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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
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6-3.赤き炎と緑の刃

 声のする方向を見上げると、そこには崖の上に立つ1人の男が居た。

深い緑の髪で同系色の襟巻きを靡かせ、うかがえる陰影から装備は軽装。

恐らくこの男が件の<連続赤マント襲撃事件>に関わる人物なのだろう。

だが、それはとても脅威や恐怖、ましてや障害を感じるものではなかった。

なぜなら、ただただ。


<距離が遠い>のである。


その<緑の男>が立つ場所は赤いマントの男の場所から川を挟み、断崖絶壁の上である。

互いに目視はできるとはいえ、距離、高低差、そして障害と、互いが接触し合えるような場ではとてもではなかった。


緑の男は腕を組みこちらを見下ろしながら、何処かに何かに、自慢げであり勝ち誇っているかの様だった。

「なぁ、お前!、<不死身の赤マント>って知ってるか!?」

わずかな瞬間でも魔が刺した事にその<不死身の赤マント>であるグランは大きく後悔した。

だが、緑の男には一切気を向けずに無視を決め、緩んだ気を引き締め直して足を進めていく。


「…」

「いや、おい!ちょっと待てよ!質問に答えろ!」

質問に答える意味があるのだろうか。

はい、そうですと答えれば男は引き下がる事はなくなるだろう。

いいえ、違いますと答えて<ヤツの狙う赤マント>じゃないとあの男が諦めるのだろうか。

何故なら自分は<赤い>のである。

どんな言葉を返そうが相手は既に前足で地面を掻く祭事牛が如し、仕掛けてくるのは目に見えている。

物理的に可能なのであればだが。


「すーみーまーせーん~!、ここからだと~!、良く聞こえないのでー!、ゆーーーっくり!、大ーーきく!、お願いしまーす!」

態々姿を見せてきたのだ何らかの策があるのだろう、何より相手は<敵>である。

相手のペースに合わせる道理など微塵もない。

「…よーし!いいだろう!判別は無しだ、テメェは地獄に送ってやる!冥土の土産に俺の名を耳の穴かっぽじって良く聞きな!」

男は左右の腰から一振りずつ剣を抜き、そして1本を天高く掲げた。

だが、どうも即座に仕掛ける様子が無いとわかると、グランは沢の先へと目線を戻し足を進めていく。


「天の陽す……だから!聞けよ!止まれ!」

後頭部から先程よりも轟く声に足を前に出したグランは舌打ちし振り返る。

(チッ、存外周囲を見てるのか。)

「あーのー!、すみませんー!用がーあるようでしたらー!、ゆーーーっくり!、大ぃぃぃぃーーーーーっきくッ!、お願いしまーすッ!」

「…テメェ…今度こそ足を止めろよ!そして最後にその命を奪う者が俺の名をその身と魂に刻み付けてやるぜ!」

うーん、馬鹿である。


「天の陽すら俺を凝視するだろう!怒号の嵐すら俺の名に耳を澄ますだろう!」

緑の男は突如天を指差しては再び、そして高らかに口上を流し始めた。

グランは考えた、やはりこのまま無視してしまおうか、だが、追ってくる様ならどうするか。

時間をかけるほど相手の手口に乗せられている可能性はある、相手をしないが一番だろう。

ならば、と短い思考を終えては、グランはフッと溜め息を吹き、右腰に帯びた剣の柄を下に向け鞘口の留め金を外す。


「イグニ・フル…」

剣はその重さで赤い晶石の投身を覗かせ、左腕で引き抜くとその姿をあらわにした。

そして横一文字に構え、右腕の掌を切っ先に添え、気を静め、集中し、詠唱を続けだす。


「見ろ!この翡色に煌く二振りの魔剣!これぞ嵐を薙ぎ払い…」

「ラムル・オーン・カルム…」

「稲妻すら引き裂く風帝の双剣!俺こそはこの魔剣に選定されし者にして…」

「ハス・フシャル・キラン…」

「全ての風を支配する操者!その名も!」

「イル・ゾル・ランテ!」

「疾風斬ぎのォ…」

「<ファイヤーァァァ…」

「イキリュート=ダガーサンド」

「ボーォォォォルッッッッ>!」

「様だ!…!?」


その陽を赤く照り返す石晶剣を崖上に目掛けて払った。

重ねた詠唱により高密度の<ジン>を帯びた火炎弾が放たれ、高説に名乗りをあげる緑の男へ向かっていく。


爆ぜる炎、炸裂する爆音、舞い上がる土煙、そして驚き羽ばたく木々で羽を休めた鳥達、一通りそれらが広がった後、辺りは再び川のせせらぎと木の枝葉がかすれる音だけとなった。

土煙が晴れるとそこは既に人影は無く、焦げ付き、やや崩れた断崖だけがあった。

先ほどの男は再び姿を見せる気配は無くなり、刹那の間に風が渓谷を抜けて行く。


「ヨシ!………っと…」

グランは軽く拳と脇を締めると何事も無かったかの様にその場を発つ事にした。

(まぁ、直撃でもないし、死にはしないだろ…多分。)


―――


ジャリ…


沢の砂利が踏みしめられ軋む音が鳴る。

だがグランは撃退に一息を入れただけで己の足をまだ踏み出してすらいない。

「オタク人が態々名乗ってるってのにちょいとヒデェんじゃないかなぁ…?」

音の方に振り向くとそこには先程崖の上で馬鹿馬鹿しくも名乗りを上げていた緑の男が立っていた。


「へぇ、驚かないんだな。だいたいコレを見せたやつは腰を抜かしたんだが。」

(飛行?超跳躍?それとも幻術か何かか?)

「…」

グランはまだ抜いたままの赤い剣を握り直し身構えた。

「態々声高らかに名乗りをあげる辻斬りが居た事の方が驚いたがね。」

「聞こえてたんじゃねーかっ!」

緑の男も既に抜かれた双剣を逆手に握り直し姿勢を低くし身構える。

(仕掛けてくる!)


グランは少しでも間合いを稼ぐ為、後方へ飛ぶと剣を前に構え攻撃に備える。

砂利が互いの靴底ではじかれる音が鳴った。

眼前の緑の男は屈めた身体を伸ばし距離を瞬時に詰め寄る。

そして続く斬撃がグランに向かって…

――来ない。それどころか目の前にその姿は無かった。

「居ない!?」


「誰が何処にだって?」


間に合わない、振り返る隙はない。

聞き取った緑の男の声はまるで耳元に囁く様な近さであり、その気配の圧が既に背中に覆いかぶさっていた。

「!?」

「ハイ、終わり~。」

驚きを口にする間もなく、首元の遼端に鋭い激痛が走る。

2本の剣がグランの赤い襟巻きを貫きめり込む、そして背中を両足で蹴り飛ばされ一面の清流により削られた岩と砂利の床へと叩きつけられた。

大量の血が喉元から流れ、そのマントと襟巻き以上に広がっていく。


「あ~あ、あっけないでやんの。コレなら正面、普通に遊んでやった方がよかったな。」


 

「動きは無し、こりゃ死んだか、ハズレだな。口だけで運の悪いヤツ。ったく、情報の集め直しかぁ~。」


………


砂利の軋む音が遠のき、川のせせらぎだけが聞こえてくる。

幸い緑の男は<獲物>は以外に興味が無く、一切荷物に手を付けず立ち去っていった様だ。

気配の無い事を確認するとグランは痛みでブレる意識を立ち直し、その身も立ち上げる。


「げほっ!げほっ!」

喉に溜まった再構築されない血を吐き出し呼吸を整えその傷口を再生させていく。

「…あまりいい気分では無いが、これで付け狙って来る事はもうないだろ…」

深呼吸をして具合と身形を一通り確かめ整え終えるとグランは周囲を見渡し先へと足を進めた。


あぁ、全く、気分が悪い。

喉笛をかっ切られた事もあるが、油断、何より挑発までした相手に惨敗した事だ。

できれば一矢、リベンジをしたい気分もあるが、それは冷静さを欠いてる証。

雑念を振り払い、過ぎ去った不快な出来事を胸の奥に仕舞い込んで先へと足を踏み出す。


ジャリ…ジャリ…

気負いして弱まった砂利の踏みしめられる音が鳴る。

この一定で単純な音が胸につかえる鬱憤を沈めてくれる様だった。


ジャリ…ジャリ…ジャリ…ジャリ…  ジャリッ。


だがそんな安息は短かった。

再び己の足と合っていない音が<後方>から聞こえる。

「オイオイオイ!」


振り向くとそこには<緑のあの野郎>が再び立っていた。

「大アタリも大アタリ!スーパーラッキーじゃねーか!本当に居たんだ噂の<不死身>ってヤツが!」


正しく問答無用。

振り向いた勢いを殺さず、グランは緑の男に飛び掛る。

右手で抜いた剣を左手で、櫂で水面を掬い上げるかの如く駆っては緑の男へ剣を振るう。


「ははッ、憎まれ口もでなくなったか。余裕ねーな。」

だが、マントと逆撫での二重の死角をもってしても緑の男は抜いた双剣でグランの一刀を受け弾かれた。

しかし踏み込みを緩めない、手応えがなかった時点で柄の握りを変え緑の男へ詰める様に突き掛かった。



(また、消えたッ!?)

<消えた>と気付いたとき、先の床へ叩き付けられた衝撃が背中へと放たれる。

なんとか崩れる足を持ち直したグランは倒れるのを堪え攻撃を受けた方へ向かい直す。


「へッ、何度やっても同じだぜ。テメェは俺に背後を取られ続ける。」

(そうか、これが、こいつが…<異能使い>!)


~~~

 

「<異能使い>?」

「あぁ、おそらくお前が今後、各地を歩き回る上で間違いなく厄介になる連中だ。」

そうゆるやかな椅子に深く背をもたれた銀髪の女はキセルを吹かして呟いた。

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