタシは屋根の上に倒れこんだだけで済んだようで、それはグランがワタシに覆いかぶさり、庇ってくれたからだった。
グランの胸板越しに見える空は暗く、星々の光は見えず、頬に密着した空はあの時と同じ、心臓の鼓動は聞こえず、耳を澄ますと自身の鼓動が聞こえてくるほど静寂だった。
ワタシはその静寂と暗闇に甘えてしまい、グランの胸に顔を埋めたまま、気を失うように目を閉じた。
―――




