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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
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8-4.赤く朱く紅く

 「へぇ、こりゃ中々立派なものじゃないか。」

茅葺屋根の壁は漆喰の塗られた木造小屋、窓は玄関に対し、側面の壁側に2つずつ、屋根裏の採光用と、裏手の水場のある場所に1つ。

視界にそのものは入らないが、水場に隣接したレンガ造りの<ドワーフ風呂>が設けられ、その場所を指し示すように煙突が頭を出している。

周囲は腰の高さ程の石垣に囲まれ、玄関は木の扉、外観はまさに<森の中の隠れ家>といった趣だ。

男性はこういう<隠れ家>的なものが好き、と小耳には挟んでいるが、隣の赤マントの男はどうだろうか。

そう思いつつ彼を見上げると、彼は普段見せないような瞳を見開き、輝かせている。


「エヘヘ、でしょう?」

思わず、フフンと鼻を鳴らし、ワタシは胸を張る。

「まさか、一人で建てたのか?」

「あはは、まさかぁ、この付近は昔の試掘坑が幾つかあってね。そのまま残された休憩小屋か資材小屋が残ってたりするの。」

ワタシは笑いながら、そう答えてみせる。

この辺りは昔鉱山だったらしく、坑道の入口や作業場の跡が残っているのだ。

この小屋もそのひとつであり、元々あったものをできる限りで修繕して利用している。


「…つまりは無断利用、不法占拠では。」

彼から放たれる辛辣な視線と意見にワタシは横に居るこの赤マントとは逆の方向に目を向け、口笛を吹き誤魔化す。

「お前なぁ、場所が場所なら金銭、利権にうるさい怖いオジサン達がやって来る事だぞ?」

「大丈夫、大丈夫、廃棄された試掘坑は危険区域でヒトなんてまず来ないから!」

グランに向かって発言したその時、ワタシの頭に軽い衝撃が走った。

「あいたっ!」

「余計まずいわ!ったく、それはもしもの時は誰も助けに来てくれないって事だぞ。現に魔物が徘徊してたじゃないか。」

グランはワタシの頭を掌で軽く叩きながらそう言い聞かせてくる。

「大丈夫よ。ワタシ1人なら身を隠せるし、十分逃げられるから。」

「そういう事じゃないっての。…せめて、おやっさんには場所伝えとけよ…」

道中とは立場が真逆になってしまう、言い訳も彼の釈明とまるで同じなのがもどかしい。

そのやりとりに彼も気付いたのか、グランはワタシの頭から手をどけると、1つ深く息を吐き、自身の頭を指で小突きながら小屋へと進んでいく。


鍵を、扉を開け、中へ入る。

ワタシが先日この小屋を出る前と何ら変わらない屋内の姿が目に映る。

小屋の中は衝立や部屋の区分けは、せいぜい入って右手突き当たりの風呂と水場くらいで他になく、屋内に入った時点でほぼ全てが見渡せた。

中央壁沿いには錬成陣を描くための石床と錬成釜、奥には材料や雑品、本の棚、窓際と玄関脇には収納台がある至ってシンプルな部屋。

そして屋根裏への階段。

床には多少積まれた本が散らばっているけど、まぁ、もともと客を招く為ではないし、そこは彼もわかってくれるだろう。


ワタシは早速玄関脇の収納台に適当な荷物を乗せ窓へ開けに行く。

赤マントの男もワタシが動いたのを確認すると荷物を抱えたまま、後ろを着いてきて開けた窓から外を覗き込む。

「さて、コレからどうするんだ?」

窓際の収納台に剣を立て掛け並べ、紙袋を台の上に並べていきながらグランは尋ねる。

「まずはこの剣の状態を詳細に調べて、問題無いようなら直ぐにでも<賢者の石>と化させる手順かな。」

「…今、何かすごい単語をサラッと言わなかったか?」

「<賢者の石>の事?あぁ、まぁ大昔なら凄い事なんだろうけど、今じゃ原理も解明されて再現もできる事だから。」

「そんなに。」

ワタシは肩をすくめ、答える。


錬金術師の究極の目標であり、あらゆる物質を金と成す万能の物質、それが<賢者の石>というのは有名な話。

しかし、それはそれまで錬金術師が理想の性質をあてがった名称で、今では物質の特定状態を指す言葉となった。

要は、<賢者の石>という物質は定義上どんな物にも変化するもので、この世の物質全てに当てはまる。

<全は一、一は全に>という誰かが定めた言葉通りとなった。

が、一般ではまだまだ認知度は低いため、それに近い性質を持った鉱石の名前として浸透しているというのが現状である。

故に。

「んー、まぁ、グランが今イメージしてると思う<賢者の石>の状態になった物質を維持するのは今でもとても難しい事だけどね。」

<状態>なのだから安定化しない限り常に<変化>はさらされる。

もし水や土を<賢者の石>にしたとしても、今やそれは氷や泥の様な一側面であって、いずれ環境に適した安定化した水や土に戻るというわけだ。


「…なるほど。」

ワタシの講義に耳を向けながら屋内を見渡す彼は数度うなずいた後、少し間を置き、こちらに顔を向けこう言った。

「…なるほど。」

「……わかってる?」

「…ナル…ホド…」

グランは格好だけは付けているが、視線を合わせない。


「ヨシッ!、じゃあ餅は餅屋に任せるとして、俺は適当にくつろがせて貰おうかな…」

収納台をパンッと景気良く叩くと赤マントの男は何所か適当な場所に腰を下ろそうとする。

「グランは薪割りやってきて。」

「……一応、俺は金も出してるし、依頼主側だよね?」

「小屋の裏手側に薪置き場があって、そこに鉈と薪は用意されてるから。そこにあるのだいたい1/4を割って。その半分くらいを屋内に持ってきてくれればいいから。」

「…」

ワタシはグランを無視し指示を続けた。


「ワタシがやってもいいけど、時間がその分かかっちゃうならいいのよ?」

「…この労力に対価は?」

「ワタシが仕事に集中できる事かなぁ~?」

「あー、わかった、わかった!ったく、どうして女ってのはアドバンテージを得ると人使いが荒いんだ!」

そう言うとグランは頭を抱え、小屋の裏手に消えていった。

彼の背を手を振りながらにこやかに見送ったワタシは、部屋の整理を一通り行うと、早速収納台にかけられた彼の赤い剣を手に取り、鞘から引き抜く。


「まずは刀身を外さないとね。」

赤い剣の柄のを柄頭、握りを緩め刀身を咥えこむ連結部分から慎重に取り外していく。

叔父の手伝いを長年していただけあって、我ながら武器の分解は手馴れてきていた。

外から、薪を割る音と男の唸り声が聞こえだす。


次に外した刀身を量りに乗せ、それを紙に記すと錬金釜へ移す。

錬金釜の蓋裏に研紙を張り、八属の各晶石屑を均等に入れ、蓋をし、錬成陣を画描いてタイマーと共に起動させる。

そして、媒体に対し晶石屑が反応しなくなるまで<賢者の石>と化す<溶剤>のベースを作る。

「おーい、終わったぞー。」

玄関側、つまり、ワタシの背後の方から息を切らした彼の声が聞こえる。

「じゃあ、それ玄関脇において、そこに水瓶があるでしょ、それを全部に水を満たしておいて~。水源は裏手奥の坑道内に泉があるからー。」

ワタシは一切振り向かず、手を止めず、彼に次の指示を送る、男は何か不満をこぼしていたがワタシは作業に向かう事にした。


ドアが閉まる音と共にタイマーがジリジリと鳴り、釜の中を覗き込む。

晶石屑は全て無くなり、研紙には反応の結果が示され、目安表で確認を取りながら別紙にそれを記していく。

「ふん、ふん、よかった。まだ剣の魂には影響はでてないわね。これなら出来合いの素材で…」

素材棚から必要なものを取り出しながら、次の工程へ準備を進める。

研紙の結果、刀身の質量を計算し、<賢者の石>と化すに必要な素材と分量を溶剤のベースと混ぜ合わせる。

経過観測用の研紙を蓋裏に張り、出来上がった溶剤に釜を満たし刀身全体を浸す為の液体を流し込む。

錬成陣を<賢者の石>用に書き直し、起動後は経過をタイマーが鳴る度に観測しながら調整を行っていく。

「ふう!これで下準備はできたかな!」


一段落を得たところでワタシは体を伸ばし、一呼吸をする。

窓の外へ目をやると太陽は西の崖の裏手に回り、空は茜色に染まっていた。

グランはまだ水汲みが終わってないようで、4つの内水瓶の2つがまだ満たされているくらいだ。

呼吸を整えると顔を叩き、ワタシは水場に赴いて今度は風呂の準備にとりかかる。


小屋に備え付けられた<ドワーフ風呂>は所謂、蒸し風呂の一種だ。

浴室横の火床となるストーブで蒸気を作り、配管を通して浴室内に蒸気で満たす仕組みとなる。

他と少し違うのは床の一部切り下げられた場所が足首程度の浅い浴槽となり、このぬるま湯で体温の調整や身体を洗うのに使う。

浴室内の水を張り、ストーブの薪がゆっくり燃えるよう、通風口をペダルで調整すると、玄関に戻り今度は大きく背伸びをした。

後は彼が戻ってくるだけだ。


背伸びを解いた直後、ドアが開きその男が水桶を両肩に吊るして帰ってくる。

「あ、おかえり。ご苦労様。」

「…あぁ、次は雑草刈でもやるのか?」

彼は水桶を水瓶の上に置き、不機嫌そうな声を隠そうともせず、ぶっきらぼうに尋ねてくる。

その態度にワタシは一瞬ムッとしたが、すぐに表情を戻し、 彼の手から一つずつ、水の張られた桶を受け取る。

「そうね、じゃあ頼もうかしら?」

ワタシがからかうようにそう言うと、彼は心底嫌な顔をしてみせた。

「冗談よ!お風呂準備したばかりだけど、先に入ってきたら?グランには馴染み無いお風呂かもしれないけど。」

「風呂?あぁ、この村だから、<ドワーフ風呂>か…、何回か利用した事はあるよ。なら、お言葉に甘えて入ってくるとするかね。」

彼は先程までの仏頂面がちょっと柔らかくなり、彼は水瓶から水を移し替え終わると首を回しながら案内した水場に向かっていく。

「覗いちゃやーよ。」

「覗かないわよ!!」


…覗きはしないが、彼の身体には興味がある。 いや、邪な事でなく…多分。

彼は3年前、この村を襲った山賊団と対峙し、山賊達に剣で何度と貫かれ、その場に血を流し、一度倒れた。

だが、彼は立ち上がった、その際に魔法か何か、爆炎を巻き上げ、その周囲を焼き尽くしながら。

そして、今度は爆炎の中から唯一倒れなかった山賊の親玉との決着の際に左腕を斬り飛ばされる。

それでも親玉を倒したが、しばらくして倒れた。


覚えている、それは、ワタシが直に盗賊に襲われ、泣き叫んだ直後だったから。

良く覚えている、ワタシは目の前に転げ落ちた彼の漆黒の左腕を抱きかかえ、あの<赤い剣>を見つめていたのだから。


それでありながら、彼は、今でも五体満足で冒険者家業を行っている。


ジリジリとタイマーが鳴り、ワタシは我に帰った。

急ぎ錬金釜の蓋裏をとり、研紙を眺める。

結果に問題なし、ワタシは安堵する。

釜の中を掻き混ぜ、刀身全体に溶剤を行き渡らせるため、濃度を調整していく。

浸けた刀身はぼんやりと光始め、<賢者の石>化する反応の変化が見受けられる。


それから、数分おきに掻き回し、研紙の結果に合わせ調整を加えていく。

釜の中液体は徐々に無くなり、いつしか空となった。

そして、釜の底には<賢者の石>化した刀身だけが残り、ワタシは手袋をしてそれを引き上げる。


かつて剣だったものを掴むと、それは柔らかく、まるで粘土、いや極薄い袋に詰まった水や砂のような感触だ。

しかしながら表面を撫でると、まるでガラス瓶の様にツルツルとした滑らで固い手触りに変わる。

「…出来た。」

これまでの実験経験で行えた事が問題なく再現され、<賢者の石>が手元に存在する。

後は彼が戻ってくるだけ…。

「おーい、あがったぞー。」

そのとき、ワタシの後ろには湯気を昇らせながら、赤マント…は脱いでいる赤マントの男が立っていた。


「…グラン。」

「何よ、やっぱり草刈しろって?汗流したばっかりだぜ?」

「これからが剣修復の本番。アナタが最も必要なときよ。」

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