39-2.暴嵐の流星
まるで折檻を受けた乙女のよう、赤いマントと襟巻きに身を包む男は打たれた頬に手を宛て、何度も瞬きをしてラミーネを見つめる。
対し、ラミーネは平手打ちの後、感情高ぶり、薄翠色の長い毛の根が逆立った。
「バァーーーカッ!バカ、バカッ!大馬鹿野郎っ!本当に、本当に…」
「な、なんだよ。」
グランはラミーネの逆立った毛に驚きながらも、彼女の気持ちを察して宥めようとする。
「…まぁ、何?心配させたってのはわか…もがっ!?」
しかし、ラミーネは今度は平手では無く、自らの尾脚をグランの頭上へと振り下ろした。
「スカタンッ!とーへんぼくっ!…ピアをあんなに泣かせてッ!もう知らないッ!」
顔面を地面へと減り込ませるグランにラミーネは罵倒の追撃を繰り出し、息を荒げながら一行から離れる。
「ラミーネ殿、酒は控えるにでござるよっ!」
「…わかってるわよッ!」
ソウシロウの助言にラミーネは一切振り返らず、長い下半身をしならせながらそのまま姿を消す。
「グラン様、大丈夫でございますか?」
「イテテ、くそっ、こちとら一応病み上がりだってのに。」
屈むウィレミナの差し出した手に掴まり、グランは身をゆっくり起こしながら愚痴と口の砂を吐き出した。
「何なんだよ。かなり危機一髪のところを助けに来てやったのに…」
「ラミーネ様の気が立つのも無理がありませんわ。それだけあの後、大変だったのでしたから。」
ウィレミナは困った表情で起き上がるグランを覗き込み、その視線に何処か気まずさを覚え、グランは他2人の表情を見る。
ゴリアーデは腕を組みながら、ソウシロウも何か言葉を詰まらせる様に口を噤んでいた。
「…そういえば、俺の傷口を縫い塞いだのはウィレミナだっけか。」
「えぇ、そうですわ。以前は解剖の助手等もやってはいましたので、とはいえお役に立てたかは…それに…」
ウィレミナは言葉尻を濁すと、グランは不思議そうに首を傾げる。
―――もぐすっ…
「Kobushi…」
「…今の私の気持ちもラミーネ様とそう変わりがないと思いますわ。」
ウィレミナは笑顔で握り拳を作り、グランの顔面へと突き付けた。
グランは再び地面へと突っ伏し、ウィレミナは拳を解くとスカートを払いながら立ち上がる。
「では、ラミーネ様を追ってまいりますわ。」
「うむ、1人にはさせない方がよいでござるな。」
「…」
ウィレミナは小さく会釈し、ソウシロウとゴリアーデは頷くと彼女はラミーネが去った方へと向かった。
不死身の赤マントと呼ばれる男は女2人からの一撃を受け、そのまま倒れこんだままでいる。
「…アラァ、赤マントちゃんが赤マントを羽織ってるじゃなイ。何、目が覚めたの?地面に寝てるけド。」
そこへ長身痩躯、黒い色眼鏡、派手な色と髪型の男が紙袋を抱えて近づく。
「おや、カルマン殿。」
「<自動車>とやらの様子はどうだ?」
カルマンと呼ばれた男は紙袋から果実を取り出すとゴリアーデとソウシロウへ投げて手渡す。
「とりあえず問題はなさそうね。定員オーバーで速度を出し続けたものだから心配だったわヨ。」
果実に噛り付く音、続けて口の中で果肉を咀嚼する音をワザとらしく立てながらカルマンはゴリアーデの問いに答える。
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レザクレの実
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「これは斑模様だが、ザクロではないのか?皮ごと食べていいのか?」
ライムのような青々しい皮に黄色の斑点、ゴリアーデは実を割り、中の種状に詰まった果肉を覗く。
「ダイジョォ~ブ、ヨ。アタシは香料の開発に何度も目に口にしてるわ。色は確かに変だけどもネ。」
だんだんと甘酸っぱい香りが広がる中、そのまま続けてカルマンは果実に噛り付いては平然としている。
2人はそのまま真似るように果実を味わい、2人の常に何処か強張った様子は瞬時に軟化を示した。
「…世界はもっと俺に優しくしてもいい気がするんだ。」
小さく腹の虫の鳴る音と共に、グランはそのままボヤく。
カルマンが視線で説明を求めると、ソウシロウはグランと再会した際の出来事をカルマンへと伝えた。
「…それは2人が怒るのは無理もないわネ。」
両肩をすくめ、カルマンは一応にグランへと姿勢を向けてこれまでの経緯を語りだす。
「ウィレミナちゃんはアナタの傷口が塞がらないから血塗れになってまで処置してたのヨ?」
グランの反応を冷めた目で見るように果実を齧り、カルマンは続ける。
「それが傷を塞いで止血しても、赤マントちゃんは心臓がそもそも無いし。更には浴びた血も赤マントちゃんのマントまで消え始めたノ。」
当時の慌しい様子を思い出してか、カルマンは眉間を押さえ、時に息を吐いては淡々と語り出す。
「生死の境がみえず、この里に辿り着くまで、いいえ、何せアレから五日、その後も気が気でなかったでしょうね。ラミーネちゃんだってそうよォ…」
「…でも、俺がんばったし…、もうちょっとこう、何か褒めに褒めてをされても、いいと思うのです。」
グランはラミーネに打たれた頬を手で摩り、あの瞬間の表情を思い返すも、その目はまだ地面を向いたまま。
「…<ナナリナ>ちゃんが居ればネェ。」
「…<ナナリナ>殿であればさぞ<見せ付け>に来てはくれたでござろうが。」
2人はグランのいじける様子に目を合わせ、首を横に振る。
「…」
「その名でますます赤マントが何か気落ちしているがいいのか?」
ゴリアーデはカルマンに尋ねると、果実の残りを口に放り込み、紙袋の中から1つ果実を取り出すとグランの頭へ乗せる。
「さて、今日の<コレ>の様子はわかったけど、これからどうする気?」
「また、追い返されるでござろうが、一応はピア殿の様子を見に行くでござるよ。」
ソウシロウとゴリアーデは果実を齧りつつ答え、カルマンは肩をすくめ、無言で同行を申し出るように2人の後に着く。
「…五日?…様子?他の連中はピアちゃんの現状がわからないのか…!?…あでッ!?」
グランは立ち上がりながら、カルマンに驚きの眼差しを向ける、と同時に跳ね上げ落下した果実が頭にぶつける。
「そういうところヨ、赤マントちゃん。真っ先にピアちゃんを案じて声を掛けておけば2人は怒らなかったと思うワ。」
「英雄は終始英雄であり続けなければならない…だな。」
「…そんな事を俺に言われてもな。」
頭にぶつかり地面に転がる果実を手にしながらグランは2人の言葉に目を逸らした。
果実の割れた断面から赤みのある蜜が滲み、土埃を払うと不満そうに齧り付く。
「して、赤法師殿はこれからどうされるつもりでござたか?」
「いや、目覚めたときには<大ババ>ってヤツが尋ねてきたから…」
グランは天幕での老人とのやりとりをソウシロウ達に伝え、考え込む。
「…なれば、全員揃えて大ババを尋ねるのがよさそうだな。」
「やれやれ、行き違い、食い違いだわネ。赤マントちゃんがしっかりしてなきゃァ。」
「そこまで俺の領分にされたら堪らんわ。」
グランは2人の会話に呆れながら、果実を齧る。
―――きゃああああぁあぁァァッッッ!!!!
すると、突然に里の外れから悲鳴が上がり、一行はその方向へと目を向けた。
「何事にござるッ!?」
ソウシロウは悲鳴に反応し、刀に手を掛けながら悲鳴と慌しくなる里の人達を見回し駆け出す。
ゴリアーデもカルマンもソウシロウに続き、グランも遅れて3人の後を走り出した。
―――
「アナタっ!ここはアナタの故郷なんでしょう!?なぜ、そんな事をするのッ!?」
人質の首に何かの破片を突きつけた人物を前に、ラミーネは声を挙げる。
「オマエが居るという事は<アレ>もまだ居るのだろう!?ここに連れて来いッ!後、大ババだッ大…ババもッ…」
「や、やめてぇ~サティ~。」
「どうしたの、里に居たときのアナタはそんな風じゃ…」
グランを看護していた薬湯娘の3人の内1人を抑え、サティは人質に破片を更に突きつける。
ラミーネは人質を取られた事で、それ以上何も言えず、周囲はサティの変貌に驚きを隠せずにいた。
「何があったノ!?」
そこへカルマン達が到着し、ラミーネの側に居るウィレミナはサティが人質を取っている事を手振りで伝える。
「…!?」
サティがそれに気付くと、1人の人物に目を見開く。
それは赤いマントの男、グラン。
グランも視線が合致してしまった事に溜息を吐くと野次馬を搔き分けて、両手をあげてサティの前へ出る。
「キサマッ!あの時、私の<力>で葬ったはずッ!何故ッ!?」
「俺もアンタと同じ、ここの薬湯で治ったんだよ。止めとけ、例え人質を傷つけても治療される。」
サティは破片を持つ手を震わせ、グランに怒りの眼差しとそれを向けた。
「ならばッ!また殺すッ!」
人質を放り捨て、サティはグランへと直進する。
「…」
そして、グランは襟巻きの中に隠していた果実を落としそれを掴むと、果実をサティへと放る。
サティの手にした破片は果実を両断し払い除けるも、その隙にグランは片腕を伸ばし、サティに掴みかかった。
「…ッ!」
だが、グランの防具を身に着けていない腕は破片で切り落とされ、宙を舞い地面に落ちる。
しかし、残る片手でサティの腕を掴み、サティの突進を止めた。
「グラン様ッ!」
「馬鹿めッ!以前と同じ手で死ねッ!」
ウィレミナが叫ぶ中、サティも空いた腕から別の破片を取り出すと、グランの腹へと突き立てる。
―――<夢幻殺し>ッッ!
…
「な、何…?」
「…ったく人の服をまた引き裂きやがって。」
サティの<力>、前回グランの身体を引き裂いた<異能>は発動しなかった。
服、肌、肉を貫いた破片からは血がサティの腕を伝って滴る。
「ごふっ…!」
されど、<異能>の反動は容赦なくサティを蝕み、彼女は破片を手放しては膝をつく。
そして、地面に流れる赤い血の上に黒い血が滴り広がる。




