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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
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6-4.赤き炎と緑の刃

 「間違いなくって…、具体的にその<異能使い>ってのはどんな連中なんで?」

「フム。」と女は椅子によりもたれ掛かると、視線をあげ、その先へ吸い上げたキセルの煙を噴き上げる。

「そうだな、簡単に言えば予備動作無く<魔法>を扱う連中だ。」

「…違いがわからん…。」

女の机を跨ぎ対峙する赤マントの男は腕を組み女の言葉に眉を歪ませていた。


「詠唱の破棄や代理で魔法を使う事なんて道具を使えばできるし、野盗に居ても不思議とは思いませんがね。」

「そうだな、仔細を述べれば色々と差はあるのだが、実にその通りだ。端から見れば<異能>と<魔法>も<手品>と同じだ。」

女は霧散した煙を見上げたままで、グランは表情をそのままに女の態度に肩をすくめる。


まさか、こちらが方々への出立の直前だというに、謎掛け遊びをする為わざわざ自室に呼び出すワケでもあるまい。

グランには短い付き合いながらもこの女、自身の身請けでありそして雇用主の<ビルキース>がそういう気質だというのを理解していた。

「で、その<異能使い>って連中が何で俺なんかにちょっかい出してくると?」

「…察しの悪いヤツだな。お前の<身体>の他にあると思うか?」

ビルキースはキセルを咥えては中の煙をスパスパと苛立ちを見せながら吹かしていく。


「はぁ…、俺のこの身体もその<異能>だと?」

「お前の場合は<体質>か、その<心臓の代用品での機能>だが、常軌を逸してるのは違い無い。<異能>なんてのは<魔法>と区別する為に便宜上着けられた言葉に過ぎん。そういったものを分別する立場の<私達>は見分けが着くが、他の者からすれば異質な存在には変わらん。」

女はキセルを灰皿へ叩き、軽い音が響くと中の香草がポトリと落ち、その残り香が机の周りに広がっていく。

グランはコホンと軽く咳をして、顔を取り囲む香りを払うと姿勢をゆるめた。


「では、<異能使い>から<魔法>と<異能>そしてお前の<体質>を見たらどうなる?」

「ふーむ、<異能>と<魔法>は区別が着くが、俺の<体質>はその両者と区別は着かない…と?」

「ウム。付け加えると既知の<魔法>の特徴をはぶくのならば、必然的に<異能>として誤解するわけだ。」

なるほど、と、グランの姿勢と表情から滲み出ていた疑念と気だるさが取れ、どこか軸の通った姿勢へと移る。


「狙われる自覚が少しは理解できてきたか?」

グランの様子をみて話が進むと理解すると、座る姿勢を崩しながらビルキースはキセルに香草を詰め直すながら話を続けていく。

「そして、このテの連中は大体が力の使い方を持て余し、周囲を見下している。探せば特異な力を持つ者など世にごまんと居るはずの中、それらとは勝負は避け、何処かに自分は特別で、その為の特別な世界があると思い込んでいる。だから同じ<異能>を探し出すものなのだ。ま、類は友を呼ぶというヤツだ。」

「俺はそんなのと友達には成りたくねーですね。」

「心配するな。お前の場合は<異能>の前にその性格で友はできん。」

「嫌味か。」


「さて、次に自分と同じ特別で、同じ願望をいだいてるだろうと<異能>同士が出会ったら?」

「…自分と相手の<異能>を比べたくなる、と?」

「そう、更にはそこから優劣を付けたくなる。<不死身>に対して己の<異能>。試すには打って付けだろ?」

「俺は生きる木人椿ですか。」

「あぁ、更に自分より弱く足掻き泣き叫んでくれるのなら、最高の玩具だろうな。」

「うへぇ。」とグランは呆れ声と溜め息を同時に吐き、その様子を見てビルキースは香草に火をいれほくそ笑む。


「だから精々気を付けろ。意図しようと、しまいと、<その身体>を活用するだけ片鱗を見聞きした連中から噂が作り出され、誇張し拡散していく。」

「はぁなるほど、それは厄介なこって。それでこの<不死身>を目当てにしたやつ等が何時しか寄ってくる事になると。」

「そういう事だ。私は<お前自身>はどうなっても構わないが、その<心臓の代用品>は私が大金を積んで掘り当てた物だからな。紛失するワケにはいかん。」

「そんなに大事なら分厚い金庫にでも閉まってくださいよ。」

ビルキースはグランのその一言にキョトンとした表情を一瞬みせると直に満面の笑みへと切り替えていた。


「…ほう?私は、それで一向に構わんのだが?窓の明りも差さぬスイートルームに今からでも行くか?」

「すいません。生意気言いました。」


―――


「ゲホっ、げほッ!」

気道に詰まる血を吐き出し、意識が再び今に戻ってくる。

先程と変わらぬ手を見事に背中から受けていたのだ。

だが、意識が完全に途切れるのを堪え、何とか膝を着く程度で踏み止まった。

首の傷を拭いながら立ち上がり<敵>の方へ向き直す。

少し痛みが走るが出血は既にとまり、鋭利に斬り割かれたのが逆に幸いしたのか、傷口は驚く程に早く塞がっている。


「んー、まだ生き返るのか、癒しの術を使ってるってそぶりでもないしな。」

<緑の馬鹿男>はすっかり自分の優勢を確信しており、それが態度へと露骨に現れていた。

トドメを刺しに来る気配があるはずもなく、しいて言うなれば路端に転がる空き缶でも蹴り飛ばして遊んでるかの如し。

こちらへある程度の距離を保ったままでいるが、調子良く一撃一撃を入れられた事で上機嫌になっているようだった。


「<手品>を仕込んでないとすると、やっぱ俺と同じ<特別な力>ってヤツか?」

グランは呼吸を出来るだけ整えるが、これは傷が塞がっても安定しない。

死にこそはしないにせよ、確実に身体機能は落ちていき、いずれは募る疲弊で指先すら動かせなくなるだろう。

ただの行き倒れならまだしも、今は<敵>の眼前、己の身をその場に委ねるのには余りに頂けない。


「ゲホッ、さぁてね、アンタ、手品はタネ明しされないと楽しめないクチかね?」

「いーや、俺は相手が自慢の芸を台無しにするのが一番好きだね!」

「そうかよ!」

グランはその一言に肺に残る息を乗せ吐き出し、反動で利用し一気に息を吸い上げると剣を脚を敵へ向けた。


赤い刀身、その切先は下を向き、地を這うように敵へ伸び、右斬上の一閃から続く振り下ろしが赤い照り返しと共に放たれる。

だが、それらは空を割いては剣が地面の砂利を叩き弾くき、当然標的となる男の姿は無かった。

攻撃の手応えを、感触を確かめている場合はない敵が居ない事が既に手応えであり敵の攻撃の証だ。

その瞬間に脚を踏みしめ、振り抜きと止まる勢いで後ろへ向くと、相手の攻撃に備えできる構えを取る。

しかし、振り向く先は何の姿形も無く、気配も無い。

即座に再び後ろを振り向き、そして左右を確認するが緑の男の姿、影を捉える事はできない。


ジャリッ…


自分の足元から鳴らぬ砂利が軋む音を捉えたとき、グランの胸からは切っ先が飛び出し背中から貫かれていた。


~~~


「ふべらっ!」

「どうしました?私はこうして地に足を着けて動いてるに過ぎませんよ?そんな事ではいとも容易く背後を取られている様では、異能使いどころかマイナーニンジャにすら翻弄され、クビを搔かれますぞ。」

グランは背中から聞こえる声の主からの一撃を受け吹き飛ばされると、床に顔をめり込ませ伏せっていた。


「そ、そう言われましても…」

「さぁ、お立ちなさい。何の為の<不死身>なのです。」

「少なくともこの一刻程で、何度もアバラや背骨を砕かれるもの、じゃないと思いますが…」

「やれやれ、ですね。」

声の主は物静で礼節整った口調でありながら辛辣に評価を赤マントの男にくだすも、反骨心の欠片も見せない姿勢に呆れている。


「まだここに来られたばかりの彼方は、とても寡黙で鍛錬の呑み込みも良かったのですがね…。あの頃にもっと厳しく鍛えておくべきでしたか…」

「…不出来な教え子で申し訳ないです。」

「では、致し方ありません。講座の授業に切り替えましょう。あぁ、姿勢はそのままで構いませんよ。」

「あのー、床を舐める状態から正直、痛いとかを通り越して身体が動かないのですが…」

そうグランは吹き飛ばされたままの姿勢で声への受け答えを続ける。


「ですから<耳を使え>と言っているのです。身体が動ける様に<直る>まで、どんな状況下でも五感のいずれかで状況を捉える様になさい。私はその<不死身>の特権は常に経験を拾い続けられる点にあると思っていますよ。」

「床の味は経験に成るんですかね…」


―――


(…耳か。)


耳、音、砂利を踏みしめる音…。

どんな<手品>かは知らないが相手が仕掛けてくる際には一度地に両足をつけている。

砂利を踏みしめる音が攻撃の瞬間を示すのならば…。

宙から現れ、宙を舞う事はできない。

足場に必ず現れ、攻撃には足を使う必要がでるという事。


「…」

「ハハッ!さぁ、あと何回死ぬ事ができるんだ?」

血を流しすぎたせいか、意識を何度と飛ばしたせいか、グランの思考はやけに澄んでおり、それが動作に現れた。

先程までの様に渾身を振り絞る必要も、怒りに身を奮う事もなく、膝を立て、身体を起こしてはスムーズに立ち上がる。


(…いかん、俺は何をムキになっていたのだ。)

「さぁ、さぁ、次はどんな手で来るんだ?また剣で来るか?」

(フム、ここは、とりあえず…)

「それとも魔法でくるのか?何ならなが~い詠唱を終えるまで待ってやってもいいんだぜ?」

「…イグニ…!」

立ち上がる際に寝起きの如く後頭部を掻き毟ると、グランはその片腕を払って赤いマントをひるがえす。


「ハハッ、魔法でくるか、いいぜ、俺はテメェみたいに邪魔はしないぜ?ゆっくり間違えない様に唱えるんだな!」

(…逃げよう!)

だが、グランは一切構えを取らず、くるりと後ろを振り向くと一目散に駆け出していった。


「…は?」


「…はぁーーーー!?」


―――


自分の駆ける動作に合わせ、ジャリジャリジャリと小刻みに砂利を踏みしめ弾く音が響いていく。

(さてと、追い<駆けて>来ない様だが、その場で一頻り罵詈雑言でも吐いてるか?だが、そろそろ…)


ジャリッ…!

(来たな。)


自分が駆ける砂利のリズムとは違う音を聞き取るや、グランはマントを大きく翻し振り向く。

その身のこなしが活きたか、それとも駆けている最中の距離が開いたのか、敵の攻撃はマントの一部をかすりその切先の衝撃がグランへと伝わる。

「なァッ!?」

驚きの様な声のする方へ、グランの目の前から赤いゆらぎ抜けていくと、そこには身体を前方に伸ばし剣を突き降ろした緑の男が居た。


「…」

緑の男はその伸びた姿勢の身を上げながら、両手の握り締めた剣をわなわなと震わせている。

だが、グランは相手が怒りに満ちる顔を確認すると特に何も吐かず、再び相手を背にして走り出した。


「…テメェッ!」


―――


駆ける、砂利を踏みしめ、一定の耳に刻む音を立てながら赤いマントをなびかせては駆けていく。

(…2度目も追い<駆けて>はこず、更にはすぐさま<瞬間移動>で追撃して来ない…つまりはすぐにできないと思って良さそうだな。)


ジャリッ…!

(だが、ほれ、来たぞ。)

再び自分の脚から放たれる別の音を聞き取ると、数歩身体を飛び出しては先の様に距離を開けつつも身をひるがえし振り返る。

だが攻撃はマントすらかする事は無く、グランの目に後方が映し出された時には見事に攻撃をスカした緑の男が居た。


「…へ、へへっ、逃げても、無駄だぜ!俺が<この力>で追い続ける限りは…テメ…」

男からは先程までの余裕をぶった表情は抜け出している。

だが、グランは今の相手と自分の距離間に目算をし終えると、その様に何も吐かず、耳を貸さず、再び相手を背にして走り出した。


「聞けよ!!!」


―――


(…そういえば、この先の川べりに岩があったな。…さて、そろそろ勝負してやるか。)

グランは周辺の地形を脳裏から引き出し、その川べりの岩へと向って駆けていった。

ここ人気があるのであれば如何にも釣り人が常時釣り竿を垂らしていそうな、一身半はあろうかという岩が視界に映る。

さっそく、他の低い岩を蹴っては飛び登ると、急ぎ川を背にして身構えた。

これで敵の攻撃を僅かだが絞る事ができる。

背後は気配のみだが川が、正面左右なら目によって現れてからの対応できる可能性もある。


(さぁて…何処から現れる!?)


緊張が走る。

自分の手番の時間はもう過ぎているだろう、敵は何時でも現れはずだ。

水流の音で相手が現れ、または仕掛ける音が消されぬ様に、切先を下ろし、両手で剣を握り耳に澄ます。


ザブン!!


そのとき、グランの背後からは水面を叩き付ける音がし水しぶきが降り注いだ。


「ぷはっ、何をッ!がぼっ!テメェッ!」

咄嗟の出来事に足を掬われてしまったのだろうか、何処からか現れた緑の男は川の深みに捕らわれた様である。

「ぜつ、にが、さねぇ!逃げられねぇ、ゾッ!」

そして、がぼがぼとその頭を水から出し入れし叫びながら崖上から声高らかにキリュートと名乗った男は流されていった。


―――


―――


何やら声らしき音が遠ざかりしばらく、辺りは再び川のせせらぎと木の枝葉がかすれる音だけとなった。

先ほどの男は再び姿を見せる気配は無くなり、刹那の間に風が渓谷を抜けて行く。


―――


「………ヨシッ!」


―――

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