6-5.赤き炎と緑の刃
陽はすっかり昇り、これまでの到着時刻であれば人気も無く、用事も無い為に素通りしていたこの道半ばの村にはすっかり人々が溢れ、賑わっている。
しかも、ただの賑わいでは無い様で、通り沿いの家々には装飾が見受けられ、どこからか陽気な音楽、人々の笑い声にポンポンと昼花火の音が聞こえてくるところから、どうやら村事態で祝い事が行われている様であった。
(やれやれ、何時もは昼前に通り過ぎていた村がこんなにも賑やかだったとは。)
グランは慣れた通りの慣れぬ賑わいに足をもたつかせ、人の流れを避けて村の端へと進んでいく。
「旅人さん、旅人さん。お1つどうだい?今日は豊穣祭だ、祝いの振る舞いに御代は結構だよ。」
そんな折、一人の男がこの赤いマントを呼び止め、配膳に積まれた料理を一品差し出してきた。
「フム。蒸し饅頭?大陸西方部のこっちでは余りみない料理ですね。」
「おや、知ってる。以前トロル族のお嬢ちゃんがこの村で振舞ってくれてね。以来、村の皆が気に入ってウチの名物になってるのさ。」
「なるほど、トロル族の郷土料理か。」
***********************
蒸し肉饅頭
***********************
差し出された配膳から1つ饅頭を手に取ると、グランは口を付けた途端、黙々と饅頭を中へ詰め込んで行った。
流石に出来たての熱は無いものの、口にほうばる度に肉とその煮凝りとなった汁が絡みつき、ふかふかの生地がなじませていく。
ぐぅぅぅーーーー…
そうしてペロリと平らげた饅頭が胃袋を刺激したのか、グランの腹の虫も賑やかに鳴り出してしまう。
(やばい、余計に腹が減ってしまった。)
「ははは、大変気に入ってくれた様だね。じゃあ、コイツに参加してみたらどうだい?」
村人は満足げな笑みを浮かべると、どこからかするりと1枚のチラシを抜き出してはグランの手に渡した。
「大食い大会?」
「参加費は無料!食いっぷりがよければ賞金だってでるよ!今の旅人さんならうってつけじゃないかい?」
(フム、賞金かぁ。使える路銀はあるに越した事はないかな。)
―――
「皆さんこんにちは、第84回豊穣祭、今年も前年から好評となっている大食い大会、本日第8人目の挑戦となります。実況は引き続きこの村で何かと口が回るこのわたくし、ジキョー。そして隣、解説はイセツカさんに御越し頂いております。」
「よろしくお願いします。」
「さぁ、挑戦者がステージ台に登り、現れました。どうやら旅の冒険者、赤いマフラーとマントにすっぽり包まれており、まるで直立する赤い布切れ。こりゃ赤い、実に赤い。」
「赤いですねー。まるで祭事牛を挑発するかの様な赤さです。」
「さて、挑戦者が席に座る。挑戦者はリラックスしきっているのでしょうか、覇気どころか意気込みの様なものすら感じられませんが、さてどうなるか!」
「両手を合わせ、黙してますね。食事と日々への感謝を込めている様に思えます。」
「準備が整った様です。今、審判が腕を振り上げぇ~笛の音と共にスターー!」
「やっと、<探り当てた>ぜェッ!赤マント!」
………
「おーっと、ダレだーーー!?飛び入りーーー!?突如挑戦者の背後から、こちらは緑の髪、緑のマフラーをした、冒険風の緑な男が現れた!どうやら運営側が用意したサプライズでは無いようですが!?ステージ脇で運営の狼狽が伺えます。」
「何やら挑戦者と因縁があるようですねー。彼は周囲を全く気にせず赤い冒険者に強烈な視線を送っています。」
###
「生きてたのか…」
「へっ、へへッ、驚いた様だな。俺の力は<俺への意識を探り、ソイツの背後へ飛ぶ能力>!弱くて遠い意識を探すのは力を使うが、一度見つかればこの通りよ。」
(あ、喋っちゃうんだ、そういうの。)
突如として再び現れた<緑の馬鹿男>はそれまでの様に背後からの奇襲をかけてはこず、グランの視界に回り込んでいた。
(フム。しかし、どうやって意識を特定するんだ?この<コンパス>みたいにか?まぁいいや、その時を振り返るだけで察知されるのであれば、しばらく今日の事は思い出さないようにしよう…)
グランは威勢よく啖呵をきる緑の男を首をかしげて眺めながら1つの提案を思いついていた。
「…ならば、こっちもいい事を教えてやろう。実は、俺は後1回致命傷を受けたら死ぬ。」
「何ぃッ!?だったらすぐに、ケリを着けて…」
「まぁまぁ、待ちなさいって。周りを見てみろ。」
「アぁッ!?…何だァ?コイツ等は何をやってる?てかなんでテメェは悠長に座ってるんだ。」
そう緑の男はグランの状況を知らせる仕草に誘導され、周囲を見渡すと突如現れたギャラリー達に若干うろたえながらも威勢を維持しようとする。
「<大食い大会>。俺は今この村の祭りに参加中なんだよ。」
「それが終わるまで待てってか?」
「いいや、これを<早食い対決>としてアンタと勝負し、そっちが勝ったら逃げも隠れもせず真面目に勝負してやる。」
「へッ、冥土の土産に腹いっぱい食おうってか。いいぜ。俺も体力が欲しい。その勝負乗ってやる。」
「えー、あー、運営からのお報せです。急遽飛び入り参加による大会内用を一部改め、この回に限り<大食い対決>をこれからはじめます!」
集音器からの空を割る様な共鳴音を混ぜ響かせて、運営は改めたその方針を示す。
不意の乱入者をただ追い出さず、大会に組み込まれた事により集まったギャラリー達は沸きあがる。
「…<大食い対決>って言わなかったか?」
「どっちにしろ都合が良いじゃないか。俺達はあくまで<早食い対決>での勝負。ルールはこの蒸し肉饅頭の蒸篭を10個空にし積み上げたら勝ち。他はこの大会のルールに準ずる。」
「ケッ、まぁいい。様は俺がテメェより食えばいいだけだからな!」
「あ、飛入りの方はこちらに座ってくださいね。」
「お、おう。」
運営に誘導され、新たに設けられた席に緑の男は素直に着くと対決が始まった。
―――
「さぁ、運営からの告知により今回は<大食い対決>と変更されましたが。どう見ますか?イセツカさん。」
「わかりませんねー。2人ともこの村のなじみのある顔ではありませんから。体格から見ると赤い方に部がありそうですが。」
「何にせよ、始まらなければわかりません。さて、今度こそ審判が腕を振り上げぇ~笛の音と共にスタァァァーーーッット!」
ピィィィィーーーーッ!
「両者同時に蒸篭の蓋を開けた。蒸篭の中には蒸し饅頭が4つ、中身は全て肉、肉、肉、肉、差はありません。」
「最初は饅頭の中の味の濃厚さ、そしてそれを中和する生地によって食が進みますが、さぁ後半になってどうなるかが見物ですよ。」
「2人とも互いの動きの様子を見ながら最初の蒸篭を空にしていきます。」
「おっとぉ!?赤い方、ここで両手で1つずつ饅頭を取り交互に食べ始めたーーーッ!」
「むぅっ!あの食べ方は…!」
「知っているのですか!?イセツカさん!」
「あれは、<クロスイーター>です!複数の提出された食品を両手で掴み均一に食べ回す事で飽きを防ぐ食べ方です!」
「なるほど。精神的に余裕と有利性を持たせる為なんですね!蒸篭には1種の饅頭しかありませんが!」
「いえ、それだけではありませんよ。2つを手に取り空気に晒す事で饅頭の温度を下げつつ食を進められるわけです!」
「確かに緑の方は律儀に1つ1つ口に詰め込んでいますね火傷をしてしまえば大きなロスになります!」
「ところで腕を交差する意味はあるのでしょうか!?」
「たぶん…<カッコイイ> からでしょうね!」
「<カッコイイ> から!」
「えぇ、たぶん、<カッコイイ> からです!」
「さぁ、若干の差で緑の方が遅れ、蒸篭を空にし赤に続く。緑は赤いほうにチラチラと視線が向いてるのがわかります。」
「相手が特殊な食べ方をして来た以上、無策では攻められないでしょうね。」
「あーっと、緑!饅頭を上空に4つ放り投げて!それを追って飛んだ!?これはすごい、そして落下した饅頭がァ!?なんと!細切れになりました!」
「あらかじめ細かくする事で噛む時間と労力を短縮する狙いのようです。」
「アクロバットな技を見て観客達も騒いでおります。だが残念、パフォーマンスは勝負の審査に関わっていない。」
「ルールで上はちゃんと食べきれば過程の形状は問題はありません。」
「そして緑、細切れになった饅頭、もはや饅頭といっていいのかを吸い込む様に口に入れていく。」
「齧り付く必要が無くなっただけ速度が上がりますね。」
「さぁ緑、次の蒸篭を開ける!方や赤は何時の間にか<クロスイーター>を止め、ゆっくりと饅頭をマフラーの奥へ消していく。」
「というか、そもそもマフラー越しで今までどうやって食べていたのでしょうねー。不思議ですねー。」
「おい!審判ッ!ズルじゃねーのかよァ!?アイツを調べろ!」
「おっとー?ここで緑が赤に物言いだ。不思議な食し方に審判も疑問が出ていたか、赤に詰め寄るー!!赤は両手を上げ違反は無いとアピール。」
「ボディタッチの身体検査を始めましたねー。マフラーを通して食べずに隠していないかチェックしているようです。」
「公平性によりこの間は緑の方は手と口を止めてもらいます。」
「もしや、この物言いは唾液の補充や消化の時間稼ぎでしょうかねー。」
「審判、赤から離れます。特に違反は無いとの判断です。対決は続行されます!」
「緑から不満の表情が伺えますね。しかしこれは双方インターバルをとれたと思います。」
「さぁ、再開だ。両者背を正して蒸篭と向き合うと再び肉饅頭を口に運ぶ。そしてー、赤と緑順調に蒸篭を積み上げていく。さぁ次の蒸篭を正面に、あっと、どうした緑。蒸篭5つ目で短剣を使った細切れ作戦をやめた模様。」
「フフフ、どうやら気づいたようですね。」
「い、一体どういうことでしょう!?」
「ただ食べるより、アクロバットで細切れにするほうが体力を使う事に!!」
「なるほど!」
「しかもあのバネ使い!全身の筋肉を使うわけですから、連続で行う程反動が重い!!」
「すごくなるほど!つまり!」
「無駄な労力!」
「つまりは徒労!!これは緑、自分から苦しい展開にもっていってしまったかーッ!?一方、赤は先程までと同様にゆっくりとマフラーの奥に饅頭を詰め込んでいく!」
「どうやら自分のペースを掴んだ様ですね。遅れはとりましたが、こちらもまた1つ蒸篭をゆっくりと積み上げていきます。」
「さぁ、緑はペースをあげ、クチに詰め込んでは水で流し込みはじめた。」
「いけませんね!アレでは腹に入った饅頭が水でふくらんでしまいますねー。差を開けて逃げ切る算段なのかもしれませんが。」
「今の内に差をつけ、優位な状況を保ってから消化にまわそうという算段かー!?緑、どうだ、逃げ切れるのか!?」
「双方互いのペースに目星をつけ蒸篭を1つ1つと積み上げていきます。ペースを上げたかいがあったか、今は緑がリード。赤とは差が開いたが。」
「そろそろ、限界が見えてきそうですね。2人とも開始直後の猶予ある表情には見えません。」
「おっと、赤が赤い剣を引き抜いて蒸篭を下から上へと貫いたぞ!」
「どうやら魔剣の類の様ですが、一体何をするつもりでしょう。」
「審判の姿勢に警戒が見えますが止めはー…。しないー!?」
「料理を無駄にしなければルール違反にはなりません。」
「そしてェ!?ファイヤーーーーーッッ!?剣の魔力によるものか!?なんとー、蒸篭を焼いたぞ!?」
「これはどうしたことでしょう!何が狙いでしょうか。」
「焼け焦げて崩れる蒸篭からはなんと!蒸し饅頭でなく、焼け焦げた墨でもなく!なんと焼かれた饅頭!表面がパリパリ焼きの饅頭が現れたーーー!!」
「なるほど!わかりましたよ!」
「どういう事ですか!?イセツカさん!」
「これは表面をパリパリに焼き上げる事によって齧り付いた際に口の水分を奪われ難くしたのでしょう!」
「つまり!?」
「少量の水、唾液で饅頭を飲み込み続けられるようになります!」
「これは赤のラストスパートへの秘策となるのかー!?緑これは焦りが見えるぞーーー!」
「苦しいですねー。流し込んだ水が徐々に効いて来ている様ですよ。」
「さぁ、双方佳境か、蒸篭を積み上げ新たな蒸篭を正面に。あーっと、緑の手が止まった!蒸篭の蓋をあけられない!頬も膨れているーーー!飲み込めていない!」
「キてますねー胃袋から逆流がはじまっていますねー。」
「もし、リバースした場合は?」
「もちろん失格です。何せ豊穣祭ですからね。食べ物をいっぱい食べてもいいですが、粗末にしてはいけません。」
「緑、全身が震えだした!両手に饅頭を持つも進まないーーーッ!」
「限界です。これはもう限界ですね。」
「赤それを見て、一気に焼かれた饅頭をマフラーの奥に詰め~、水で流し込むぅぅぅぅ~!」
「煽ってますねー。完全にメンタル面でもトドメを刺しに来ていますよ~?」
「緑負けじと手をクチにーーー運ぶーがー!?あーっ、ダメかー!?緑ダメかー!緑ダメだー!ノックダウーーーン!」
「あー、決りましたねー。」
「審判が近寄るも反応はあらず!リバースはせずとも白目を向いてしまっているーーーッ!」
「いやぁ、ペースを上げ過ぎましたね。中盤、彼は何に駆り立てられたのでしょう。残念です。」
ピィィィィーーーーッ!
「ここで終了の笛の音だ!勝者は赤い方。旅の赤いマントの冒険者に決まりました!いやー、例年の大会に新鮮味が出て面白い流れになりましたね。」
「そうですねー。新しく祭りの一行事になっても良さそうな気はします。」
「それでは実況この村で何かと口が回るこのわたくし、ジキョーと。」
「解説はイセツカが。」
「以上がお送りしました。それでは、シー、ユー、アゲイン!」
―――
「ウィナー!赤いマントの冒険者!」
「ごっつぁんです。」
沸き立つ歓声の中、グランは軽いゲップと共に手を合わせ、静かに勝利を表す。
「それでは、勝者には賞金が贈られます。」
「どーも、どーも。」
「あぁ、でも蒸篭を燃やした分とその手数料はあちらで支払ってもらいますね。」
「でーすーよーねー。」
倒れて気を失った緑の男を後ろ目にグランはステージ台を降りてゆく。
緑の男の詰まれた蒸篭は10に達しており、既に勝敗は決していたのだ。
次の蒸篭に手を出さず、こちらが食い切れなくなるのを一時待っていれば、向こうが勝利してのであった。
(ふー、やれやれ、場に呑まれ易いヤツで助かった。)
―――
「やぁ、中々面白い対決を見させてもらったよ。こちらも宣伝に振舞っていたかいがあるってもんさ。」
ステージ台を降りたところで先程の饅頭配りが声を掛けてきた。
「満足して頂いて結構です。」
「ところで旅人さん。あんた…<赤い>ね。」
「えぇ、まぁ。それが何か。」
「…はて、何だったかな?<赤い>のがなんとか、どうとか、最近まで何か話題になってたんだけどね。祭りのせいですっかり忘れちまったよ!ははは、すまないね。」
「は、ははは…」
そうカラカラと笑いをみせ、饅頭配りは手振りで挨拶をすると村の賑わいの中に姿をくらませていった。
そして、グランは今まで見なかった村の風景に一通り目を配ると、今日の事はしばらく思い出せないのが残念だと溜め息をついて後にする。
―――
それからして、多くの人々がその目で決着を見届けたというに<連続赤マント襲撃事件>の噂話は人の流れとその営みによってすっかり忘れ去られていった。