46-3.あっぱれ大将軍Ⅲ
湯の番に現れた1人の男、<フウマ>の女忍者であるオニハナコは一行の前へ出ると身構えて相対する。
「さぁ来いっ、イガニンっ!こ、この私が持てる技全てを尽くし成敗して見せま…」
だが、口上が終わらぬ内にオニハナコの後頭部には衝撃が走り、<ハットリ>と名乗った男の足元へと倒れ伏す。
「ス、スズメちゃん!?」
「その<イガ>それこそは<トクガワ>お抱えの忍衆じゃ。対する必要なぞ微塵もないわ。」
足を綺麗に揃えた蹴りを後頭部へ叩き込んだのはスズメ姫。
中々の身のこなしで綺麗に着地をすると両腕を組んでオニハナコへと見下す。
「…連れがすまなかったの。今も当代は<ハンゾウ>でよいのか?」
「…我等はどこまでも<草の者>です。務めがなければ主に対し忍に上も下もございませぬ。」
ハットリ=ハンゾウと呼ばれた<イガ>の男はスズメ姫は向き合うと、以外にも膝は折らず、ただ頭を下げるお辞儀で返す。
「殊勝じゃのう。ま、湯は浸かれるのか?」
「はい。まだ誰も入ってはいませんので、姫君がご利用されるには丁度よろしいかと。」
ハンゾウの答えにスズメ姫は機嫌良く鼻を鳴らすと小屋へ向っていく。
「これっ、ぼーっとせずに女2人も来ぬか。」
「ひゃいッ!参ります、今すぐにっ!」
オニハナコはハンゾウの足元で一礼をするとスズメ姫の後を小走りでついて行く。
ミウルは視線を上げ、状況を伺うとグランは肩を竦めつつ、アゴ先で小屋へ向うよう促す。
「…さて、ワシらも湯を堪能させてもらおうかの。」
ミチミチは自身の肩を叩きながらハンゾウへと声を掛け様子を伺う。
「…」
だが、ハンゾウの態度は少し芳しく無く、ミチミチは内心眉を歪める。
「何か問題でも?」
「…いえ、男湯には先客が居りまして。」
しかし、その言葉は此方を拒絶する感じにも思えず、ハンゾウもまた眉を少し下げていた。
「構わぬ。こやつはワシの手下でもないしの分け隔てずに噛み付く事もせぬわ。」
「まるで俺を野良犬みたいに…」
ハンゾウはミチミチの物言いに思わず苦笑いを零し、「でしたら。」と手の先を小屋へ向ける。
青く<男>と描かれた短いカーテン、暖簾を潜り、2人は脱衣所へと歩む。
中は湯気を帯びた木造の部屋だというに風通しがよいのかカビた臭いはしない。
されど、湯気には独得の匂いが含まれ、慣れぬグランは鼻を摘む。
「ドワーフの鉱山臭い。」
「こういうのも久しいの。ここ最近のワシは外へ出ても都の間を行き来するぐらいじゃしの。」
グランが鼻を鳴らす中、ミチミチは服を脱ぎつつ、懐かしそうに見渡しながら服に手を掛けた。
「…西方にだって大衆浴場くらいあるじゃろて、早う脱がぬか。」
「…うーむ。」
自分の左腕が異質異様である事にグランは気後れし、服を脱ぐ事へ躊躇する。
「何じゃ、服を脱いだだけでお主の不死体の秘密でも解るとでも思っておるのか?」
「いや、そういうワケではないが<先客>に見せてもいいものなのかと…」
既に裸体になったミチミチは腰に手を当てた態度で睨み、しぶしぶとグランは赤いマントを手に脱ぎ始めた。
―――
「…でかいのう。」
「…でっか。」
2人は布を当て胸を隠すも脇から溢れんばかりのオニハナコの胸へと視線は注がれる。
「そ、そんなマジマジと見ないでくださいよっ。」
一方2人は自分の胸、その先の<爪先>を思わず見返し再びオニハナコの胸へと鋭く睨む。
「その胸でニンジャは無理があるじゃろ?」
「ニンジャってやっぱりそういう<秘薬>か何か使ってるの?」
「自然の天然ですっ!そういう修行は受けてないですっ!」
スズメ姫とミウルのいちゃもんにオニハナコは困惑しながらも怒鳴る。
「ま、まぁ?ワラワはせーちょーきというものじゃから、こ、これからがある故なっ!」
「…」
スズメ姫は負け惜しみを言いながらも、胸を張り、腕を組んで見せる。
だが、ミウルは半目で無言何の障害物もなく足元が<見える>事に表情を曇らせていた。
『だ、ダメですよスズメ姫様。ミウルさんはこう見えて歳が一回り近く離れているそうですからっ。』
『な、なんじゃと…!』
「……2人とも普通に聞こえてますからね?」
オニハナコが2人の耳元で囁くと、ミウルは2人のやり取りに苛つき、笑顔ながらも額には血管が浮き出ていた。
―――
―――かぽーん
脱衣所からでるグランとミチミチが目にしたのは石を敷き詰めて作られた露天風呂。
しかし、<先客>の姿は見えず、2人は首を傾げる。
「…居ないな。」
「ふむ、変じゃのう。入れ違いというワケでもなさそうだしの…」
2人はとりあえず敷居側に設置された風呂椅子へ向い、瓶に溜め込まれている湯を汲む。
「…万国共通なのかのぅ。」
「…爺さん、そんなに俺へ異文化すぎる異文化を期待してたのか?」
グランは脱衣所で手にした手拭いに湯を染み込ませて、腕に宛て、漆黒の左腕を擦り始める。
「まぁ、お主のその腕が実際どういうものか拝めた事でよしとするかの。じゃが…」
「…じゃが?」
ミチミチはグランの漆黒の左腕を少し覗くと湯桶に湯を汲み、手拭いで肩に流し掛け、音を立ては搾る。
「何故に襟巻きと武器を持ち込む。そもそもまず<剣>には戻さぬのか?」
「…いや、<珠>が外れないんだよ。流石にこうなったら肌身離さず持ち歩くしかないだろ?」
脱衣しておきながらも。グランの頭には赤い襟巻きが折り畳まれて乗せられ、赤い穂先の<槍>は立て掛けて置かれている。
「まぁ確かに<タマ>は外れぬし大事なモノではあるがの。だが、まずは背中から洗うものじゃて?」
「そっちの<タマ>じゃねぇよ。それに<タマ>こそ一番最初に洗うものでは?」
グランは汲み上げた湯をざぶざぶと広げた足の<己>にぶつけながらミチミチの指摘に返す。
「…」
「…」
ミチミチもまた背中に手拭いを回しては背中を洗い始める。
「…異文化でなく、ただの個人差じゃのう。」
「…不毛、不毛、公共浴場は節度を持って入浴すればよし。」
2人は頭から同時に湯を被り頭部を揉み掻くと湯桶の湯で顔を流しながら息を吐く。
そして、同時に湯へと向うと同時に肩まで浸かり、その湯の心地に2人は身を委ねた。
「「極楽、極楽…」」
2人はそう呟くと、湯の心地に2人は身を委ねる。
―――
「ほわわっ、スズメ姫様の頭が泡々の泡まみれですっ!」
「なんだか目に染みるのじゃが~っ!?<シャボン>は遊び道具であって髪に使って良い物なのかのっ!?」
泡立てた石鹸でスズメ姫の長い黒髪が泡まみれになる中、オニハナコは始めて見る石鹸の物珍しさに興奮していた。
「<石鹸>を知らないって…<ヒノモト>は普段どうやって髪を洗ってるの?」
「どうって?油豆の灰粉とを湯に溶いて、髪を梳いておるものじゃろ?」
ミウルの質問にスズメ姫が答えるとミウルは何か考えながら泡を広げてゆく。
「ま、まだ、泡々をせんといかんかのぅ!?」
「…あ、あぁっ、ごめんなさい!もう洗い流していいわよ、スズメちゃん。」
ミウルは我に返ったのか、手を止めると逃げるように席を離れ、桶で湯を汲むとスズメ姫の頭から湯を掛ける。
「つ、次、いいですかね!泡々全力で希望いたしますッ!」
「ぜ、全力を要する必要性は無いんだけど…」
オニハナコはミウルの前に座り興奮を勢いある鼻息で表していた。
「…おぉ、じゃが、髪がとても柔らかいぞ。」
泡を流し終え、束ね髪を搾りながら、スズメ姫はその髪質に感激を見せている。
「ふふん、ドワーフの髭だってたちまち滑らかな毛艶にする、製法ですもの。実証済みです。」
「…ドワーフというのはそんなに頑固な毛質なのかの?」
ミウルは自慢げに答え、スズメ姫はその自評に疑いの眼差しをミウルへと向けた。
「……<ヒノモト>にもない、隣国の<シン>にもない、こういった品々が更なる外の国には沢山あるのかのぅ?」
「うーん、それはまぁこの国にはワタシが知る錬金術や魔術、魔導技巧とは体系が違うみたいだけど…それはまぁ、ね…」
スズメ姫の問いにミウルが首を捻ると、スズメ姫は泡立っていくオニハナコを眺めながら肩を落とす。
「…?」
「ワラワも一応肩書きの上では帝から政を任された身じゃ、それにお主もここへ旅行へ来たわけではあるまい?」
先程まではしゃいでいた少女の瞳はいつの間にか大人びた眼差しでミウルを見据え、ミウルは息を飲む。
「…ビルキース先生の事…ですか?」
「そうじゃな、そろそろ<ヒノモト>はお主とグランが仕えしその女豪商と態度を示さねばならぬ。」
スズメ姫は膝を抱きかかえ、年相応らしい仕草でいるも、ミウルの瞳を逸らさずに覗く。
「追い払うだけなら簡単じゃ。しかし、我等は技術、文明に混迷し、それを打破する流れを欲しておる。」
「でも、ワタシ達はただ船でここまで来ただけで。寧ろ新しいものを探しているのはこっち…」
スズメ姫の鋭い視線に気圧されたミウルはたじろぎながら答え、スズメ姫はそのミウルの回答を鼻で笑う。
―――
「…船で来れたのがそんなに凄い事なのか?」
「然り。お主の主、ビルキース殿から簡単な話を聞けば、あの船は大陸西部の西も西の海からここまで来たそうではないか。」
湯の縁に肩を掻け、グランは横に座って湯に浸かるミチミチへ問うと、湯気を立つ湯の水面を眺めながら老人は口を開く。
「それに大陸西部の西方は船が空を飛ぶと聞く。他にも空を経由した運送も行われているそうじゃの。」
「…だから、それの何か驚く事なのか?」
グランはミチミチの語る事の意味が分からずに肩を竦めながら問い続ける。
「うむ。<覇王時代>から1000年余り、ワシらが他国、他種族を拒みこの島国を閉ざしてこれた理由にその<船>がある。」
「…そ、そんなに?」
ミチミチの険しい視線にグランは気付き、男は湯を両手で掬い、顔へ掛けた。
「<そんなに>だ。<船>を制限し、物資流通の加速化を御し、300年間の安寧を得たのが<トクガワ幕府>と言っていいだろう。」
一泊を置き、グランの質問に<老人>が答える。
しかし、その声はミチミチのものではなく、湯気の向こうから影が浮かびあがった。
「やはり<先客>は居ったか。それにその声。」
「直に顔を合わせるのは40年近くも前になるというに、よく察せられるな陰陽師。」
影はその輪郭を現しながら湯気を割け2人に近づいてくる。
「フン、あの時はよくもワシを脅してくれたのぅ。」
ミチミチが憎まれ口を叩く相手は長い白髪の老人。
「…<元・天誅組>、鬼神と呼ばれしその副長、<ヒジヤガタ=トシロウタ>!」
だが、その額から口元には白い面が被せられていた。




