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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
24/234

7-1.剣の募る日々に

挿絵(By みてみん)

 「ベルゼー卿、お呼びにより参上致しました。」

私達5人はとある豪邸、いや、最早宮殿といって差し支えない屋敷に招かれ、その謁見の間に通されていた。

室内の調度品は宮殿の概観とは違い質素でありながら、天井は高く、床、壁、柱の石材はまるで鑑の様に磨かれ、艶やかな表面が室内の灯りを照り返し、どこか身を引き締めさせる神秘性のある雰囲気だ。

事実、私達パーティは依頼書を他者達と奪い合う日々とは別れを告げ、<専属>冒険者として一旗あげるのを目前としている状態であった。


「…えぇ、足労をかけましたな。」

パーティのリーダーであるフレインの言葉に、私達の目の前に居る背広を召した長身の<デレム族>の男性が応えた。

デレム族の男性の身体、特に頭部は殻に近い外皮で覆われている為、一目では年齢を推察できないものの、物腰、言い回し、触角の張りや目の輝きからどうも高齢で作法が行き届いているのが伺える。


(これが私達の<専属>の雇い主?)


「シャオリー。ラミーネ。アーカム。ダッカ。そしてフレイン=ヒム=サーペイン。以上、相違ありませぬな。」

「はい。以上5名、事前にお伝えしていた通りです。」

既に幾度の面識を持つフレインも含め、<彼>が<そうなのだ>とその時点では思っていただろう。

「…よろしい。では皆様は<かの方>にお目通りして頂く。そしてこの場の事は他言無用。心する様に。」

「<かの者>?…ベルゼー卿。それは一体どういう…」

だが、違和感があった。

<謁見の間>だというのに奥の玉座は空席で<ベルゼー卿>と言われた彼もその横に立ったままで座る様子は微塵も無い。

いや、そもそも立っている必要性がないのだ。

そして、互いに何か何処かが噛み合わない空気が漂い、察し合ったとき、玉座後ろのカーテンがゆらゆら、もぞもぞと動きだした。


『そろそろいいかい?』

「はい。どうぞ、こちらへお越し下さいませ。」

カーテン奥からの声に<ベルゼー卿>は受け答えると、彼は私達に玉座が見える様に身を引き、頭を下げ、どうやら<何か>、<かの方>が現れるのを待っている。

その様子に私達も本来顔を合わせるべき相手の認識を<かの方>へと改め、どこか姿勢を正していた。


「ハロー、ハロー、えー、あー、そのまま楽にしてくれていいよ。そして、はじめまして。ボクが<キミ達の専属主>となる、ケミカルカ=アケアルダ。皆、<ミカちゃん>って気さくに呼んでくれて構わないよ。」


………


「「「子供!?」」」

玉座の裏から覗き込むように現れたのは1人の子供、少女だった。

おそらく十代半ばすら足らず、ツンとした長い耳から<エルフ族>ではあろうとわかる。

短いおかっぱの亜麻色の髪をした文字通り年端もいかない少女。

たとたとと軽い足取りで玉座をぐるりと回りこみ、遮るよう私達の正面立つと、彼女は理解の度が過ぎた一言を放ったのである。

自分が私達の<専属の主>と。


「まだ、ミカ様のお声の最中でありますぞ。」

ベルゼー卿はパンッと手を叩くと、僅かなざわめき、うろたえが出始めた私達に喝を入れた。


「い、一同が失礼しました。」

「…あー、いいよ、いいよ。ベルゼーも余り怒らないの。」

「…怒ってはおりませぬが…コホン、申し訳ありません。」

常時気だるそうな態度と声で少女は既に玉座へと座り、高い椅子の上で床に着かない足をぷらぷらと泳ぎ遊ばせ、すっかりくつろいでる様だった。

だが、その表情、特に視線からはどうも鋭さと冷めたものが混じっており、少女らしいとは言えないものが伺える。


「うーんと、そうだな、それじゃあフレイン君の居る反対側からボクに<ミカちゃん>って呼んでくれるかな?」

「…え?あ、ハイ!?えーっと…ミカさ…いえ、ちゃん…?」

そんな互いが身構える僅かな邂逅の間が過ぎ、<ミカちゃん>は口を開くと唐突に話を振りだす。

いきなりの指示にシャオリーは慌てながら周囲に目線をばら撒かせつつも応えると、少女は座の肘掛を指ではじき、うんうんと何やら頷いていた。


「うん、…まぁ、50点ってところかな。さて。」

「…?、…ミカちゃん。」

彼女の意図は良くわからないが、彼女の視線がシャオリーから私に移り、視線が重なると私は彼女の要望に応える。


「そうだね、70点。」

「ミカチャン。」

(喋った…)

そして目が私の次、いつもは寡黙なアーカムに移り、この時ばかりは彼も口を開いて素直に応えた。


「うん、うん。65点。」

「………、ミカ、ちゃん。かの。」

そして、ダッカは腕を組み、どこか腑に落ちない点を残しながら頭を傾けながら応え。


「うーん。56点。」

「…ミ、ミカ…ル…様…」

「はい、フレイン君、-50点-。」

フレインは生真面目な部分が仇となったのか、どこか立場の妥協点を探して応えてしまい<ミカちゃん>の期待を大きく外した。


「す、すみません…」

「まぁ、いいか、キミはリーダーだし。多少の慎重さが在るのも仕方ないね。」

「…気をつけます。」

「うん、うん、そうだね。まぁ、気楽に行こう。キミ達はボクの<組織>の側になるわけじゃないからね。」

「組織…?」

「話が掴めぬのぉ…ワシらは<専属>として顔合わせに呼ばれたのは間違いないのじゃな?」

冒険者は、所詮何処まで行っても流れ者に過ぎない。

<冒険者>を手元に置くというのはどんな良評判があるにせよ、自由な思想と波乱を抱え込む事に繋がってしまう。

<組織>に引き込むなら<専属>なんて単語で釣らず、正式な勧誘の後に<冒険者>を辞めさせるはずだ。


「この御方、<ケミカルカ様>はアケアルダ家の現当主にして錬金術ギルドを統べる<錬金六席>の1席を勤めております。そして、貴殿方は私ではなくこの方、ミカ様の下で働いて貰いたい。」


………


「「「<錬金六席>!?」」」

「ヨロシコ。」

その肩書きを耳にして一同が目を丸くする中、<ミカちゃん>は表情に変化のないまま、だが何処か自信に溢れていながら、崩れた姿勢で改めて挨拶の仕草をした。


「…フレイン、これは冗談か何かか?」

「いや、僕も、知らない…。これまでの交渉はベルぜー卿とだけとしていたんだ。しかし…」

「静粛になさりませ。」

ベルゼー卿はちいさな咳払いの後に静かに、力強く私達を諭すとそのまま話を続けだす。


「ミカ様の年齢は御覧のとおり、確かにお若い。ですが、当家当主、そしてかの列席を務めるには十分な能力を持っております。<冒険者>という立場は理解してるつもりですが、余りに軽んじた態度は許しませぬぞ。」

「はい、はい、だから、ベルゼー。言っただろう?彼らは<錬金六席>、<アケアルダ家>の組織とは別で<ボク個人>の専属になって貰うんだ。引き締め過ぎも良くないよ。」

「…差し出がましい真似をしました。」

そう<ミカちゃん>は再びベルゼー卿を溜息混じりに諌める。

だが、彼女からは何処か私達が驚く様とベルゼー卿が自分をかばうのを楽しんでいるかの様だった。


「あ、あのミカ…ちゃん。」

「なんだい?シャオリー。」

シャオリーが小さく挙手をして少女へと問いを投げかけ、少女はそれを承諾する。

こういう<話>の手合いには当パーティの知識人である彼女が先陣を取って進めていくのが<ウチ>セオリーだ。


「アケアルダ家の名は聞いたことがあります。医療系商品の製造と取り扱いで有名な錬金術ギルドの一門だと。ですが、錬金六席にアケアルダ家の名は聞いたことがありません…。本当にミカちゃんは錬金六席の1席なのでしょうか?」

「うん、まぁ、そうだろうね。けど、シャオリー。キミは他の現在の<錬金六席>の名を挙げる事はできるかい?」

「え?他の……あっ!?」

「うん、うん、そう、知らないよね。知りようが無いんだ。錬金六席に座る6家は錬金術ギルドの中枢意外は秘匿が原則。誰がその席に着いてるか知る者は極僅かだからね。名を聞いたとすればそれは<かつての>者達だ。そして、ボクからもこればかりは他を勝手に名乗る事はできない。うん。でも、困った。これじゃあボクの証明ができないな。」

<ミカちゃん>は歳の離れたシャオリーを挑発的に値踏みをしているかの様に応えた。

そして、シャオリーは口を止め、目が上に下にと移り移りに泳がしだしてしまう。

その掌に乗せられれて居るかのようなやりとりに、私には何かが<カチン>ときた。


「ハイ!ミカちゃん!ミカちゃんが本当にその<錬金六席>だったとして、何故、私達を<専属>としてなんかに選んだの?」

「ら、ラミーネ…!」

シャオリーの仇討ちというワケではないが、玉座の少女の承諾を待たず詰め寄るように、私はその場で問いかける。

一応は目上の相手、シャオリーは私の名を呼びかけブレーキを掛けるが、沸きあがる憤りがそれを振り払い姿勢を突き出させていく。

このまま<専属>を餌に釣られ続ける様ならば、私達はきっと彼女に弄ばれ続ける事だろう。

ここで態度をハッキリさせなければいけない。

私の直感が、そう、故郷で見てきた、見過ごしてきた事が、今起きているのだと告げている。


「ミカちゃんがそのすごい組織の偉い人なら、冒険者なんか手元に置かず、ミカちゃん自身の部下なりなんなりに任せればいいんじゃない?」

顔付きが変わらずとも、ミカちゃんの、そしてベルゼー卿の背から威圧感が放たれだすのを肌で感じる。

だが、ここで屈してはいけない、折れてはいけない。

ここは外の世界なのだから、私が居たあの世界なんかじゃない、折れる必要なんてない。


「確かに私達はミカちゃんから見れば下賎な仕事かもしれない。けど、私達が今まで受けてきた依頼には依頼主と目的に対して公平な立場で交渉や選択をしてきたわ!」

そんなの全てが全て<そう>じゃない事くらい、自分でも口に出した事が理想的、幻想的なのはわかっている。

それでも、依頼書だけじゃない、私達が旅の中で受けてきたものには依頼主の本心からの願いや救いの求めがあってこそだと。

それがあるからこそ危険な依頼も、命を賭ける価値があるのだと。


「<冒険者>を理解して、それでも何か、<道楽>に付き合わせるというのでしたら、少なくとも私はこの話をお断りさせて頂きます!」


――フッ

「ガハハハハハッ!!」

私が吐き出すものを吐き出し、皆を巻き込んだ事に後悔にする前に、ダッカが額に手を当てて大声で笑い出す。

「あー、いやいや、全く、お前というヤツは。後先考えとるのか、仮にも大物、初対面の目上に啖呵を切り出すとはの。」

その声を浴びてか、謁見の間はどこか帯びていた静かさと冷たさが消えていく。


「だが、安心せぇ。ラミーネ、シャオリー。なぁ、フレイン。」

「あぁ、ラミーネ。そこまでだ。」

「でもッ!」

フレインが前に踏み出し、私に鋭く真直ぐな眼差しを向けて制止する。


「…それに、彼女は既に僕達より<公平さ>でいうなら<不公平>な立場だよ。」

「……それって、どういう?」

「<錬金六席に座る者の名前を出していけない>という事。それは、当人自身も<名乗ってはいけない>。そうですね?」

「…左様。」

ベルゼー卿は大きく肩で呼吸を整えては、姿勢やや緩ませて口を開く。


「<錬金六席>の肩書きは嘘だとしても、名乗った事が知られれば、只で済むものではありませぬ。ミカ様は貴殿方の経歴を調べ上げた上で<錬金六席>である事を明かすと決めたのです。」

「あ~!も~!ベルゼー~~。ダメじゃないかぁ~。」

先の鋭い威圧感はすっかりと晴れ、私の目の前に居るのは、何やら頬を膨らませ駄々をこねる子供と、その子供に困る大人になっていた。

「???…」

「つまり、じゃ。ミカちゃんはどういうワケか、ここに呼び出した時点でワシらにゾッコンという事よ。」

「まぁ、僕達も耳にした以上、口に出したら只じゃ済まないだろうけどね。だが彼女の場合は立場全てを失いかねない危険な賭けだ。」


「はぁ~…、何か謎を秘めた巨大組織を名乗るミステリアスな美少女であるボク。それに東奔西走する冒険者一行と待ち受ける事件の数々って筋書きだったのにぃ~。」

「お言葉ですが、ミカ様、彼らに誤解や疑念を抱かせたままでいるのは得策とは言えませぬぞ。第一に不満を抱いたのが彼女でよかった。リーダー格のどちらかが反対してれば事が事でしたぞ。」

「それを何とかするのがキミの役目だろ~。折角<錬金六席>なんかに着いたんだ、しばらくは英雄譚に書かれる様な黒幕ごっこができたのにー。も~、今後は全部真面目にやらなくちゃダメじゃないか~。」

「ハァ、やれやれ、困ったお方だ。普段の務めもお遊びになられているというに…。私だけならともかく、他の者にまで心労を重ねませんように。」

「ちぇー。」

何やら2人は互いの立ち回りに対しすり合わせをしだし、私のきった啖呵など何処かへと行ってしまっていた。

パーティの皆もそんな2人を見ては苦笑を浮かべだす。


そして、彼女が一通り不貞腐れ終え、空気が変わったのを機に、私は探る様に小さく手を上げて気になった点を質問する。

「…あ、あの~…ところで、ミカちゃん?<調べ上げた>って?」

「うん?あぁ~、言葉の通りだよ。うん、<ラゥ=ミーネ=リダ>。」

「え、な!?」

彼女が始めて呼んだ私の名前は、私が普段から名乗らない私の本名だった。


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